第10話『墓所巡り』

「――影化」


 俺はこの苔むした大きくそびえ立つ墓標に向けて、手のひらをかざした。黒曜石のような黒光する魔力の板は容易に棺桶を掘り起こす。ものの数秒程度で掘り起こされた白骨化した遺体に向けて、さらに黒い魔力の板が霧になり包み込む。


 わずか数秒で生前の姿を現して、影のように薄暗い存在として顕現する。やはり何度やっても、死後すぐに行うのと白骨化した物では状態がまるで異なる。リラの場合は肉体が維持されていて、リラ以外の者の肉体は魔力を転換して固めたものに過ぎない。見た目で判別はつかないものの生成した側はわかる。魔力で固めた物はある意味、魔力さえあれば損壊しても無尽蔵に再生を繰り返し行えるのが利点だ。


 今影化したこの英雄を俺は知らない。


 ただ言えることは、壮絶な最期なことがわかった。それは肉体的な死以外に、愛する者と共に死ななければならなかったことだ。その絶望的な終わりは涙が止まらず、精神的にも大きな衝撃をあたえた。


 俺はいつしか叫んでいた。恐らくは英雄のその時の気持ちに対して、代弁だろう。この悔しさと虚しさは、最大の悲しさだ。どうにもならない思いと世界への悲しみと憎しみ。抗っても不可能な事態。そしてわずかながら残された次の世代への希望。一人へこれほどまでの悲しみを背負わせて、いいのかと思うぐらい現実は残酷だった。


 俺は思う。流した涙はいつしか勇気に変わる――。そうであって欲しい……と切に願う。


 そして俺が受け継いだスキルは、”サクリファイス”。自身のすべてを犠牲にして、圧倒的な破壊の限りを尽くす。最初で最後の自爆攻撃だ。


 気がつくと俺は、いつの間にか気を失って倒れていた。先の受けた心身の痛みは、今にも甦りそうなほど強くて、再び気を失うぐらいの衝撃は持っている。


「ジン……」


 六花が心配そうに覗き込む。


「ジン様……」


 リリーも同じく駆け寄ってくる。


 何がか起きてからでは遅いので、完了するまで二人に離れてもらっていた。起き上がると、心配半分と起きたことへの安堵半分というところで、表情がコロコロ変わるのはおもしろいとすら思えてしまった。ただ、またしても心配をかけてしまう。このスキルの負の部分でもあり、俺の不徳の致すところだ。


 拍手を軽くしながら、鉄仮面の女は近づいてきた。念のため、万が一を想定して離れてもらっていたのだ。


「いや〜驚くね。目の前で見せられると、君のその”影化”魔法スキルはすごいに尽きるよ。恐らく英雄たち全員を影化したら、本当の意味で最強な戦力になるだろうね。そんな戦力と戦うことにならないよう、願うばかりだね」


 まるで映画を視聴して満足した観客のように、エンドロールは見ずに背中を向けて去ろうとする。


「助かりました。ありがとうございます」


 俺は真摯に礼をその背中に向けて深いお辞儀をすることで、気持ちを伝えた。すると、再会の約束を取り付けるかのような別れを鉄仮面の女はした。


「いやいいんだ。”また会おう”私はしばらく別行動だ」


 そういえばこの人の目的が何かを聞いていなかったけど、今はこのまま見送ることにするか。素直に手助けしてもらったことに感謝の気持ちを再びお辞儀に込めた。


 鉄仮面が去ったのち、俺は残りの墓標にも同じく影化を行うと、不思議な現象を体験する。ともに埋葬されていた英雄の恋人と思われる女性が影化したことにより、最初に影化した英雄の歓喜をなぜか深く感じる。恐らくはその女性と、もう一度会えたと英雄からの思いが伝わり、俺に感謝の意を伝えてくる。


 どんな形であれ、意思を持って互いに巡り会えるなど本当に存在したのかというぐらい、感動しているのが影化したことで俺にも英雄の思いが伝わる。悲しくも、サクリファイスをした決断した要因でもある女性の死から、こうして再び会えるのだ誰がどう考えても愛おしいに決まっている。


