第25話『黄金の守護者』


 現状は困難を極めていた。


 俺たちは壊滅的な打撃を受けて動けないでいる。俺も含めて皆、再生魔法により無事と言えるまで回復した。ところが、疲労と精神的な負荷は癒されないので、六花とリリーは今でも深い眠りについている。


 このまま置いて、先に進むわけにもいかない。今は目覚めるのを待つしかないと思い、魔法袋から厚手の布を取り出してその上に六花とリリーをそれぞれ寝かせた。


 寝顔だけを見ていれば随分と穏やかな感じがする。そこまで回復させる再生魔法の凄さがあらためて実感できる。俺はこの魔法に感謝しつつも、次の手をどうするか思い悩む。


 魔剣を扱う時の時間の感覚が変わる現象は、かなり有利に働く。ところが意図的にはその状態を作り出せない。どうやらその辺はこの魔剣が、主導権を握っているような気がしてならない。明確な意思表示ともいえて魔剣そのものの本能ともいえる。今まであの動きの時の魔剣は、なんらかしらの歓喜をもって迎えてくれている。


 残念なことにあの力をあてにする以外に、他に手がない。今は考えても仕方なく俺も少しばかり眠ることにした。再び闇が俺を癒すため訪れる。


――数刻後


 何事もなく目が覚めると、六花とリリーも同じく目を覚ました。


「六花、リリー……。今は何ともないか?」


「ジン。ごめん初手から躓いた」


「ジンさま。申し訳ございません。私も何もできず……」


「いや、いいんだ。結果として倒したし、二人とも無事で何よりさ」


 軽く答えてしまう。生きていられるだけで本当にいいと本心で思ったからだ。生きてさえいれば機会はある。生きているから次がある。死んだたら終わりだ。もう進めなくなる。


「ジンー」


「ジンさま!」


 二人とも左右からそれぞれやってくると、胴体にしがみつき泣きじゃくる。普通ならあのまま死んでいた状態だ。そこから考えば生きているだけ大儲けだ。


 しばらくしがみついていた二人は落ち着いたのかようやく離れてくれた。まだ大きな障害が残っていたからだ。もう一部屋の存在とそこにいる守護者。おそらく守り手として考えたら最強の存在を置いていて不思議じゃない。なんと言っても黄金の魔法書があるなら当然だろう。


 俺は今回やり方を変えてみることにした。まずは、本能で動く影たちを尖兵として突撃させる。同時に六花の氷結魔法を繰り出す。リリーは接近しても問題なさそうなら近接戦闘に挑む。ただし問題があれば六花の背後で支援だ。多少支援魔法が扱えるとのことからその方法をとる。


 俺の動きは第一陣の影たちを出してから黒華の力で応酬だ。影も魔法も効かないなら、魔剣で挑む。大雑把な感じでこんなところだ。


 決まったところで次の場所に向けて歩みを進めた。振り返ると変わらずシロツメクサは、元気そうに花を咲かせている。


 次の場所まではさほど時間がかかるものではなかった。時間にすると十分もかかっていないだろう。再び巨大な扉の前で見上げていた。


 大きさと見た感じの材質は前回と変わらず大理石のようだ。手をかける窪みがあり押し広げて開けるのだろう。俺は六花とリリーに目くばせをすると互いにうなずき、扉を押し開けた。


「なんだ……人か?」


「え? ひと?」


「何だか人みたいですね」


 背丈はこの距離だと何ともいえないけど、おおむね二メートル以下だろう。黒茶色をしたフード付きのコートを目深に羽織り、やや俯き加減で直立不動の状態でいる。遠目からだとやや使い古したコートにも見える。


 生きた人ならおそらく発狂してしまうだろう。このような何もない空間を一人で、しかも何かを待ち続けるなんて狂人のすること以外何ものでもない。


 もしくはすでに狂ってしまい、ただただ敵を待ち続ける存在になったのかもしれない。そうなると、生きた人とはいえないだろう。この誰も訪れない場所で何もない空間では、飲み食いが困難でしかない。アンデットになって門番となったのだろうか。


 前回の失態は避けなければならない。


 俺は、本能だけで動く影たちをすべて召喚して向かわせる。六花は、氷結魔法を放つ準備が整った。


「いくぞ!」


「うん!」


「はい!」


 六花は先行して、氷結魔法をいきなり全力で放つように見えた。白銀の魔法が手元から勢いよく放たれる。その勢いからなのか、正面から突風が六花に吹き込み髪を後ろになびかせて、着物のそでや裾を捲り上げる。


 人らしき人物は動じないどころか、微動だにせず六花の魔法を受け入れた。何かかがおかしい。触れるものすべてを氷結させる魔法であるにもかかわらず、凍らないばかりか平然としている。どこか魔力自体を吸収しているようにすら見える。


 影たちは六花の魔法が途切れた頃にちょうどよく到達した。噛みつきやしがみつくなどで攻撃をした。動きが緩慢なのは仕方ないだろう。後方にいた人や魔獣の影たちも我先にとフードをかぶる人物に接敵する。


 ところが吸収はされないものの、敵はまるでそよ風にあたるかのごとく動じない。魔法も影も効果が見られないなら、今度は俺の出番だ。


 背負う魔剣の柄をしっかりと握りしめると、魔剣が呼応するかのように時間が間延びしはじめる感覚を覚える。またあの時と同じ状態になった。


 今回は瞬間移動を駆使し、あえて正面から迫る。わずかに人三人分の背丈ほどの距離から、魔剣を上段から渾身の一撃を振り下ろす。


 魔剣の意志なのか作用なのか、さらに加速していき脳天に触れる直前俺は何も無い場所で振り下ろした。


――何だ?


