3.未知のスキル

「こちらにお集まりください」


 扉を潜り抜けて少し。かなり前の方にいる集団を追って一本に伸びる廊下を歩いているとより重々しい雰囲気の扉が見えて来た。そしてそこを潜り抜けると二十畳くらいの質素な空間に出る。どうやらここが一行の目的地らしい。


 その部屋の中心には小さなブラックホールの様なものが浮かんでいた。ブラックホール見たことないけど。しかも青いし。この際ブルーホールとでも呼ぼうか。


 最後から二番目に部屋に入った俺は部屋の中心にあるブルーホール――ダンジョンの入り口を見ながら、最後に入ってきた厳ついおじさんと一緒にすでに部屋の中で待機していた集団へ合流する。


「カイ遅ぇぞ。何やってたんだ?」


「ごめん。冒険者になれるのかぁって考えたら緊張しちゃってつい」


「カイ君は大丈夫だよ。なんかそんな感じがする」


「ユリの言う通りだぜ。十人に三人はスキルを貰えるんだ、緊張すんなよ。俺たちなら大丈夫だって」


 言外にその三人は俺たちだと言い緊張感を解いてくれるマサヒコ。良い奴だなぁと思いながらその自信とポジティブな思考を少しでも分けてほしいとも思う。


「そ、そうだね」


 どもりながらなんとか返事をすると同時に人数確認を終えたおばちゃんが話始めた。


「これより冒険者適性検査を実施するにあたっての注意事項を説明いたしますので会話はお止めください」


 お口チャック。


「いいですか?それでは始めます。まず初めに皆様には一人ずつ目の前に見えますダンジョンの入り口――『ダンジョンゲート』を通りダンジョン内部に入っていただきます」


 いきなりだね~。


「そしてそこで冒険者適性検査――『スキルの有無』を確認するわけですが、窓口にてお読みいただいた注意事項の通りダンジョン内では何が起こるか分かりません」


 油断は禁物っちゅ~わけやな。


「今から皆様に入っていただくダンジョンは『第一層』『ダンジョンボス層』の計二層からなるとても規模が小さいものであるのに加えセンター職員二名が常時巡回を行っています。安全には十分配慮されたものとなっておりますがもしもの場合がございます。ですので…」


 ごくり。おばちゃんの言葉に圧が籠る。


「ダンジョン内にいるセンター職員の指示には絶対に従ってください。従って頂けない場合はスキルの有無に関係なくとさせていただきます」


 いいですか。おばちゃんが目線でそう訴えかけてくる。その視線には親し気に話しかけてくれた受付の時の面影はない。モテるんだという少し浮ついていた気持ちを引き締める。


『ダンジョンの常識は現実世界の非常識』


 そんな言葉を有名な冒険者がテレビの特集で言っていた気がする。ダンジョン内ではいつ何時でも油断してはならないのだ。まぁ、モテるんだっていう気持ちを忘れるわけではないのだけど。


「また、冒険者適性検査の検査結果につきましては冒険者センター側は何ら責任を取りませんのでご了承ください。ここまでで何か質問が御有りの方は…いませんね。それでは受付番号1番の方から順にダンジョン内へどうぞ」


 おばちゃんのそのセリフに俺たちより少し上、多分大学生くらいの年齢の男性が高揚感溢れる表情でダンジョン内に入っていった。


「にゅって消えるんだ…」


「動画とかでなら見たことあるけどなぁ。実際に目の前で見ると不思議だよな」


「ねぇ…あ、出てきた」


 マサヒコとユリと雑談と言えない話をしているとゲートから入った時と同様にゅっと男子大学生が出てきた。同じではないのはその表情か。先ほどまで顔に張り付いていた高揚感が失望の色に変わっている。


