第6話『使い魔』

「ようやくか……」


 俺はあの後、すべてを掘り起こした。残念ながら目的の魔法と新たな魔法やスキルは見つからなかった。千鳥足に近いぐらいふらついている。


 すでにリラは影の中でゆっくりと潜んでいる。中にいるときは起きて外の様子を見ているときと、睡眠を貪っている時があるそうだ。この寝るという行為が”人”の時の習慣なのか、影となった者の習慣かはわからないとのことだ。困ったことに、とくに月明かりが強く出ていないと、異様な睡魔に襲われて動けないとも言っていた。


 ふらついているこの足で俺は、町へ向かう。


 まずは宿屋を確保して睡眠にありつけたい。心身ともに疲れ切って疲労は度を越している。倒れそうになりながらも宿を探し見つけ中に入る。早朝にもかかわらず宿屋は受付をしてくれて、俺は部屋に入るとすぐさま着の身着のままでベッドに飛び込んだ。


 ――夕刻


 熟睡していたおかげか、目覚めは悪くない。まだ夕方であるなら例の老婆の魔法具屋は開いていそうだ。場所は覚えていなく、宿屋の店主に老婆の魔法具屋を訪ねるとすぐに答えが返ってくる。


 宿屋から向かうこと数分。思ったより遠くなく比較的古く目立つ店が例の魔法具屋だ。周りの建物が比較的新しいため、古さが際立つ。海老茶色のレンガが積みあげられてできたその店は、ふたつのガラス製の窓と琥珀色をした木の温もりを感じる扉が俺を出向かえてくれた。


 扉を開けると反応してベルが鳴り響く。お店などによくある物と同じだ。どこの世界も似たり寄ったりなんだなと思う瞬間でもある。


 しばらくすると老婆が現れてきた。


「お、珍しい客がおるな」


 開口一番珍しいときたものだ。覚えていてくれたことが少し嬉しい。


「お久しぶりです。あの時以来ですね」


 俺は領主と訪れた時を思い起こして伝えた。


「そうじゃな。一年ぶりぐらいかのう……」


 顎をさすり見上げながら、何か思い出そうとする素振りを見せる。その時、顎に手を当てた手の甲からあの青い薔薇の刺青が小さく入れてあるのを見つける。


「綺麗な青い薔薇ですね」


 俺は手の甲にある刺青を指していう。するとほんの一瞬何か表情を変えただけで、何事もなかったかのように振る舞う。お礼を嬉しそうにのべ話の続きをしていた。


「そこで今日はどうしたんじゃ? まさか思い出話をしにきたんじゃあるまい?」


「ええ実は……」


 俺は使い魔が必要なことを伝えると、あっさり受け付けてくれた。しかもただでだ。その代わり、何を召喚するか最後まで見せてほしいとのことだ。俺としてはまったく問題なく、むしろ最後まで完遂できるか見届けてほしいぐらいなので丁度よかった。


 普通だと何を召喚したか見せないし、どんな能力かも秘匿するそうだ。切り札的な要素もあり皆隠したがるとのことだ。


 まずは魔力量をはかろうかと言われ水晶に手を乗せると、砕けてしまう。以前も一度あったことをすっかり失念していた。お詫びするも老婆はまったく気にもせず、反対に嬉しそうな感じすらさせていた。


「……見つけた」


 何かボソリとほんのわずかにつぶやく声を俺はどういうわけか聞き逃さなかった。


「何かいいました?」


 俺はわざと聞き返すと、何事もなかったような態度を取られた。今はとくに気にする必要もないかと、老婆の次なる準備をまった。


 次に用意された水晶も同じく砕けてしまう。三つ目も同様でさすがに老婆も驚きを隠せないでいた。


「ん〜。どうやらお主のもつ魔力量が尋常ではなさそうじゃの……。魔石の粉で十分に間に合うじゃろう」


 棚から取り出して店の中央にあるテーブルの上におく。俺の魔力量だと何が起きるか予測がつかないので、裏庭で魔法陣を書いて呼び出すことが安全だとして、裏庭に連れて行かれる。


 この何も無い土が剥き出しになった殺風景な裏庭は、魔法的な処置をするのに頻繁に使うらしい。案内されるとものの十分もかからないぐらいの時間で描き終わる。二十畳ぐらいの広さの場所に名一杯魔法陣が描かれた様子は圧巻だ。あとは中央に、魔石の粉が置かれ準備完了となる。


 かなり手慣れたもので熟達な腕前を見せてくれた。あっという間に描き終わるのを間近で見学できたのはよかった。


 魔法陣は何度見ても現代にいた俺にとっては、芸術的に見えてしまう。ぼんやり眺めていると、何も理解sていないと思われたのか説明をしてくれた。大抵は想定内の動きしかしないという。だからさほど心配はしていないらしい。ただ、魔力量によっては現れる相手が凶悪な者が出ることもあり、それだけは運みたいな物だと脅かされる。


