第23話『守護者』

「……ジン。大丈夫? ジン?」


 ――なんだ?


 俺はいつの間にか意識を失っていたのか、あの暗闇の空間から現実に戻ってきたようだ。揺り動かすほど何かあったのだろうか。六花とリリーの心配そうな顔が視界に映る。


「六花、どうした?」


「ジンがすごくうなされていたから……」


 どうやらあの夢のようで現実のような、おかしなことでうなされていたのか……。苦しみはなかったけど、相応の負担はあったのかもしれない。少し考えたのち、そう帰結した。


「六花ありがとう。おかげで助かったよ」


「うん。ジンが無事ならいい」


「ジンさま。心配しました」


 またしても余計な心配をかけてしまった。それにしてもあの夢はなんだったのか、妙にリアルな感じだった。俺はゆっくりと立ち上がり、奴がいるであろう通路奥を見遣る。


 今から数十分後に遭遇すると思われる守護者は、恐らく魔法はきかない。


 黄金の騎士のように守護者もまた、同様だと思っている。そうなると影たちの出番は残念ながらなく、俺と守護者の一騎打ちになる。この魔剣ひとつでどうにかするしかない。


 ただ守護者が人型とは限らない。ゴーレムか何かもしれないし、魔獣かもしれない。今できることは体を休ませること以外にすることはない。その観点からいうなら、もう十分休んだといえよう。


「六花、リリー。恐らくまた魔法の通用しない相手だ。誰かを守りながら戦えるほど余裕はない。すまない。守護者とは一騎打ちでやらせてくれ」


 すると途端に悲しそうな顔を六花とリリーは俺に向けた。


「ジン……。そんなこと言わないでよ。寂しいよ」


「ジンさま。ジンさまに助けられてから、この命ジンさまのために捧げます!」


 二人の悲痛な叫びが俺の心を揺さぶる。もし俺が倒れても、少しでも生き延びてほしかった。ただ、それだけだった。


「六花、リリー……」


「ジン……。ジンが倒れたら、平然としていられると思っているの? 刺し違えてでも相手に、仇の一撃はするつもり」


「ジンさま。私は全身全霊を持って、自爆魔法で弔います!」


 すでに二人は、覚悟を決めていた。揺れ動いていたのは、俺自身だった……。


「すまない。二人の気持ちも鑑みず、俺のことばかりで……」


「ジン、もう少し私たちを頼って?」


「ジンさま! 私も力の限り尽くします!」


 ……そうだな。思えばここまでこれたのも、すべて受け入れてくれたわけだからな。この得た力は何のためにある? ここの二人を守れるぐらいはあるはずだ。俺には切り札の再生魔法がある。無尽蔵とも言える魔力を使って、再生し続ければいい。


 黄金の魔法書――。


 この俺の手はリラを再び蘇生すためにある。決意に近い気持ちを込めて、俺は思わず再生魔法を周囲に振りまいた。すると、俺の足元から数メートル先まで青紫色と赤紫色のシバザクラが、美女コンテストをしているかのように、一斉に咲き笑顔を振りまいているかのようだ。


「わー綺麗だね! ジン」


「すごい素敵です。ジンさま」


「こんなところに草花の根があったのか……」


 俺自身がしたこととはいえ、再生魔法が思った以上の効果を発揮して驚きを感じた。気を取り直して、六花とリリーに俺は告げた。


「わかった。六花、リリー俺に力を貸してくれ」


「うん、わかった」


「はい! ジンさま!」


 俺は二人に、今もこうして精神的にも助けられた。守護者は恐らく、中途半端な覚悟だけで、倒せる相手ではない。


 なあリラ、俺は恵まれているんだな……。


 俺は影の中にいるであろうリラに、覚悟も含めて気持ちを伝えて、気持ちを新たに通路へ踏み出した。


 まっすぐ進んでいくこと十分ほど。先の記憶だとひとつ目の大広間だ。俺の記憶だとふた部屋もあって、ふた部屋目を通過した先が最奥の部屋がある。そこに大理石の支柱で支えられた譜面台があったと記憶している。


