第34話『黄金のネクロマンサー』

「ネフィア……」


 俺はこの時、ようやく我に返った気がした。すべての記憶までは戻らずとも部分的には、知ってしまった。俺はかつて黄金族であったことを……。女神への憎しみと、仲間を失い打ちひしがれながらも進んだ旅路の一部を思い起こす。あの時と大きく違う今は、仲間がいて皆がなんらかしらの形で存続していることだ。


 かつて皆を故郷へ送り返した際は、どこか自暴自棄になりつつあったのかもしれない。どうしても残らなければならない者がいる時点で、生贄が必要なのと同義だ。助けたい気持ちとどこか恨めしい気持ちが混在していたのは、嘘ではない。


 ただ今いえるのは、記憶や思い出は時間と共に霞み薄れる。今いる新しい仲間が最も大事な存在になるのは、至極当然なことだ。


 ようやく過去互いに思いあった最愛の者との対面は、俺の記憶を呼び起こすと同時に、奥底に眠っていた思いも湧き上がる。過去を体現するかのように、俺の体には黄金の粒子がまとい、中空には俺の黄金粒子が漂う。


 目の前にいる天使は忘れるはずもない。かつての俺の同胞であり最も愛した天使だ。ネフィアは俺が死を賭した時、必ず復活すると予言した者のうちの一人だ。今こうして拘束されているのは恐らく、数千年前に約束した通り、自ら進んで仮死状態にして俺の帰還を待っていてくれたのだろう。黄金魔法を浴びることで目覚める仕組みだからだ。


 他の誰でもない俺が、最後に渡した黄金魔法のインゴットで実現させた魔法だ。当然ながらこの拘束具の解除も俺なら造作もない。


 中空を払うように手をかざすとすべての鎖が弾けとび、当時のままの姿形で俺の前に現れた。真っ白なチュニックに金色の文様が施されており、豪奢な雰囲気を漂わせている。白銀の髪はどこか灰色に近く艶やかで、肩にまでかかる長さは当時のままだ。潤んだ黄金瞳は、すいこまれるほど魅力的で目が離せなくなる。同時に濡れたように艶のある唇は淡いピンク色で魔性を持たせている。


「ジン会いたかった……。本当に……会いたかった」


 泣きじゃくるネフィアに俺の胸をかすと、しばらく泣き続けていた。この時ようやく、この地での戦いが終わったことに気がつく。


 しばらくしてネフィアが泣き止んでから俺は、ヴィネのいる陣営に向かおうとすると、すでにそこにヴィネが待ち構えていた。なんとも言えない笑顔で迎えてくれる。


「ジンやはりあなたってほんと、おもしろい。まさか黄金族の中でも伝達の黄金ジンなんてね」


「なんとも言えないな……。俺には、ほとんどの記憶が失われているんだ」


「そう……なのね。私たち魔族は、あなたたちを歓迎するわ」


「ああ。助かる。ただ俺には探し物があってな。また旅に出るんだ」


「ふうん、そう……。ちょっと残念ね。すぐ戻れるの?」


「なんとも言えないな……」


「わかったわ。私、待っているから」


「あ、ああ……」


 なんだかすごい迫力を感じるのは気のせいだろうか。


「え! ちょっとジン? また女作るつもり?」


「え? いやそういうわけじゃ……」


 ネフィアが詰め寄る。するとそこに六花とリリー、リラや鉄仮面たちも集まってきた。なんだか皆の視線は突き刺すようで痛い気がしてきた。


「皆、紹介する。ここにいるのは元同胞の天使のネフィアだ。つい先ほど、数千年ぶりの再会をしたんだ」


「……ど、ども……」


「あれ? そんなに人見知りだっけか?」


「え? なんというか皆目線が……」


「私はリラよ。ジンの恋人。今は死んでいるけど、蘇生をしてもらうの」


「蘇生?」


 何かネフィアの受け答え自体が、挙動不審な感じに見える。蘇生については俺から説明を追加した。


「ああ、そうなんだ。今は影化魔法でかろうじて保てている。黄金蘇生をするつもりだ」


「え? ジン本当に? 当時でも大変だったあの黄金蘇生をやる気なの?」


 驚きリラと俺の顔を何度も往復するように見ていた。


「ああ、そのために旅をしている」


「そっか……。リラさんだっけ? 愛されているのね」


「もっ……もちろんよ」


 妙にどもるリラは普段と違っていた。お互い初対面どうしで、緊張しているんだろう。他の者も交えて一通りの紹介が済んだ後に、今すぐにでも、やらなければならないことがあるのを皆に説明した。


