第100話 リハビリ
シュリから聞かされた内容が自分のこととは思えず、うわの空だった。
救出された時の俺は腕や足の肉がえぐれて一部の骨が露出し、全身の骨が折れているという死んでいてもおかしくないような酷い状態だったそうだ。
命の危険がある状況に衛兵たちが交替のヒールで何とか一命は取り止めた。そしてティアは大聖堂に走ってくれ、祭司を無理やり引っ張って戻ってきて、鬼気迫る表情で祭司にヒールを指示というか命令し、衛兵たちには魔力回復薬をありったけ持って来させた。そして魔力が切れそうになった祭司に魔力回復薬を無理やり飲ませ、魔力酔いを起こしてフラフラになるまでヒールを繰り返させた。
そういった色々な人たちのお陰もあって3日で意識を取り戻せたということだ。
「本当にごめんね。もっと私たちが注意していれば。あの時、すごく早く走ってたから危ないって声はあったの。それなのに……」とシュリは俯いてしまった。
シュリの話は俺の耳を右から左へと通り抜けていく。どうしても自分のこととは思えず、いや思いたくなくて、これは誰の話をしているんだろう?と理解することを放棄してしまったのだ。
シュリが起き上がれない俺を覗き込むようにして、最後にもう一度俺の目をまっすぐに見つめて「ごめんね。」と呟いた。その言葉は目を背けようとした俺を現実に引き戻した。
不意に涙がこぼれ落ちた。
俺が調子にのって自分の能力を過信してしまったせいだ。これは全部自分のことなんだ。
この状況をまだ上手く受け止めきれずに、「俺……どうなるのかな?」と天井を見つめたまま呟いた。
「……もしかしたら、このままかもって。」と言い辛そうに、でもきちんと答えてくれた。
「そっか……。」
死ぬことも身近にある世界だもんな。こういうこともあるのか……、しかも自分のせいで。くそっくそっ俺は何をやってるんだよ、くそっ。悔しさ、悲しさ、怒り、恐怖が入り乱れた感情を抑えきれずに俺の目から涙がとめども無く流れ落ちた。そして今の俺はそれを拭うことすらできない。
「ごめんね、本当にごめんね。でも私はコーヅくんなら絶対に治せるって信じてるよ。だって生物魔術がAランクなんだもん。」と言うと優しく指で涙を拭ってくれた。そして俺の手を取って両手でギュッと握ってくれたが、そんな感触すら朧げだ。そして「私はずっと一緒に居るから、絶対に諦めないで頑張ろうね。」と優しくそして力強く言ってくれた。
外からバタバタと人が走る音が聞こえてきて、扉が開き人が入ってきた。
「コーヅ!」と寝室のドアをバタンと開けてタイガーが飛び込んできた。
「ご迷惑をおかけしました。」と、俺はタイガーに謝った。
「馬鹿野郎、それどころじゃないだろ。自分の心配をしろ。」と言って俺の傍に歩み寄ってきた。シュリが俺の傍から立ち上がって離れると、タイガーが俺の枕元にしゃがみ込んだ。
「シュリ、コーヅの容体は?」と俺の方を見ながら言った。「会話は普通にできますが、体が上手く動かせないようです。」と答えた。
「そうか……。」と言うとタイガーも俺を見つめたまま数秒間沈黙をした。そして苦しそうな声で「厳しいことを言うが、この先はお前さん自身で治すしかない。俺たちができることは創造神様に祈ることしかない。」
そう言うとブツブツと何かを唱えてから立ち上がった。そして「魔力回復薬を準備してやってくれ。」と指示をして「また来る。」と言い残してタイガーは部屋を出ていった。
「じゃあ私が魔力回復薬持って来るね。待っててね、コーヅさん。」とのんきな事を言う女性はイザベラだと思うが、その女性もタイガーの後に続いて出ていった。そして部屋にはシュリと2人だけが残された。
「コーヅくん、お腹空かない?」
「今は食欲無いかな。」
単純にお腹の感覚が無いだけなのかもしれないが。
「ヒールはできる?」とシュリに言われて俺はヒールをかけようと魔力を体に通そうとしたが、胸から下の感覚がほぼ無いのであまり良くわからなかった。
「……少し使えてる気がする。」と意味のない嘘をついてしまった。もしかしたらそう思いたかっただけなのかもしれないが。
「そっか、良かった。」と優しく微笑んだ。
「ごめん、シュリ。少し一人にしてもらえるかな?」
「分かった。」
そう言うとシュリはゆっくりとした動きで部屋を出ていった。
バカなことをした。悔やんでも悔やみきれない。家族に会いに日本に戻るどころか、生きることが精一杯な状態になってしまった。
でも俺には幸いに魔術がある。今は感覚が無いけど、ヒールという賭けるに値する能力が残されている。今はできる気がしないけど、やるしかない。グズグズしている暇なんか無いんだ。
俺は気持ちを無理やり切り替え、そして意識をティアに魔力解放してもらった腰に集中していく。正確には腰があるはずの場所に意識して魔力を使おうとした。しかし魔力が流れる感じはしない。でもそんなに簡単なことではないことくらいは覚悟している。
俺は何度も繰り返して魔力を流そうとしたが全く手応えは無かった。
コンコン
