第8話『記憶の慟哭』

――数分後


 魔法道具屋の近くにあったのを記憶しており、うろ覚えながらも向かうと見つかった。ここに点在する店は、見かけがほとんど同じで扉の前に掲げている旗のような物で区別するしかない。その旗にはフラスコと木の枝が交差するマークで描かれている。恐らくはこの店が目的の店だ。


 扉を開けて入ると、ベルが鳴り響く。


 商品棚には所狭しと瓶詰めにされた物が置かれている。そこは俺が求める生体部位ばかりだった。今回は欠損している両目・鼻・唇・耳・右手の五種類が必要だ。どういうわけか墓を掘り起こした時に、大量の金貨を手に入れている。おかげで多少のムリは利きそうだ。


 つぶさに見て回ると目は複数あった。ラベルにはエルフや妖精など一個ずつ瓶に入る。エルフの目は虹彩が茜色に近く、妖精の目の虹彩は紅紫色に似た色だった。安いのか高いのかわからない値段でそれぞれ金貨一枚の価値がつけられている。鼻については一種類しかなくエルフの鼻と書いてある。こちらは金貨五枚だ。


 さらに唇は上下ともあり下顎ごと入っている。なんともグロテスクな感じではある物の仕方ない。こちらは金貨十枚だ。さらに右耳を一個で金貨三枚と右手は金貨十六枚もする。


 こうしてぜんぶで金貨三十六枚となかなかいい価格だ。


 品をカウンターに載せて金貨を積むと、店番の老婆は驚くどころかニンマリと笑み呟く。


「ホムンクルスでもこさえるんですかいね……ひひひひ」


 気味の悪い笑いと共に大きめの紙袋を渡してくれる。この紙袋は、この店の配慮らしい。たしかに瓶詰めの臓器を持ち歩いていたら危ない人にしか見えない。そこを配慮してあげればリピートがあると見込んでいるのだろうか。何にせよありがたい話だ。


 俺は袋を抱えて店を出る。


 急ぎ宿屋に戻ると瓶詰めをテーブルに並べておく。すでに傷は塞がってはいる物の”再生魔法”なら特定箇所に押し当ててさえいれば同化するという。


 まずは無難な手からはじめてみることにした。


「これから、各部位を再生していく。俺を信じて少しばかり耐えて欲しい。まずは手から行くぞ」


 ベッドに腰掛けてもらい差し出された腕をそっと掴み、瓶から手を取り出して失った箇所に添えながら魔法を発動してみた。


「再生!」


 すると紅紫色をした粒子の粒は、手と手首を覆いつくすと時計まわりに手首を中心に回転をしはじめた。体感的に一分程度で粒子が霧散すると今までそこにあったのが当たり前のように、自然な状態で手がつながっていた。しかも体の方のサイズに合わせているかのように見える。


「ジンすごいね!」


「ああ。成功したみたいだ。どうだ? 動かせるか?」


 すると恐る恐る指を曲げ伸ばししている様子が見られる。何か声にならない声をあげているようだ。


「よし、次に行くぞ。感動は後でまとめて頼むな」


 俺は次に耳・唇・鼻と次々と再生を試みるとすべてがごく自然な状態で再生された。ここまでは満足な出来栄えと言える。あと残すところ目だ。


 なんで最後に残したかというと、一番繊細な場所であると思ったからだ。多少の練習をしてから挑みたいと思っていたので最後にしてみた。


「よし、最後だ。目をやるぞ」


 今回は両目とも一気に行ってみる。しばらく視界がなかったことを考えると、両方一気に見えることで視界が安定するのではないかと素人的に思っただけだ。


 先と同様、紅紫色の粒子が今度は頭部全体を覆い同じく時計回りに回転をはじめた。やはり繊細な箇所なのかなかなか終わらない。およそ体感にして十分ほどたつと霧散して消えた。


「成功はしたみたいだ。あとはゆっくり目を開けてみてくれ」


 恐る恐る目を開けると突然、大粒の涙をボロボロとこぼしはじめた。自分の顔と手を確認するように触れて涙が止まらない様子だ。この部屋には珍しく小さな大人の顔ほどの鏡が取り付けてあったので、そこに案内すると仕切りにさまざまな角度で自身を確認していた。


