第21話『黄金の神殿』

「ジンッ! あれは!」


「ジンさまっ!」


 暑くも寒くもないこの空間で、六花とリリーがあげる歓喜とも驚愕とも取れる声が俺の耳に響く。声だけでなく、目にも光景が差し込んできた。


「黄金の神殿……」


 本当にあったんだなと感傷めいたことと、疑う訳ではないものの存続していたことに驚きが混じる。黄金であるなら、盗賊が我先にと持っていきそうなものではある。ところが、無傷でしかも新品同様の輝きだ。どこかの誰かが、毎日磨きをかけていると言っても不思議ではない。


 魔法的な処置でも施してあるのかもしれないし、盗もうとすると何か仕掛けがあるのかもしれない。そうでなければとうの昔に、見る影もなくなっていただろう。壁面の光石からの光も相俟って常に輝いている。魔獣すら寄せ付けないのは、何かやはり魔法がかかっているんだろう……。


 この空間に入ってからというもの、鍾乳洞にいるようなひんやりとした空気感は消えている。比べたらどこか暖かさすら感じる。


 怨念という得体の知れない負の叫びにさらされてから、数時間歩き続けた後にようやく辿り着いた場所だ。


 圧倒的な存在感に、俺は思わず立ち尽くして見上げてしまう。荘厳な雰囲気というよりは、黄金一色で統一されておりただただ圧倒される。形は神殿と呼ぶのに相応しく、佇まいは重量を感じ悠然だ。この神殿のある空間自体の天井は見えず、頭上の遥か先にありそうだ。


 建物の支柱はよく見ると、真ん中にいくほど太くなる印象で、柱の上下には飾りっけがない。この黄金でできた支柱が支える姿は、まさに神殿と言える形状に見える。遠目から見ると高さは、優に五メートルはありそうだ。入り口に至るまでの通路は、レンガぐらいの大きさもある黄金の延べ棒が敷き詰められており、神殿まで続く。道幅は広く大人が十人横一列に並んでもまだ余裕があるぐらいだ。


 全体的にどこか黄金の粒子が漂うことから、神秘を象徴しているかのようにも見える。どうしてここまで派手にしているのか理由は定かでないものの、一度見たら忘れられないほどのインパクトだ。


 ただ、不安な要素が一つ見つかった。


 この距離からでもわかるほどの巨体さを持ち、黄金色に染まる全身甲冑の騎士は、自身の頭身ほどの剣と盾を持って出入り口前で佇む。

 

「ジン! 敵?」


「ジンさま。あの者は……」


「ああ。どうやらすんなりと通してくれそうには無いな」


 近づくほど、巨体さがわかり息を呑む。この神殿以外何も無い場所では、すでに俺たちのことを認識はしているのだろう。このようなひらけた場所では、逃げも隠れもできない。思わず緊張でひたいから汗が滴り落ちる。手を強く握りしめ、思わず力が入ってしまうほどに緊迫感は強い。


 ――それにしても静かだ。


 俺たちの話声と足音以外の一切の音がここには存在しなかった。先の黄金の騎士も今のところ微動だにしないところを見ると、動く物がまずはいない。ただ、雪が積もった日の静けさとはまた違う。あの独特な静まり返りは、音が雪に吸い込まれているかのような、そんな無音さは好きだ。反対にここは、ムリに音を消しているかのような心持ちだ。


「ジン。私は氷結で行くよ」


「ジンさま。私は接近戦で挑みます」


「二人ともありがとう。危なくなったら即時後退してくれ。俺が黒華を放ったらはじめるぞ」


「わかった!」


「はい!」


 少しずつ近寄り相手の出方をみる。ところがいくら近づこうとも、彫像のように動かない。微動だにしないのは、こちらが敵意を見せていないからか、もしくは……。


 交戦しなくてよいなら、それに越したことはない。倒して進めというなら、先手を打てる今が絶好の機会ともいえる。今は何故か、影の連中を出さない方がよいと思えた。下手に刺激を与えて大ごとになるのは避けたいところだ。普通に考えると、この規模をたったの一体で守ろうとするなら、何か守れるだけの理由があるはずだ。


 単にその理由がわからないだけで、油断をするのは禁物だと俺自身に言い聞かせていた。


 この神殿自体は、新しく見えてもメンテナンスが行き届いているだけで、年月は相当立っているだろう。その場合、目の前にいる騎士は生体兵器となったホムンクルスか、または死霊になり今でも神殿を守護しているのか得体がしれない存在だ。甲冑の下はどうなっているのか、今はまだ検討もつかない。