 目の前にある扉は、人の背丈五人分ほどの高さで横幅は、スモウレスラーが四人並んで通れるぐらいの幅がある。見た目は大理石風の扉になっており、色は乳白色だ。シンプルな作りでとくに模様も文様もなく手を掛ける窪みがあるだけだった。


 まずは両手で押し込んでみると、最も簡単に扉が両開きにスムーズに開く。


「やはりいたか……」


「いるね」


「いますね」


 中に入らずに観察をしていると、女神を模した石像があった。あたかも背後の扉を守るかのように、直立不動の姿勢で佇む。恐らくは外にいた黄金騎士の二倍の背丈はある。色は灰色の石材を切り出したかのような作りだ。


 まだ目を閉じた状態ではあってもあの石像は、誰かがこの部屋に足を踏み入れた途端に、大きく目を見開き視認するだろう。同時に巨体とは思えないほどの動きで、俺たちへ迫ってくるに違いない。


 俺は二人に目くばせをして、足を三人とも同時に踏み入れた。その時、正面が光輝いた。


 ――なぜだ?


 一瞬の出来事だった。俺は左腕が吹き飛ばされて、流血を止めるためにかろうじて傷を塞ぐにとどまる。リリーは腹を穿たれ壁にもたれて意識不明の重体。急速に再生魔法で再生中だ。六花は左半身を失い意識がない。こちらも急速に再生中だ。幸いなことにまだ三人とも生きている。


 今の一瞬で何が起きたのか、理解が追いつくのに数秒かかった。奴の目から放たれた熱線が、一瞬にして三つに分けられて、それぞれに直撃したのだ。


 恐らくはいつでも殺せるのをいたぶり、楽しむつもりなんだろう。女神像のあの目は、加虐的な趣向をもつ者の目に酷似している。奴の目からたった一度の攻撃で、壊滅一歩手前だ。


「――クソッ。死ぬな、六花……。リリー……」


 魔力が尋常でなく、消費されて行くのがわかる。魔剣は俺の血を浴びてかつ、この逆境にひどく呼応し興奮している。絶望的なはずなのに、身の毛がよだつほどの憎悪に似た物が、全身から吹き荒れる。かつて見たもう一人の俺のようだ。


 思考も何かドス黒い物に置き換わり、俺自身の意思と異なって変わりつつあることを自覚しはじめた。なんだ? 視野が狭くなっていく。同時に頭の中で、何かが完全に切り替わってしまった感覚を覚えた。


「女神! すべて終わりにしてヤル!」


 俺は止まらない憎悪と共に、残る右手でこの魔剣を握りなおす。小指・中指・薬指・人差し指、最後に親指と順番に握り直しをした。腕をだらりと下げて力一杯に俺は、雄叫びを頭上に向けてあげた。


「ウオオォオォォ!」


 女神がまたしても目から熱線を放とうとして、光が収束していく。ところが今度は一瞬ではなく、少しずつでしか変化していかない。あの黄金騎士との一騎打ちの時にも、起きた現象だ。


 限りなく時間が緩やかに伸びる。俺の内心とは真逆である穏やかな時間の中を、手足が千切れるほどの力を入れて、女神像に向かって駆け出す。


 体格差などお構いなしに、俺の視線と右腕が交差する時、石像の右足を捉えた。まるで豆腐を切り裂くような柔らかい感触を剣先をつううじて伝わる。そのままの勢いで膝のあたりまで斬り込むと、魔剣はまるで歓喜をあげているかのように、勢いを増して自ら切り裂いていく。


 膝を超えて、もも付近まで斬り上げた剣をその勢いのまま振り上げた。相手のスネを足蹴りし後方に跳躍して回避する。その速度は一度地面に着地すると衝撃で、地面に足首までめり込むほどだ。再び駆け出すと、さらに勢いをつけて異常な負荷で筋繊維がちぎれようとも構わず、跳躍を高めた。同時に再生が走る。


