第7話『仲間』

――翌朝


 俺はたしかに一人で寝ていたような……。狐がシーツに潜り込んできたのは記憶にはあるけどこんな人の肌のようなすべすべした感覚はなかったはずだ。


 俺は背中越しに感じる人肌のやわらかい感触を味わいっていた。その柔らかさは双丘が押し付けられているようにも思える。恐る恐る振り返ると、生まれたままの姿の美少女がそこに眠っている。


 髪は艶やかに輝き、藍白色でほんの少し青味がかかる綺麗な色をしている。ストレートな髪は、肩にかかるぐらいの長さだ。閉じている上まぶを縁取るまつ毛は長く、下まぶたに影を落とすぐらい密度がある。俺に寄り添うようにして寝息を立てるその姿は、俺よりやや年下にも見えた。


 もしやと思うのは、色があの狐と瓜ふたつだからだ。


 そう思いながらどうしてよいか分からずに、思い悩んでいるとゆっくり目が開きあの紅紫色の虹彩が俺を見つめる。眠たそうな目つきで俺をみる姿は、どこか親しげな感じがする。


「あ、おはよう……」


 俺は恐る恐る声をかけてみた。


「うん……。おはよう」


 透き通るような声の持ち主であることにこの時気が付く。お互いにシーツを被ったまま横になって会話をしていた。俺は続けて確認をしてみた。


「俺の首に巻きついていた狐? だよな?」


「うん。そう……。主のそばにいたい。魔力が心地いい」


「わかった……ありがとう。そしたら服着られそう?」


「うん。あるちょっと待ってて」


 するとシーツから出るとそこには、完全に生まれたままの状態になっている美少女がいた。次の瞬間紅紫色の魔力が全身を包むと、赤ふきの白むくを着た姿を目にする。膝上まで足は出し、腕をまくる姿は顔の表情とは異なり勝ち気に見える。


 肌と髪の白さも相まってとても似合う。


 俺の心情を察したのか、ボソリとお礼を言われた。どうやら俺の胸の内がダダ漏れらしい。聞こえることはひとまず置いておくとして、名前は何だろうと思い聞いてみると名はないという。俺につけて欲しいとのことだ。


 さて、どうしたものか……。


 赤ふきの白むく姿は和装で可憐でかつ雪のような白さだ。そこからとるなら雪の結晶だろう。となると六花りっかが近いイメージかもしれない。かわいらしく愛らしい、まさにピッタリな気がする。


六花りっかはどうだ? 意味は……」


 俺は白からはじまるイメージと可憐で儚さも加味して雪の結晶から、連想する物を選んだことについて説明した。終始頷いている様子から理解はしているのだろう。


「うん。その名がいい。私は六花りっか


 感情の起伏があまりみられない感じで、表情も大きくは変化しない娘なのかもしれない。あとこの町を離れるまで人前では、人の姿に変身しないで欲しいことを伝える。少しでも手の内を知らせないことがメリットにつながるからだ。とくにあの老婆はどこか気をつけた方が良さそうな気がする。


「そういえば伝え忘れていた。俺の名前は……」


「ジン! 深緋仁。ジンと呼んでいい?」


 いつの間に知っていたのかと思うと、念話をした時に知ったらしい。


「ああ。もちろんさ。ジンと呼んでくれ」


「ジン! ジン! ジン!」


 何か嬉しそうに俺の名前を連呼して、ニンマリと笑む。再び狐の姿に戻ると衣類も消えて、俺に飛びついてきた。また定位置の首周りにまとわりつく。すると念話でお礼を言われた。


「そんなに喜んでくれると俺も嬉しいよ」


「うん! 私ずっと一人だった。誰もお参り来ないし……。だから今繋がった気がして嬉しい」


「お参り? 和風な装いだから神社の話とか?」


「うん! そうだよ。今ジンの頭に浮かんだ景色、懐かしいよ」


「地名とかわかる?」


「うーん……。ただあの場所を守れと言われただけだからわからないや」


「もしかして残滓でなくて、本体がきたのか?」


「――わからない。力の渦が見えて、何だか波長が合う気がして思わず飛び込んだらジンがいた」


 本来の使い魔召喚とは少し違うような感じがしたけど、結果としては良かったのでよしとすべきだろう。俺は今ここにいる六花が、使い魔というよりは大事な仲間として迎入れたつもりだ。

 