部屋がノックされて誰かが入ってきた。
「気分はどう?」
シュリの力の無い声だ。
「やっぱり魔力は上手く使えなくて。」
「そっか、頑張ってるね。何か食べる?」
首を振ろうと思ったけど上手く動かせなかった。
「いや、要らないかな。」
「分かった。」
そう言うとベッドに腰掛けて頭を優しく撫でてくれた。
「焦らないで。私はずっといるよ。」
俺は魔力を流そうと意識を腰に集中した。しかし何の反応も無い。それを繰り返している間に俺の表情は険しくなっていたようだ。
シュリの優しい手の感触に、積み重なったストレスがいくらか幾らか和らいでいくことを感じた。
小さく息を吐くと、気を取り直して魔力を腰から胸に向けて通そうと時間をかけて何度も繰り返した。
「はぁ……。」
「無理しないで。あれだけの怪我をしたんだもん。」
シュリはベッドから立ち上がると俺の手を取って「また来るよ。おやすみ。」と左右にバイバイと振るようにした。手に感触は無かったが、感覚が残ってる肩辺りには心地良い刺激が伝わってきた。
また1人になると魔力を流そうとするが、上手くはいかない。何度も繰り返したが全く進展は無かった。
諦めた俺はそのまま目を閉じて眠りについた。
しかし眠りが浅いのかすぐに目が覚めてしまった。部屋はまだ薄暗く、窓の外の月明かりが差し込んでいるようだ。
俺はまた魔力が使えるようにと意識を腰に向けた。ほんの少しで良いから魔力が抜けてきたらヒールで少しずつでも治せるかもしれない。
明け方まで寝たり起きたりを繰り返した。まどろみの中で朝を迎えた。
「おっはよー、コーヅさん。」
夢か現実かどちらの意識に語りかけているのか分からないがイザベラの声が聞こえた。しかし意識は夢の世界へと引き戻されていく。
「少し恥ずかしいかもしれないけど我慢してね。」
シュリの声には目を閉じたまま夢見心地に「うん、大丈夫。」と答えた。
するとおもむろに布団が剥がされた。何事かと目を開けると、イザベラが俺の服を脱がし始めていた。「え?ちょっと、何?」と慌てて声をかけるが「ごめんね。」と言いながら服を脱がし続ける。体が動かない俺はそれに抗うことができず、なすがままに脱がされていった。
グスン……。
俺は丸裸にされていつの間にか履かされていたオムツを交換され、丁寧に体をタオルで拭いてもらった。それがまた恥ずかしく声も上げられず真っ赤な顔で壁の方を見ていた。
「スッキリしたでしょ?そのままにするとかぶれちゃうからさ。じゃあ、私たちは少し外すね。」
イザベラはそう言うとオムツやタオルに桶を持って出ていった。俺はスッキリというより恥ずかしさしか無く、真っ赤になったままの顔を2人には向けられず、聞こえたか分からない程に小さな声でお礼を言った。
こんな恥辱を何度も受けたくない。顔を真っ赤に染めたまま魔力を流そうとリハビリを再開した。
――なかなか改善が見られないまま何日が過ぎただろうか。その間もティアは一度も顔を見せてくれなかった。こんな事故を起こしたんだし、呆れられて見捨てられたっておかしくはない。だから敢えてティアのことは聞かなかった。
「どう?」
「おはよう、シュリ。変わらずだね。」
達観したような苦笑を浮かべた。するとバタバタと騒がしい足音が近づいて来た。
「やっほー、コーヅさん。お薬の時間でちゅよ。それともオツムが良いでちゅか?」
足音だけで分かるイザベラがちゃぷんちゃぷんと魔力回復薬を揺らした。
魔力は使えてないから、魔力回復薬はあんまり意味ないと思うんだけどな。
シュリとイザベラに体を起こしてもらうと、ずっと寝ているせいか頭がボーっとしてくる。シュリが口元にタオルを当てて少しずつ飲ませてくれた。魔力回復薬は喉を通り過ぎていと胃に落ちる前に感覚が無くなる。
「どう?」
シュリはいつもこうやって事あるごとに声をかけてくれる。
「ありがとう。いつも通りだよ。」
「焦っちゃ駄目だよ。諦めなければ絶対に治るから。生物魔術がAランクってそういうことなんだから。」
シュリは目を見て力強く励ましてくれる。シュリが居なかったら平常心を保っていられなかったかもしれない。
「それにしてもコーヅさんの部屋って快適だよね。私、毎日お風呂使わせてもらってるよ。」
「あ、コーヅくんも入りたい?」
イザベラの気を遣わない突拍子もない会話は元気だった頃の気持ちを思い出させてくれるので、それも俺にとってはありがたいものだった。
「裸にされるのが恥ずかしいから……。」
「あははは。今更何言ってるのよ。次はオムツでちゅよ。」
慣れたようで慣れない恥辱の時間をやり過ごし、いつも通り顔を紅潮させたまま魔力を流す訓練を再開した。2人が居なくなると、俺は枕に顔を埋めて「ああーー!」って叫びたかった。
すると顔の火照りとは違うものを腰辺りに感じた。胸から下の感覚が無いのに腰と分かる場所が熱いという不思議な感覚だ。
これは絶対に魔力だと思う。
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