第9話『出会い』

――数刻後


 武具屋にてリリーの装備一式を無事揃え終わり、店から出たところだ。リリーの短剣は、予備を入れて四本揃えてみた。防具は革製の身軽な物で、動きやすさを最優先にしている。この皮革は、魔石の粉を溶かして黒く塗り込まれており、その分魔力が通りやすくなっている。常時魔力を流すことで、防御は飛躍的に高まるとのことだ。


 常時使用だとかなり人を選ぶ防具になるため、性能の割にはかなり安く売られていた。ところが意外なことに、リリーはかなりの魔力もちらしい。この防具をうまく使いこなせると店主も認めるほどだった。


 リリーにそこまで魔力があるとは知らず、少し驚いた。一般的な人だと一時間程度しか持たないのをリリーは、数日持たせられる。かなり優秀な部類に入るだろう。動きやすく軽いのに、防御力も魔法障壁付きで一定に保たれているのはかなりよい。


 まだ他人を守ったり援護したりは苦手で、自身のことで精一杯になる俺としては、個々で身を守れるのはありがたい。


 まっすぐ目的地に向かうと、ちょうど入れ違いに墓所に入った。すれ違ったのは二人だ。普通の格好をしていることから、ここの住民なのだろう。少しだけ気がかりなのは教会騎士が見回りで二名いることだ。広さは町外れの墓所と異なり、町の隅とはいえ、三から四倍ほどありそうな広さだ。


 柵は見た目だけでいうと、簡易的な腰の高さまである木の板でできた物だ。周りを囲み覆うだけの作りになっている。多少周囲の環境に気をつかっているのか、柵の近辺に木々が植えてありこの墓所を取り囲む。


 騎士たちはしばらく巡回すると立ち去っていく。


 巡回頻度や時間と人数の把握が必要だ。見つかった場合は最悪、影化軍団を使って騎士たちを襲わせている間に逃げる方法がある。強襲以外には、黒華を弾幕にするのもよい。他には影化一段階目で維持し、魔力の手を使い薙ぎ払うのもよいだろう。


 あとは脱出ルートとしては、このまま魔力の手でリリーを抱えて、墓場に隣接する崖をよじ登れば脱出も可能だ。手段は多い方がいいけど、今のところ強襲と崖のぼりぐらいだろう。


 念の為に隣接する崖を通常のルートで登っていく。すると、大体三十分ほどで上りきり、頂上から眼下に広がる墓場と町が見下ろせる。頂上の先は他の丘につながっており、そのまま辿れば森に突入する。一旦このまま監視を続けて、今夜巡回がいるか確認をしてから宿に戻ることにした。

 

――明け方


 一夜明けて結果からいうならば、夜間の巡回はなかった。最初に発見して以降、誰も訪れていない。この状況なら恐らく、夕刻以降はこない可能性が高い。


 明け方である早朝、墓地の巡回だ。特段何かが起きるわけでなく慣習的に行っているだけのように見える。何かが起きた日には場所ゆえに大騒ぎだろう。


 大まかに把握はできた。あとは掘り起こした時に、どの程度苦しみの時間が続くかが問題だ。俺たちは英気を養うため軽い食事の後、早朝からそのまま眠りについた。


――夜


 すっかり夜のとばりも降りて、辺りは木々の喋り声が聞こえそうなほど静けさが漂う。月明かりに期待はまったくできない曇り空だ。しかも三日月なので、仮に晴れても弱々しい光しか俺たちを照らさない。


 出入り口の正反対の一番奥側からさっそく掘り起こしはじめた。もう手慣れた物で取り出し自体は五分程度で済んでしまう。あとは、記憶の回想だ。


 一人目は魔獣に切り裂かれて絶命した者だった。光源になるライト魔法をえる。即死とはいえ即死級の衝撃を体験するのはかなり苦しい。その代わり時間にしてみるとかなり短く済んだ。俺は続けて掘り起こす。今度は、騎士団同士の揉め事に巻き込まれて倒れたところを、馬に踏み潰された無惨な死に様だ。体に馬の足がめり込む感触を追随体験するのは、なんとも恐ろしい。


 このままひとつずつでは時間がいくらあっても足りない。ある程度は慣れてきたから俺は、まとめて掘り返し一気に影化を試してみることにした。


 いきなり五体はハードかもしれない。ただ、やってみないとわからない。蛮勇と言われるかもしれない行為は重々承知しているつもりだ。


 掘り起こした棺桶を五つ並べて一気に影化を実行した。


 瞬間見えたのは闇と一箇所にすべて降り注ぐ惨殺行為だ。首を切られて腹を魔獣の爪で貫かれる。似た内容で二体だ。像ほどの大きさの魔獣に頭を踏み潰されて三体目。魔法で貫かれて四体目。前後から騎士団に体を剣で貫かれて五体目。このすべてがまとめて一瞬の内に殺到した。行為の後に続け様に激痛や鈍痛などが一気に襲ってきて、さすがに俺の脳も心も……焼き切れた。


