第33話『勇者殲滅』
「黄金族がなんだっていうんだ!」
勇者の一人が叫んで、突撃していく姿が見えます。どうしたことでしょう、私リリーの目から見るとなんだか勇者がとても滑稽に見えます。
ここまで歴然とした力の差があるのに挑まなかればならないのは、勇気ではなく蛮勇と呼べるでしょう。その差を誰が見ても明らかなため、魔族たちは誰一人として身動きせずにジンさまの動きを見ておりました。
すると、ジンさまが右手を正面に向けた途端、走っていた勇者は足がもつれたのか転んでしまい二度と起き上がることはありませんでした。手のひらから淡い光の球を吸い込み終わった様子です。
そこでも魔族たちは一斉に歓喜をあげて士気が異常なほど高まっております。
高まらないのは嘘と言えるでしょう。目の前にあの伝説の黄金族がいるのですから。さらにその中でも最強と呼ばれた”黄金ジン”がいるのです。数々の逸話とたった一人で立ち向かった話は今でも語り継がれており、皆の憧れとなっております。
その内容のほとんどは、魔族の復興に力を貸してもおり、魔族の間で黄金族はまさに神であるのです。その神でもあり最強の英雄がそばにいて、頭が弾けそうなほどの興奮です。気持ちが高揚しないなんてことが、あるわけもありません。
もう一人の勇者は逃げるに逃げられず、何かを仕掛けようにも圧倒的な存在すぎてどうにもならないといった状態なのかもしれません。すると何か意を決したように何かを取り出し飲み干しています。お酒でしょうかそれとも何かの薬でしょうか。
勇者の体からは銀色の霧が吹きあふれてジンさまの真似をしているようでなりません。とてもけしからんと私は思います。まだあの色は銀色なので許されます。方やジンさまは剣を下げたまま何もしようとしませんでした。
どうしたことでしょう。どんな思惑があるにせよ、このまま無抵抗を貫くのでしょうか。勇者は最後の力を振り絞ってなのか、大魔法を駆使するかのように中空に浮きはじめました。すると、今までに見たことのない大きさの円環を、いくつも呼び出して何かを召喚しようとしています。
「あっ、あの姿は……」
誰かが叫ぶと間の前には火炎の魔人、巨大なイフリートが姿を表して、ジンさまを踏みつけようとしています。ところがジンさまは身動きすら見せずに、イフリートを見上げると途端に動きが止まり霧散してきました。
見るだけで、敵を壊滅させるとなるともうまさしく神のごとくです。
勇者は唖然としているのか、もしくはやけになったのか魔法は諦めてしまい自ら剣を持ちジンさまに迫っていきます。
同じくジンさまは身動きすら見せず、まっすぐと勇者を見ています。その勇者も同様に途中で動きが止まりチリのように体が消失していきました。この勇者の魂でしょうか淡い光の球を再び手のひらで吸い取ると、勇者は誰もいなくなりました。
ここでまたいっそう高い歓声が沸き起こり、”黄金ジン”の掛け声が地響きのように、うねりをあげて響きます。人族はもう、切り札となる勇者をすべて輩出したのでしょうか。何かを叫びながら、奥へ引き下がっていきます。まだ何か手がある様子です。
魔族たちもジンさまの邪魔をしてはならないと思ったのか、ことの成り行きを見守っております。すると再び現れてきたのは、巨大な巨人族と竜が現れてきました。巨人族は訝しげにジンさまを眺めており、反対に巨人族よりはるかに強そうな竜は、ジンさまを見て怯えているのです。
この対照的な二匹はどこか人族の指示を待っているそんな感じの素振りに見えました。目線は違うもののまだジンさまに対して、明確に敵対していないためか、ジンさまは動こうとはしませんでした。
少しの間起きた沈黙を脱したのは、人族でした。何か指図をしているのか、喚いています。するとどうしたことでしょう。巨人族は人族を捕まえると、そのまま自らの口に放り込み咀嚼して食べてしまいました。
食べ終わるとジンさまの前までゆっくりと歩いていき、跪き首を垂れております。同様に竜もまたゆっくりと近づくと首を垂れており服従するかのように、伏せの状態でおります。
ジンさまは何かを話すと、この二体はどこか嬉しそうな顔をして、ジンさまの後ろに下がっていきました。その後、ともに城のある方角を向いた姿は、従属したかのような様子です。
