第24話『記憶』
――である。
時間感覚の掴めない暗闇に、何者かの声が俺を叩き起こす。
なんだ? 何か聞きそびれてしまった。何に対して”である”なんだ? 俺は声で目覚めると唐突に、以前にも訪れたことがあるあの暗闇の場所にいた。前回と違うのは、誰かの視点で見た映像が映画のスクリーンのように目の前に広がり映り出している。
映し出された場所は、地上の裂け目なのだろうか……。
その前にたしか俺は、女神の石像と対峙してなんとか倒したのち、損傷と疲弊がひどく倒れる寸前だったはずだ。こうして意識があることで、その瀕死の重症患者である俺がまだ、死んではいないことだけはわかり安堵する。
目の前に広がる光景以外に、他には何もなく足元すら闇で見えない。このまま仕方なしに俺は、この映像をその場にしゃがみながら、ボンヤリと見ている。
視界に入る風景は、いきなり地割れが起きて分断されたかのような場所に立っている。こちらには俺ひとりだけで、地割れで隔てられたもう一方には、複数人の男女がいる。
俺が今いる暗闇とは、まるで正反対の荒れた状態だ。天候は荒れており、吹き付ける風は髪を横凪になびかせる。雨粒は大きく、全身ずぶ濡れにもなり風もあることで急激に体温を落としているんだろう。
横殴りの雨は、この視点の者と向こう側に隔てた相手を容赦なく叩きつけている。まるで涙を見せないようにするため、わざわざしてくれているとさえ思えてくる。
まだ辺りの様子が日の光で見えることから昼間なのかもしれない。
複数の同郷と思える人らがこちらに向けて、身振り手振りで何かを懸命に叫んでいる。口の動きを見ても、早くて何を伝えたいのかわからない。ただ言えるのは、見ている今の俺の涙が止まらない。なぜ胸がこんなにも強く締め付けられるんだ――。
水を掬い上げるようにした俺の手のひらからはまるで、濃霧が止めどなく噴き出すかのように溢れ出して、金色の粒子に変わり辺りに漂う。おもむろに高く掲げた右手は、時計まわりにゆっくりと弧を描くように回しているのが見える。
まるで金の砂塵が手の軌跡を追いかけて、円をかたどるかのように大きな輪になっていく。その輪にはいつの間にか、記憶にない文字が並ぶ円環となっている。何層も重ねていくと、次第に頭上を照らす月明かりぐらいに到達する。
先の人らとは距離が離れていて、指先ですら触れられない。ちょうど大人の背丈十人分ぐらいの距離感はありそうだ。黄金の円環を作るこの手は繰り返し作り続けていて、円の内側は水を満たしたように表面が水面のように波打つ。巨大化する円環は離れた彼らのいる場所に設置された。人ひとりが余裕で通過できるほどの大きさになると拡大していく動きは止まった。
波打つ水面には、見覚えのある風景が見えてきた。
「あの景色は……」
そう、忘れもしないコンクリートで作られた建物群――。雲に届くほどの高さを誇る技術の集大成だ。景色が見える先は、多くの色がまたたく様子から賑わいを見せている。作り出す光源は、確かな技術力によるものだともわかる。
黄金の円環から通じて見える景色は、上空から地上を眺めるような様子に見える。景色は何かを探すかのように動いており次第に、どこかの山頂にある公園のような場所を映し出す。どうやらそこが目的の場所なのだろうか……。
「あ・り・が・と・う」
今回は皆、ゆっくりと言葉を一文字ずつ表し何をいうのかがわかる。ただ、心が今にも張り裂けそうな表情をしており、雨が涙をかき消しているように見える。
ひとりがまずは円環に入ると、なんの問題もなく向こう側の地面に着地した様子が伺える。当人含めて安堵した表情は周りに伝播して、少しながらも笑顔を作る。その後、次々と入っていき最後のひとりは入る前にこちらに向きいう。
「ジ・ン・あ・り・が・と・う」
俺は――、今にも心が決壊しそうになっていた。
