第27話『侵攻前夜』


――翌日


 俺は昨日と同じ時間に、老婆のいる道具屋に向かった。ところが扉を開ける前にどこか何か異なる雰囲気を感じとる。この気配は独特な物であるものの、背負う魔剣は呼応しない。


 店に入ると、カウンター越しに老婆が待っていたと言わんばかりの顔を向ける。俺は一言伝えた。


「話しを聞きにきた」


「よく来たね。さっそく裏に回ろうか」


 ほんの少し妙と感じる程度の元気さだ。


 案内された奥に行くと先客がおり、妙齢の美女がそこにいた。一見してどこか気品を感じるのと、正反対な荒々しさを内包しているようにも思えた。


 見た感じは、肩までかかる銀髪が慎ましくも静謐な覇気を感じる後ろ姿だ。横顔から覗かせる伏目気味な上まぶたの先には、長いまつげが影を作る。恐らく誰に聞いてもかなりの美女と口をそろて言いそうだ。


 テーブルと三脚の椅子が用意されており、まだ誰も座っていない。先客は軒下のような場所で庭をボンヤリと眺めている様子だった。


「待たせたね。テーブルまで行こうか」


「はい」


 透き通るような声の主なことが今わかった。こんな美女が一体何用なのかと勘ぐってしまう。俺は一番奥の席に座るようにいわれ腰をかけた。丸テーブルのためそれぞれ等間隔に座る。


「さて紹介の前に、ジン。本当にいいだね? 聞いたら後には引けないよ?」


「ああもちろんだ。手に入るなら相手が誰であろうと殺す」


「ほうほう。勇ましいことだね。……わかったよ。こちらにおられる方は魔族のヴィネ。六星のヴィネは聞いたことぐらいは、あるじゃろ?」


「……知らん」


「ほう……。なら魔族は?」


「……知らん」


 俺は本当に知らなかった。書物は読んでいたもののもっぱら魔法に関する物で地理や歴史、それに種族など気にもとめていなかった。


「……。ジン、多少は勉強した方がいいぞ……」


「……すまん」


 老婆はあまりにも俺が無知すぎたのか、呆れて深いため息をつく。俺の受け答えがおかしかったのか、目の前にいるヴィネは必死に笑いを堪えていたように見える。すると自ら説明を買って出た。


「いいわ。私から説明するね。私は魔族軍の六星の一つを任されている将軍ヴィネよ。魔族には六つの将軍がいて、それを束ねる大将軍が魔王ね。私たちはある人族の王と喧嘩になってね。これから戦闘を仕掛けるの。簡単にいうと殲滅戦ね」


