2.冒険者センター

 翌日の土曜。俺はチャリを飛ばして渋谷に来ていた。


「うわ、すご……」


 流石は迷宮大国の中心地。いくつものビルが合体したような近未来的建物の入り口にて午前中とは思えない見渡す限りの人、人、人の光景に驚く。


 その中心に聳え立つ建物が本日の目的地である迷宮管理局本部。通称ギルド本部。


 日本全国に迷宮管理局の建物は存在していて、別にここでなくとも良かったんだけど家から一番近いわ、一番規模が大きいわでここを選ばない理由がなかったわけ。決してうぇ~い渋谷ぁ~とイキっているわけではない。


「…邪魔だ」


「っと…あぁ、すみません」


 入り口でお上りさんの如く突っ立っていると後ろから厳つい感じのおじさんに怒られた。立ち止まっていた俺が悪いのでさっさと冒険者登録所と看板のある窓口に進む。


「次の方どうぞー」


 こんな朝っぱらから冒険者登録をしにわざわざ来る人間は俺含め少数だったようですぐに呼ばれた。


「えっとぉ、冒険者登録がしたいんですけど……」


「はいはい、年齢確認するから保険証とかは持っているかい?」


 受付嬢はおばちゃんでした。いや喋りやすいからいいんだけどね。ギルド受付嬢のレベルは高いとネットで予習していたものですから。今思えば俺みたいなミーハーをつり出すための餌情報だったのね。


「あぁはい、どうぞ」


「はいありがとう。本人確認のために生年月日と名前言ってくれるかい?」


「2015年7月7日生まれの美作海みまさかかいです」


「…うん、合っているね。16歳超えて成人しているし大丈夫だ。一応犯罪歴とかがないか調べる時間が必要だからそこの席に座って待ってておくれ」


「はい」


「この番号があそこに映し出されたらあそこの扉の前に集まってね―――次の方どうぞー」


「…あれ、もう終わり?」


「…邪魔だ」


「あぁ、すみません」


 あんたも新入りだったんかい。


 あっという間に仮登録の手続きを済ませたおばちゃんと俺の次に来た先ほどの厳ついおじさん。

 二人を背に窓口の前にある待合ソファに腰を下ろす。暇なので周辺を見渡すと十人十色の格好をした冒険者たちが思い思いの場所に移動する別世界の光景が広がっていた。


 物語の勇者のような格好の赤髪のイケメンに群がる女性たち。冒険者センターの中にあるカフェとかでお茶をしながら談笑しているビキニアーマーのお姉さま。いつもとは少し違う格好をしてどこか恥ずかしがるような仕草を見せる俺と同い年くらいの女の子。


「ダメだ…女性しか目に入んない」


 唯一目に入った男はイケメンである。美男の隣に美女は必然ってか?羨ましい奴め、砕け散れ。


「いかんいかん」


 嫉妬する男ほど見苦しいものはないというネットの情報を思い出し、俺もあんな風にちやほやされるんだ!と己を鼓舞する。それからは窓口斜め右上の横長の長方形状のホログラムを見てじっとしていた。


 三十分くらいたった頃だろうか。ホログラムに1から10までの数字が一斉に表示された。どうやら十人単位で案内をするらしい。おばちゃんから貰った整理券の番号は4番なので先ほど指定された扉前に移動するとそこにはすでに5名ほど集まっていた。その中の一人が俺に声をかけてくる。


「あのぉ、ここ集合って言われて来たんですけど合っていますかね?」


「…あぁ多分合ってると思いますよ?」


「周り見たらわかるでしょ」とか言いそうになったけど言わない。何故なら声をかけてきた…否、声をかけて下さった人物が同年代の女子だったから。ありがとうございます。


「よかったぁ、違う集まりだったらどうしようって思っちゃって」


 胸に両手を当てて安堵する女の子はとてもかわいらしかった。


 元からなのか染めたのかはわからない明るめの茶色のふわふわした髪の毛に動きやすそうな、それでいてオシャレも忘れていない洋服。髪型の名前わかんないし何て種類の洋服か分からない。しかし可愛いことだけは分かる。男子校生フィルター抜きで十分にその子の見目は麗しかった。


「もしそうだったら焦りますね…」


「ねぇ~」


 俺にもモテキが来たかもしれない。おいおいおい勘弁してくれ。何のために冒険者になろうとしてるのかわかんなくなっちゃうよ。「ねぇ~」だってさ。かわいい。


「ユリ、すまん。トイレ混んでて……」


 そんな感じで舞い上がっていたボッチに天罰が下ったのだろう。お近づきになるためには何をすればよいのだろうかと考えながら喋っている俺と可愛い女の子の方にハスキーボイスが飛んできた。


