第5話『満月の癒し』

「――リラ? ……なのか?」


 俺は地べたに這いつくばり、見上げた先に唐突に現れて棒立ちする人物がリラに見えた。わずか三歩程度先にいて満月の月明かりに照らされた姿は、生前の美しいリラその物で若干悲しみに憂だ表情をしているのがうかがえる。


「ジン……」


 忘れもしない声が俺の脳裏を焦がす。今は影化による追随体験で肉体的にも精神的にも両方で消耗していたところを、歯を食いしばり立ち上がる。


 深い紺藍色をした死装束のドレスをまとっていた。生きていた時のような血色は肌にない。そのかわり影のように暗い色をした青黒くても艶やかな肌と赤い目が俺を見つめる。


 相手がどう思うかなど知らない。


 俺は駆け寄り思わずリラを抱きしめていた。冷え切ったリラの体に温かみはない。それでもまだ理性を保ち、かつての声が聞こえてくる。俺はすぐにでも死霊蘇生したことを一言詫びたく伝えた。


「リラ……。すまない。俺のわがままで君を死霊蘇生した」


「ううん。謝らないで。私怖かった。本当に怖かったの。何もかもが消えてしまいそうで……」


 俺も味わった体験だった。俺の場合は臨死体験で済んでいるけど、リラの場合は本当の死を体験してしまった。体験した闇は、意識も自らもすべて飲み込まれて消えてしまう感覚が恐ろしい。


 落ち込む姿を見て今一度、今後の希望を伝えようと両手で肩を掴み、まっすぐリラを見つめた。


「リラ聞いてくれ。生きた状態に再蘇生できる魔法がある。俺はその方法を見つけて再蘇生をリラにする」


「そんなものなんて……あるの?」


 どこか感情の起伏が感じられない声で響く。影にされてその後の会話で蘇生ができるとは、なんて眉唾物な話をしているんだろうと思ってしまう。わかってはいるものの可能性を伝えることで希望を持って欲しく話を続けた。


「ああ。蘇生魔法だ」


「蘇生魔法……。私も聞いたことがある。聖者様が王家の許しを得て使える話よね……」


「そうだ」


 リラは少し考える素振りを見せて、何か思い出しながら話をしてきた。


「その魔法って、王国への貢献と聖者として修行が必要な話よね……」


「ああそのとおりだ。本来の方法を取るならな。けどな俺は違う方法でやる」


「――違う方法?」


 一体どうするのかという興味と、何をするのかという半分不安が入り混じったような疑問が返ってきた。


「そうさ。リラを影化した時に黒炎魔法”黒華”を受け継いだんだ。こんな感じでな」


 俺は実演してみせた方が早いので、すぐに実行してみせた。かなり魔力量を調整して慎重にはなつ。


「え! その魔法苦労したのに……。ジン凄くない?」


 どうやらインパクトとしては絶大なようで、リラにしてはめずらしく驚いた顔つきをする。リラの反応は、どこかいつもの調子に戻った気がした。たしかにそうだこの魔法は、習得の時間が膨大に必要な物だ。一朝一夕でできる物ではない。天才と呼ばれたリラでさえ五年の歳月を費やして得たものだ。


「俺も同じく驚きだよ。相手が生前得たスキルや魔法を受け継げるんだ」


「受け継げるってもしかして……」


「そのもしかしてだよ。聖者として蘇生スキルを持った者さえ探しあてれば入手できる」


「気の遠くなる話ね……」


 一瞬期待した眼差しが少し意気消沈したようだ。受け継ぐことは今証明してみせたので、理解はしてもらえただろう。問題はそのスキルを持った者がどこで眠っているかだな。


「俺はどんな状態になっても救い出す。だから待っていてほしい」


「うん……。ありがと」


 何か戸惑っている様子にも見えた。


「――どうした?」


「うん。本当はジンにそこまで言ってもらえて凄く嬉しいはずなのに。この体のせいか感情が一瞬にしか動かないの」


「そうだな。一時的に世話になる体だ少しずつ慣らしていこう」


「そうね……」


 消え入りそうな声でどこか寂しそうにも見える。感情は動かないとはいえ、多少の喜怒哀楽はあるようだ。


「焦らなくて大丈夫。ゆっくりでいいんだ」


「ありがと……」


 ほんの少しだけ落ち着きを取り戻したのか、今俺をみる目はどこか穏やかにすら見える。


 本当はリラの方が辛いはずなのに、俺は気遣いができていない。そのことだけでなく自分の思いを優先してしまう。あと少し、もう少し会話をしていたいと思いが募る。リラに再会できたことで内心浮かれてしまっている俺だ。


