第4話『記憶の深淵』

「……熱い」


 体に降り注ぐ月明かりは冷たくも、感じる熱さを癒してはくれない。


 何が起きたのか腹に手を当てても、何の傷も抱えていないように感じる。さらに鈍く強い痛みに、拳を握りしめ地面に転がりながら、もがき苦しむ。本当に痛い時は声にならない。今、身をもって追随体験をしている。さらに追い討ちをかけるのは、自分自身が消えてしまいそうな感覚に陥る恐怖心だ。


 そう俺はこの町ハズレの墓所にて、五人目の影化による洗礼を味わっていたところだ。


 今夜は雲一つなく澄み渡り、月明かりが満遍なく降り注ぐ。満月がまるで俺の無様さをあざ笑うかのようでやけに明るい。体に降り注ぐ月明かりは、何も癒してはくれやしない。


 痛いのが好きな人には、たまらないはずだ。ここまで整ったよい環境はないだろう。特殊な人は、この痛みが快楽になるのかと思うとそういう人こそほど、この影化魔法の適任者だろう。この痛さは、慣れることはない。


 今や、冷や汗と脂汗を合わせ混ぜて、土埃で全身ドロドロの状態だ。


 どんなに大変な思いをしていても、なかなか希望するようなスキルや魔法が見つからない。残念ながら、世の中えてしてそんなもんだろう。俺の場合はある意味盗掘なわけで、すんなりうまくいくことなど虫が良すぎる注文かもしれない。


 それでもスキルや魔法が意図しない物でも、得られるだけよしとすべきかとも思う。


「今回もハズレか……」


 影化しても何も得られないこともあり、恐らく今回はその事例だろう。苦しんだ分だけ疲弊するだけだ。ようやく苦しみから解放された時は、どこか虚しさが残る……。何も得られない影化した対象は、本能のままに動くただの屍となってしまう。

 

 同じことを繰り返すのであるならばよりスマートにできないかと、掘削・持ち上げ・蓋はがしそして影化と一連の流れにこだわりながら洗練された動きを目指してみた。意識を向ける先を変えないとあの苦しさでは頭がおかしくなる。


 何度も行ううちに、ムダの無い動きになりつつある感じがする。回数行う分動きはよくなっても肝心のスキルや魔法が増えない。町外れの墓地は、本当の意味でハズレかもしれないと思いはじめてきた。


 ――半分


 ようやく半分まで掘り返したところだ。変わらず周りの散らかしっぷりは酷い。ここまで掘り返してしまうと、ここが何の場所だったのかわからなくなるぐらいだ。死者への冒涜とも取れるかもしれない。俺としてはそんなことなどお構いなしに我が道をゆく。


 今回、何か怪しい事件そうな犠牲者の記憶を垣間見た。


 身なりが豪奢でどうみても王族と思われる雰囲気の人から、何の前触れも予備動作もなく唐突に刺突してくる。同時に刺殺される瞬間を見てしまった。みたというより追随体験をしているからまさに今、自身で味わっている。その王族と思われる人は今でも存命なのかはわからない。


 刺された人は何者なのだろうか。ただならぬ関係を持ちひどく動揺している様子がうかがえた。刺した相手が親しそうに話していて表情一つ変えずに行われた凶行だ。


 刺された側は自らの溢れる血を手に受け止めて、真っ赤に染まる手のひらを呆然と眺めている。そして最後に見た顔が先の王族で、変わらず笑顔が張り付いたままだった。そこで意識が急速に遠のいていく。どうやら信じていた人に裏切られでもしたようにも見える。


 事実そうなのであろう。


 あの親しそうな感じの話かたからすると、何の疑いも持たれていない。狡猾さと狂気を笑顔で包み隠していたに違いない。気になるのは、この人は何を知ってしまったのだろうか。今わかる特徴は、細く長い指を持ち手の甲の親指の付け根あたりに、青い薔薇の刺青がワンポイントで入っている。他には、スカートを履いていたところからすると女性だったのかもしれない。


 仮に身分の高い人の近くにいた者をこのような町外れの寂れた場所に埋葬するとなると、やはり何か事情がありそうだ。とはいえ探偵ごとをしているわけにもいかず、そうした事実があった程度に止めておくことにした。一つだけ気がかりなのは追随体験をしている最中、赤い血をみた時に、”三本の青い薔薇”とよぎったことだ。


