第14話『二人目の英雄』

 ――英雄ベルカルロ。


 かつて、勇猛果敢でただならぬ困難を打ち破ってきた偉大な英雄と聞く。俺たちは昼過ぎに二人目の英雄の墓所に向けて歩みを進めていた。黄金の魔法書の場所を知る唯一の人物だ。


 感覚的には二時間も歩いているだろうか。時間があるので訓練がてら念話でグラッドと話てみた。


「グラッド。次に向かう英雄ベルカルロについて何か知っていることはあるか?」


「はい、主殿……。失礼しました。ジ……ン……。でいいのですか?」


「ああ。皆がみな主殿ばかりでさ。もっとフランクがいいんだよ」


「ありがとうございます。それではジン。ベルカルロとは話す機会が多い人物でした」


「ん? そうなのか? 何か依頼でもしていたとかか?」


「ええ。任務の合間に私の依頼をこっそり引き受けてくれたりと……」


 それなりに信頼のおける人物だったようだ。


 グラッドの念話だとベルカルロは、俺と同様に斬馬刀を扱う大剣使いだ。終生、黒紅色をした魔剣と呼ばれる得物を使い魔獣や天使でさえも斬り伏せたという。ゆえに魔と神々の呪いの両方を合わせもち、所持者を蝕む呪いの剣だと聞く。


「よくもそんな魔剣を扱えたし、手に入れたな」


「はい。元々は天使が持っていたと言われています。ところが何の因果か、その剣で天使が殺されました」


「事故か?」


「そのことについてはどの文献にも記録がなく口伝です」


「口伝? どんな内容なんだ?」


「はい。言い伝えは”アルコーの天空神殿で名もなき天使がおった。そこに異端の天使が現れると争いが起きた。天使の魔法がぶつかりあうとき、壁面に飾られた大剣が何の偶然か舞い落ちる。天使の背中を貫通してそのまま地上に落ちてきた。”この内容が全文です」


「なるほどな。どちらの天使が貫通したのか何とも言えないな……」


 まるでその場を見てきたような言い伝えだった。口伝なら細かい描写は難しいだろうし、誰かの想像でしかないとも思った。まるでみてきたような内容だしな。


「実はその先がありまして、落ちた剣は悪魔がたまたま拾い上げたと言います。天使神々の呪いと悪魔の力を受けた剣は、白銀の姿から黒紅色に染まり魔剣となったと言われています」


「なんともまあ、数奇な運命を辿っている剣だな」


「ええ。さらにその剣はなぜか悪魔の手から魔獣の手に渡り、最終的に英雄ベルカルロの手に渡ったことが終着点です」


 グラッドの分析によれば、異常なほどの魔力消費をするという。その代わり、切れ味と耐久性は類を見ない。恐らく俺なら、何の問題もなく所持ができると予想しているとのことだ。優秀な分析官が近くにいるおかげで助かる。


 今後、俺が許可さえすれば視界も共有ができて、その間に分析をすることもできるらしい。いやはやなんとも恐ろしげな合体技なんだか。


 こうして情報交換をしながら突き進んでいくと、前々から一つ気になることがあったので聞いてみた。気になることは、墓所が直線上に存在する理由だ。


「はじめは初代国王が知る人ぞ知るホムンクルスだったことからはじまります」


「もしかして公然の秘密である程度は知られていたのか?」


「規模としては小さいです。参謀と騎士団長だけでした。ところがどうやって知られたのか、青い薔薇の信徒に狙われていました。初代国王のアフロディテとホムンクルスである表向き初代国王も同時に暗殺されました」


