第29話『激戦』

 筋肉を引っ張るような、どこか筋繊維を引きちぎる激痛に襲われながらも、驚異的な跳躍をした。目の前にいる勇者目掛けて剣を刺突させる。

 

 まさかここまで跳躍するとは思ってもいなかったのか、一瞬驚きを見せるとすぐに後退した。ところが、そうはさせまいと魔剣の切先は魔力を固めて槍の如き勢いをつけて伸びる。


 わずかに後退しただけだったことで切先は深々と腹に突き刺さり、勇者は大量の吐血をして落下する。止めを刺すべく、先に地上に降りた俺は落下地点に向けて駆け出す。


 勇者は魔力を使ったようで着地は無事できた様子だ。ところが、剣による深傷を負ったところは治療が困難に見える。この魔剣で斬られた傷は、回復系統の魔法も薬剤の類も一切聞かなくなる。そのことに気がついたのか慌てている様子が見受けられる。


 さすが勇者というべきか、まだまだ諦めた様子は見えない。


 手負いな奴ほど危険なのは、どこの世界でも同じだろう。まだ何か奥の手を隠し持っていると考えて慎重に距離を詰める。向こう側から仕掛けてこない以上こちらから一気に間合いを詰める。


 時間の間延びがはじまった。


 俺が真正面から、袈裟斬りに剣を振り下ろす。当たる直前に、勇者の手元から渾身の一撃と思える魔力の塊が見える。俺の胴体目掛けて放たれたことが見て取れた。ただし通常の時間軸なら、俺も打つ手なしとなって相打ちを覚悟するところだった。ところが今の間延び時間は俺の土壇場だ。


 勇者が放つ魔法はまだ俺には届かない。剣を振り下ろすのは取りやめて、勇者の背後に移動してから再度剣を振り下ろす。この挙動は勇者には感知も認識もできない超高速な領域にいる。

 

 あらためて、袈裟斬りに剣を振り下ろして斜めに体を両断する。その後元の時間軸に戻すと、勇者の渾身の一撃は空を穿ち俺の剣は勇者を両断して、相手はこときれた。おそらくは何が起きたかわからないうちに死んでしまったことだろう。


 先と同じように、魂と思える淡い光の球体が現れた。俺の手のひらに闇を作るとその中に吸い込まれていく。ここまででようやく二個。こちらは味方に負傷はなく、影のことは別にして順調そのものだ。


「ジン、結構相手は手強いね」


「ジンさま。勇者たちの動きその物は、手練れというより力任せに近いですね」


「ああ。急に得た力だから技術が追いつかないのかもな。ただそれでも、一歩間違えば全滅だ……」


「そうですね……。この手強い人があと八人もいるんですか?」


「もし十人ちょうどならな……」


 その時、不意に何かの強い殺気を浴びせられた。頭上から何かを叫びながら降りてくる者がいる。見た目はこの者もまた同じような年齢だ。わざわざ自身の存在を知らしめた上、的になりやすい上空からの攻めはまだ戦闘に不慣れなんだろう。何度か死線を潜り抜ければ俺のように少しはマシになるかもしれない。ただ、次回はない。


 見た目は俺と同じく身幅の広い両手剣を構えている。体は豪奢な雰囲気をもつ、フルプレートの鎧に身を纏う姿でやってくる。


 激昂しているのは、目の前のこときれた勇者と親しかったのだろうか。知る由もない。俺はそのまま黒華を全力かつ最大の魔力で出迎えるべく放つ。


 何を思ったのか、避けもせず余裕そうな顔つきで、剣を構えたまま落下してくる。黒華と激突する瞬間、驚愕な表情をして飲み込まれる。魔法が晴れた後、魔法の範囲を外れていた箇所だけの部位が落下してくると地面に激突して肉塊を散らす。


 ここでも魂の淡い光を確認できたので、手のひらから吸い込む。今回でみっつ目だ。かなり拍子抜けではある。とくに三人目は無防備さがあだとなり、自ら消滅しただけだ。ここまで稚拙なのは残り全員だとありがたい物のそうは行かないだろうとも思っていた。


 自らしゃしゃり出てくる者に、そう強い者などいないからだ。ここには他に気配がなく、俺たちは王城へ向かった。


 向かう先々で魔族がかなり深いところまで侵攻していたからか、あたりは凄惨の一言に尽きる。ここまでくると、もうこの王城に生存者はいないかとすら思えてくる。


 王都というだけあって広く密集はしている。その分人も多いはずが、この遺体だと妙に数が少ない。恐らくはどこかに避難している可能性が高い。俺が参戦すると決めた時にはすでに、周りを魔族で監視するかのように囲っていたので外部へ脱出した形跡はない。


