第31話『鉄仮面』
「……いつの間に現れたんだ」
唐突に目の前に現れた奴は、馬車を縦にして四台分ぐらいの近距離で俺たちを舐めるように眺める。
「ジンあれ、突然現れた……」
「ジンさま。ジンさまの瞬間移動みたいに残像が一瞬見えました。気のせいかもしれないですけど」
なるほど、こいつはもしかすると俺と同じ瞬間移動が可能なのかもしれない。見た目は全身真っ白なフルプレートの鎧を着込み、豪奢な文様や装飾が施されている。顔つきは、俺と同じ民族のように見える。つまりは日本人だ。髪色は黒髪で、肩にかかるほどではないぐらいだ。長くも短くもなく切り揃えている。どことなく、どこかのお坊ちゃんのような雰囲気さえある。
「六花、リリー。俺は瞬間移動で攻める。身を守ることに徹してくれ」
「わかった」
俺は即座に、瞬間移動で刺突を繰りだす。慣れてきたとはいえ、思った瞬間にその狙った位置にいるというのは、最悪待ち構えられたら終わりに近い。そのぐらい危険度も高い移動方法だ。
やはりというべきか、勇者風情は少し多げさなほどの動きで横へ瞬時に動く。再び正面から今度は刺突で迫る。今度もまた大きく右側に避ける。
間合いの取り方が非常に大きい。慣れないのかそれともわざとなのかまだ掴めないでいる。ただ、安定している動きからするとおそらく後者のわざとなんだろう。この方法で相手の隙を突くつもりなのかもしれない。
俺は思い当たることがあり、影化を試行した。魔力の手で俺を薄く包みこみそこで、連続して攻め立てる。一定の感覚で時計回りに攻めてみたり、前後左右と変則的に攻め込んでいく。再び、時計回りに攻め込むなど、パターンをあえてわかりやすくしてみた。
そうすると、やはり思惑どおりだ。どの程度の力を込めたのかわからない中で、俺に向けて刺突をすでに出していた。ところが動きを変則的に変えて、待ち構えていた刃を回避する。その方法で追いつき、俺の移動した先にナイフを構える。
たしかに今回は体に当たり、ナイフがアルミホイルのようにひしゃげた。
影化による魔法の手は、うまく機能していると言えるだろう。対策が功を奏して相手は驚くものの、俺は再び攻め込む。先ほどよりニヤついた顔つきは消え失せており、今や必死の形相だ。
俺は魔力の手の射程範囲から、この勇者を掴む。徐々に力を込めて、断末魔には獣のような叫び声をあげたあと、肉塊になった。地面に転がる血肉は真っ赤に染まり、血は赤黒くなっていく。
またしても淡く輝く球体が出現して、俺は右手の闇をかざし吸い込む。今回ので六人目だ。
「何ッ!」
「うあ!」
「わっ!」
三者三様あげた声は異なり、届いた攻撃は一種類だけだ。地面から水平に、親指大の氷の粒が回転しながら無数に迫る。まるで雹が、水平に降るかのように、空間の中でひしめき合うようにして迫ってくる。
リリーは俺の背に隠れ、俺とリリーを含めて全体を魔法の手でガードする。あまりにも数が多いため、ぶつかる時の衝撃音がまるで轟音に聞こえる。しばらく耐えていると、ほぼ無制限に近いと思われたこの攻撃は、目の前の人物の登場で突然止んでいた。
「あら? 同郷かしら? 結構頑張れるのね?」
声のした方角を見上げると何もない中空に、まるで足場があるかのように佇む女性がいた。艶やかな黒髪は背中までかかるほどの長さだ。紫紺に近い色をしたローブは、見た目は薄く豪奢な装飾が施してあり、煌びやかでかつ軽やかそうだ。その内側には、艶かしい体つきを強調させる濡羽色の衣類をきており、胸を強調するデザインで、人目をひく。
首筋が白く、きめ細かさが際立つ様子をこの距離からでも伺えた。誰がみても二度みてしまうほどの美女で、つんとした目つきと、濡れたように見える唇がどこか妖艶さを醸し出す。
どうしようもないほどの不穏な予感は、雨雲とともにやってきた。あたりは薄暗く昼間だというのに影が見えずらくなる。無言のまま視線を交差していると、いつの間に雨がポツポツと降りはじめた。今日はやたらとふる。
今でも魔力の手で防御体制は解除していない。このまま俺は全力で放つ、黒華を……。
「――黒華!」
大蛇のようなうねりは一瞬にして、この美女に到達する。ところが何かの防護膜なのか、黒華が当たるとうっすら形がわかり受け流す。五分以上放ったままにしても、変化がないので消した。
