36度5分
『36度5分』
36度5分の体温に命が融けてゆく。
24時間ごとに、水晶のような液が一滴。
一滴。
一滴。
一滴。
生温い寝具の中、5.8インチの窓から眺めた世界を理解した気になって。
秒針が鼓膜にプスプスと穴を空ける。帳から漏れ始めた曙光。50㏄の排気音。カラスが夜の断末魔を叫ぶ。
冬を越した窓枠の虫の死骸が、アルミサッシの朝露を浴びた。一日かけて逃げ出した今日が、また始まる。膿んで黄焼けた視界の隅、床に積もった7日間分の抜け殻に足を取られた。
マスクの下、吐いた弱音を再び吸う。肺から全身を巡る。自家中毒。
昨晩あおった甘い毒はとうに甘くない。腹の中で五臓六腑を不愉快に炙り、食道をせり上がる。
息をしたくて、顔面を引き剥がした。裏地に癒着していた愛想笑いが千切れて垂れ下がる。
希死念慮の充満した喫煙所。吸殻の詰まったスチール缶。並んだどのゴミ箱にも適さないそれに手を伸ばしかけ、今日も引っ込める。
1本で5分、人生を縮めると誰かが言った。1箱100分のタイムリープ。この空き缶には何人の何時間分が詰まっているのだろう。
壁のくすんだ張り紙いわく、路上で未来へ行くのは条例違反らしい。
安物の座布団の上で伸びをする。ガラス製のすり減った球体関節が軋む。
軽微な永久変形がそこかしこへ蓄積する。ボール紙に包まれたままの家電に、おせっかいに更新されるプレイリストに、二心房二心室に。
新しいヒビがまた可動域を広げた。一般的にこれを成長と呼ぶそうだ。
36度5分の体温に命が融けてゆく。
24時間に、一滴。一滴。
滴下されてゆく。
くすんだ枕カバーへ、
毛羽立った不織布へ、
耐火性のビニルタイル床へ、
薄く潰れた中綿へ。
一滴。一滴。
36度5分の体温に余命が融けてゆく。
また一滴分、小さくなった。
天球を撫でる 大川黒目 @daimegurogawa
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