第30話『別格』
――強い。
今までの勇者たちとはまるで別者の覇気がある。しかも勇者だとわかる独特な何かをもつ。今は影たちを出すわけにはいかない。
「カロとグラッド。決して出るな! 命令だ」
「ジン……。わかりました」
「ジンさま……。それでもジンさまが危機の時は……。私は、差し違えてでも……」
「ダメだ! 俺はおまえたちを失いたくない」
念話で力づよく意思を押しとおす。
「六花、リリー気をつけろ。守護者並みと考えるんだ」
「うん!」
「はいっ!」
空気がこの瞬間、引き締まるような感覚を肌に感じる。暗雲が立ち込めて何かが変わろうとしていた。
「黒華!」
「氷華!」
俺と六花は、もちえる最大の火力を放つ。同時に時間が間延びしていく。この間に黒華を最初に放った位置から時計周りに二度放つと、回避不能な黒華が直撃はするも変化が見られない。時間が元に戻ってくるとその後に氷華が激突。
「やった?」
六花は言葉と裏腹に厳しい視線を勇者に向けていた。
「いや! 奴は無傷だ」
俺と六花はきっと厳しい表情をしているだろう。思わず歯を食いしばる。今のが効かないとなると、もう魔法はどれも厳しい。そうなると魔剣がやはり頼りだ。
頭上から先の暗雲からしとしとと雨が降り注ぐ。気温も俺たちの体温もそして運気すら押し下げているようなそんな気がしてならない。
背負う魔剣に手をかけ何かに反応したのか魔剣は呼応する。どこか食わせろと言わんばかりの覇気を感じさせる。ある意味頼もしい存在だ。
「あらあら、それだけ?」
また随分と余裕そうだ。勇者の本来の実力なのかと思いはしても、気圧されることはない。選択肢は一つだけだからだ。やらなけらばやられる、ただ純粋にそれだけだ。
もう一度時間を間延びさせて、魔力砲を放ち直撃させる。この攻撃もやはり、傷一つつかない。なんらかしらの防護があるのかもしれない。俺は瞬間移動で頭上に移動し、魔剣で切り落とそうと迫る。この時間では防ぎきれないはずでもさすが勇者だ。わずかに、体は反応している様子が見てとれる。ところが、防ぐどころか無防備のまま変わらなかった。
その状態であるのがよくわかった瞬間だ。剣が当たっても、ゴム板を爪楊枝で切り裂こうとしているような、奇妙な感触を味わう。
まったく切り込みが入らない。
このまま背後に転移して、横一文字に胴体を切り裂こうとしても同じ感触でしかない。さらに背後から刺突で攻めようにも、まるでゴムタイヤに爪楊枝で挑むかのごとく、刺さらない状態だ。
異常なほどの防御力であることが判明する。このままだと完全に手詰まりで、次の手が思い当たらない――。
そうしているうちに、時間はすぎ元の時間に戻ってしまう。
「そこまでしても通じないでしょ? 逃げることがムリだとなぜわからないの?」
「ああ。努力しているさ、こんなんでもな」
「かわいいのね……。坊やッ!」
最後の言葉に力を込めたかと思うと、変わらず頭上から魔力の塊に近い”何か”が降り注ぐ。その大きさから雹が降るのと変わりない。
「リリー!」
「ジンさま!」
俺は咄嗟にリリーの前に出ると、魔剣を盾がわりにして頭上からの落下物を防ぐ。六花は、自ら氷結魔法で盾を作り出し防いでいた。
さらに雨は変わらず降り注ぎ、息が白く体に当たる雨の雫は冷たい。
今は打てる手がなく、攻めあぐねいていた。今は魔剣を頼りに防御一辺倒で動けない。何かあるはずだと頭を巡っても打開策が見当たらない。
「もう一度、この魔剣で……」
「ジンさまお待ちを! あの力をまだ試されておりません」
「あの力……」
俺はすっかり忘れていた力があった。幾度となく使ったのに戦闘となるとうっかり失念してしまう。そうだまだ俺には手があった”影化”だ。
「ジンさまのあのお力なら……」
すがるようにこちらを見るリリーの目は、強い光が宿る。まだ諦めていない目だ。俺は何を弱気になっていたのか、考えて見ればすぐ近くにヒントはあった。しかも使えばすべての遺体が俺の陣営になる。ただ今回はその方法ではない。力その物を使うことだ。
「ありがとうリリー」
「いえ! お役に立てて何よりです!」
「いくぞ! 影化!」
俺は左手に魔剣を持ち替えると右手をかざして、魔力の腕を呼び出した。予想以上だった。まったくびくともしないこの鉄壁な硬さを誇る手は、まったく勇者の攻撃を寄せ付けない。
右手でそのまま勇者を一瞬で掴む。
「くっ! なんだその力は!」
先ほどとは打って変わりかなりの焦りが見えた。力を込めて握ると薄いガラスの割れる音が周囲に鳴り響く。まるでガラス板を盛大に割ってしまったかのようだ。