「あら、凄いのね。あの規模で、なんともないなんて……」
「お前こそな」
「ん? 私? 私はいいのよ。だって、無敵の勇者さまよ?」
「……」
「そういうあなたは、敵かしら? かわいい子を侍らせておいて、私に手を出すなんていけずね」
「……」
「あら、ダンマリかしら?」
俺は魔力の手を使って奴を握りしめた。ここまでくればあとは、もう逃げるも潰すも俺次第だろう。そう思っていると、俺の魔力の手は維持されたまま抜け出してしまう。一体何がどうなっているのかわからない。
再び俺は奴を掴むも、同じことの繰り返しだ。すると今度は奴が魔力の手を出したかと思うと、巨大な刃に形を変えて、俺目掛けて刺突を繰り出す。魔力の手で防御するも簡単にすり抜けて、俺の右胸に突き刺さる。
「グハッ!」
俺は吐き出すようにして、一気に吐血をすると血溜まりを作った。何が起きたのか俺にもわからなかった。たしかにすり抜けるようにして、刃が俺の体に届いたのだ。
だが再生力は変わらず働いている。瞬時に再生がはじまると、傷は途端に塞がり体力は減るも肉体的に傷は全快した。
「あら、そんなことまでできの? 少しはおもしろくなりそうね」
加虐的な笑みを浮かべると、舌なめずりをして手を掲げた。すると、先の魔法とは比較にならない威力の魔法が俺を襲う。
はじめは魔力の手で防げた物が少しずつ崩され、ついには体で受け止めてしまう。今度は魔剣の腹を盾がわりにして、辛うじて防ぐ。この魔剣にはどうやら効かないようだ。何事もないかのように弾くし、魔剣も物足りなさなのか唸りをあげる。どこかバカにするなと言いたげにも思えた。
魔剣で防ぎきれない損傷は、再生の力でなんとか体を修復しながら、防ぎ続ける。ただこのままだと埒があかない。六花の氷結の盾では防げている様子なので念話を送る。
「六花、リリーを頼む!」
「うん! わかった」
「リリー六花のところへ」
「はい!」
俺は六花に近づき、リリーを移すとすぐに瞬間移動で勇者の背後に飛ぶ。すぐさま刺突を当てようと迫ると、再び防護膜により攻撃が妨げられる。
「そんなところより、頭上も背後も隙だらけよ?」
勇者は言い終わらぬうちに、親指ほどの太さの槍が背中から俺を貫く。一本・二本・三本・四本・五本と一本ずつ背中の広範囲に刺され、串刺しにされる。
「ガハッ!」
盛大に血を吐きながら、瞬間移動で縦横無尽に動きながら槍を引き抜く。同時に再生がはじまり、傷は塞がるものの体力までは戻らない。普通なら即死に近い攻撃を、こうして命をつなげただけよしとしよう。
変わらず瞬間移動で隙を見て上段から降りおろし、さらに横一文字に斬り最後に刺突を繰り出す。いずれも防護膜に妨げられてしまい本人が負傷しない。
なんて奴だ……。俺は心底思う。魔剣も悔しいのか、唸り声をあげているようにも見えた。
幸いなことに魔力は無尽蔵にある。ゆえに再生に費やす魔力は潤沢にあり、何度貫かれても即座に再生を繰り返していた。
「あら、呆れた……。あなた、本当に人間?」
何度もやっても攻撃が届かないこの存在は、たしかに自称するだけあって無敵に近い。今では倒せるイメージがまったく持ってわかない。
ここまで困難にさせているのは、あの無敵さを誇るあの防護膜だ。時間が経過しても変化は見られないし、なんてことの無いように本人は余裕で維持し続けている。
打開策が見当たらないうちは、黒華や魔力砲も交えた魔法攻撃と魔剣による攻撃で攻めるしかない。さらには、魔力の手による攻撃を混ぜ合わせながら突破口を探す。
何をどうやったら攻撃が通ずるのか、まったくわからない。それでも、攻撃し続けるしかなく先と同じ繰り返しを行っていた。
するとそこに、見知ったやつが現れる。
「なんだ? 随分と苦戦しているようだな? 手伝いはいるかい?」
「そうだな。血を吐くのも飽きてきた頃さ」
「変わらずおもしろいね。いくよ――」
鉄仮面は今まで見たことのないような魔法を放つと、敵対する美女は、驚きをあらわにしていた。
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