ジンさまは動かず何かを待っている様子でした。しばらくすると奥から現れてきたのは三人いました。一人は全身を黒い鎧で覆われた人物。もう一人もまた、真っ黒な漆黒に近い色を纏うかのようにローブをきこむ女性。最後の一人は、同じく濡羽色をしたローブに身を纏う女性でした。
あの人らは”黒勇者”と名乗りを上げています。敵対をするつもりなのでしょうか、それとも友好なのでしょうか。答えは残念なことに、黒鎧からの一方的な攻撃からはじまりました。ジンさまの右はカロさまとグラッドさまがおり、左手には先の巨人族と竜がおります。
側から見ると蛮勇にしか見えませんでした。なんてけしからん人なのでしょう。ジンさまの前で跪いて、慈悲を乞うべきです。
ところが勢いよく飛び出した勇者は、真正面から黒い大剣を抱えて刺突を繰り出します。今までの人たちに比べたら児戯に等しいといえるぐらいの速度です。するとジンさまは避けようともしませんでした。その突っ込んでくる黒鎧は切先と鎧も同時にチリと化していき、ジンさまに到達する前にすべて霧散して消えていきました。
その様子を見ていた後方に控えている二人の魔導士風情は、二人それぞれで巨大な魔法陣を操り何かをしようとしています。二人とも手を両手で手を繋ぎ黒い靄に包まれると、わずかな時間で二人は半分ずつくっつき、一人の人に生まれ変わりました。
その時一瞬にして、中空に数十個もの紫色をした円環の魔法陣が垂直に現れました。中からは、天使のような白い羽を生やす人型が現れてきます。背丈は、ジンさまの二倍近くありそうです。
次々と天使もどきが現れて、この魔女の頭上を浮上しています。あっという間に空を埋め尽くしました。この膨大な数には、驚き以外何も表現ができないでいます。
あの魔女は突然勝ち誇ったかのように高笑いをしております。もう勝った気でいるのしょうか。私のジンさまが、そんな数で押し寄せる輩に負けるはずがありません。
ジンさまは、右腕を頭上高く掲げると上空に向けて黄金の火炎を吹き付けました。すると周囲にはまるで、黄金の雪が舞い降りるかごとく、さんさんと降ってきます。あまりの美しさに今が戦闘のときだというのに、この景色に見惚れてしまいました。
天使たちは我先にと今度はジンさま目掛けて突っ込んでいきます。どこか様子がおかしいです。歓喜に満ち溢れてはいるものの真剣な眼差しでジンさまの前にくると一斉に跪きました。
魔女はあっけに取られているのか、呆然と立ち尽くしている様子でした。
ジンさまはゆっくりと魔女を指さしまいた。途端に天地たちは、一斉に手のひらに光を集めると、魔女に向けて放ちました。まっすぐに伸びるその光は魔女の体を貫き背後の建物すら穿ち、大穴を開けています。当然ながらこの数の天使たちから放たれた物ですから、跡形もなく消滅してしまいした。
こうして恐らくは、すべての敵対する勇者は消えたことでしょう。
私たちは皆で歓喜を上げて喜んでいます。ところがまだジンさまは奥を見つめたままです。何があるというのでしょうか。すると突然黄金の剣の切先を正面に向けて、黄金の火炎を放ちます。黄金の大蛇がうなりを上げて正面の建物をすべて飲み込んでいきます。
建物が消えてなくなるとそこに残ったのは、鎖で繋がれた女性の天使でした。地面から杭打ちされた鎖は魔法陣の中にあり、鎖にも文様が施されていて身動きが取れない状態になっています。
その首を垂れていた天使がゆっくりと頭を持ち上げると、少し疲れた様子を見せていました。その美貌には嫉妬を禁じ得ず、思わず唇を噛み締めてしまいました。
「――ジン。待って……いた……よ」
今この天使はなんといったのでしょう。私の聞き間違いではないかと耳を疑いました。ジンさまの顔はどこかとても悲しそうなそんな目つきをしています。
私の心はどこか、とても切ない気持ちに包まれてしまい目が離せなくなりました。心がかきむしられるような、そんな気持でがあふれてしまいました。
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