「握る力の方が強いか……」
「バカな! この防御を崩すなんて有り得ない! 離せ! 放すんだ!」
「お前は勇者か?」
何も答えないところを見ると肯定と受け止め、俺は一気に握り込んだ。
「グルップアギャー」
断末魔の叫びを上げると、握る魔力の手から血肉が溢れ出す。決して鮮やかな物ではない。グロテスクな肉の塊だった。
同時に雨が止み、曇り空が広がる。まるで奴自体が暗雲を誘き寄せていたみたいだった。
「ジン、やった!」
「ジンさま、倒せましたね」
「ああ。二人ともありがとう」
中空に浮かぶ淡い光に向け手をかざすと、手のひらの闇に吸い込まれていく。この一個を足すと五個目だ。人数を重ねるほど、相手は強くなっている気がする。周りの遺体や肉塊に向けて影化をしたいところではあるものの、ここは敵地であり悠長に無防備を晒して追随体験をするわけにも行かない。
そのことを考えると、少し名残惜しくもありながら、この場から離れて勇者を探しに再び向かう。
今はどこともわからない道を進む。正門から入り通路を抜けて、中庭に到達後戦闘をして、また別の通路から広場に出る。そもそも城について事前情報もなく調査もしていなかった。というより、王城内部など数日程度では調べることなどままならない。基本的に王城は、機密事項の塊だからだ。
当てもなくただ彷徨い続けていると、どこかの訓練場にも見える場所に一人佇む者がいるのを見つけた。
間違いなく手練れな風情を醸し出す。勇者は単なる力まかせの者たちばかりではないのかと疑問がよぎる。どう見ても不釣り合いな感じがするからだ。
この闘技場に見える場所にフードをまぶかにかぶる女性なのだろうか、何かを待ち構えるようにしている。認識阻害がかけられているのか、よく見えない。すると瞬時に間合いを詰め右の拳が俺の腹を貫こうとする。再び間延びする時間を操り、俺は難なく避けると見覚えのある顔が見えた。
顔というよりは、仮面だった。俺と同じ目の部分にしか横のスリットが入っていないマスクだ。そう鉄仮面だ。彼女は人側の対応をするのか、それとも魔族側の部隊なのか気になった。
俺はこのまま背後にとり、首筋に剣をあてて時間が元に戻るのをまった。この間延び時間は、終わるタイミングはあまり自由にはできない。
元に戻るとまるで俺がそこにいるかのように拳を振り上げた。同時に首筋の剣を意識して動かなくなる。そこで剣を離し確認してみると、味方の識別だ。どこか息が詰まるほどの何かを吐き出すかのように安堵していた。なぜか、この人とは戦いたくない意識が強い。理由はよくわからないけどでた答えだ。
「久しぶりだな……]
「別行動とやらはもういいのか?」
なぜかこの者鉄仮面といるときは、故郷に戻ったような懐かしさを覚える。そのためか普段とは違う落ち着いた俺がここにいる。
「まあ、落ち着いたからここにいる。そんなところだ。それにしても随分と顔つきがよくなったな。死線のしかもとびきりなやつを潜ったか?」
「ああ。そんなところだ。本当にとびっきりのばかりさ」
「なるほどな。実戦に勝るものはないよな。ちなみにここの王はひどいやつだからな。お前が魔族と手を組んでも、ぜんぜん不思議じゃないさ」
「今俺は、勇者の魂を求めて単独の遊撃隊として参加だ」
「なんだうまいこと世渡りしているな。てっきりどさくさに紛れ込んで入ったのかと思ったよ」
「五人だ……。五人目だけはかなり強かった。魔法も剣も効かない相手だったからな」
「そんな奴が混じっていたのか、私も手合わせ願いたかったよ」
「そんな楽なもんじゃないぞ」
「命のやりとりってのは、いつもそんなもんだよ。死ぬときは死ぬさ」
この鉄仮面はどこか遠い目をしているようだった。過去に起きた何かを思い出しているんだろう。
「……そうか」
俺はとくにそのことについては触れずにいた。何もできないしどうにもならないからだ。
「ジンだっけ? どっちに向かうんだ?」
「俺はこの道なりに進んでいく」
「そうか、私はちょっと依頼をこなしてくるんでね。また会おう」
「ああ。息災で」
「ジンもな」
互いに目くばせするかのように合図をすると互いのいく道に向かった。ただ、あの覇気はなんなんだ。俺とわかった途端に力を抜いていたものの遠目から見たときは、かつてないほどの危機感を覚えていた。
「一体何者なんだ……」
疑問はすぐに別の意識が向き、霧散していった。次に討ち取るべき勇者がいたからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます