第97話 久しぶりの自宅
おそらくプルスレ村には2週間くらいは滞在したと思う。それだけ居ると村にも愛着が湧いてくる。後ろ髪を引かれるように何度かプルスレ村を振り返ったが、あっという間に深い森に阻まれて村の姿は見えなくなった。
プルスレ村で土魔術を使い続けていたお陰で魔力の操作がしやすい。身体強化をして歩くという事をあまり意識することなく、自然な感じで歩けている。
そして道中に2度ほど魔獣と遭遇して行軍が停止したが、角ウサギという事もあり前衛班があっという間に片付けてしまった。角ウサギくらいだとこの人数で行軍していれば逃げていきそうなものだけど、領主が居ると小さな危険でも取り除くそうだ。
そして斜め前を歩いているヴェイは戦いには参加せず「つまんねぇ。オーガの残党でも出ねぇもんかな。」とぼやいている。俺は心の中でそんなヴェイの想いを全力拒否していた。
そして休憩を挟みながらも夕方前には森を抜ける事ができた。そこには夕陽に当たって紅く染まったアズライトの塁壁が見えていた。久しぶりのアズライトに心が躍る。まだ大してアズライトに居たわけでも無いけど、それでも帰ってきたなって気がする。
程なくアズライトに到着し、門の前で行軍が停止した。そして馬車から領主とサラがゆっくりと降りてきた。
「ここまでご苦労だったな。特に王都からここまで警護を続けてくれたカミーユ以下には特に礼を言う。そして皆が無事にアズライトに帰れた事を創造神様に感謝しよう。」と黙とうした。
そして領主とサラがまた馬車に乗り込むと、王都からの警護の衛兵たちと共に街に入っていった。残った衛兵たちにはタイガーから明日は休養という通達があって解散となった。
終わった……とホッとひと息ついたところで「お疲れ、コーヅ。」とショーンに肩をポンと叩かれた。そして「この後って予定ある?」と聞かれた。
「何も無いよ。」
「帰ってもご飯は無いから食べて帰ろうよ。」
そのショーンの後ろにはリーサがうつむき加減に立っている。
「うん、でもたまにはリーサさんと2人で……。」
途中まで言いかけたところで、リーサが慌てた様子でショーンの後ろから顔を真っ赤にしてプルプルと大きく首を振っている。俺は慌てて「あ、いや、えっと、誰と行くつもり?」とショーンに質問をする感じで胡麻化した。
リーサもホッとした表情を浮かべた。まだ2人だけで食事に行くような間柄ではないようだ。そんな様子も自分が妻と付き合う前の事を思い出して甘酸っぱい気持ちになり頬が緩む。
「まだリーサしか決まってないんだけど、いつものメンバーに声かけてみようと思ってるよ。」
本当は俺たちが行かなければ2人で一気に距離を縮められるチャンスなんだろうな、と思うけど、リーサは困ったような顔をして俺を見てくるので「いいよ、行こうか。」と答えた。そしてその答えにリーサも安心したように頷いた。
結局いつもつるんでいるティア、シュリ、イメール、マレーナの7人で食事をすることになった。
「どこに連れて行ってくれるの?」と俺はショーンに聞いた。
「あんまり衛兵に知られていないお店にしようかと思ってるんだ。ちょっと歩くけどね。」
この人数で希望を言い出すと決まらないので、ショーンが提案する店に行ってみる事になった。
「サラ様はどうしたの?」と道すがらティアがリーサに聞いた。
「今日は領主様と一緒に帰宅されたので今夜は私の任務も終わりなの。」
「じゃあゆっくり飲めるね。リーサさんと飲むのって初めてかも。」と笑った。
リーサはいつもサラと一緒に居るので、俺だけでは無く、みんなもあまり話をする機会がなかったようだ。店までの道のりはリーサを中心に話が進んでいった。
店はお茶専門店アランもある大通りから少し入った所にあって、看板には【エマ食堂】と書いてある。ここは小さなランプがいくつかある少し薄暗い通りで、大きな建物の1区画がお店になっていた。確かに任務が終わった後にここまで来て飲む人は多くは無いと思った。
カランカラン――
ショーンが店に入った。外観からは想像できなかったけど、奥行きがあってそこそこ大きなお店だった。カウンターには小さなランプがいくつか置いてあり鈍い明かりで照らしている。テーブル同士の距離もあるし、客もまばらで全体的に落ち着いている。
「いらっしゃい。……あら、大勢ね。奥の席でいいかしら?」
中年女性の店員が店の奥の方と指すとショーンは勝手知ったる店という感じでみんなを案内してくれた。コツコツと静かな足音が店内に響く。
「ここだね。」
ショーンは大き目なテーブル席の前でそう言うとまた店員がいる方へと戻っていった。
「よし、座ろうか。」と、俺はみんなを適当に座るように言いながら、リーサの隣にショーンが来るように他のメンバーをどんどんと奥に詰めさせた。そして俺は立ったままショーンを待ち、戻ってきたショーンをリーサの隣に導いた。
よしよし、上手くいった。少しわざとらしかったかもしれないけど、俺ができるおせっかいはこれくらいかな、と俺はイメールの隣に座った。正面にいるリーサは俯き加減に顔を赤らめている。
「とりあえずビールとおつまみを適当に頼んでおいたから。その後は好きに頼んで。」とショーンが言っているところで、先ほどの中年女性の店員が「ビールが7杯ね。」と器用に持った陶器のカップをテーブルの上にドンと置いた。
「めずらしいわね、ショーンがこんな大勢連れてくるなんて。」
「僕の隠れ家だからね。あんまり人に教えたくないんだ。」
店員はそれにニコッと微笑み「皆さんも今日は楽しんでいってね。」と戻っていった。そして残されたカップをそれぞれが持つと、無事にアズライトに帰り着けた事への感謝の乾杯をして飲み始めた。
既に懐かしさを感じながらプルスレ村の話で盛り上がった。
その中で屋台のひび割れ原因も明らかになった。最終日の飲み会の最中に前衛のメンバーを中心に屋台の強度を試すとか言って殴り合っていたそうだ。俺はその様子を見て笑い転げていて、静かになったと思ったら寝てたらしい。……一体何が面白かったんだろうか?全く覚えてないし、笑いのツボも分からない。
リーサはそんな話を聞いて、そんなに笑うんだというくらい笑っていた。普段のリーサとのギャップに驚いたし、いつもこのくらい笑ってくれていると親しみやすいんだけど。でもそれだけサラの警護は気が抜けない仕事なんだろうとも思った。
そして楽しい時間はあっという間に過ぎ去っていく。明日は休みとは言え、あまり遅くならないうちに帰ろうという事で解散となった。外はすっかりと暗くなっており、森の方から吹き抜ける夜風が酔った頬を優しく撫でてくれる。
こういう雰囲気の中、気になっている者同士が2人きりで帰るときっと関係が進展するよね。ね?
