第3話『墓漁り』
――夜が明けようとしていた。
ひとしきりに降り続いた雨は、空が白むといつの間にか止んでいた。体の内側は冷え切らずにやり遂げた思いで熱を帯びている。
やりきったというべきだろうか。ここの墓地では、余すことなくほじくり返し終わった。残念ながら、俺の求める”蘇生”魔法は得られなかった。それでもリラだけは、現世に繋ぎ止められたのは
あの時一言だけ言葉を交わして以来、見かけていない。ただ、潜んでいるという感覚はどこかある。
今は、一仕事終えたような感覚に浸されている気分だ。あらためてほじくり返した結果を見渡すと、まるで人の大きさぐらいのモグラが、辺り一帯を荒らしまくったかのような様相だ。棺桶はすべて地上に放り出されて、蓋は破壊し、中の遺体は根こそぎ奪われる状態になる。普通の感覚なら、こんなひどい荒らし方はないだろう。さすがにやりすぎだと思いつつも、後悔はしていない。
今回わかったことがいくつかあった。
影化の魔法は、三つの段階を経て実現する。一つ目は魔力の顕現化だ。物理的に強固な黒い板状の手を顕現させる。ふたつ目は板状の手が分解されて、黒い魔力の粒子で囲う。最後に残滓ごと吸収すると物理的に生前の姿を模した存在が顕現して終わりだ。ただし三つ目は先の通り、死に際の苦しみを追随体験するとともに、獲得できる魔法やスキルがあればこの時に獲得する。
今回あらためて注目し確認したのは、途中で止めたまま維持可能か試してみたことだ。一つ目の魔力の手は武器にも盾にも応用が利くと考えたからだ。とくに強固なため、打撃や刺突に適している。さらに硬さから防御用に俺を囲めば一時的に、安全になる。防御用の盾代わりだけでなく、腕を繰り出す速度も早い。消費魔力がかなり多いだけで、消費以外はメリットしかない。
維持自体は問題ない。あとは本当の手のように使いこなせるか、そこが課題だ。
思考を巡らせながら、この魔力の手を操作しているうちに、朝を迎えてしまいそうになる。それでは目立ちすぎるので、俺は近くの宿屋へ向かった。
一旦町まで距離はある物のここは中継地点のせいか、比較的賑わっていた。俺は眠くて倒れそうになりながらもなんとか寝床となる宿を確保して、倒れるようにベッドに潜り込む。うわまぶたを開けたままにするのはもう困難だった。まずは睡眠だ。まるで惰眠を貪るかのように早朝から、眠り続けた……。
――目が覚めると夜だった。
月明かりの白く冷たい光は部屋を照らす。冷えきったはずの体は落ち着き、だいぶ疲れが取れた感覚を覚える。今は、ベッドの上から天井をボンヤリと眺めていた。いい意味で昼夜が逆転してくれた。俺は今後、夜の活動が増えてくる。だから、この時間に目が覚めるのは非常に好都合だ。
ここから町に向かう途中に、たしか墓地があったような記憶がぼんやりとある。町はそこそこ大きくその分、人も多い。
そうなると、狙う墓地も多いわけだ。
さらに、町に合わせて大きな教会もある。一度みかけた時は教会騎士団もいて、装飾が華美な鎧に身を纏うなど派手な印象が残る。そんな騎士団は、邪悪から人々を守るという口実のもと、武による力を拡大しているようにも思えた。
実際に悪霊や死霊の退治。さらには魔の属性面が強い傾向の者を討伐したり、さばいたりしている。ところが、教会の聖職者であっても、顔つきは似つかわしくない者もいる。そこの司教が凶悪な面構えをしていて、他人を下卑した表情はまさにギャングと言える様相だ。とくに銃をもたせてはいけない相手で、すぐにでも発砲しそうな輩に見える。
まさにそんな奴に、騎士団という武器を持たせてしまっている。この世界の今の時代に銃がなくて、本当によかったと思う。
その騎士団の活動からして今の俺にとっては、教会関係者は天敵なる存在だ。
騎士団の使う聖属性魔法は、人である俺にはなんら意味の持たない回復魔法程度でしかない。ただし、俺の配下となる影化した死霊たちには、致命的な攻撃になる可能性は否めない。影たちが何属性に弱いのかは、今後の検証が必要だ。
元死霊というだけであって、影は他と違い属性が異なるようにも思える。本能だけで動く影もいることから、魔獣に襲撃されたら試して見るのもいいだろう。動きは遅くも早くもなく普通な感じで、やたらと損傷に対してタフな影たちだから、大いに期待ができそうだ。
思考のループに埋もれそうになりながらも、俺は宿で鍵を返却するとその足で、次の町に向かった。
墓地を探しめぐる旅をする奇特な者は、おそらく世界でもただ一人俺だけだろう。月明かりに照らされながら、ゆっくりと馬車で踏みならされた道を歩く。夜るゆえに多少は気温が下がってはいるものの、夏の涼しい夜という感じで苦にならない。鈴虫に似た鳴き声がどこか遠くで響き、町とは異なり喧騒から離れた静かな夜だ。歩きながら感じたことは、はじめて魔力を使ったにもかかわらず、疲労感はまったくなかった。