「わかった。どこに行けばいいんだ?」


「あら? 随分と腹が据わっているのね? 同族殺しは気にならないみたいね?」


 気にならないと一言で返しても、通じない気がして納得してもらうため、意識していることを話してみることにした。


「……毎日、何回呼吸したか覚えているか?」


「おもしろい質問ね。そうね……覚える必要もないわ」


「その覚える必要にない程度だ」


「このこ、おもしろいのね。気に入ったわ。私の魔力でも怖気付かないし、探ることすらできないなんてどんな猛者よ。とんでもないのがいるわね」


「そうじゃのう。使い魔召喚で本体がくるぐらいじゃから、相当じゃと思うぞ」


「え? それって六星並みかそれ以上じゃない。ますます気に入ったわ。何が希望なの? 一応は、聞いてはいるけどね。やはり、本人の口からききたいわ」


 最初はすましているタイプかと思っていたけど、案外気軽に話せそうな人でよかった。ならば素直に要望だけは、伝えておいてもいいだろうと俺は思った。


「勇者の魂が欲しい。できれば、あるだけ欲しい」


「理由は?」


「ある者の蘇生に必要な触媒だ。だから是が非でも手に入れなければならない」


「その魂はあなたの命より大事?」


「死んだら蘇生できないだろ? 死なない程度に優先するし大事だ」


 俺は自分自身の命より大事な物は、現時点はない。命をかけても死んだら結果がわからないし、そこで終わりだ。何もすることも知ることもできない。


「合格ね。とても現実的ね。あとは持っている力だけど……。その剣てまさか……」


「英雄ベルカルロの魔剣だ。本人の承諾も受けている」


「……深くは聞かないわ。他にも何かありそうね」


「……。俺はいつどこで戦えばいい?」


「三日後、王都へ攻め込むわ。すでに展開しているからあとは時間が来たら一斉に皆殺しね」


「わかった。勇者を優先的にでもいいか?」


「もちろんよ。単独の遊撃隊になるからね。敵味方の識別だけは当日に渡すわ。そこで報酬だけど……」


「勇者の魂だけあれば十分だ。手にさえ入れば他には何もいらない」


「随分ね……。わかったわ、それならあなたかの貸しにしておくわ。その方が身軽でしょ?」


「ああ、問題ない」


 そのあとは、どこに行けばいいか確認してこの場の話しは終わった。彼女は老婆に用事があり、俺は俺で少し早めに休みたく、宿に戻る。



 ――その頃、魔法道具屋では……。


 魔族のヴィネと道具屋の老婆ラウラは、ジンについて意見交換をしていた。予想以上のバケモノであることと、最も恐ろしいのは魔力の大きさがつかめないことだった。


 魔力が測れないことについては、かつてヴィネの師匠と呼べる人物から聞いた言葉を思い出したからだ。ヴィネは回想する、まだ駆け出しの頃の自分自身と師匠との他愛無い会話を。


「師匠、ほんとにそんな人いるんですか?」


「ああ、そうだな。ワシも人生で一度だけあったのう……」


「どんな人なのですか?」


「神話の時代にいた黄金族じゃよ。彼らは人の皮をかぶるバケモノじゃ」


 この師匠と呼ばれる人物は、齢四千五百年を過ごすいける伝説なのである。当然、四千年前の神話の時代といわれる時に存在し、この者は駆け出しの魔族として地べたを這いずりまわっていた時期だ。


「師匠がいうバケモノ……。どのぐらいなんですかね?」


「そうじゃの。ヴィネはここから先にあるあの島は見えるか? ほれあそこのじゃよ」


「はい。普通に見えますけど?」


「大きさはどれぐらいかわかるか?」


「このぐらいですね」


 ヴィネは木の枝を使い地面に印をつけた。人の背丈にして、二倍程度の直径ぐらいの小さな島だった。


「あっておるの。ワシらのたっている大陸はどれくらいかわかるか?」


「えー。師匠そんなのわかるわけないじゃないですかー。大きいのか小さいのかわからないぐらいですよ」


「そうじゃの。正解じゃ。そこまでわかるなら、相手の魔力が推し量れないとき決して敵対はしてはならぬ。もし敵対したなら、即座に逃げるのじゃ。振り返りもせずとにかく逃げる」


「どうしてですか?」


 純粋にヴィネは理由がわからない様子だ。たしかにそのはず、ある一定の物差しで測れるものとそうでない物では測れる方が明確だ。だからこそ測れないなら、不確定でしかないのでそもそも論外と思っていることの方が自然だった。


「そこでな大陸の話のように、魔力が大きいのか小さいのかわからないことがある。そのときその相手は、今の例えのように大陸なみの巨大さゆえに、そこに対面する者は比較できずわからなくなるのじゃよ」


「そんなのってあるんですか?」


「ワシはそれなりに魔力はある方だと思っておる。当たり前の話じゃが魔王様はさらにその上をいき、その巨大さに感銘を受けておる。ところが、大きすぎてわからない者がいた」


「もしかして、その人が黄金族?」


「そうじゃ。他にもおるかもしれぬ。ただなヴィネ……」


「はい?」


「もしそのような者に遭遇したら、敵対せずまずは逃げることじゃ。敵対したら生き延びる道はなくなるぞ」


「わかりました……」


 ヴィネは、遠い昔にまだ師匠が生きていた頃の懐かしい話を思い出していた。まさか計れない者が、この世の中に存在するとは思ってもいなかったのである。実際に魔王に対してもヴィネは計ったことがあるからわかっていた。今となってようやく師匠の気持ちが理解できたとそのような顔をしている。


「彼は……何者かしらね?」


「そうじゃのう……見た目は人じゃ。ただ、内包する魔力はまるで人ではおらぬ。ゆえにバケモノじゃよ」


 ラウラはそういうと大きな声で笑い出す。つられてか、ヴィネもひとしきり笑う。笑う以外に表現できないからだった。


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