第11話『初代国王の墓所』

「リリーよく見つけたな。ありがとな」


「お役に立ててよかったです」


「普通の物とは何か違うな……」


「そうですね。強い魔力を感じます」


 俺はリリーが発見した奇妙な指輪を眺めていた。見た目こそ華美さはないものの内包する力は別格に見える。魔力がこめられているというよりは、魔力が湧き出ているようにも見えるし感じる。魔力を吸われるわけでなく溢れ出てくるなら、俺にはさほど影響はない。記憶にある中では、異常に近い指輪なのは間違いなかった。


 ただ残念なことに他のことについて、俺では調べることができない。後日、専門家に見てもらうしかなさそうだ。仕方なく適当に魔法袋に仕舞い込み、また続けて探索をしていた。


「他にとくに目立った物は見当たらないな……」


「何も無かった」


「私の方も見当たりませんでした……」


 六花もリリーも見つからないことがよほど残念だったのか、わりと落ち込んでいる。リリーは先の指輪を見つけたので、大成果だ。もちろん貢献したい気持ちが勝るのは理解できるし、成果が欲しいこともわかる。その気持ちは十分に理解していることを、あらためて面と向かって伝えると幾分元気が出たようだ。


「よし、そしたら次の墓地に向かうか」


「はーい」


「承知しました」


 六花とリリーと一緒に門を出て、鉄仮面が示す方角へ歩みを進めた。影たちは影の中に潜り待機してもらっている。影化したあとは、物理的に存在もできるし接触も可能だ。意思疎通は念話のような物でできることも、この時にわかった。六花の使う念話とは異なるらしい。


 まだ夜は続く――。


 雲に隠れて月明かりはあまり期待できない。そこで俺はライト魔法を複数個ほど常時浮かせながら進んだ。はじめて使ってみて思ったより明るさが確保できるのはいい。難点は第三者から見たら、位置が完全にバレることぐらいだ。明るさは調整できてもこの光では、存在を示しているのと同義だ。


 ――歩くこと一時間強。


 歩き慣れない森を進むのはやはり骨が折れる。欲を言えば浮遊魔法なる物が手に入れば楽になるのにと、現実逃避をしつつ進んでいると、ようやく見つかった。木と木の間を縫って現れた城壁の一部は、先と同様に背丈は高く頑丈そうに見える。


 ゆっくり近づいた先に見えた門は、鉄格子でつくられており、鎖で締められている。英雄ブレイドに相談すると、難なく手持ちの影化した剣で一刀両断をして斬り伏せた。


 構成を真似たのは英雄側なのか――。


 この墓標も同じような作りで”建国の父、偉大なるカイザル国王ここに眠る”と記されている。この名前は初代国王の名前だ。この国王の死因は、書物で読んだことはあってもどれもがはっきりしない。どの本でも共通していることは、老衰ではなく他殺になる。


 墓標の大きさは英雄の物と変わりはしない。ただし石の品質がまるで異なる。御影石だろうか表面は艶やかで黒。墓標の表面には、多数の文字が歴史を綴っている。ただ誰も訪れていないせいか、雑草などで荒れ果てている。しかも石自体も磨かれていないため、苔で緑がかかる。


 影化の第一段階である魔力の手により一瞬で掘り起こされた物は、卯の花色で表面は艶やかな石棺だった。さすがに王となると、それなりにしっかりした作りなのは当然なのだろう。蓋をこじ開けても骨だけで埋葬物はなかった。


 書物を読んでも明確に書かれていなかった死因が追随体験でわかる。半分興味本位の期待感ともう半分はまた想像以上の苦しさであろうことが伺えて絶望する。


 俺は、白骨に影化を決行した――。


 ――何だ?

