前略 死霊の令嬢リラへ 〜俺は不完全なネクロマンサーになった。いつの日か君の蘇生を夢みて俺は、黄金の魔法書を探しもとめ今旅立つ〜

雨井 雪ノ介

第1話『蘇生失敗』

 ――嘘ではない。


 そう、俺はしくじった。


 月明かりが雲でおおわれた中、しとしとと雨が降り注ぐ。息は白く、しだいに体温を奪い俺の心を凍てつかせる。


 この冷え切り立ち尽くした状態の体は、動かすことを失念したかのように動かない。俺の心が目の前で起きたことに対応できないでいる。


 領主令嬢の死霊蘇生に失敗し影にしてしまった。


 今目の前で起きたのは、紛れもない死霊術だ。たしかに発動の痕跡も残されている。それなのに、何がどうしてこうなったんだ。肉体は墓標の前で起きて十字をきり、影の存在になった。


 俺の脳裏でふたたび、魔術を思い出そうとするともう一つの現象が俺を襲う。激しく熱い痛みと恐怖心と絶望的な悲しみが、一気に覆い被さるように襲ってきた。少しずつ感覚が消えていく恐ろしさも同時に味わい、俺が俺でなくなり闇と一体化していくような感覚さえある。


 なんだこの症状は……。


 毛穴という毛穴から、脂汗が滴り落ちる。予想せずともわかることは、どう考えてもこの領主令嬢のリラが最後に味わった物だ。なぜそうと言えるのかというと、追随体験をしたからだ。


 脳裏に広がる光景は、刺殺される直前にリラが見たその物を再現している。領兵が目の前で突き刺すのをまるで、俺自身で味わうかのようだ。リラの苦しむ最後の記憶は、俺の中にとてつも無い重さでのしかかってくる。


 時間にして一瞬だとは思う。ただ、その時間が――永遠に感じられるほどだ。


 さらに不思議なことが起きた。


 黒炎魔法”黒華”を受け継いだのだ。この魔法はリラが得意とする魔法で、攻撃力が非常に優れている強力な物だ。魔法をとっさに放てなかったところを見ると、よほど急な出来事だったのだろう。


 戦い慣れしているいわけではないから、この時ばかりはどうしようもない。


 この記憶と魔法を受け継いただことはどういうことかと、疑問が頭の中をかけめぐる。今言えることは、俺が起こした死霊魔術でリラは影となってしまいさらに、最後の記憶と魔法を受け継いだのだ。


 もしかしなくても俺が不完全なネクロマンサーだからだろうか。俺はもう一度思い起こしてみた。あの数時間前のことを。リラが動かぬ人となって再会した時のことを……。



――あの時俺は、このまだどこか慣れない異世界で、魔法に馴染もうとしていた。


 領主から許可された私室の本部屋で魔術の書物を読み耽っていた時だった。突然扉がけたたましく開かれると、初老の執事のサバスチャンがは、息を切らせながらやってきた。


 リラが領兵との口論の末、刺されたと。しかもここからすぐそばの納屋の入り口付近でとのことだ。


 俺は横になっていたソファーから飛び起きて、無我夢中で走り納屋に駆けつけた。息をしたのかすら覚えていないほどだ。すでに領主はいて、今にでも起きてきそうな、変わらず美少女と言えるリラがそこにいた。ただいつもと違うのは、辺りは血の海になっていて身動き一つとっていないことだ。

 

 刺した領兵は縄で縛られ、顔は原形をとどめないほどに崩れていた。そんな状態でもまだ生きてはいるようだ。


 領主が固く握る拳から滴り落ちる血からすると、"そういうこと"なんだろう。今し方やったと思うほどだ。大事な人を失った肉親なら、犯人に対して怒りと憎しみのはけ口になるのは自然なながれだ。ましてや領主が支配する地域内の出来事なら、どんなに残酷な仕打ちだろうと誰もとがめない。


 俺ももし同じ立場でも、怒りに任せてことを起こしたに違いない。領主は立ち尽くしたまま仁王立ちして、微動だにせずにいる。泣きじゃくり体を抱えているのは、リラの母だった。


 穏やかなリラの寝顔を見ていると、俺はリラが悪徳の令嬢と呼ばれていた理由はわからない。そんな噂など、微塵に感じさせないほどの寝顔だ。根も葉もないことなど、さほど知るわけでもない。ただ俺にはつっけんどんのようでいて、実は優しい子だったのは知っている。その優しさに何度も救われていたからだ。


 この屋敷で領主に保護されてから一年、接する内にリラが明るくなったと領主からよく言われて、リラが恥ずかしそうに膨れっ面にしていたのを思い出す。

 

 ストレートに肩まで伸びた金色の髪はいつも艶やかで美しく、長いまつ毛は下瞼に影を作るほどだ。その双方の目はまるでいたずらっ子のような眼差しで、ツンとしてはいるけど緑色の虹彩は吸い込まれるほど綺麗だった。本人は一度だけしてくれたのがツインテールで、同じ十七歳なのに非常に似合っていたのが印象深い。ケタケタと笑うあの姿は、もう二度と見られないのかと思うと、胸が張り裂けそうになった。