 そうとするならば、やはりどこかに身を潜めているに違いない。どの程度か検討はつかないものの、かなりの規模があるのではないかと予測する。すでにそうした物があるのは、攻められ蹂躙されることも想定していたんだろう。恐らくはその避難した先から、外物への脱出ルートがあるのではないかと予想している。


 そのことについては、俺たちには関係がない。変わらず俺は勇者狙いでさらに奥を探しはじめた。


 正面にある門は普段なら静謐な雰囲気の入り口は、今や肉塊だらけの地獄門というにふさわしい。門を超えて王城の中に入ると、綺麗に整えられた石畳の通路は今や見る影もなく、破壊されて血塗れになっている。すでに倒された遺体が複数転がっており、視界に入る範囲で遺体がない場所を探すのに困難なほどだ。


 そこには魔族の遺体もあることから、手練れの兵士かまたは勇者かのどちらかが殲滅をしたのだろう。まだ予断は許さない状況だ。

 

 実は派手な魔法を使わない限り、対峙しても静かなことの方が多い。ゆえに、音以外に殺気の漂う場所に注意を凝らす。気配を追ってさまよううちに、中庭に出てきてしまった。この中庭というのは実は非常に悪い。周りから視認されやすくまた、周囲の建物から狙いがつけやすい。他には限定空間になるのでやりずらさもある。


 やはりここにいた。


 その場にいた最後の一人だろうか、魔族は体を貫かれたまま、大剣を離さぬようニヤけながらこときれる。恐らくは、俺を見つけたからだろう。仇を討つような間柄ではないものの、死に際の願いを無碍にするほど、ドライでもない。俺はその瞬間に黒華を放つ。


 魔族と大剣を掴む兵士の二人を飲み込むとチリも残さす消滅した。どうやら勇者とは異なる様子だ。そのまま建物の壁も消滅させると、馬車数台が走れるほどの大きな穴を開け向こう側が見えるほどになる。


 ここには気配がもう一つ存在した。手を叩き、拍手を繰り返す人物は屋上から飛び降りてくると身軽に着地をした。どう見ても男の魔法士で、しかも勇者風情である。ここではじめて、勇者側から声を発してきた。


「やあ、君すごいね。覆面はつけていても同郷に見えるのは俺の気のせいかな?」


「東京出身だ……」


「東京ね。何も話してくれないかと思ったよ」


「一つだけ聞いていいか?」


「もちろんだよ」

 

 随分余裕がある態度だ。反対に焦りもあり、何かを準備しているのかもしれない。なのでこちらは不意をつく。


「敵か?」


「そうだね――。おわっ!」


 何かの変化を感じ取ったのか、驚き声をあげている。俺は会話の途中で、相手の返答を待たずに時間をすでに間延びさせて横一文字に剣をなぐ。さらに上段から振り下ろし切り落とす。最後に黒華を放つ。体は横に上下に二分されて、さらに縦に両断された。最後に黒華で焼き尽くす。


 俺が求める物は、勇者の魂。ゆえに和解も妥協も存在しない。あるのは相手の死しか選択肢がない。


 時間が元に戻るとそこには勇者の魂の光がぼんやりと浮かぶ。前回と同様に吸い込み四個目を手に入れた。おかしい。どこか順調すぎる……。


 俺はこの場を離れてまた別の場所に向かう。通路を抜けた先にあったのは想定以外の存在がそこにいた。なんだこの気配は……。


「初代……?」


「ジンさま。再び目覚めたこと語り尽くせぬよろこび。また来世に……」


 突然影の初代が現れ俺を攻撃から防ぎその身を散らす。すると次々と上空から降り注ぐ攻撃に、初代と共に目覚めた者たちは攻撃を受けると体を散らしてく。なんだ? 何が起きているんだ……。


 再召喚にも応じない。むしろ存在自体が消滅したように感じる。この攻撃は、影たちを消滅させてしまう何かだ。


 すると不敵な笑みを浮かべ、中空に浮かぶ勇者の魔法士がこちらを見やる。年齢は三十代に近いだろうか。妙齢の女性がこちらを見下ろす。


「刃をもつ者は、またその刃で狩られるわ……」


 俺を見据えるその目には、憎悪が満ちていた。


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