 目の前にいた奴がいない。何が起きたのか一瞬混乱するも、すぐ背後にいることに気がつく。左から振り向きざまに今度は、剣を横なぎに払う。触れる直前まで何の障害もブレもなく剣筋は進む。


 ところが、また触れる直前に俺は誰も何もいない空を切る。


 すると、背後に奴がいた。まただ。奴が瞬間移動をしているのか、俺が動かされているのかで恐らくは後者だ。なぜなら、影たちは奴の場所から動かない。つまり俺がなんらかしらの方法で、体ごと瞬間移動を強制的にさせられている。ただそれなら魔剣が先に気がつきそうなところを、そうさせないのは空間ごと移動している可能性がある。奴の気配も含めて、空間ごと俺を別の場所に押しやる奇妙な魔法だ。

 

 そうなるとまるで近づけないし、攻撃がまったく当たらない。さっそく俺は手詰まりになる。


 一つだけ不思議なことが、相手は先から直立不動で微動だにもしていない。もしかすると本体は、目に見える立ち位置とは異なる場所にるのかもしれない。姿形だけではなく、気配すらそこに再現しているのだとしたら、本体を見つけ出さないことにはいくら攻撃しても無意味だ。


 もう一つ気になることは、奴が守っていると思われる背後にある扉だ。次の最奥の部屋に続く道がある。そこを通過しようとした場合にどんな反応を示すかだ。


 試してみる価値はあると考えて、扉前まで瞬間移動して押し開けようとした瞬間、側面と正面から攻撃が迫る。側面からは何か得体のしれない魔法が迫り、正面にはいつの間にか奴がうつむいたまま存在する。そこでは、押し開けることはままならなかった。


 単に押す直前にまた俺は移動させられたからだ。押そうとしていた手がまたしても空をきる。側面から接近していた魔法は、当然当たらずに先の扉前を膨大な熱量とともに通過した。俺のところまで熱波が伝わるぐらいの熱さだ。

 

 今までとはまるで異なるタイプの奴だった。攻撃ができないばかりか、強制的に体を別の場所に強制移動させる魔法を駆使してくる。魔剣の間延びさせる時間の力を使っても触れることすらできないでいた。完全に詰んだ。だからといって敵から積極的に攻撃をしてくるわけではない。


 あくまでも自衛の措置だといわんばかり態度が見え隠れする。力を使いねじ伏せればいいものの、そこまではしてこない。敵に対しての姿勢なのか意図がつかみ辛い。


 ただしいえることは、目の前の敵を倒すかこの場所から排除しない限り、次へと進めないのは明確だ。


「……試してみる価値はあるか」


 俺は別の方法を試してみることにした。久しぶりに念話を使いすべての影に通達する。俺のことは気にせず、全力で敵に攻撃を仕掛けてくれと。その間に俺はあの扉をどうにかして開けられるか試す。開けさえすれば瞬間移動でこの場所を突き抜けられる。


 六花とリリーに黒華のことを伝えると、今度は両者とも近接戦闘で挑む。くれぐれも力を利用されて、同士討ちにならないように、それだけはとくに注意をしてもらうよう促す。俺が行うことはシンプルだ左右の手から放つ黒華でそれぞれ別々の場所を狙うことだ。左手は奴を右手は扉をと狙いを定める。強制移動の範囲はどの程度かまだ掴めないものの、できる範囲が狭いと見ている。今回そのことが判明する。


「黒華!」


 左手からは奴を狙い大蛇のごとくうねりながら、黒い火炎は奴を飲み込もうと迫る。さらに右手は扉に目掛けて放つ。六花とリリーの二人も近接に挑む。影たちも全勢力が奴に迫る。するとどうしたことか、黒華の魔法を吸収するような素振りが見えた。


 やはりそうだったようだ。


 奴は、魔法攻撃がくれば当人の意図かはしれず、ほぼ魔力を吸おうとする行動に出て吸い続け動かなくなる。つまり吸っている間は、吸うこうとが最優先になってしまい他の行動ができなくなる。


 結局影たちも魔力の塊であることから、急激には減らずとも吸われている。当然ながらそのことは、先の一度目の攻撃で感じたことだった。


 影が消滅されないように魔力を送り続けていたからだ。となると別の場所へ放たれた魔法はどうしているかというと何も感知をせずという動作を貫く。


 六花の攻撃は再び氷結魔法に切り替えて、奴に向けて放つ。黒華の勢いがましたことで巻き込まれないようにするためだ。


 俺の右手から放つもう一方の黒華は、扉に迫っていく……。

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