 そして俺は、気がついたら涙で前が見えなくなってしまう。深い悲しみと同時に蘇生してやると、何がなんでもやるんだと俺の頭の中は思考が偏り、一気にその方法を模索しはじめていた。


 気がついたら俺は、銀色の古い指輪を握りしめて、近くの教会にきていた。満月の光がステンドグラスを通り越して、教会内にまで降り注ぐ。まるで”何か”が降臨してきたかのように、まぶしくさえ感じた。


 俺はこの強制転職指輪を使う――。ためらうことなく、教会に祀られている女神の前で誓う。


「――ネクロマンサーだ! 俺は死霊魔術を極める! 力を今ッ! よこせ!」


 俺はこの時、なぜ聖者を選ばなかったかというと、わけがあった。蘇生が行える者になるためには、はじめに承認される意味あいで、王からの魔力供給が必要になる。供給を受けて、はじめて資格が得られるのだ。なぜか王族には蘇生の力をもつ聖者を承認する力があった。功績をあげれば、可能かもしれない。ただ今は、そんな時間がまったくない。まだ肉体と魂がある二十四時間以内のうちに魂を呼び戻さないと、二度と見つけられなくなる。


 そう、時間が残されていなかったのだ。


 俺はこの強制転職指輪を、領主から譲り受けていた。この世界にきたとき俺は、金色の粒子に包まれて舞い降りてきたらしい。その状態を目撃した領主は、奇跡が舞い降りてきたと当時、歓喜したそうだ。早くもこの世界の人間ではなく、別の世界の者であることも同時に察していたらしい。


 そうなると、この世界ではごく当たり前のように行われていることができないと思ったそうだ。転職による技術獲得が困難であるだろうと思われたらしい。そこで近い将来、転職をする際にできるようにと、この指輪を贈呈してくれたのだ。なんとできた領主なんだろう。


 ただ、誰にでもできるわけではなく、ある一定量の魔力の持ち主であることが条件になる。その問題さえクリアできれば一度だけ、強制的に望む職業になれる。ただし、適正があればの話だ。


 今唯一、王族の力も借りず自力で蘇生が可能な職業は、ネクロマンサーだ。死霊魔術での蘇生はある意味、ゾンビに近い。ただし、さらに異なる上位種に変化させることもできるらしい。ならば、魂を現世に繋ぎ止めるためだけに、蘇生をするのは最終手段としてはありだろう。


 本人は望まないかもしれない。だけども今は、この方法が最善だと思っている。


 さあ、早く転職させてくれ女神よ。俺は心の奥底から、このネクロマンサーという職業を望んだ。誰からも忌み嫌われるその職で俺は、救いたい人がいる。なんとしてでもなし遂げるため、俺なりに全力で魔力を指輪に注いだ。


 かつて感じたことの無い魔力が俺の全身から溢れ出し、指輪に注がれる。同時に月明かりも歓迎してくれているのか、俺に降り注ぐ。すると、視界に一瞬女神の姿が見えたかと思うと、俺へ銀色と金色の粒子が教会の天井から降り注ぎ、力の奔流を全身に受けたまま立ち尽くしていた。いや、動けなかったといった方が正解だろう。


 時間にして、どのぐらいだろうか。数秒なのか、数十分なのか感覚があやふやだ。ただ言えることは、俺は内から溢れる異なる感覚と融合して、ハッキリと言えることがある。


――そう。俺はネクロマンサーになった。


 今この瞬間になったのだ。なぜか、そう確信を得られるほどになる。掲げた指輪はいつの間にか砂塵のように崩れてしまい俺の指さきから溢れ落ちて、消えてしまう。


 こうなったらあとは、急がなくては。俺は屋敷に向かいまた全力で走っていった。


 俺が屋敷を飛び出してから、どの程度の時間が経ったのかわからない。今の状態は、目の前でリラが倒れていた惨状から片付けられて、棺桶でゆっくりと眠っているようだった。今すぐ実行したいところだけど、翌日の葬儀まで、親子の別れを待つことにした。


 いくら蘇生とはいえ、死霊だ。両親が喜ぶはずもない。一時的な措置だとしても説明がつかないし、賛成もされないだろう。単なる俺のわがままだ。


 俺は花瓶に飾ってあったリラの好きだった花を、領主の許可を得てリラの手に持たせた。


「ジン……。ありがとう。リラも喜んでいるはずだ」


「すみません。急に屋敷を飛び出してしまい」


「いや、いいんだ……」


 そう力なく言葉を繋げると領主は再びリラの近くで腰を下ろし、ただただ自分の娘を見つめていた。この場は家族だけにさせておきたく、そっと部屋を後にした。

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