第2話『不完全』

 ――翌日


 昼過ぎ、今後を占うのかごとく空は暗雲が垂れ込める中で、リラの葬儀が屋敷にいる者だけで行われた。


 俺は今夜が決行の時だと思い、待つことにした。恐らく蘇生をしたらこの家にはいられない。死霊を連れて歩き回れるほど、この地域は寛大であるはずもない。ましてや、屋敷内でも同様だ。敬虔なる信徒の元で死者を操るなど、やってはならないことだ。


 あとは、旅路のため路銀をいくばくかもつ。装いは、フードのついた黒いローブとシャツとズボン合わせて、靴も真っ黒になった。今の俺は頭髪の色も合わせて、全身黒ずくめな状態だ。日本人ゆえ、黒髪なのだ。ちなみにまだ一度も色を染めたことはない。この姿は決して、黒歴史になるような姿ではないと思う……。


 俺自身の能力として魔力量を以前測った時は、人の領域を遥かに超えており化け物らしい。そこで、俺の元の世界での趣味が高じて、適正も沿った物のようだ。


 この異世界では、魔剣士に適正があると言われている。剣といっても日本刀などと異なり、西洋の剣の方だ。いわゆる叩きつけて破壊するに近い。日本刀も過去扱ったことはあるにせよ、ここでは何より相手の攻撃に対して強度が足りない。


 そういうわけで、得物については今後の活動も鑑みて見繕った。


 手荷物を少しでも減らせるよう、武器にも盾にもできる得物を選んだわけだ。もちろん少し、技術的になじみはある。もともと鉄塊と呼べる物を振り回して、鍛錬をしていたからだ。元の世界だとその技術は使われないため、趣味の範囲を超えてはいないものだ。知らないよりはマシだろう。多分……。


 その得物は、手のひらを広げた以上の身幅もある斬馬刀だ。その鉄塊を背負い俺は、この夜中に屋敷をそっとでた。


 もちろん、書き置きを残しておいた。リラの蘇生方法を探す旅に出ると……。顔がバレルのを防ぐため、目の場所にスリットが入っただけの金属製の仮面を被り、俺は墓場に向かう。


 ――どうやら今夜は濃霧だ。


 あつらえ向きといえば、そうかもしれない。辺りに人影も魔獣も小動物ですらいない。夜のとばりは完全に降りて、木々がしゃべる声まで聞こえてきそうな夜だ。


「まだ、やわらかいな……」


 俺は盛り土に手を当てると感じた。俺がネクロマンサーとしてはじめてでかつ、最も大事だと思える人に対して使うのだ。緊張しないと言ったら嘘になる。この死霊魔術は、ある意味俺には適していた。


 むしろ俺向けとしか、いえないぐらいの物かもしれない。膨大な魔力を消費するため、普通ではできないのだ。ましてや死霊としての蘇生だ、魔力を死ぬほど使う分に見合うかというと、答えは難しい。大抵の人なら否と答えるだろう。


 そんな選択を俺がするのは、紛れもなくリラの魂を現世に繋ぎ止めておきたいからだ。人に近い種へ変えるには、さらに俺の魔術スキルを向上させて、再蘇生すればいい。本ではそのように書かれていた。


 この魔法は、物理的な障害があろうと魔力で跳ね除けて、対象を引き上げる。わりと強引で大雑把な魔法だ。俺は脳裏に浮かぶまま、右手を地面にかざして、魔法を発動させた。


「……死霊蘇生」


 不意に口をついて言葉がでる。すると黒い黒曜石のような黒光する魔力の板は、ひとすくいで棺桶を掘り起こして、目の前に置いた。さらに頑丈に閉められた蓋を剥がして、中にいるリラをこの黒い魔力の板が霧になり包み込む。


 数秒で霧が晴れるとどうしたことか、リラが黒く変色していく。肌自体がというよりは、光を閉ざして暗くなるに近い。いわゆる半透明の薄い黒いセロハン越しに、リラを見ているイメージだ。すると次第に棺桶の中で、影と一体化して闇に溶け込むように消えてしまう。


 なんだ、一体何が起きたんだ。


 俺は内心、魔法を間違ったのかと思い焦ってしまう。それでもたしかに言えることは、魔法自体は成功している。ただし、意図した物ではない感じがする。


 この時、空は雲が立ち込め、雨がしとしととふりはじめた。月明かりに照らせていた墓所も暗く沈んでいく。雫が体に当たるたび身も心も凍てつかせた。


「失敗したのか……」


 俺は絶望に打ちひしがれ、両膝を地面にたて棺桶を両手でつかんだ。何が起きのか俺の脳裏でふたたび、魔術を思い出す前にもう一つの現象が俺を襲う。激しく熱い痛みと恐怖心と絶望的な悲しみが、一気に覆い被さるように襲ってきた。少しずつ感覚が消えていく恐ろしさも同時に味わい俺が俺でなくなり、闇と一体化していくような感覚さえある。