 

 追随体験にしては想像した性別と違うことに、一瞬戸惑いを覚えた。どういうことなのか、王の墓に女性が埋葬してあるのは入れ替えられたのか……。


 事前に書物で知っていた情報との差異が大きい。そうしている内に視界が切り替わり、追随体験が始まったようだ。


 視界に広がる部屋は、私室だろうか、かなり広い部屋で月白色の壁紙で覆われている。中央には三人から四人は余裕で眠れそうな天蓋付きの木なりのベッドがあり、さらに三人から四人がけのソファーが二対ある。ソファーの生地は、栗梅色のビロード調で高級感が高い。肌触りが良く当人は、深く腰掛けていた。窓の外から見えるのは濡羽色の空で、どうやら夜も深い様子が伺える。


 処方された魔法薬を飲み干すと喉が焼けるように痛く、息をすると炎を吸い込んだようにすら感じる。どう見ても毒を盛られた可能性が高い。緊急時の呼び鈴を鳴らしても誰かが来る気配すらない。吐き出すこともできず自らの足で何なんとか立ち上がり、出入り口に向かおうとしていた。


 苦しさのあまり途中、棚に置かれた水差しを取りにより、あまりにも熱く感じるため頭から水をかぶる。気休め程度にしかならないのは、わかっていてもだ。変わらず内側から燃やされている感覚に襲われる。この時背後から、絶叫に近い叫び声が聞こえた。


「黄金の永遠なる世界のために!」


 なんだ、一体なんの言葉だ。いつの間にか人がいたことにも驚きつつ、自衛用の腰にかけていた短剣を取り出し構える物の足がおぼつかない。


 そうした隙も取られて、掛け声と同時に背後から深く抉るように背中の中央付近を刺されてしまう。


「グハッ!」


 多量の吐血を前屈みですると今度は、正面からも聞こえてきた。


「黄金の永遠なる世界のために!」


 正面から突き刺す者は、黒装束で覆面を被り誰かはわからない。今回も深く鳩尾あたりを刺された。そして三度目に、二人同時に叫ぶ声が聞こえた。この瞬間でも生を諦めずにいる。


「黄金の永遠なる世界のために!」


 左右からも鋭利な何かを突き刺され、もう足に力が入らずそのまま倒れてしまう。何がどのようにして倒れたかもうわからない。恐らくは四人いて、俺が死ぬのを見届けるためじっとしている。視界はもうほどんど見えなくどの程度苦しんだのか、いつしか意識は暗転していた。


 ――まだ生きている。

 

 俺は、俺自身に戻るとこの壮絶な暗殺劇に慄いてしまう。どの物語にも描かれていない最後をこうして自ら追随体験して知ってしまった。恐らくはどこかの組織で、ご丁寧にも組織のスローガンと呼べる物を言っていた。


 誰も証人はいない物のスローガンは、どの組織が深く関与していたかわかる言葉だ。その言葉ですら、紛い物ならより高度な意図になる。ただ、今のこの状況を見る限りないような気がした。覆面越しに見えた目が狂気の目をしていたからだ。他に残念なこととして蘇生魔法は、この時はまだ見つかっていないことが、追随体験した時に理解した。


 俺はようやく目が冴えたかのように立ち上がる。どの程度の時間を体験していたかわからない。いつもは、体感時間ほど長くないことは、六花やリリーの発言から知っている。

 

 苦痛が終わると、影となって初代国王は姿を表した。絵画などで描かれた凛々しさとはやや異なる。どう見ても金色の髪で、艶かしい体のラインを見せる妖艶の美女にしか見えない。なにか歴史が違うと思いながら、確認をはじめた。