本で読む限りだと、体を動かした時の疲れとはまた異なる酷い疲労感を味わい、一日中動けないぐらいになると書かれていた。ところが書かれてあるようにはならない。万人向けの本でもあるから、個々の違いには触れていないし平均的な話なんだろう。俺の場合は恐らく、魔力量に影響しているのかもしれないという考えがボンヤリと頭の中を漂う。そんな思考を重ねながら、ただただ歩いていく。
この辺りは人の手も多く入り比較的平和な場所だと聞く。そのおかげもあってか、魔獣が現れることも野盗に襲われることもなく、平平淡々と続く道をただひたすら歩き続けていた。
もしやと思い試してみたいことが一個増えた。
「……影化」
一段階目の魔力の顕現化で止める。平な半透明の魔力の手は、安定的な大きさとなると、人の背丈三倍ほどの大きさになる。ちょうど俺を掴めるぐらいの大きさだ。何をしたいかというとふたつある。
まずはゴリラのように歩けるか確認だ。この手は俺の背中から腕ごと生えてきているため、俺をぶら下げながら、腕を使い歩けるはずだ。
「うまくいった? のか?」
どこか竹馬を操っている感覚になる。バランスさえ取れれば歩幅が数倍になるのと、繰り出す腕の動きが早いので馬ぐらいまで追いつくことはできそうだ。
この方法は結構疲れるな……。バランスを取るのに集中しなければならないのと、進路を確認しながらなので余計に神経を使う。いざというとき、誰かを抱えてもこの方法なら行けそうだけども、意識のあり方がめちゃくちゃ疲れる。墓をほじくりかえすのと比べると感覚がかなり異なった。
物の数十分でこの試みは終えて、本命の動きを試して見る。――瞬間移動だ。
まずは、距離がどこまでいけるかの確認だ。視界ギリギリのところを見つめ意識する。ところがまったく変化がない。さすがにあの距離はムリかと、少しずつ距離を縮めながら確認していく。
すると可能な距離感は、おおむね百メートルぐらいで反応があった。陸上競技にある短距離百メートルですら九秒台が人類最高だ。その距離をほぼ〇秒で到達を可能にしている。最も心配だった慣性の法則の作用がない。これぞ不思議な力で、さすが魔法だというより他にない。
少しだけコツが掴めたのは、少しだけ前へ飛び上がったタイミングで瞬間移動をすると、スムーズな感じだ。どこまで連続していけるか、試してみる。
すると、答えとしてはごくありきたりな感じだけど、”どこまでもいける”ことがわかった。この方法で俺は、町の外にある墓場までやってこれた。予想よりかなり早い到着をした。まだ真夜中なのでさっそく”墓漁り”ができる。
もうなんというか、荒らしより漁ることの方が、感覚は近い。
墓所の広さとしては、ざっとみた感じ五十程度は墓標がありそうだ。横に十個で縦に五個だからだ。迂闊かもしれないけど、そのまま瞬間移動で端までいき、一旦全体を眺めてみる。
人の胴回りぐらいはありそうな幹を持つ木々が立ち並ぶ。その青々とした葉が生い茂る木々は、墓所の周りをぐるりと囲むようにして立つ。墓周辺は手入れがされている様子で、墓標周りの雑草がほぼない。それどころか、古い墓標に比較的新しい花が添えられたりと、頻繁に人は訪れている様子が窺える。
俺はそんな故人をしのぶ他人のことはお構いなしに、自らの目的を果たすため行動開始だ。
すでに一段階目は発動していたため、目の前にある墓標からほじくり返した。かなり古いのか、掘り返した棺桶が崩れてしまうのは、手荒に扱っているのもあるだろう。すぐに次の段階に移ると、変わらず激しい苦痛が俺を襲撃してくる。
この苦痛は毎回違う。死に際なんて人それぞれだからだ。その死に際を何度も追随体験で味わううちに、俺の頭がおかしくなりそうなところまで来ている。何度も影化する度に、苦痛を伴いながら殺されまた、追随体験が終わると俺は息を吹き返したように目覚める。いわゆる終わらない拷問を、何度も受け続けている感覚だ。早い話が、発狂しそうになる。
そこまでしてもリラを蘇生させたい俺がいる。
この思いだけを支えにして、俺は歯を食いしばり耐え忍。精神的にも肉体的にも今まで知る物とはわけが違った。一言でいうなら、他人が味わう恐怖を無抵抗な状態で、心と体に植え付けられる。しかも体がうけた痛みも再現される徹底ぶりだ。せめて魔法の力で、その痛みは排除してほしいところだけど、この影化魔法は俺に優しくない。
それでも俺は、繰り返し掘り起こしていった。
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