第22話『黄金の軌跡』

 やはり、目の前の黄金騎士は生きた者ではないようだ。


 切り落とされた断面に見えるのは、何かの塊が詰まっており流血はなく、空洞でもない。鎧の下には何かあるのがわかった。


 様子を見る限り、痛覚は持ち合わせていないのか平然としている。


 今が機会と捉えると、再び魔剣をつかむ手に力を込め、上段から切り落しに入る。またしても時間感覚がのびていき、その中で剣は加速していく。到達した先は首元で縦にそのまま一刀両断をする。たしかに切る感触はあるものの、まるでトマトのように刃を入れると滑らかにきれてしまう。何かの罠かと思うほど呆気なく簡単だった。


「――なぜだ?」


 思わず言葉にしてしまうほど疑問でもあった。切り落とされた黄金の騎士は左右に分かたれて、倒れてしまう。最初に魔法攻撃が効かないのは、魔法抵抗が強いのかもしれない。魔法だけでは、かなり危うい状況であったのはたしかだ。物理的な手段で、魔剣を用いたことが功を奏して倒せてしまった。


 あえて斬撃をうけたのではないかとすら思えるほどだ。そう思い倒れた遺骸を眺めていると、金色の粒子となり、旋風のように舞い上がると消えてしまう。するとふと声が聞こえてくる。


「――汝の思いは受け取った。行くとよい……」


 思わず三人で、互いに顔を見合わせてしまった。


「今、声が……聞こえたよな?」


「うん。聞こえた」

 

「ジンさま。私にも聞こえました」


 このまま好きに進めというのはわかる。ただ、なんだったのだろう……。まさか、魔法を使うなという遠回しな教え方をしたのだろうか。あるいは……。


 俺たちは、あのまま魔法攻撃を繰り返していたら、いつまでたっても目の前にそびえたつ障壁のままであったのかもしれない。ただ、今は知る由もない。


 俺たちは辺りの様子を慎重に伺いながら、入り口に進んだ。


 巨大な支柱に近づくにつれて、囲まれた内側に壁があることに気が付く。どちらかというと壁の周りに支柱がある感じだ。その足元には大人二名が横並びに通れるぐらいの小さな入り口がぽっかりと開いていた。

  

 様子を見ると扉もなく通路が続いているのは、入り口から見える。さらに灯りの代わりなのか光石をレンガ程度の大きさに加工して積み上げて壁にしており、おかげでわりと明るい。


 問題はなさそうなのでそのまま入った瞬間、何か空気圧のような圧力の境を全身で受けて通り抜けた感覚を覚えた。


「気圧が……違うのか?」


 ふと言葉が出てしまう。中に入った瞬間空気は洞窟にいたときのようにひんやりとしており、息がやや白くなる。ここでかつて一度はきたことがあるカロと合わせて分析担当のグラッドを呼び出した。影の中から様子は見れていたようで説明は不要だった。


 無用心かもしれないけど、ここでは襲ってくるものがいないと直感が告げる。ならばと、俺は入り口より広い通路の壁際に腰掛けしゃがむ。


 見たところ誰かが通った形跡もなく、またくる気配もない。しかも馬車三台が並列で走れるほどの道幅がある。安全そうなら、今までの疲れを多少癒した方がいいに決まっていた。


 そこで六花が笑顔を浮かべ俺の顔を覗き込んでくる。


「ジン、もしかして寝る?」


「六花よくわかったな」


「へへ。私ジンと通じているからね」


 どこか嬉しそうだ。するとリリーも飛びついてくるようにいう。


「ジンさま。寝るのでしたら私もおともしてもよいでしょうか………」


 そんな上目遣いで見られるとこちらも困ってしまう。この場にリラがいたらどんな顔をすることやらだ。


「ああ。今は敵もいないし、くる気配もない。それなら俺たちは少し動き過ぎているから体を休めよう」


「賛成!」


「私も賛成です」


 俺は影たちに周囲の警戒を頼み魔法袋からテントを取り出し、中でしばらく休むことにした。六花もリリーも三人で並び、川の字の状態で横になるとすぐに睡魔が襲ってきた。


――ここは。


 俺は眠ったはず……だと思う。いつの間にか周りには誰もいない。


「六花、リリー! いるか?」


 俺の声だけが響くのは、誰もいないことの証左だった。何が起きて、一体どうしたことかと見回す。すると、奥から人が小走りでやってきた。見かけは普通の人族だ。


「え?」


 俺の体を通り過ぎていき、まるで俺がそこに存在しないかのようだった。どういうことか後を追い出入り口から出ると、驚くべき光景がそこにはあった。


 人だ。数十以上の人がそこにはいた。皆ここで各々は、忙しそうに作業をしている。


 ――作業?


