第101話 魔力の灯火

 絶対にこの熱は消しちゃ駄目だ。


 俺は腰に感じる熱を消さないように、そして広げられるようにとその1点に集中した。しかしその熱い点が簡単に広がっていくということは無かった。

 

 ここは絶対に魔力の発生源だと思う。しかしそこはウンともスンとも反応しない。だからと言って諦めるなんて選択肢は当然無い。ここに全精力を注ぐしかない。俺はこれまでにない程に1点に集中して魔力を生み出そうと額に汗が滲むほど続けていた。

 

 ダメだ……。やっぱり簡単じゃない。


 ここまで何日もかけているんだし、ここから進むのも相応に時間が必要になると思う。俺は一度肩の力を抜いて天井を見つめた。真っ白い天井が夕陽に薄っすらと染まっている。

 

「コーヅさん、食事だよー。今日はどっちに食べさせてもらう?シュリ?それともア・タ・シ?」

「あー、えっとシュリかな。」

「ぶぅ!」とイザベラは頬を膨らませた。

「ははは。明日はイザベラにお願いするよ。」

 魔力のリハビリ中にイザベラがいると集中できないが、こういうリラックスをしたいときにはとても良い味を出してくれる。

「なんか今日はちょっと明るいね。」

 ずっと寄り添ってくれていたシュリには俺のちょっとした変化にも気付いたようだ。

「うん、腰に魔力を感じるんだ。」

「本当に!?良かったじゃない!」と笑みを浮かべた。シュリは言葉を選び俺に変なプレッシャーがかからないようにと配慮してくれているのだと思う。

「じゃ、チャチャっとヒールで治せるね。」

 

 ん?


 今まで魔力を通すことを考えていたけど、魔力の点があるならそこをヒールで治癒すれば良いのか!


 俺はすぐに魔力の点からヒールをしようと集中した。すると今まで何の反応も無かった魔力の源がじわじわと広がってくる感覚に包まれた。

「うわっ!広がってきた。」

「何が?……コーヅさんって突然良く分からないことを言い出すよね。」とイザベラはため息をついた。

 俺はイザベラには構わずヒールで魔力の源をこじ開けるように広げていった。

「先にご飯を食べちゃわない?」

 興奮し紅潮した顔をシュリに向けて「分かった。」と一度魔力を止めた。しかし明確にヒールを使い体を治療できたことに俺は何とも言えない充足感を得られていた。


 今夜は長くなりそうだ。絶対に治してやる!

 

「あ、ほら、コーヅくん。ちゃんと口を開けて。」

「あ、ごめん。」

 俺の力強い決意表明は一旦横に置いておいて大きな口を開けた。そこに程良い大きさに切ったステーキを丁寧に入れてくれた。


 シュリに食べさせてもらった夕食を終えると、2人は夕食を片づけて「頑張ってね。」と言い残して部屋を出て行った。


 2人が居なくなると途端に部屋は静けさに包まれる。さてここからは俺の時間だ。まずは腰の魔力の源を広げていくところからだ。丁寧に少しずつ魔力の流れが詰まっているところを取り除く、もしくは途切れた流れを繋げるというイメージでヒールを引っ張りだしてくる。

 まだきちんと自分の意思と魔力が繋がっていないので不安定な感じではあるがヒールが自分の魔力の通り道を治していることを感じる。治っていく感覚に喜びを覚えながら治療を続けた。


「差し入れだよ。」

 イザベラが魔力回復薬を持って顔を出した。ふと顔がイザベラの方に動いた。治療の効果が体にも出ていることに気付いて俺の顔は自然とほころんだ。

「何?私に会えて嬉しいって?」

 イザベラには苦笑しか出ないが心が和んでいくことを感じる。

 そしてその後ろからシュリも一緒に入ってきた。2人は俺の体を起こして魔力回復薬を飲ませてくれた。その感覚は今までとは違い胃に落ちていく刺激を感じる事ができた。そして魔力が腰付近からじわじわと湧き出すような感覚がある。