「この様子は……。リラの記憶?」


 刺された直後と思われる記憶が滝のように流れ込んでくる。ああ、ここまで苦しんでいたのかと、俺も追随体験をして思う。


 単に体験をしただけではなく、俺はネクロマンサーではもつことの無い魔法を受け継いでいた。この魔法は黒炎魔法”黒華”だ。リラが得意とする魔法で、攻撃力が非常に優れている強力な物だ。脳裏に焼き付くように、この魔法が今まで使えていたかのような、錯覚にすら陥る。


 最後に一つだけ、希望があった。


「ジン……」


「リラ? リラなのか?」


「私は? なぜ、ここに………」


 リラは影のように暗く黒い色の光を当てたような状態で立ち上がり、自身の手を見つめている。影とはいえ、物理的に存在して人を黒いセロファン越しに見ているそんな感じだ。脳裏に閃くのは”影化”魔法と響く。どうやら俺は、無理矢理ネクロマンサーに急いでなったためか、”不完全なネクロマンサー”になってしまったようだ。肝心の死霊魔術が使えない。俺が駆使した魔法は、唯一この”影化”だけが使える。しかも呪文はなんの捻りもないただの”影化”だ。


 リラはこちらを見ると、悟ったのか黒い影の涙を流したのち、静かに消えてしまう。


「リラ!」


 俺は必死になり手を伸ばすものの、どこか影として隠れてしまったことだけは、感じ取れた。どうやら本人は混乱して姿を消した様子だ。


 本来なら絶望的なはずだ。なのに俺はまた希望に燃えてきた。その答えはリラだ。影化で蘇生した際に魔法を受け継いだ。もし他の者でも同じであるなら、同じように受け継ぐことができるかもしれない。要は”蘇生”魔法持ちだった者に当たれば、受け継ぎ獲得できる可能性を秘めた死霊魔術なのだ。


 はたして、死霊魔術と言えるかはわからない。今の現象なら、蘇生魔法に限らず魔法を獲得する可能性は、かなりあると俺は考えた。


 検証は正直言ってまだ足りない。次も同じとは限らない。とはいえ、俺がネクロマンサーとしてできる魔法はこの”影化”だけだ。ならば、やり続ければ活路は見出せるかもしれない。少なくとも今、事例が一つあるからだ。


「今日から俺は、”墓場あらし”だな……」


 新たな決意を胸に秘めた。俺は雨で濡れ冷えた体に希望の灯火を添えて、片っ端から墓場を掘り起こしはじめた。


――数刻後。


 俺は何体目かの影化を終えて、荒い息を整えていた。さらにわかったことは影化したのち、スキルだけ得て解放することもできる。時間が経過しているので、当然魂はない。そこにあるのはいわゆる、残滓だ。よほど強い意思を持った者以外は、意識のような物がなく、まさに本能で蠢く死霊だ。


 残念ながら、狙った魔法スキルはまだない。


 ここに眠る者たちは、どうやら魔法寄りというよりは、剣士などが多い。そのおかげで体力や筋力などの上昇効果や、敏捷性に関するスキルを多数えた。同一の物は統合されていくだけだ。ゲームのようにレベルなどの概念があるとわかりやすいけど、そうした物は無い。唯一わかるのは、スキルの名称とその効果だけだ。あとは、自身の魔力と体力がどの程度あるか、ボンヤリしたものがわかるといったところか。

 

 ありがたいことに、夜間活動することが多くなる俺にとって、ありがたいスキルばかりを得た。その内の一つが暗視だ。意識することで、夜のように暗くても視界を得られる。他にはネクロマンサーらしくない瞬間移動だ。どの程度の距離までかは、検証を早急にしてさっそく使い倒したい。魔力が続く限りできるところを見ると、幅広く応用ができる。


 うまくやれば、空中戦も可能になる優れものだ。


 俺自身が一体なんの職業を習得したのか、わからなくなるほどだ。この特性はおもしろい。現状はまだ、蘇生持ちには当たらないけども、さまざまな可能性が見えてくる。希望があるってやつは、本当に大事だ。なければ絶望だからな。


 ただし習得できない場合は、どんな条件なのかわからない。


 対象とした相手は、スキルを持っていなく取れなかったとも考えられる。他には、スキルは持っていても一定の確率で失敗するのも考えられる。今のところはどちらなのか、皆目検討がつかない。


 なんせ、墓に眠る人の生前のことなど、知る由もないからだ。


 少し休憩をはさんで、俺は再び墓をほじくり返しはじめた。まだ雨は止まない……。

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