 あまり根掘り葉掘りはよくないと思いつつも、俺は気になったことを一つだけ聞いてみた。影化自体俺自身もよくわかっていないことの方が多い。だからこそ、試行錯誤しながらやって行くしかない。


「一つだけ教えてほしい。自由に出入りできるのか?」


「ダメみたい。今日みたいな満月の日だけみたいね。表には出られないけどジンを影から見守っていたの」


 そうなると蘇生した直後に俺のことが見えていたのかもしれない。


「そうだったのか……。ありがとな」


「どういたしまして」


 どこか幾分いつものリラが、垣間見えた気がした。どこか困ったような半分嬉しいような笑みは、俺を安堵させる。表情を変えられるほどの感情の起伏のある”人”がそこにいると。


「今日から満月の日は、俺たちの日だな」


「え?」


 リラははっとしたような顔つきをするとうつむいてしまった。俺はリラの今の気持ちがどんな状態なのか想像がつかない。人の感覚は五感あってのものだ。感覚が一部かけている状態でしかも死んでいる状態になるとどうなるか検討がつかない。


 可能な限り二人の接点をもつ時間は、増やしたい意味で伝えたつもりだ。リラにとって感じたことがわからず、どう気遣えばいいのか俺は困ってしまった。


 ただすぐにその悩みは、些細なものであることに気がついた。


 俺たちは今始まったばかりだ。わからないのは当然で、一つずつでもどんな感覚かを共有していけばいい。リラにあらためて少しずつ進んでいくことを話すと、嬉しそうに同意してくれた。時おり人らしい感情が出てもすぐに消えて平坦になるような感じらしい。まるで今までとは異なるので、戸惑いがどうしても出てしまうとのことだ。


 今は種族が異なるゆえ、慣れていくしかないだろう。


 するとリラは意を決したかのような雰囲気を持って俺に伝えてきた。”使い魔”を手に入れた方がよいと。覚悟してまでいうことなのか不思議だったけど合点がいった。”使い魔”は主人の魔力量次第でどのような姿かたちにもなれてしまう。ある意味溺愛する対象にもなるので、あまり言いたくなかったらしい。


 それでも言った理由は、満月の夜以外の守り手がいないのはやはり心配とのことだ。


 使い魔を呼び出すには、魔石がいる。その魔石は触媒で使われて、きっかけにしかすぎない。たまに純度が高く高価な物で試す者がいるのは、魔力が足りない分を補うために高価な石を使っているのだ。そこで俺の場合は、魔石はほんのキッカケ用なだけでよく、むしろやり方をレクチャーしてもらう方が高くつくかもしれないらしい。


 それなら知り合いである異人の老婆に、知っていたら頼むのもありかと思っていた。確かこの町の魔法具屋にいるはずだ。俺がこの世界にきた当初、領主に連れられて紹介されたっきりあっていないなとぼんやり思っていた。


 そうと決まれば残りの棺桶掘りも一気にやってしまおう。


「リラ、せっかく出てきてくれところですまない。今は他の人に見つかる前まえに掘り起こしておきたいんだ。少し動いてくる」


「うん。大丈夫だよ。私ずっとみていたの。ジンが苦しんでいるところ……。だからムリしないで、ジン」


「ああ。ありがとな。いってくる」


 リラは持ち土の小高い山の上に腰掛けて、ぼんやりとこちらを遠目に眺めている感じだ。


 このあと張り切った分、早いペースで地獄を味わう。拷問を受けたのち死亡し、蘇生を繰り返し何度も味わうような気分だ。あの青い薔薇の刺青が俺の頭の片隅で引っかかる。どこかでみたことがあるような、そんな気がしていたからだ。残念ながらどこか思い出せず、じれったさを感じていた。


 今は俺もリラも希望を胸に抱いて、次の一歩を踏み出した。リラ待っていてくれ、必ずお前を再蘇生するとあらためて俺は誓う。

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