「あっ、マー君!」


「おい人前でやめてくれよ」


「え~いいじゃん」


 女の子は身体を180度回転させ声の主に抱き着いた。俺氏唖然。口をあんぐりと開けたまま声の主の方を見るとそこには長身のスポーツマン男子高生がいた。ぱっと見だが俺と同い年くらいか。ハスキーな声と相まって雰囲気がカッコいい。


「好きなんだもん」


「…俺もだよ」


「………」


 あ~アンダスタン。勘違いってこうやって生まれるのね。男子校時代、野郎どもと一緒に女子に声かけられただけでその気になっちゃう男ないわぁ…と笑っていたけどいたよここに。俺だよ。


 繰り広げられる青春いちゃいちゃを前に度を超える羞恥心が襲来。思考停止。しかし残念ながらこの世界はリア充を中心に回っているためボッチを置いて時間は進む。


「お前ひとりで大丈夫だったか?」


「も~私に事なんだと思ってんの。…まぁでも、この人がいなかったら不安でそこらへんうろついちゃってたかも」


「この人?」


「あぁ、えっとぉ…ごめん、君なんていうの?」


 いきなり話振るなよ。心臓に悪いだろ。ただ話を振られたからには答えないといけない。可愛い女の子からの問いかけであればなおさらだ。たとえその子が彼氏持ちであっても。


「え、うぁ……美作です。美しいに作るって書いて…美作」


「ちが~う、下の名前」


「ん?え、あっ…海です」


 下の名前って言われて一瞬、え?それどこの名前?なんて思ったがすぐに姓名の名を聞かれているんだと気付きどもりながらも答えた。え、うぁ…あぁ恥ずかしい。


「そう、カイ君がね、親切にしてくれたの」


「へぇ、ありがとなカイ。こいつ昔っから危なっかしいとこあってさ。俺とかダチがいないとフラフラ~っとどっか行っちゃうんだよ。だからマジでサンキューな」


「え、あ、はい。どういたしまして」


 ごめんなさい。ただ勘違いしてただけです。ただただ色目使っていただけなのに感謝されるとは。てかすごいな、もう名前呼びかよ。彼女持ち陽キャ半端ないって。


「も~それどういう意味?」


「そのまんまの意味だよ。…あ、俺は正彦っていうんだ。マサでもマサヒコでも好きに呼んでくれ。マー君はやめろよ?見たところ周りで同年代なのカイしかいなさそうだし、新人冒険者としても仲良くしてくれると助かるわ」


「私はユリね。ユリでもユリぴでもいいよ。よろしくカイ君」


「あ、うん…よろしくお願いします」


「そんなに硬くなるなよ、俺たち高一だからため口でいいよ。カイもだろ?…あれ、高二だった?」


「え、いや、高一で…だよ」


「だろ?」


「硬くならなくていいよ~」


「う、うん…よろしく」


 陽キャすげぇと為されるがままに口を開く。声が出たこと自体を褒めてほしいところだ。非常に情けないが。


 その後、案内役の人が来るまで扉の前で三人。立ちながら「どこ高?」とか「なんで冒険者に?」なんて他愛ない話をしていると「お待たせいたしました。冒険者適性検査を行うのでこちらに来てください」と扉を開けるおばちゃんが目に入った。

 

 冒険者適性検査――それは冒険者と仮冒険者を分けるためのもの。スキルと呼ばれるダンジョン内でしか使うことのできない超常の力をその人が持っているかいないかを判断するために行わていて、持っていれば晴れて冒険者に、持っていなければ仮冒険者に、と夢と希望溢れる志願者を容赦なく選別する検査だ。


 隣でマサヒコやユリが「お、待ってました」と適性があって当然みたいな反応をしているが、ただただモテたいという動機だけでここまで足を運んだ陰キャは果たして選ばれるのだろうかと内心ハラハラ。ちなみに二人にはお金を稼ぎたいから冒険者になりたいと説明してます。言えないだろ。モテたいから冒険者になりたいです!なんて。


「…はやく行け」


 冒険者になれるかなれないか分からない緊張感と自虐からの自爆で足を止めていると後ろから本日三度目の厳ついおじさんの催促が掛かる。


「あぁ、すみません…」


 ちょっと優しくなるのやめてもらっていいですか?先に扉の中に入っていった二人の背中を俺は追った。

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