「お前が初代国王のカイザルなのか?」


「うふふふ……。そうね。建国した国の”最初の王”は私よ、主殿」


「まさか女とはな、そこまで美しいと周りが惑わされるな……」


「あら、ありがとうございます。主人殿」


「毒殺と刺殺でしかも四人からとは壮絶な最後だな……」


「あらあら、うふふ。お知りになりましたか……。主殿いきなりで恐縮でございます。私が他界したあとはどうなっております?」


「やはり気がかりか……。続いているぞ。今では三十五代目だ。おおむね千年以上は続いている」


「あらあら……。そうでしたか。ならばもう思い残すことはなさそうね。これからは主人殿に身も心も仕えますわ」


 身のこなし方がうまいのか、いつの間にかそっと近づいてきた。とくに気にせず俺は続ける。


「ああ、深き知恵と智略は大いに助かる。とはいえ今、蘇生魔法の保持者を探している。俺のスキルで蘇生したお前ならわかるだろうけどな。死者からスキルを一つ受け継げる」


「主人殿はそうでしたね……。私の意識が戻った時に、主人殿の魔法スキルがどんな物かは理解しましたわ。私も探し追い求めていた物があります。ただ私には適正が無かったようですね」


「なんだ? その適正とは」


「”黄金の魔法書”です。神話の時代に、この地に降臨してきたと言われる黄金族がおりました。その者たちが使う魔法を記した本です」


「なるほど……。蘇生魔法も記されているのか?」


「はい。主人殿。その蘇生魔法は黄金蘇生です。ただし、この蘇生は別の上位種族というよりは、最上位の種族に再変換する蘇生です」


 俺が探し求める魔法だ――。まさにその魔法が合致する。


「”黄金の魔法書”はどこにあるのか知っているのか?」


「はい。主人殿。黄金神殿にございます。ただし地理的な場所までは私ではわかりません。代わりにそのわかる者を知っております」


「誰なのか?」


「はい。主人殿。ライゼンにございます。英雄ライゼンが知っております」


「あの電光石火の刀使いライゼンか……」


「あら、ご存知でしたか。彼は類い稀なる武の達人、最も信頼のお開ける者ですわ」


「ブレイドはいいのか? 彼も英雄だろう?」


「ええそうですわ。主人殿。ただし彼が崇拝していたのは、私がつくった皆の知る国王の方ですわ」


「作る?」


 何か引っかかる内容を話しはじめた。作ったことが事実だとすると目の前の人物は、影の支配者というべきだろうか。


「もちろんですわ。主人殿。皆が国王と思っていた相手は、私が作ったホムンクルスですわ」


「なるほどそういうことか、わかった。それではあらためて聞こう名前は? 本当の名前があるんだろう?」


「もちろんございます。とはいえ、主人殿に蘇生していただいたゆえ、名前はつけて欲しく存じます」


「名付けについては検討するよ。そこで名前は?」


「――アフロディテでございます。主人殿。親しい者からはアーテと呼ばれておりましたわ」


「そうか。それならアーテと呼ぼう。一つ気になる言葉がある。聞いてもいいか?」


 俺はあの謎の暗殺者について、心当たりを探る。普通の暗殺者なら何も言わず何も残さず去るものだろう。ところが、蘇生ができないことを知っているからなのか、組織のスローガンを掲げながら刺殺する行為は珍しい。何か意図があるのではないかと思ってしまう。


「ええ。主人殿。なんなりとお申し付けください」


「”黄金の永遠なる世界のために”このスローガンはなんなんだ? ある程度は事前に調べているんだろう?」


「……仰る通りでございます。その言葉は”青い薔薇”の教徒たちが用いる言葉です。ブルーローズとも呼ばれています。黄金の魔法書を生み出した黄金族の痕跡を探して、その奇跡を手にし青薔薇組織で世界統一することを目的として、活動している組織です」


「どこにでもある話か……。なんで青い薔薇なんだろうな」


「はい主人殿。青い薔薇は不可能または存在しない物の象徴であったゆえに、存在した場合は永遠の幸福となぞらえております。恐らくはそこから来た名前と推察したします」


「そういうことか、わかったよありがとう」


 意外とあっさり判明した。若干拍子抜けするほどだ。


「勿体なきお言葉でございます」


 今回はかなり重要で貴重な情報が得られた。魔法スキルは得られなかったものの、得る以上の成果だ。おかげでより一歩、蘇生に近づく。俺は続いて気になることを尋ねてみた。


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