「くそッ…!」


 冒険者適性なし。つまりスキルが確認されなかったのだろう。苛立った大学生は端末を弄るおばちゃんの方へは向かわず部屋を去ろうとする。


「適性なしとのことですが、仮冒険者登録はしますか?」


「しねぇよ。雑草拾いしかできねぇならなる意味ねぇだろっ…帰っていいか?」


「冒険者適性有無の書類は…」


「いらねぇよそんなもんっ!」


 大学生はおばちゃんとの会話を強制的に終わらせ、不貞腐れた態度で部屋を出て行った。


「みっともねぇな」


「ね、かっこ悪い」


 そんな大学生を見てマサヒコとユリは毒を吐く。例え冒険者適性がなかったとしても、ああいう態度はとらないようにしようと思った。




「では次の方……受付番号4番の方」


「ん?4番?」


「カイ、お前だろ」


「え、あぁ俺か」


 どうやらいつの間にか俺になっていたらしい。時間的に考えて一番の人だけじゃなく2番、3番の人も落ちたのだろうか。ゲートに近づく道すがらちらりと2番さん3番さんを見ても様子だけではわからない。


 二十代後半と思しき女性と男性は感情を荒げることなくおばちゃんに冒険者適性検査の結果を伝えて何やら案内を受けているようだった。


「行くかぁ」

 

 もしも落ちたらああやって静かに結果を伝えて、マサヒコやユリの結果を待とう…そう思っていたら気づけばゲートの中に入っていた。


「うわ、感動の瞬間逃した…」


 ダンジョン初入場ってもっとこう「よし、行くぞ…!」みたいになるものだと思っていたのだがよそ見していたせいで随分とあっさりしたものになってしまった。うそ~ん。


 ゲートを背にダンジョンの中をぐるりと見渡す。


 これといった光源はどこにも見当たらないのに明るく照らされた洞窟。ダンジョンに対する第一印象はそんなものだった。それからジメッとしてないしカラッともしてないな…とか、熱くも寒くもないな…といった情報が流れ込んでくる。その情報の中には身体の奥底が熱いなぁというものも含まれていた。


 何だろうこれと腹のあたりをさすっていると突然声をかけられる。


「受付番号4番の方ですか?」


「あぁ、はい。そうです」


 まぁいっか。腹をさするのをやめて冒険者適性検査を受けるべく冒険者センター職員と思われる男性の方を向く。


「≪鑑定≫によって、あなたにはスキルがあることを確認出来ました。おめでとうございます、あなたには適性がありますよ」


 するとすぐさま検査の結果が出てきた。


「へ?…え、やった…やった!」


 はっや、検査結果でるのはっや!ゲートをくぐるとき同様、ここでもドキドキなイベントの体験に失敗したようだ。それでも嬉しいものは嬉しい。戸惑いは一瞬のものですぐに高揚感が。


 ぃよっしゃー!これでモテ男への道が開けたぜ!…見える、見えるぞ!女の子たちに群がられてきゃっきゃうふふする俺の姿が!


「……」


「…すみません、想像していた以上に検査結果が早かったものでつい」


「いえ、かくいう私も冒険者適性があると知った時は同じような反応をしましたので。今はその喜びを噛み締めてもらっても構いませんよ」


 センター職員の男性の生暖かい目が注がれる。取り繕おうとしたけどニヤケが止まらない。頬が自然と吊り上がっていくのを自覚する。


「やっぱり、ちょっとだけ待っていてもらってもいいですか?」


「もちろんです」


「……」


「……」


「……もう大丈夫です」


 にやけは割とすぐに収まった。冒険者適性があったとしてもそのスキルによっては一流冒険者への道が閉ざされてしまうことを思い出したからだ。


 スキルというのはダンジョンに入ることによって貰える特典の様なものだ。そしてダンジョン内に巣くう異形の存在――怪物モンスターはスキルなしには傷つけることが出来ない。より正確に言うとスキルを持っている者しか傷つけることが出来ない。


 その原理は不明。ダンジョン内にのみ存在する未知の物質――『マナ』がスキル保有者の繰り出す攻撃に作用してモンスターたちを云々あ~だこ~だ。つまり詳しいことは分かっていない。


