第26話『黄金の魔法書』

――着弾


 俺の黒華が奴の後方にある扉に着弾した。かなり頑丈にできていたのか、数十秒を経て扉を溶けるほど燃やし尽くしてついに扉を開けられた。


「六花! リリー!」


「うん!」


「はい!」


 俺に飛びついた二人を抱きかかえ、瞬間移動で扉の先に向かう。予想通り奴は追ってはこなかったし、元の位置から動こうともしない。この通路に対して攻撃ができないのかそれとも範囲外なのかまたは、帰り道はここしかないので、また通過すること予測して動かないのか、いずれかとは思う。


 影たちは元に戻して、通路を突き進む。今までと比べると狭く、大人三人が並走できるぐらいの幅しかない。ここの壁面も光石を加工して積み上げており、壁自体から光を発していて明るい。あとは温度管理もされているのか、暑くも寒くもないという状況だ。


 この通路の最奥には小部屋があり、もしあるならそこが黄金の魔法書のありかだ。否応なしに期待が高まる。


 その答えはすぐに見つかった。同じく扉があり、今回も大理石調の白い扉がある。扉を目の前にしていよいよかと思うと感傷深い。さまざまな墓を掘り起こしては、苦痛を味わい続けようやく辿り着いた場所だ。今は敵もいないことから、感傷に浸るなというのはムリがある。

 

 思わず意を決して扉を押し広げた。


「あれか……」


「綺麗……」


「すごい素敵」


 部屋はあの夢の中で見た小部屋のままで、中央には大理石でできた譜面台とその上には目的としていた”黄金の魔法書”が存在した。金色の粒子が一定の間隔で魔法書を取り巻くように動きながら、その存在感を示している。


 足を踏み入れると部屋全体が明るくなり、特に罠があるわけでもなさそうだ。俺たちはそのまま足を踏み入れて魔法書の前にたつ。


 俺が本に触れる直前、不思議な光景が視界に広がる。あの元の世界に見送った人らと同じ装いをしている別の人々が五人ほど立ち並び笑顔で俺を迎えてくれている。


 声は聞こえないものの動かす口からわかる言葉がある。


「ま・っ・て・い・た・よ」


 待っていただと? 俺はまた何か過去に関係していたのかと思った。俺の目的とは異なる道へ、誘おうとしているのか、この半透明で黄金に輝く人らは俺を穏やかに見つめる。


 特に、今の言葉以外に発する様子は見せず止まっていた。こまま待っていても仕方ないので、俺は魔法書へ手を触れてみる。持ち上げると羽のように軽かった。魔法書の形をしていた書物は、黄金の光る球体に変化すると俺の胸の内に吸い込まれるようにして入る。


 一瞬頭がふらつくほどの何か情報を書き込まれているような気さえして、めまいがした。ところが数秒で治ると何がどうできるか少しだけ魔法の理解を促進させた。


 その魔法は――。黄金魔法だ。


 頭の中に、図書館を詰め込んだ変な感覚がある。すぐにリラの蘇生方法について思い起こしながら調べると、”黄金蘇生”が見つかる。


 一瞬歓喜しそうな気持ちを抑えて、読み解くと再び困った事態に陥る。


「勇者の魂だと……」


「ジン?」


「ジンさま?」


 二人は不思議そうに俺の顔を覗きこむ。


 口をついて出た。黄金蘇生は、そのまま黄金魔法を駆使してできるものではないことがわかる。触媒が必要だった。しかも複数の異なるものが必要でその内の一つが”勇者の魂”だった。何か比喩的なものかと思い調べると比喩ではなく、ズバリその物を指していることがわかった。


 さらにもう一つ困ったことは、魔法書は得たものの、どう黄金魔法を使うのかつかめずにいた。そこは、今後調べるとして今は、指定された触媒をどうするか困ってしまう。勇者の命を奪うこと自体は問題ない。どこに本物がいるかが問題だった。闇雲に襲撃すれば、警戒されてしまう。そうなるとやりずらくなるばかりか、指名手配される可能性も出てくる。やるなら一度で一挙にだと考えていた。


 考えごとをしているとこの譜面台の奥に、床に描かれた円形の魔法陣から部屋の天井に向けて金色の粒子が円柱状にゆっくりと回転しながら舞う様子が見える。


 ”転移魔法陣”とどういうわけか脳裏に浮かぶ。


 ここからの移動手段を提示してくれているわけだ。そうなるとあの大部屋で待ち構えている奴とは、もう一生会うことも戦うこともないだろう。あんな面倒な奴相手に、戦いたいとも思わない。