 火に油を注ぐと一気に燃え上がるのと一緒で、その油の量が見えない状態で一気に注ぐのに近しい行為らしい。普通の人が親指程度の大きさの小瓶なら、俺はドラム缶以上の大きさらしく、注がれる量がまるで違うようだ。


 後者の量なら大炎上だ。


 俺の魔力量からすると後者の方が可能性は高い。かといって、遠慮気味にしていては正常な召喚を妨げる。ゆえに全力に近い状態で注ぐ必要がある。


 注いだあとは、異界から俺の魔力の質を好む者がやってくるという。あくまでもこちらにくるのは、異界に存在する何かの残滓がこちらにくるという話だ。


 契約については魂に紐づくので簡単に解除はできない。他に使い魔はいつでもどこでも呼べるし常時召喚したままの状態も可能だ。

 

 俺は言われるまま魔法陣の中央に立つと、中心にある手のひらぐらいの大きさの円環に、魔力を全力で注ぐ。すると魔法陣の縁が紅紫色に輝くと、中に描かれた小さな円環たちが各々で回転をはじめる。光の鮮やかさは、まるでナイトパレードを見ているような感覚にさえなる。


 注ぐというよりは、注ぎ出したら今度は吸われている感覚に変化しだした。


 老婆がいうには、吸われることは反対に求められていることなので、よい兆しとのことだ。俺の感覚からすると魔力量はまだまったく減っていないと言っていいほど問題がない。魔力が多いと言われる人でもあの規模だと、光る瞬間に気を失うらしい。

 

「まだ何も変わらないな……。魔力は減った気がしないんだよな……」


「はぁ……。お主は魔神か何かの生まれ変わりかい? 冗談にしても末恐ろしい物を感じるさね」


 驚くより呆れに近い感じだ。もう何がきても驚かないよと言いたいのだろう。俺自身、何とも無くどう反応していいのやらだ。今は”向こう側”が求めるまま魔力を注ぎ続ける。魔法陣が狂ったとでも言いたくなるぐらい、目まぐるしく円環が回転し続けて時間が経過していく。


――数刻後


 紅紫色の魔法陣が二重に重なり合うようにして輝きをさらに放つ。すると俺が注ぎこむ円環中央から”何か”が現れてきた。


「あれ?」


「おやおや……」


 現れたのは、俺の肘から先ぐらいの太さと長さぐらいの小さくて真っ白な狐が飛び出してきた。綺麗にたち座りをすると、空に向けて遠吠えをする。同時に、魔法陣の円環から溢れる光が落ち着いてくると、少しずつ収まり見えなくなった。


 狐のつぶらな瞳は俺をじっと見つめる。すると、俺に飛びつき腕を伝いするすると駆け登る。終着点は、俺の首周りだ。今マフラーのように丸くなっておさまる。


 とくに何か儀式的な物をしたわけではないけど、どうやら定位置として今の場所にいたいという気持ちがひしひしと伝わる。他には、疲れたから寝るとの意識が伝わってくる。繋がりは漠然としていて、何か繋がりを感じるものの、具体的に何かと言われると答えるのが難しい。


「契約は完了? なのかな……」


「ほほう……。見た目は随分と可愛らしいのう。あの魔力を注いでこの姿は珍しい……」


 そこで老婆がこの狐に手を触れようとすると老婆はギョッとした感じでおののく。自身の首に目をやると老婆を射抜くようにみるふたつの紅紫色の虹彩が見開いていた。恐らくは老婆を威嚇しているのはわかる。俺を守ろうとしているのか、単に自身が契約者以外に触られるのが嫌なのか……。


 どうやら両方の様子だ。意図が伝わってきた。この狐から見るとこの老婆はかなり怪しいと見ている。


 そんな警戒心の中、俺は思わず言葉を漏らした。


「綺麗な目だな。なんだか吸い込まれそうだ」


 初対面で目線を合わした時には、気がつかなかったことをあらためて思う。すると狐は照れくさそうに左前足で顔を隠すような仕草を見せる。見ていて可愛いなとさらに思いを入れると、今度は両方の前足で頭から隠すような仕草を見せる。


 この仕草により老婆は、射抜く視線から解放されて安堵している様子がうかがえる。


「いやいや驚いたわい。警戒心が強いようじゃのう。ひとまず成功じゃな。おめでとう」


「ありがとうございます。ここまでしてもらって助かりました」


「なあに見せてもらう約束じゃて。ワシも得したからええんじゃよ」


「そう思ってもらえるなら助かります」


 こうして俺は、老婆の魔法具屋を後にした。まだ金はあるにせよ稼がないと減る一方だ。なんとかしなければと宿屋に戻る帰路で考え込んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る