「葬儀を分ける必要があった?」


「はいそうです。この時から儀式用の葬儀と埋葬しておくだけの葬儀と別れました」


「二代目も、ホンムンクルスはいなくても慣習的な物として儀式用と埋葬用と分けたのか?」


「ええそのようです。初代の慣習に従おうというのが主たる純然な理由です」


「なるほどな。場所についての妥当性はわからないな」


「そうですね。少しずつ遠く離れるのも何の意図があったのかわからないです」


「一箇所にまとめず少しずつ直線上に距離をあけたのも、どこか各世代の繋がりを残したい意図がありそうだな」


「そうですね。重要なことは分けて行うようでしたので、そこを調べたところ先のような内容でした」


「わかりやすかったよありがとう」


「ありがとうございます」


 たしかに初代がはじめた物なら、王族なら慣習として続けたくなるのだろう。やっとこの奇妙な墓所のあり方が判明した。結局のところ原因はすべて初代が作っていたわけだ。初代国王はいろいろ画策していたみたいだけど、所々で反感を買っていたようだな。


 ある意味そのまま歴史であると同時に、非業の死を遂げた者たちで繋がっているとも言える。初代が三代目のところに現れたことを考えると蘇生したようにも思える。ただし墓に眠っていたのは確かに初代だった。


 どういうことなのか……。もしかすると自身の複製をすでに作っており、意識だけを置き換えていたのだろうか。


 この件は、深掘りしても仕方ないのでまた歩みに集中した。念話とはいえ慣れないと体の動きが散漫になる。両立できる人は達人と言えるだろう。


 しばらくして影が長くなって陽が落ちはじめたころ、ようやく見えてきた。鼠色の鉄格子の柵が立ち並ぶのを木々の隙間から覗かせる。感覚的に人の背丈を優に超える二メートルはありそうだ。


 ところが今までの中で一番墓標がくたびれているのは、二人目の英雄の墓だ。


 墓標の大きさ自体は他の者たちと変わらない。まるで規格があるかのように同じに見える。ただし他と大きく違うのは、苔でできたと言っても不思議でないぐらいこびりついている。緑色が薄味がかった花緑青色は、こうして見ると苔の楽園のようでいて美しい。


 趣を感じるこの巨像に手を加えるのは忍びない。とはいえ目的のため決行した。


「――影化」


 もはや職人技とも言える棺の掘り起こしだ。自分で言っていて少し悲しくもある。今回の色は漆黒に近く当然ながら艶もない。この材質は何だろうか、石でもないし金属でもない。まさか木製とでもいうのだろうか。


 ただどう見ても木製のように見えてしまう。張り付いた蓋をムリにこじ開けると、わりと状態のいい白骨が現れた。例の魔剣も一緒に埋葬されていた様子でまったく傷みもない状態で現れた。ちょうど抱き抱えるようにして納めたのだろう。体の中心線に沿って剣が横たわる。


――はじまった。追随体験だ。


 俺の視界は急に切り替わりはじめた。


「あら? お目覚めかしら?」


 視界に入る姿と耳に入る声はまた、初代国王アーテだ。一体こいつはどこの時代にまでいたんだ。もしかして青い薔薇の信徒に暗殺されたのも、ホムンクルスではないだろうか。それともアーテは自らを、なんらかしらの形で蘇生ができるのだろうか。


 疑問が募る――。

 

 俺が今追随体験をしている二人目の英雄は、三代目と同じく両手両足と首が鎖で繋がれている。三代目と異なるところは立たせられていることだ。


 時系列でいうと初代の死後、おおよそ百年ぐらいだ。アーテがいるはどうなっているのか、わけがわからない。あの墓にいた初代の白骨は、間違いなく初代の物だ。ところがこうして百年後にも現れている。可能性からすると自身のホムンクルスか、別の場所にいた本体かのどちらかだろう。