 魔法で筋骨の強度を高めていなければ、とっくに体はバラバラに千切れているだろう。勢いが強く、目には空気の圧力が覆いかぶさり、目尻からは風で涙がほとばしる。


 担いでいた魔剣を上段から振り下ろす時は、すでに左肩に向けて迫る。ちょうど袈裟斬りに近い動きで、この時ばかりは魔剣の重量が意図的に増した。まるで抱えきれないほどの重さの鉄塊が、ただ落ちていくのをつかんでいるだけのような状態だ。


 再び魔剣は、我こそはと言わんばかりに食らいつく。刃が当たる瞬間が柔らかすぎて拍子抜けするほどだ。水ようかんを切り裂くような感覚で、肩口から鳩尾付近まで切り裂く。滑る勢いが落ちたところで、女神の腹を蹴り上げた反動を活かし、剣を女神の体から抜き取って距離をとる。


 地面に滑りながら着地後、再び駆け出した。女神像の正面で跳躍し、縦に回転しながら今度は額に魔剣を食い込ませる。突き刺さった剣を抜き出した瞬間に、体を左に大きく捻ると、落下と同時に水平に剣を繰り出して、左眼を切り裂く。直後鼻っ柱を蹴り上げ、再び距離をとる。


 この足を切り裂きさらに袈裟斬りから額への一撃の間、おそらくは一秒にも満たないだろう。


 疲労が異常に激しいままで息が荒い。呼吸を落ち着けながら、一旦ここで時間の流れが通常の状態に戻っていく。今までの攻撃を一気に全身に受けたような状態になり、女神像は足・胸・目と甚大な損傷を負うことになった。


 俺は再び時間を遅くしようとすると、途端に大量の吐血をしその場で動けなくなってしまう。


「グハッ! ガッアア」


 体への負担が甚大だった。ひどい筋肉痛が全身を刻むだけでなく、足と手のつま先から電気を流されているような苦しさにも襲われる。体の芯から痺れ焼かれるようでいて、異常なほどの苦痛も受けていた。さらに金属でできたバケツを被せられて、バットで滅多うちにされているような頭痛も襲う。


 ただその状態でも憎悪が止めどなく増え続け、怒りが収まらない。


 女神像は石像であるはずなのに苦しいのか、倒れてしまいのたうち回る。この機会を逃すはずもなく、血を拭うこともせず、再び俺は女神像に向けて決死の覚悟を決めるかの如く駆け出した。


「オララァァァ!」


 感情のまま叫び、再び時間を強引に引き延ばしながら跳躍をした。力任せに上段から魔剣を振り落として、腰を切り落とす。手応えは、泥の塊を切り裂いたような感覚を味わう。さらに脇腹や肩口と何度も上段から切り落としを繰り返した。いよいよ近づいた頭部へは、脳天に向けて直接刺突を繰り返した。やはり生物でないものだからか、流血はしないし中身が出てくるようなこともない。烈火のごとく繰り出した攻撃により、元の時間の流れに戻ると女神像はグッタリとして動かなくなる。


 残る右眼から、最後の最後で射出される可能性を排除するため、力を振り絞りって右眼を何度も刺突して破壊をする。


 ここまでしてようやく憂いは消えたと同時に、俺自身の体力も精神もすべての限界で倒れそうになる。残りの力でようやく思い出したかのように、瞬間移動をして辛うじて後方に移動する。すると、女神像は砂塵のようになり崩れてしまう。今の今まで瞬間移動のことは、なぜか頭から消えていた。普段から使う物でないと咄嗟にはできないのだろう。


「……勝ったか」


 俺は剣を杖代わりにしても耐えきれず跪き、頭を剣の柄に押し当てて項垂れた。気がつくと足元には、シロツメクサが、健気にも気丈に振る舞っている。この暗い大広間でわずかな光石からの光を浴びて生き延び、数本白い花をつけて咲く。何度踏みつけられても、耐えて生き延びるこの多年草がなぜここにとふと思いが過ぎる。


 何度も立ち上がれということなのか……。俺は思わず笑みが漏れてしまう。草木にまで励ましてもらえるとは思いもよかなかった。


「ああ、まだ……。死ねない……さ……」


 俺は独り言を呟きながら、吐血をして目を閉じた。この一方的な戦いの締めは、気を失うことで幕を閉じる。


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