「少し良くなった?」

「なったよ。回復しているって言えるくらい。」

「そっか、無理しない程度で頑張ってね。」

 そう言うとシュリとイザベラは背中に手を回すとゆっくりと体を寝かしてくれた。

「でもコーヅさんが治っちゃうとお風呂に入れなくなっちゃうんだよなぁ。」

 この2人はここに泊まり込んで面倒を見てくれている。本当に感謝しかない。

「プルスレ村で約束したじゃん。浴槽は作ってプレゼントするよ。」

「あれ本当なの!?いやっほぅい!」

 イザベラは飛び上がって喜んでいた。俺はその約束を守るためにも必ず治さないといけないと思う。

「はいはい、邪魔しないように行きましょ。」

 シュリは喜びはしゃいでるイザベラを押し出すようにして部屋を出て行った。

 

 それにしても体の方までヒールが流れ込んでいるとは思っていなかった。体に力が入るというのは本当に心地が良い。もっともっと力が入るようにしたい。

 

 ヒールを繰り返していくと、その分だけ俺の魔力の通り道は順調に回復していった。それと共に体の部位にも少しずつ感覚が戻ってきた。しかしまだら状に力が入る部位と入らない部位が隣り合わせだったりして不思議な感覚だ。

 

「私たちは寝るけど……。」

「あ、うん。おやすみ。」

 

 俺は自分のことに精一杯で挨拶はそこそこにヒールを再開した。

 ヒールを繰り返すが徐々に行き詰まりを見せてきた。ここまで順調に治癒できた範囲が広がってきた。そして右手の指も少し動くようになってきた。でも胸の辺りやそして左ひじから先、左腿から先、右わき腹と何か所かにヒールが流れていかない。

 

 この想定外の行き詰まりに俺は一度治療を止めて目を閉じた。すると自分が疲れていたことを思い出したかのように瞼を開ける力が入らなかった。

 こういう時は寝るに限る。シュリたちも寝たという事はそれなりに遅い時間ということだと思う。

 また明日から頑張ろう。焦る事はない。きっと治せる。


―――


 翌朝もいつも通りにシュリとイザベラにサポートしてもらいながら朝食と魔力回復薬を服用した。


「もう治っちゃいそう?」

「治せそうなところと、まだまだなところがあるね。」

「ふーん、それならさ1か所ずつ治そうよ。例えば……首。首をもっと動かせるようにしてみない?」

 俺はイザベラの言葉に同意して首辺りにヒールを流すようにした。そこへイザベラとシュリも手をかざしてヒールをかけてくれた。自分の力で上手く治療できないところを彼女らの力が助けてくれて首が動かせるようになった。


「うわっ、治った!」

「まだ首だけね。」

 イザベラが冷静にいなしてきた。何だよ、こういう時はもう少し一緒に喜んでくれても良いのにと、ふくれっ面を見せた。


「あの……。」

 

 声の方を見ると部屋の入り口にティアが俯き、ローブを両手で握りしめて立っていた。

「ティア!ごめんなさい。俺のせいですごく迷惑をかけちゃって。」

 動かせるようになった首をティアの方に向けて声をかけた。

「コーヅ……。」とティアは呟いたかと思うと枕元に駆け寄ってきて「ごめんなさい!私が教育係なのに……、グスッ、きちんと注意してなかったから……グスッ」と半泣きで謝ってきた。

「いや、全部俺が悪いんだよ。危険なことは分かってたのに、それを甘く見てた自分のせいだよ。本当にゴメン。みんなに迷惑と心配かけて本当に申し訳ないし、情けないし……。」


 部屋がシンと静まり返った。重苦しい空気が部屋を満たした。俺はこの暗い雰囲気を払拭するために努めて明るい声で「そういえば、首を動かせるようになったんだよ。ほら」と右に左に首を振りながら言った。

「もう回復させてたんだ、良かったぁ。」と目元を指で拭いながらティアは笑みを浮かべた。


「話もまとまったところで、おむつの交換をしましょうね。」

「オム……、え?」

 俺より先にティアが反応して声を上げた。

「そうよ、だってコーヅさんの体が動かないんだもん。ティアも手伝って。」

「わ、私も?」

「そうだよ。」

 イザベラはそう言うと俺の布団をめくり上げた。

「ちょ、ちょっと待ってよ」

 俺の言うことなんてイザベラは聞いてくれないし、ティアの返事だって待っていない。なすすべなく俺のズボンは脱がされ……

 そしてティアも手伝うことができず、その場で棒立ちしていたが、お互いの顔は真っ赤に染まっていた。

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