 スキル保有者、俗にいう冒険者の攻撃は怪物に通じる。スキルめっちゃ大事!…これだけ分かっていれば十分である。


 だからスキルを持っているかいないか。それだけで適性のあるなしを判断されてしまうのだ。


 ただし持っているからはい勝ち組~…とはならない。世の中そんなに甘くない。


 スキルには当たり外れが存在する。


 獲得したスキルが『当たり』であれば怪物を狩ることが出来る。しかし折角スキルを得たとしてもそのスキルが『外れ』であればモンスターを傷つけることは出来ても狩ることが出来ない→上を目指すことが出来ない→モテないッ!


 俺にとってスキルの当たり外れは無視することの出来ない重要な分岐点なのだ。


「お願いします」


「分かりました。ではあなたのスキル名からお伝えします」


 にやけが止まった俺の顔を見て職員の男性が告げる。


「美作海さん、あなたが持つスキルは≪スキルボード≫…と呼ばれるもの。いえ、そう≪鑑定≫に出てきたものです」


「≪スキルボード≫…ですか」


 少なくとも俺は聞いたことないな≪スキルボード≫なんて。それに職員さんの言い方も気になる。


「えっと、自分はその…≪スキルボード≫というスキル名を聞いたことがないのですが」


「申し訳ありませんが私も聞いたことがありません。少し待っていてください。端末の方で検索してみますので」


 突っ立って待つ。


「ない、ですね。冒険者センターの方で管理されている謂わばスキル図鑑の様なものでしょうか。そこに検索をかけたのですが≪スキルボード≫というスキルを見つけることが出来ませんでした。申し訳ございません」


 職員さんがぺこりとしたけど別に彼が悪いわけでは決してないので責めることはしない。冒険者センターの情報集積地にない情報を一介の職員が知っているはずがないのだ。


 それよりも今気になるのは冒険者になれるか否かだ。

 未知のスキルとな。むむっ、貴様危険だー!なんて言われて冒険者になれないんじゃ笑えない。当たり外れはともかくスキルは貰えたのだ。


「で、ですが冒険者としての適性はスキルの内容ではなく有無によって決まりますので冒険者の認定は受けること自体は出来ます。そこに関しては心配ないかと」


「ならよかったです。で、自分はこれからどうすればいいですか?」


「そうですね、一介の職員である私には判断できかねますので今はとにかく他の適性者と同じくゲートを出た後に『冒険者適性がありました』とお伝えください。スキルのことに関しましてはすでに端末で送ったので説明は不要です」


「はい、わかりました。…あ、でもちょっとだけ待ってもらっていいですか?」


「どうかされました?」


「いや、その、やっぱり自分のスキルをこの目で見たいじゃないですか。だから…」


「申し訳ありませんがそのことを含めて外の職員に連絡しています。未知のスキルというのは何が起こるか分からない爆発物のようなものですので、後日整った設備の中でのスキル検証になるかと思われます。今ここでは使わないでください」


「え、でも…」


 使いたいんですけど。その言葉を俺は寸でのところで飲み込んだ。さきほどのおばちゃんの言葉が脳裏を過ったからだ。


 臭いものには蓋をすればいいのと同様で未知のスキル、得体の知れないものには冒険者の資格を与えなければいい。いくら強力無比なスキルの保持者でもダンジョンに入れないのであれば一般人と何ら変わらない。


「…わかりました」


「ご協力感謝します。それではゲートルームへお戻りください」


「はい、では…」


 俺は好奇心を仕舞い込んだ。女の子にちやほやされる可能性に満ち溢れた道を今ここで閉ざすのは愚かなことだから。


 整った設備で検証かぁ。最強過ぎて国の管理下に置かれることになったらどうしよう、ぐへへ。妄想しながら俺は職員さんに背を向けゲートを潜った。

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