 ありのままを見て思ったのは、なんで作業をしているのかだ。俺が知る光景と今目の前で見える物は明らかに異なった。


 今ここはまさに、建築の真っ只中だった。俺は夢でも見ているのか、それとも誰かの記憶の中を覗き込んでいるのかまるでわからない。さらに言えることは、周りは俺に気がついてもいないし、俺の体を通り過ぎていく。いわゆる透明人間みたいな状態だ。


 過去の誰かの記憶なのか、それとも……。考えてもわかるはずもなかった。

 

 今はとりあえず周りの様子を見てまわろう。誰か知る顔がいるわけでもなく、ぼんやりと歩いていると何か気になる後ろ姿を見つけた。


 黄金の騎士だ! そいつがいた。


 さきほど戦った時より縮んでみえる。だからと言っても背丈は、優に二メートルを超えているのは間違いない。少し開けた物置場所だろうか、そこの木箱の上に乗っかり、雄弁に語っているように見える。変わらず金ピカのままで、あの時きいた声そのものだった。


 五、六人いる観客に俺も混じると、見えないはずの俺に視線を向けているような気がした。すると、まるで俺だけに語りかけるようにいう。


「――黄金の力。黄金に至るには心を解き放ち思考の海に浸かる。もし受け継ぐ覚悟があるなら手を取れ、扱う力を証明するなら守護者に勝て。そうすれば認められる。黄金人に誘われ、歴史を俯瞰してみよ。少なくとも、黄金の魔力の領域をもつ者なら可能だ」


 ――え?


 俺なのかと思い俺自身を指さすと、騎士は頷いた。見えるのか? それとも偶然なのか? 答えを得られる前に話が終わってしまい皆解散してしまう。もちろん騎士も何事もなかったかのように去っていく。


 もしかしたら話ができるかもしれないと、騎士の後を追い後ろから声をかけても反応はまるでない。触れようにも手が素通りしていく。やはり、俺にも相手も見えないのでないかと思えてきた。ところが再び変化が訪れた。


――俺?


 まただ――。黄金騎士は俺に目線を向けている気がした。兜は被ったままで、目を覆う金属製の囲いからは横長の細いスリットしか空いてなく、表情や視線は窺い知れない。巨体さゆえか、見下す形となり無言のままだと変わらず迫力がある。


 目くばせをするかのような動作とまるで後をついて来いという風に、何度も振り返りながら歩き出した。今は少しでも情報が欲しい。俺はこの黄金騎士の後をついていった。


 ついていくと、神殿の中に入っていく。さきほど俺が寝ていた場所を通過していき、さらに奥へと進んでいく。どこに連れて行く気なのか、ただただついて歩く。


 途中大部屋を数部屋通り過ぎて行くとたどり着いた先は何かの小部屋だ。六畳部屋の二倍程度の場所は黄金でなく、白塗りの壁に囲まれていた。中央には大理石と思われる円柱の支柱に支えられた譜面台のような物が鎮座している。そこには、これから何が載せられるのかどこかわかった。


 ――黄金の魔法書か。


 恐らくというよりは、どこか確定的な何かを感じて、その譜面台を凝視してしまう。俺の意思がわかったのか、どこかゆっくりと頷く。黄金の騎士は役割を終えたと言わんばかりに、周りに溶け込むよう金色の粒子となって霧散してしまう。


 その少し後に、この部屋の周りも同様に金色の粒子に変化すると霧散して消えてゆき残ったのは、真っ暗な空間と俺だけだった。


 なぜ俺に、そこまでして教えたのか謎は深まるばかりだ。ただ、今見てきたこの内容から位置は掴めた。本当にまだ残っているなら、俺が今寝ている場所からまっすぐに奥へいった先にある。


 少し気がかりなのは、途中数部屋も通過した大広間だ。かなり広く作られており、巨体をもつ象が二十数匹いても余裕で収容できるほどの広さをもつ。


 もしそこに先の発言にある”守護者”がいるとしたら……。部屋の数だけいるとしたら……。


 俺はまだ見ぬ強敵に思わず武者振るいをしてしまう。


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