 今はまだ俺の黄金化が維持されている。目覚めたばかりでまだ不安定さが残る。そのため、今できる最善のことを実行したかった。影化を黄金魔法で実行することだ。


 この方法で肉体を持たぬ者は、あらためて再構築しすることで得られる。ただしリラはすでにあるためできない。


 今の時点では、影化した配下のうち残った者は、カロとグラッドとリラの三名だけだ。このうちのリラを除く二人に肉体を新たに与えられる。


「カロ、グラッドよく聞いてくれ。俺の黄金化がまだ続くうちに、影化を黄金魔法で行う。この方法で二人は肉体を取り戻せる。黄金魔法で再生成した物にはなるものの、間違いなく自らの肉体だ。受けるか?」


「ジンありがとう。凄く嬉しいけどそうすると、永遠に仕えられなくなるわ」


「ジンさま。ありがとうございます。私もグラッドと同じ意見でございます」


「二人とも……。ありがとう。説明が足りなかったな。この肉体は黄金魔法を一部引き継ぐ、従って自ら命を絶たない限り永遠だ」


「ジン、望みます! 永遠に忠誠を捧げます」


「ジンさま! 私も永遠に忠誠を捧げたく存じます」


「わかった。二人ともありがとう。――では行くぞ”黄金影化!”」


 俺はひざまづく二人に、手のひらから勢いよく黄金の息吹を吹きつけた。すると、一度半透明になって、次第に黄金の粒子で再構築されていく。その様子は、足元から徐々に頭の先まで肉体は再生成がされていった。身に付けていた衣類も同時に再生されて、以前とは違った質感に見える。


「黄金のネクロマンサー……」


 誰かの呟く声が周りに伝播して、”黄金のネクロマンサー”と地鳴りがするほど大合唱が行われた。しばらくすると二人の意識が戻ってきたのか、跪いたまま自らの手を開閉させたり顔に触れたりして、自らの存在を実感しているようだ。


 大粒の涙を流しながらお礼を述べる二人は、声にも言葉ともおぼつかない状態で、涙しながら語った。その瞳は、俺の黄金の瞳を受け継ぎ金色に輝く。


 この瞳はネフィアも同じだ。ある意味、黄金族の同志は同じ瞳をもって生まれ変わる。


「リラ……。準備がすべてできた暁には、リラの再蘇生をさせてほしい」


「うん。わかったわ。でもね……ジン。ムリはしないでね。ゆっくりでいいの」


「ああ、ありがとう、リラ」


 俺は思わずリラを抱きしめていた。


 いつの間にか朝焼けが俺たちを覆う。戦後の後片付けをヴィネが陣頭指揮を取り、この地を魔族のものとして併合していく。俺の黄金化はいまだ解けず、維持したままだ。恐らくはどこかで一度は解除するはずだ。


 そして次に黄金化をすると、恐らくは生涯黄金化したままの状態で維持される。俺たち黄金族と言われる所以は、そこにもある。


――数刻後


 ヴィネにはしばしの別れの挨拶はすでにしてある。あとは俺たちの旅路の始まりだ。俺はこの後も変わらず影化で苦しむことは想像に難しくない。そんな状況でも今は以前と違い、カロ・グラッド・鉄仮面・六花・リリー・ネフィアそしてリラがいる。黄金化できずに去ってしまった影化した者たちは、遠くできっと俺たちを見ていてくれていることだろう……。


 俺は皆とともに、旅の目的である黄金蘇生を目指して、一歩踏み出した。女神やその使徒たちとも、今後戦いは激化していくだろう。今度は仲間と共に、憎しみから希望へと時代をつなげていければいいと俺は思う。


 俺の黄金魔法よ、仲間共に永遠に……。


 「黄金のネクロマンサー……」 


(完)


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