はじめから、こんな気持ちになることはわかっていたはずだ。覚悟が揺らぎそうになり、何かを叫びたくなるほどの気持ちが湧き上がる。なのに俺は、何かの言葉を返して相手が涙ながら、ムリに笑顔を作り何度もうなずく。
ここにいる俺は雨に触れられないため、涙が隠せない。目の前の相手はとても大事で何にも変え難い存在。そのはずなのに名前は何一つ思い出せないばかりか、離れ離れになることを選んだ。彼女は振り返ることなく円環に入っていき無事向こう側に着地をした。最後皆こちらに向けて手を振るう。次第に円環は閉じていき、この金色の円環を作った者は、取り残された。
円環が閉じる最後、表面が鏡面のようになりこちらを映し出した。そこにいたのは紛れもなく俺だった……。
どういうことなんだ。俺に似た誰かとも考えられると少しは思うものの、本当は……わかっているはずだ。紛れもなく今見た内容は現実で、俺自身がしたことを――。
記憶がないにもかかわらず、涙はいまだに止まらない。
見てしまったと、いうべきなのだろうか。俺の知らないもう一人の俺が、体験してきたことのほとんどについて、記憶がない。偶発的な消失というより、意図的な物を感じていた。その証拠にまだ続く映像を見ていると、手元で何か操作をしはじめた。
俺が再びこの映像を見ると予見していたかのように、手元にある薄い金属板のような物に魔法で文字を刻み続ける。
「黄金魔法の共鳴する場所にいけ。黄金人の秘宝を託す。今までの俺の記憶だ。数日以内に俺は、記憶をすべて失う。避けることはできないんだ……。だから未来の俺に託す。生きろ。そして”女神の定めた運命に抗え”」
目の前の金属板に書かれた文字は、視界に広がると時間にして数分見せたのち濡れた和紙のごとく、溶けて崩れてしまう。ここで目の前の映像は止まった……。
俺は心が震えるほどの勇気はあるのだろうか、すべてを捨ててまで行える覚悟はあるのだろうか。今し方みた出来事に俺は、自身の何かに打ちひしがれていた。俺は一体、何なんだ……。
記憶がないことに呆然としていてもそのことと、黄金の魔法書を手に入れるのはまた別の問題だ。たしかに一部始終を見る限り俺は、黄金の何かと関係しているのかもしれない。
重要なことは、リラを蘇生することだ。そのために黄金の魔法書を手に入れることで、この優先順番を間違ってはいけない。今回知りえた情報の濃さから、一気に頭を切り替えていかないと得られるものも困難になってしまう。そのぐらいの衝撃を俺に与えた。
まだもう一部屋あり、そこに守護者がいるはずだ。
本当に過去に起きたことだとしても今、何かができるわけでもない。最初の狙いどおり、目的を完遂する必要がある。
俺はここで見聞きしたことは、黄金の魔法書を手に入れるまで、胸の奥にしまって置くことにした。
――夢、なのか?
俺はハッと目が覚める。地面に突き刺された剣の腹にもたれかかっていた。六花とリリーは……。背後にいるであろう二人も無事再生が終わっている様子だ。今は回復のためか完全に寝てしまっている。ゆっくりと胸が上下していく様子からすると、深い眠りに落ちているような感じだ。
ひとまず無事を確認できたので、今度は俺の腕探しだ。
よく見ると数歩先にあり、落ちている俺の腕を拾い上げて再生魔法で腕を繋げてみる。驚くことに痛みもなく十秒足らずでつながってしまった。違和感もなく、無事動くことがわかり少し安堵した。
問題は……これからだ。
最後のもうひと部屋が、困難を極めると予測している。今回はなんとか倒せたものの、次はさらに強敵が待ち受けていると思っている。
今頼れるのは、この魔剣と俺自身のすベてだ。この手でリラを蘇生するまで俺は、死ねない。
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