 もし、時を遡る船があるならその終着点は同じ時を歩めることだと。今それが叶ったと両者とも俺に跪き永遠の忠誠を誓うまでに至る。


 彼らは俺にいう。死者を別の段階に高める存在であると。その遥か彼方を歩んで導く者たちを”彼方かなたの者”という。尊きお方であり、天上でもなく暗闇でもない新たな死者の希望でもある存在。遥か彼方に存在する者――。


 ――俺は自身の目的のため、利用したに過ぎない。それなのに感謝される言われはない。ただ結果として彼らにとって幸運なら、影化の蘇生はよかったのかもしれない。


 今回、英雄の恋人でもある女性から受け継いだ魔法スキルは、”デッドポイズン”即死級の猛毒魔法だ。


 その後、さらに残りの墓標にも俺は繰り返し影化を行った。合計十回俺は、個々が絶望した壮絶な死に様を俺は追随体験をした。各自の役割を聞くと、斥候部隊としてここの者たちは機能していたそうだ。執事風の者が三人とメイド風の者が五人。他には、英雄とその恋人を入れると十人というところだ。


 俺は発狂しそうなほどにキツかった。


 見た目の状態では想像できないぐらいに、精神的に疲弊をしている。十人分の最後を追随で味わうのは、文字通り過酷であり、人数分の絶望を脳裏に刻まれて”発狂”以外に言葉が思いつかない。その中で、英雄とその恋人以外から、新たなスキルを得ることはなかった。


 振り返って見ると、今まで意思を持った者たちは数えるほどしかない。ところがここの墓所の人は全員が意思を持ちそして、俺に永遠の忠誠を誓う異常事態が起きている。英雄ブレイドとその恋人ソフィア。この二人を中心に残り八人も統率された状態でだ。


 やはり何かおかしいと感じるのは、俺の見識が狭いからかもしくは、認識違いなのか異常に思えることがある。気になることは、彼らは全員例外なく勇者に狙われて、勇者にとどめを刺されたのである。


 しかも勇者とは何を持って名乗るのか理解ができないでいた。最も英雄と呼ばれる人らがこの森の奥に埋葬されているのも気になる。ただ国王もとなるとますます理由がわからないし、なぜ勇者が英雄を絶つのかはっきりしない。


 彼らの記憶の中から見えた勇者の立ち振る舞いは”酷い”の一言に尽きる。略奪行為は当たり前のように行うばかりか、力に慢心して人々との軋轢を生む存在でもあった。さらに彼らのもつ知恵や知識・経験などこの世界でも応用できる物を現地の人に与えて、地位を確保したりなど権力さえ手に入れようと躍起だったことがうかがい知れる。


 他にも精神的に未熟なところからワガママの限りを尽くしており、勇者を討伐しようという動きまで出てきた事実がある。


 ただ勇者とはいえ寿命だけは人族と大差ないとの話だ。勇者のもつ魔法スキルは強大な物ばかりとのことから、いずれ彼らの墓が見つかれば漁りたいものだと思う。残念なことに勇者たちが蘇生スキルを持っていた情報というのは今のところ聞いたことがない。


 蘇生魔法のスキル保持者は、基本的に秘匿されてしまう。


 スキル保持者をもつ体制側が有利に働くのは、火を見るよりも明らかだ。蘇生保持者がいれば暗殺の意味が薄れていく。ある意味条件付きで死を克服したことと同義とも言える。誰が保持しているかは、国王の他に一部の者だけとなる。そのため英雄に聞いても保持者の所在は、わからなかった。英雄にすら知られないようにしている徹底ぶりだ。


 今回そうしたことを考えると、国王の眠る墓所に行けばなんらかしらの情報は得られると期待している。今までの実績だと、影化した者は俺の問いに対しては包み隠さずに話てくれる。一定数は本能だけで会話が成り立たない者もいて、そういう奴は何を聞いてもどうにもならない。


 影化とはある意味、死人に口あり状態にするとも言える。


 他に何か物理的な手がかりと彼らへの聞き込みも合わせて、もうしばらくこの墓所を調べてみることにした。もちろん六花やリリーにも手伝ってもらい二人には、掘り起こした墓所内に何か慰留品がないか些細な物でも探してもらっている。


「ジンさま。こんな物が……」


 リリーの手のひらに、小さな鉄のような素材の源氏鼠色をした指輪がのる――。

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