 あとは、この部屋にはめぼしいものはなく、あるのは転移魔法陣だけだった。


 ここの転移魔法陣がどこにつながっているのか未知数だ。ただ賭けるせよどうにかなるとも思っている。再生魔法があるからだ。あれがあれば大抵のことでは死なない。

 

「六花、リリー。目の前の転移魔法陣で、地上に戻ろうと思う。ただしどこに出るか未知数だ。それでもいいか?」


「もちろん」


「はい! ジンさまとならどこまでもついていきます!」


「ニャ〜」


 いつの間にかニャリスが俺の肩に座り込む。今まで激しい戦闘だったから隠れていたんだろう。これで二人と一匹の同意が得られたので魔法陣に向かう。大きさ的には三人入るとギリギリ収まるぐらいの広ささだ。


 そこで、脳裏に声が響く。


(転移しますか?)


(頼む)


(転移します)


 金色の粒子が眩いほど一つ一つの粒が金色に輝き、俺たちをこの円柱状の中で包み込む。視界がすべて金色に染まったあと、一瞬の浮遊感を得て再び地に足がついた時には視界が晴れていた。


「ここは……。遺跡か?」


「んー遺跡?」


「あれ? ここは町外れの遺跡ではないですか?」


 俺たちがついた場所はどうやら、あの道具屋の老婆がいる町の付近にいた。運よく人目につかず、地上に戻れた俺たちはその足で宿屋に向かう。とりあえず、寝床は確保しておきたかった。


 宿は無事に確保できたので、さっそく老婆の店に立ち寄る。扉を開けるとベルが小気味良く鳴る。すると暇そうにしていたのかカウンター越しからこちらを眺める。この老婆は察しがいいので、六花もリリーも宿で留守番だ。


「久しぶりだな。相談をしに来た」


「おやおや、なんだい? 藪から棒に」


「実は……」


「ちょっとお待ち、そんなことをここで聞くもんじゃないよ? こっちさおいで」


 老婆は手招きして俺を裏庭のある場所に招き入れた。以前も来たことのある場所だ。ここなら魔法で中の出来事をすべて外部から遮断するので、話した内容は老婆以外に聞こえない。


「色々気を遣ってもらいすまない」


「いや、お前さんは本当に突拍子もないから、ワシは楽しんでおるよ?」


「そう言ってもらえると助かる。勇者の件、どこに本物がいるのか知っているか?」


「なんだかきな臭い話だね。何をしたいんだい?」


「勇者を殺して魂を奪う」


「おやまあ……。本気かい?」


「ああ。その触媒は俺にとって、死活問題だからな」


 すると老婆は、表情を変えずに話し続けた。


「ふうん。あんたも変わったねぇ……。相手は勇者だよ? そこら辺にいる馬の骨とは違うんだよ?」


「殺し方は自由にやらせてもらうさ。場所さえわかれば俺の方でやる……。場所はわかるか?」


 俺の強い変えられない意思を示した。すると老婆は少しため息を吐き困り顔で続ける。


「そこまで言い切るなら……。人族と敵対してでも、やり遂げる覚悟はあるんか?」


「もちろん。そいつらを抱えて渡さない時点で、すべて敵とみなす」


 一瞬面食らうような表情を見せたあと、ニヤリと表情を変えてきた。


「おやおや。これはまた即答だね……。差し支えなければ、その魂を何に使うか聞いてもよいかの?」


「ある者の蘇生の触媒に使う。これ以上は話せない」


「いんや、それで十分だよ。では聞くよ。お前さんにとって敵とはなんだい?」


「俺の敵は、俺に敵対するものがすべてだ」


「いや〜。お前さんの即答ぶりはたまらんね。しかも潔い。わかった、それならこうしよう。ワシが明日、ある人を紹介する。そこで、話がまとまればお前さんの希望が叶うかもしれんよ? お前さん次第だけどのう」


「ありがとう助かる。明日の何時ごろに、どこへ行けばいいんだ?」


「おや、ワシを疑いもしなくてよいんんか? 今の話を売るかもしれんよ?」


「それなら殺すだけだ」


 俺はドス黒い殺気を老婆の目に当てるつもりで放つ。


「おお怖い怖い……。その目本気じゃな。すまんすまん少しからかっただけじゃよ。明日同じぐらいの時間にここに来ておくれ。またここで話そう」


「ありがとう」


 その後、俺は老婆の店から出ると宿屋に戻っていった。

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