 もしホムンクルスだとすると、かなり厄介なことになるかもしれない。意識がどこまで一緒かは未知数なものの、いつまでも存続することになってくる。


「貴様!」


「あらあら、うふふ。いやね貴様だなんて……。アーテって呼んでくれなくちゃ」


「殺すならさっさと殺せ。俺は何も語る気はない」


 とっくに覚悟は決まっていたのか、英雄ベルカルロは勇ましい。


「あれ〜? そんなこと言っちゃっていいの?」


「――!」


「この人、誰〜かな?」


 口を塞がれて、両手足もしばられた状態で床に転がされた者がいた。そう他でもない妹たちだ。


「卑怯者め! いつしか神から天罰が降ろうぞ」


「そうね……。いつしかはあたしが神になっちゃうから、自分自身にはご褒美しかあげられないかな〜」


「……すまぬ妹たちよ。我と共に来世で会おう」


 それほどまでに秘匿しなければならない物なのだろう。覚悟がすざまじい。肉親を突き出されても決して心変わりはしない。


「そうなんだ……。そしたらさ、私が質問するから答えてよ? 答えがないたびにこの娘たちの指、一本ずつもらうね」


「この悪魔め!」


「そうね、核心から行っちゃおうか! 黄金の神殿はどこにあるの? お姉さん知りたいな〜」


「……」


「そうなんだ。確認するけどあなたが答えないから失くなるのよ?」


「……」


「そう……。いただきまーす」


「ギャー! あがガガガあああ」


 少女たちはもがき苦しんでいる。こともあろうか小指を食いちぎりやがった。さすがに咀嚼まではせず唾を吐き出すかのように捨てはく。


「次の質問です! 黄金の神殿は地下にあるのかな?」


「……」


「またなの? ねえまたなの? まあいいわ、いただきまーす」


「あガガああああ! グゥッガー!」


 また別の少女の指が食いちぎられた。この行為が何度も繰り返されて、指の次は腕といき足も切断され最後に首を落とされる。少女たちが終わると今度は、この英雄も例外ない。答えなければ一本ずつ食いちぎられて、すべての指が食いちぎられると腕と足も切られてしまう。最後の質問も答えずにいると首を落とされてこときれる。


 ――なんてことだ。


 あまりの行為に絶句をしてしまう。こんな酷い行為があるのかと心底驚くと同時に、心が苛まれる。何度味わっても死の体験は頭がおかしくなりそうになる。何が現実で非現実が何なのか、区別がつかなくなりそうになる。狂う一歩手前を行ったりきたりしている。


「この剣は――」


 俺はいつの間にか魔剣の柄を握りしめていた。思わず両手で持ち上げ頭上に天高く掲げると、刀身が金色に塗りかわる。すると金色の粒子に眩く包まれ、姿はさながら黄金の霧のようである。


「尊きお方は、黄金族だったのですね。一目お会いしたかった……」


 グラッドはいつの間にか現れて跪き、俺を見上げながら涙を流して見つめる。なんだ何がどうなっているのかわけがわからない。掲げた剣を下ろすと黄金色の輝きを放ち、しばらくすると元の黒紅色に戻った。一体なんだったのか俺にはわからないし、肝心の分析担当は感動で泣いてしまい役たず状態だ。


「お前が、英雄ベルカルロか?」


 影となって現れた人物に声をかけた。ひざまづき俺の姿を必死に記憶に残そうと見ているようでもあった。


「左様です。尊き我が君よ。お会いできて光栄に存じます。ベルカルロと申します。どうかその剣をお納めください」


「いいのか? お前の愛用の大剣だろ?」


「はい。だからこそこの剣が尊きお方に仕えられて、望外の喜でございます」


「ならば俺の使う予定だった斬馬刀をわたそう。影の中でもしまえるのか?」


「下賜いただけるとは、ありがたき幸せに存じます。もちろん影の中にしまえます」


 俺を発端にしたこのよくわからない黄金に関する事案は、もとを辿れば俺が降臨した時だ。鉄仮面いわく、金色の粒子に包まれてゆっくりと空から落ちてきたらしい。それ以前の記憶はすっぽりと抜け落ちていた。


 ひとまず目先のことを確認しようと、ベルカルロに単刀直入に聞いてみた。


「黄金神殿と黄金の魔法書について聞きたい」


「はっ! 仰せのままに。私の知るところでは……」


 俺はある意味また、困難に当たることになりそうだ……。

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