 俺はこれからのことを六花りっかに説明していた。


 俺の目的とこれからの旅路はどれも過酷な物だ。今のところ何かと戦うような事態にはなっていないけど、時間の問題かもしれないことも伝えた。


 意外なことに神狐氷結魔法が得意だから任せて欲しいとあり、何とも頼もしい。俺の唯一である特殊なスキルについても理解はしてくれたようだ。あの影化魔法の苦しみは誰も介入はできないから、見守ることしかできないことも合わせて伝えた。


 この町で残るやるべきことは、墓場の調査と掘り返しだ。


 恐らく町内にある物はあまり人が立ち寄らない場所とはいえ、警備は厳重そうだ。さっそく状況を確認すべく俺たちは、町の中にある墓場へと向かっていった。


 今朝は足元がおぼつかない状態で町にたどりつき、急ぎ宿屋に向かったので、辺りをみていないことに気がついた。周囲をあらためて見回すと、なかなか整備が行き届いている。


 周囲の建物は照柿色のレンガを積み上げて作られており、高さは高くとも三階建てが最高の高さだ。人や馬車の往来も多くその踏みしめられる路面は、鼠色のレンガほどの大きさの石が敷き詰められており、石畳になっている。路面脇の側溝は恐らく雨水を誘導するのだろう。どこも整備がされていて綺麗な町並みだ。


 今日は曇りでどんよりとしており、日差しは少ない。


 その中ゆっくりと辺りを散策していると、鎖に繋がれ歩かされている少女を見た。身体は傷だらけで欠損が激しい。どうやったらあそこまで酷い状態になるのかわからないほどだ。すると見かけたタイミングで不意に、六花から念話が届く。


「ジン、お願いあの娘を助けてあげて」


「ん? どうしたんだ突然?」


「あの娘はジンと同じ匂いがする。だから放って置けない……」


 唐突に伝えられた人物を改めて見る。単に目先のことだけ手助けして後まで面倒を見切れるかというと、何とも言えない。ただ六花に言われたからということは、少なからずあるだろう。そう思いながらも魔法を確かめる機会として助けることを選択してしまう。


「俺の旅路は大変だけどな……。再生魔法を試してみるか……」

 

 本人が望むなら足手まといにならない限り、連れて行こうとも思っていた。


「ジンありがとー!」


「まだ助けられると決まったわけじゃないぞ」


 俺はホロ付きの馬車をひく商人に声をかけてみた。他にも引き連れおり一番ひどい状態の娘は、六花が指す者だった。


「呼び止めてすまない。引き連れているのは奴隷か?」


「ん? そうだが。アレを買いたいというのか?」


 話が早いさすがだ。恰幅がよく人のよさそうな顔つきはしているものの油断も隙もない感じの商人だ。俺は状態の一番ひどい者を指さして、単刀直入に買取を伝える。するとどういうわけか大袈裟なほどに、安堵した様子を見せて銀貨十枚でゆずるという。


 そこまで安くかつ困っているのか聞くと、正直なところ困っているという。このまま放り出すわけにもいかずかといって働き手にもなれずというわけだ。この辺りで最低限の保護とは珍しい。そうなるとこの商人はそう悪い奴ではないのだろう。


 用途は何かと聞かれて、酷い怪我なので治したいとだけ伝える。すると意外なのか変わり者がいる物だと一言漏らして、鎖から少女を解放し俺に渡した。


「俺が悪党かもしれないのにいいのか?」


「私は仕事柄、多少人を見る目はあると思っています。普通は治すなどとは言わないですよ。”使う”というものです」


「そうなのか……」


「はい。だからお客さんなら安心できると思いました。とくに奴隷文を施していないのでこのままお引き渡ししますね」


 俺は銀貨を渡すと、丁寧に両手で受け取りその後、少女を引き取った。馬車はそのままゆっくり走り去っていく。


 今の状態だと辛そうなので、抱き抱えて宿に戻ることにした。かなり痩せているせいか、非常に軽く感じた。すぐに宿に戻ると、六花に現れてもらう。


「六花、少しこの娘の様子を見守っていてくれ。俺は治す部位を集めてくる」


「うん。わかった」


「いったんその前にと、俺はジン。安心してくれ俺はお前の怪我を治すために買った。いきなりで難しいのはわかる。俺を信じて待っていてくれ」


 恐る恐るうなずく。何か声を出そうとしているのか、滑舌が悪く聞き取れない。


「私は六花。私もジンに救われたの。だから安心して。ジンなら直してくれる」


 同性からの声かけで少しは安堵できただろうか。反応はわからない。今は魔法素材の店に向かうことにした。


「六花ちょっと出かけてくる。すぐに戻る」


「うん!」


 俺は宿を出て、魔法素材の店に向かった。

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