第10話 日曜の朝
ジリリリリリリリカチッィィィン
「……うるっせぇ…」
目覚まし時計のけたたましいモーニングコールによって意識が浮上する。
二度寝の誘惑、日曜日に許された特権。
しかし、惰眠以上に桜子さんとの待ち合わせが楽しみで目を覚ました。
時刻は7時。
日曜であれば十分に早朝と言える時間。
寝巻のまま寝癖をそのままに自分の部屋を出てると階下からいい匂いがした。
「奈美~、朝飯なに~」
俺は一つ下の妹に朝ご飯が何かを聞く。
「え、おにぃ起きたの?おにぃの分作ってないよ」
(え、ひどい)
俺明日の朝から用事あるから作ってって言ったのに。
「俺昨日頼んだんだけど…」
「あ~、日曜だからおにぃの分作らなくていいと思って忘れてた。今から作るね~」
「さんきゅ~」
(セーフ……)
おそらく今日一日は楽しくもつらい日になると思う。
桜子さんみたいな美人さんと長時間過ごせることは嬉しいのだけれど地獄の筋トレがあることを忘れてはならない。
ポーションで回復させてもらえるといっても腕立て・腹筋・スクワットそれぞれ1万回だぞ?その三つに隠れているが100㎞も走らないといけない。
一日で終わると思っていないがマッドな朝陽さんが無理にでも決行する可能性もある。
だから、朝ご飯は大事だ。
コンビニ飯もうまいんだけど、朝からコンビニ飯はねぇ。やる気がねぇ…。
「海、2階から話しかけるな。母さんは仕事中だぞ?」
俺が奈美様神様仏様と感謝していると真下から声がかかる。
父さんが新聞を広げながらこちらを見上げていた。
「あ~、そうだった。ごめん」
「気を付けなさい」
「は~ぃ」
俺は上の階の向こう側に見える扉。『仕事中、静かにしてね』と書かれた木の板がドアノブにかかっているのを見て静かに返事する。
「海、これ。お前宛に届いていたぞ」
朝食を待つためドリップマシーンのコーヒーを俺用マグカップに注ぎ、席に着くと父さんがそんなことを言ってきた。
その手には5㎝ほどの厚みがある封筒が。
宛先は美作海、差出人は冒険者センターと書いてある。
(昨日の今日だぞ、早すぎやしないか?)
もしかしたら急を要するものかもしれないと思い受け取ったその場でビリビリと封筒を破き、中身を取り出す。
「『2級 冒険者知識検定テキスト』『2級 冒険者知識検定問題集』と別冊で解答・解説か……あぁ、菊池さんが聞いてきたのはそのためだったのね」
にしても早すぎやしないだろうか。
ただ俺にはなるべく早くダンジョンに一人で入りたいという望みがあるので非常にありがたい。無料であるのならなおさらだ。
「着払い?」
「いや、違う。…にしても海、お前は冒険者を目指しているのか?」
「あ、うん。相談しなくてごめん。だめだった?」
「いや、ダメというわけじゃない。自身の行動によって生じる責任を自分自身で取れるのであれば何も問題ない。将来の選択肢を増やすのは良いことだ。ただ、勉強はしておきなさい」
「もちろん」
「なら構わない」
うちの両親はかなりの放任主義だ。
自分の責任は自分で取ることを前提に動きなさいと昔から言われてきた。
教えに背かない限りは金銭的な援助を惜しまないでくれるし、頑張れと応援もしてくれる。非常にありがたい。
でもなんでいつまでも俺を見てくるんだろう。
いつもであれば父さんはこの後すぐに新聞に視線を戻すのだが今回は違った。
いつになく真剣な表情で俺を見つめる。
「海…。社会は人々の欲望が渦巻いている場所だ。お前が想像している以上に醜く汚い。それだけは忘れるな」
父として、人生の先輩として父さんは俺に語り掛ける。
社会を回す立場にある人物から放たれたその言葉には形容しがたいほどの圧と説得力があった。
「…わかった」
俺は辛うじて頷く。
「気を付けなさい」
重い空気は奈美が「自分の箸は自分で取って」と言うまで、リビングの一部を漂い続けていた。
◇◇◇
朝食を食べ終え、朝陽さんにやれと言われていた腕立て・腹筋・スクワット各50回とランニング1㎞をこなしシャワーを浴びた後。
俺は昨日同様、チャリで渋谷にそびえ立つ冒険者センター
昨日と違うことがあるとすればセントラル周辺と建物内にいる人の数と早くも筋肉痛で全身がプルプルしているということくらいだろうか。あとは待ち合わせをしている人がいるということくらいかな。ここ超重要。
時刻は8時55分―――。
入り口から入ってすぐの冒険者登録受付付近にいるであろう我妻桜子さんを探す。
思っていた以上に人が多い。さすが日曜だ。
見つかるかなぁ、と立ち止まることなく桜子さんを探し始める。
しかし、すぐに見つかった。
先に俺を見つけてくれた桜子さんがこちらに手を振っていたからだ。
「おはようございます我妻さん。待たせちゃいました?」
「いえ、私も今ちょうどついたところですので。それに遅刻でもありませんし」
そのセリフ俺が言ってみたかった…。
「さぁ、早速ダンジョンに行きましょうか。朝陽に遅いと言われたらイヤなので」
「あ、はい」
冒険者であろう人たちが並ぶ受付、ファンタジーな御姉様方が出入りする商業施設、スマホ片手の同年代の女子で賑わう飲食店。
それらを横目にセントラル入り口から真っ直ぐに伸びる通路を歩き、方向そのままにゲートへと伸びる階段を上っていく。
ゲート手前で待機している職員さんに顔パスで通った桜子さんが聞いてくる。
「入りますよ。準備はいいですか?」
「もちろんです」
俺はようやくダンジョンに入るんだ、と思いながらゲートを潜ることが出来た。
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