 しばらくすると泣くのも落ち着き今は、俺と六花と共に向き合っている状態だ。すると突然膝をたて、頭を垂らしていう。


「ご主人さま、なんとお礼をお伝えすればよいか今はわかりません。せめて粗末な私の体を自由にお使いください」


 すると服を脱ぎはじめたので慌てて止めて、ついでに買っておいた濃藍色のチュニックを着させた。


「安心してくれ、俺は救いたかった。ただそれだけなんだ」


「なぜ……」


「そうだな、旅は賑やかの方が楽しいだろ?」


「それだけのために?」


「それだけじゃダメか?」


「ありが……とう……ござい……ます……」


 再び大粒の涙を流しはじめてしまう。


 この辺りで食事にしようかと近場にあった飯屋に向かい三人で肉を中心に頬張った。最初は遠慮気味でなかなか口にしなかった物の、一口入れるとかなりの勢いで食べはじめた。思った以上によい食いっぷりで一安心だ。


 宿に戻ると再度全身に再生の魔法をかけると、みるみるうちに戻っていく。傷ついた皮膚も瑞々しく戻り、年相応の顔色にも戻った。


 今の時点で言えるのはみた感じ十六〜七ぐらいでかなりの美少女だった。今はまだ痩せている状態だけど元々スリムな体型だったのかもしれない。自己紹介はおいおいするとして、今夜はこのまま皆で寝ることにした。ベッドに川の字になり三人とも疲れていたのか、すぐに深い眠りについてしまった。


――翌朝


 両者ともしがみついて離れない。どうしたものか……。俺は起こさないように少しずつ離れていき、ベッドから起き上がるまで三十分もかかった気がする。


 宿から出てパン屋でサンドイッチをいくつか買い再び宿に戻る。すると二人とも起きており仲良く談笑していた。昨日とはまるで別人のような回復と見た目に少し驚く。再生魔法がかなり効いたのだろうか……。


「悪い、ちょっと朝飯買いに出かけていた。まずは食おう」


「はい」


「ありがとうございます」


 俺はテーブルにパンをどさりと載せて、皆で朝食とした。思いの外、皆食べ盛りのようで軽く平らげてしまう。ひとまずこんな物かと最後に、牛乳に似た飲み物を三人で飲んだ。


「そういや自己紹介が済んでいなかったな。俺は深緋仁。蘇生魔法を探して墓あらしをしている」


「私は六花。ジンに召喚してもらい新しい生き方を謳歌中。氷結魔法が得意で狐に化けれるんだ」


 そういうと、小さないつもの狐になると俺の首の定位置につく。変身する姿を驚きの目で眺めている。


「私はリリー・ファーゲンリッヒと申します。奴隷として売られて、今に至ります。ご主人様に巡り会えて本当に……幸せです」


 そういうとまた涙ぐみはじめた。今までよほど辛かったんだろう。”普通”の生活がままならないのは、あの再生される前の姿から想像ができてしまった。


 俺たちの目的と今までのことを大雑ぱに説明をした。一字一句逃さないよう一生懸命聞いている姿に尋常でない真剣さを感じとる。すると見かけによらず近接戦闘が得意という。主に短剣二刀流の使い手だそうだ。少しずつ過去がリリー自身の口から語られる。


 魔法については多少の攻撃魔法も使えて、敏捷性を活かした戦術で魔獣を狩りしていたらしい。ところが、仲間に裏切られて魔獣に右手を喰われて、唇は食いちぎられてしまう。辛うじて逃げ帰る途中に待ち伏せにあい両目をきられて失明してしまう。その後は通りがかりの商人に拾われて命だけはつなぎ、俺に買われて今に至るとのことだ。


 再び思い出したのか自らの記憶で慟哭してしまう。


 もう流す涙がないほど泣いたはずなのに、まだ涙が溢れる。その悲しみは、信頼が裏切られたからだという。


「復習するなら手を貸すぞ」


 俺はどうせ各地を巡るものだから、いく先々で見つけ次第復習もありかと思っていた。すると予想外の発言がリリーから出た。俺に救われたから”この命は主だけのために使いたい”と。そこまで言われてしまうと何も言えない。ただ、俺の旅路のついでに寄り道することはあるぞと伝えるとまたしても慟哭してしまう。


 今日はもう少ししたら、装備を買いに行くのと墓の周辺調査はもう一度やることを二人に告げた。


「私はこの着物が防具にもなるから大丈夫だよ?」


 六花の着物はどうやら見た目とは異なるようだ。あとはリリーの装備一式が必要だろう。どんな装備をするにしてもすぐには出番はないだろうかと思っていた。

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