 赤い血で青い薔薇とは随分と離れたキーワードだ。


 一体何をこの埋葬された人は、最後に思ったのだろうか。影化自体は成功している物のよほど現世に絶望したのか、本能だけで自我が生まれてこなかった。


 こうした謎めいた記憶は、この人だけだった。他にとくに変わったところは無い。ところが一個だけ特殊な魔法を得た。脳裏に映るその魔法は、これから役立つことが予見される。求めていた物とは違うにせよ、何か起きた時には自らで処置ができる。


 今回得た魔法は”再生”だ。


 怪我や病気も該当するし、毒を守られた時も浄化が可能で怪我や病気知らずの体になれそうだ。どの程度の即効性があるのかは、今後試して見ないとなんともいえない。ただしこの魔法記憶を垣間見るに、腕が千切れても存在さえすれば、逆再生を見るかのごとく再生する。認識した通りなら、かなりすごいことだ。


 仮に欠損しても、代替用の生体部位があればくっつけることが可能だ。なんともキメラ作りには打って付けとも言える。俺はマッドサイエンティストではないので、そこまではしないつもりだ……。


 ただし、蘇生まではできない。あくまでも生きている者に対してだけ行える。物の見方によっては部位蘇生ともいえなくもないかと思う。できることとできないことは、記憶から辿る使い方を参考にしながら、明確にしていった。


 かなり便利な魔法である反面、当人の精神状態によっては何もできずに終わることもある。実際に何もできず呆然とした状態のままこの者は他界してしまった……。なんとも悲しい結末だ。


 俺は夜が明ける前に残りすべてを掘り返そうとしていた。ここに訪れる人がいる以上、長居はリスクでしかない。町のハズレとはいえ、この規模で荒らしたとなるとそう易々と今度はできない。犯人は現場に戻るというけど、俺の場合は戻る必要がない。


 一度影化すればもう必要なくなるからだ。苦しさは変わらずでも続けるより他にない。


 掘り起こしていて魔法やスキル以外に実は恩恵があった。どういう訳か金貨を大量に入れた魔法袋を棺桶の中で複数見つけた。この金貨は現在も流通している物であることから、比較的現在と近い年代に埋葬された物かもしれない。


 簡易用の魔法袋に収められていたので、収められる容量はさほど多くない。大きさはおおよそ、背中よりやや小さめなリュック程度の容量ぐらい入る代物だ。金貨が入っているのはすべてで五つあり、ぎっしりと金貨が詰まっている。


 この袋は見た目として、拳ほどのサイズの小袋だ。その中に、五袋小袋が入っており各袋に金貨が入っていたという状態だ。思いがけない臨時収入のおかげで、不安でもあった路銀については突然解消ができた。


 残りの棺桶も掘り起こした結果は、苦痛だけが伴い得るものは先の金貨以外は何も得る物がなかった。


 今、全身を串刺しにされる苦痛の追随体験を味わっている。最後の影化を実行した際に現れた苦痛だ。相手は魔獣ではなく、この者を刺したのは人だった。よほど恨みを買っていたのか、正面と左右から短剣で刺突される。さらに背後左右からも短剣で貫かれる。


 当人は吐血して真っ赤に染まる手を呆然と眺めている。手首にはワンポイントの青い薔薇の刺青が印象深い。先の女性が見た最後の記憶でも、青い薔薇の刺青が近い位置に施されていた。両者関係者なのだろうか、それとも単なる流行りで入れており偶然だったのか……。奇妙な共通があっても今はまるで何かはわからない。


 最後に何の対策なのか、脳天から何かを突き刺され視界が暗転した。


 俺は気がつくと地面に這いつくばっており、土埃と汗で酷い有様だ。もがき苦しむ中でこのとき、満月から差す月明かりを遮る感じがして見上げると、そこに見知った顔があった。


 俺が待ち焦がれていた相手だ。


 俺はついに発狂してしまったのかと自分自身を疑う物のどう見ても本人にしか見えない。俺は振り絞って声を出して名を呼んだ。

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