「黒華!」


 俺は手のひらをまっすぐに黄金騎士に向けた。黒炎はうねりを出しながら、大蛇のごとく黄金騎士を飲み込もうと迫る。ところがその危機迫るはずなのに、かわらず動こうとしない。


――直撃した


「氷華!」


 六花の両手を寄せて放つ魔法は、触れた物を一瞬で凍らせて花のように形作る魔法だ。魔法の射出する勢いが強く、着物の袖と髪を正面からまるで風を受けたかのようになびかせて放つ。六花の表情は涼しげだけども、ここまでの力を出せるとは頼もしい。


 この六花の魔法も同様に直撃して、黒華と違い氷づけになる。そうなるとリリーの短剣の刃はとおる場所がなくなるかと思いきや、目が氷ついていない。そこへ狙いをつけて、魔法を用いて高々と跳躍をした。即座にまっすぐに突き刺したのち、氷づけになった黄金騎士の鎖骨あたりを蹴り後方に向けて、リリーは即離脱をする。


「――やったか?」


 俺は思わず危険な言葉を口にしてしまう。すると、何事もなかったかのように氷を砕きまた、直立不動の姿勢に戻る。


「ジン。この黄金騎士は魔法抵抗が高すぎるかも……」


「ジンさま。私の方では刺した感じがしませんでした。まるで藁のベッドに刺すような感じです」

 

 六花とリリーは俺の斜め後ろまで下がってもらい、俺たちは黄金騎士と向かい合う。距離にして十メートルはあるだろう。二人とも予想以上に手強いことを実感して、少し面食らっている感じだ。たしかにここまで抵抗が強くまったく動じない相手だと、打つ手が見つからない。たったの一度のやり取りですでに絶望的だ。


 今の状況は、かなりまずいと焦りが募る。


 手持ちの最大の攻撃となる黒華がまったく通じないばかりか、反対の属性でもある氷結魔法も、まるでびくともしない。他には、柔らかそうな目も存在していないのか手応えなし。


「もう一つの力任せで試すか……」


 どこか覚悟を決めた俺は、背負っていた魔剣の柄を握りしめると目に力を込めて相手を見た。右肩で大剣を担ぐ形で構えて袈裟斬りを狙う。


 すると今まで微動だにしなかった相手が、わずかに俺の方へ視点を変えたように見えた。気のせいといえばそれまでかもしれないほどの些細な変化だ。それだけ緊張をして、周りの動きに敏感な俺がいる。


 アドレナリンが出ているのかもしれない……。


 気持ち的に今振り下ろすという感覚が冴え渡り、指一本一本が力強く柄を握りしめる。肩甲骨の力が瞬間的に増すと、剣を肩からはなし上段から振り下ろしはじめる。向き合う相手は、右手側にもつ盾で受け止めようとはせず左手にもつ剣を俺の頭に向けて刺突のような動きに変化し突き進む。


 迫る剣は、まるで槍のように俺の顔に向けてやってくる。夢中なせいか、周りの動きがゆっくりと見えてその中で俺は、肩から腕にかけて力強く躍動して袈裟斬りに振り下ろしはじめていた。魔剣の力なのか、俺の手に吸い付くような感覚と魔力を飲み干す勢いで食らいつく。この食らいつきもあってか、ゆっくりとした時間の流れに逆らうように、剣の速度は加速していく。同時に、黄金騎士からの切先が視界を埋めようと迫る。


 剣による圧力をまるで、局所的に目へ風を押し当てたような勢いすら感じるこの時間は、流れ以上の速さで頭を右にわずかにずらす。たった数センチの動きが命を繋ぎ、こめかみ付近の髪の毛をわずかに切り落とす。剣の威圧を肌で感じとりながら、頭の左側面を通過していく。


 なんとか攻撃をかわせた。


 つぎに俺の剣が振り下ろす勢いは加速が止まらない。振り下ろす際、最初にこめた力と重みと重力により剣が上から落ちていく感覚はある。ところが、さらに後押しをするかのように加速していき俺自身の目で見ても軌跡がぼやけるほどの速度に到達して、黄金騎士の上腕に触れた。


 アルミ缶がひしゃげるそんな感覚を覚えた。すると、黄金騎士の腕を切り落とした剣は地面にめり込むことなく、地面から跳ね返るように今度は元の軌跡をたどり俺の方に戻ってくる。途中からまるで剣自体が動いているような錯覚さえあった。


 この数秒の攻防で俺の左側には、腕が転がり唖然とした様子をどこか感じ取れる視線で、黄金騎士は俺に視線を向けてくる。

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