 どのぐらい意識を失っていたんだろうか……。


 六花に揺すり起こされるまで、気が付かないでいた。


「ジン……。ムリしないでって言ったのに。見ていて辛いよ……」


「すまない。手っ取り早くと考えてみたんだけど、甘かった……な」


「ジン……」


「ジンさま……」


 すると笑いながら手を叩く人物が俺に近寄る。みると俺と同様に鉄の仮面を被り、目の部分にスリットしか入っていない同じようなタイプの物を被っている。姿格好も真っ黒とまるで同じだ。ただ違うのは性別だった。


「いやいや、おもしろい物を見せてもらったよ。随分とけったいなことをしているんだな?」


「……」


 俺は何も答えずにいた。すると、さらに一方的な会話が続く。


「今時、墓あらしは王国と教会に捕らえられるだけでメリットは何もないぞ? 他をあたったらどうだ?」


「そういうお前は、何用できた?」


「私はお前さんの行為が気になってな、前の墓の時から様子をみていたんだよ」


 この鉄仮面は俺の行為を目撃していただけでなく、様子見までしていたとは……。かといって忠告をしてくれる辺り敵というわけではなさそうだ。


「俺には必要な行為だ……」


「事情があるのか……」


「なければ俺もやらない」


「まあ、そうだろうな。力になれるかもしれんぞ? 事情とやらを話してみてはどうだ?」


「何をもって見ず知らずの奴を信用しろと?」


「たしかにそうだな……。私がお前を”ここの世界にきてから”ずっと見守っていた――だけでは足りないか?」


「……」


「言葉が足りなかったな。金色の粒子に包まれて降下してきたのを”領主に見つかりやすくした”のは私だ」


「なんだって……」


 このあと一部始終を聞くと、ここにきてからのことはすべて知っていた。最初みつけたのは偶然で異常な魔力を察知して駆けつけたら、俺がいたわけだ。しかも金色の粒子をまとう姿は、神話時代の黄金の魔法使いたちと同じだという。


「わかったかい? だからこんなところで墓あらしはやめておくんだ」


「俺には蘇生スキルが必要だ。やめるわけにはいかない」


「その言葉から推察するに、死者から生前のスキルを得るわけか……」


(ジン。この人に英雄や王家の人の墓所を教えてもらった方が早いんじゃないかな?)


 六花は念話で俺に伝えてくる。さすがいいところに気がついた。たしかに英雄や歴代の王家の人らなら、それなりの魔法スキルを持っていたに違いない。その場所さえわかればあとは掘り起こすだけだ。


「王家や英雄の墓所を知らないか? そこでなら彼らのもつ魔法スキルを効率よく得られる……」


「貴様、本気か? 見つかりでもしたら即刻、処刑されるぞ」


「構わない。得られないなら意味がない」


 俺はしばらくこの鉄仮面の女を見つめていた。俺の意思は変わらないし、後に引く気もない。五分程度だろうか、しばらく睨み合いに近い状態が続き、向こう側の大きなため息が終了の合図になった。


「わかったよ。君が取得した職業を考えると、いずれこうなることは予見できたはずだからね」


「では案内してくれるのか?」


「ああ負けたよ。一体君はどのぐらいの魔力量なんだろうね。まるで底が見えない。以前見た竜ですら凌ぐよ」


「竜……」


「ああ。その話はまた今度だな。君の期待に応えられるかわからないけど、こっちだついてきてくれ」


 俺は鉄仮面の女の後をついていくと、馬車が通れるぐらに整備された崖の道を上っていく。この先は頂上でさらに先は森だったはずだ。昨日見てきたばかりの場所に着くと、鉄仮面の女は迷うことなく森に入っていく。そのまま生い茂る森の中を突き進むこと三十分。ついに開けた場所に出る。


 人の背丈の二倍以上はある鉛色の城壁が、辺り一帯をぐるりと囲み強固な印象を与える。壁となる石材は一個一個が大きな石を組み合わせてできており、重量もそれなりにありそうな物で建てられている。出入り口には誰もおらず、鎖で繋がれ鉄格子が開かないようになっている。


 指ほどもある鎖を簡単にまるで豆腐でも切るかのように、するりと手刀で切り落とす。この鉄仮面は、ある意味化け物だ。

 

 中は開けておりかなり広い。先の墓場の十倍はあるだろう。一人ひとりの墓標が大きく整然と並んでいる。儀式用の派手な作りの墓所とは大違いだ。


「ここは?」


「初代英雄の墓地さ……。王家も英雄の世代ごとにこの森のさらに奥にある。このまままっすぐ北に進むとある。二代目や三代目も別途あってな、そのまま北に進めばぶつかる。いわゆる数珠繋ぎ状になっているんだ」


「そうか助かる。ありがとう」


「礼には及ばないよ。ただ今回どうなるか一体分だけ見せてもらってから退散するよ」


「ああ。見ていてもおもしろいものじゃないぞ?」


「わかっている」


 俺はこうして一番大きい墓標から影化を試すことにした。

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