「リーサさんを送った方がいいんじゃない?」とショーンを突っついた。
「ははは、リーサは強いから大丈夫だよ。そこらの衛兵や冒険者じゃ敵わないよ。」とショーンは無害な笑顔で答える。そういう事じゃないんだけどなぁ。リーサも少し離れたところにいるし目も逸している。焦れったいなぁ、もう。
「おやすみ。」
「またね。」
「楽しかったですわ。」
結局、俺は方向が同じショーンとティアと一緒に帰る事になり、他の人達とは別れて歩き始めた。先ほどまでの賑やかさから一転して足音しか聞こえない静寂な空間となった。
「何かこの3人って久しぶりな気がするな。元々は毎日一緒に昼ご飯食べてたのにね。」
「そういえば、そうね。」
「また明後日からはそうなるのかな?」
なんだろう、日常が戻ってくるような、何となく心が落ち着くような気持ちになった。
「そうね、私は教育係を免除にならない限りは午前中はコーヅの部屋には行くけど。」
「僕も指示があるまでは訓練の送迎は続けるよ。」
一つ区切りになった気がするプルスレ村への遠征。俺は領主から行動の自由の許可を貰った。でも一人で街を出て日本に帰るための情報を集めるほどの力や知識が足りないことも今回で良く分かった。まだみんなに助けてもらった中でなら少しは役に立てるという程度だ。今日は酔ってるし深い事は考えられないけど、明日はじっくりとこの先の事を考えたいと思う。
そしてティアの家がある角に着いた。
「私はここでいいから。じゃ、明後日の朝ね。おやすみー。」と言って手を振って通りの奥へと消えていった。その様子を見届けてから俺たちも「砦に帰ろうか。」と歩き始めた。
この辺りは遠征前に決起集会をやった時にも同じように通った道だ。ほんの半月前のことだけど、もう懐かしさを感じてしまう。
砦に着いた俺は「砦の中はもう大丈夫だよ。」とショーンに言ったが「いや、僕はコーヅを部屋まで送り届ける義務があるから。」と言って部屋の前まで離れようとはしなかった。
お酒が入っていてもやっぱりショーンの生真面目さは変わらない。俺は遠慮なく部屋まで送り届けて貰った。そして部屋の前には相変わらず衛兵が立っている。
「こんばんは。」
「よう、コーヅ。と、ショーンもか。」
そこには門で何度か見かけた衛兵が立っていた。
「やあ、ゲルト。任務ご苦労様。」
「本当だぜ。俺が真面目に働いてるってのに、お前たちは酒なんて飲んで帰って来やがって。」と笑っている。
「ははは、今夜は食事の準備が無いからね。」
俺はふとドアが変わっている事に気付いた。ドアはライオンの絵が浮き彫りにされている。そしてそれを囲うように金を使って繊細な模様が描かれていた。
「ゲルトさん、もう建築ギルドの仕事は終わったんですか?」
「ああ、もう終わってるよ。貴族のが住むような部屋になってたよ。」
「ゲルトは貴族の家を知ってるの?」というショーンの問いに「俺が知るわけ無いだろ。」と言って笑っていた。
このドアを見ればどんな部屋になっているのかは想像がつく。そしてこんな立派なドアをリアルに見たのも初めてで、触れることにも躊躇してしまう。
「本当に凄く立派だね。部屋の中も見せてよ。」とショーンは軽い感じで俺を促した。
「うん。」と返事をして、俺はドアをゆっくりと開いた。
部屋の中は暗く良く見えないので、扉脇の照明のスイッチで部屋を明るくした。
「うわ……。」
俺は目の前に広がる息を呑むほどの美しい部屋に言葉を失った。大理石を立体的に削り出された彫刻やデザインがここは美術館だろうかと見間違うほどだった。
後ろにいるショーンに促され部屋の中に足を踏み入れるとショーンも部屋の入り口で「これは……。」と言葉を失った。
「何か部屋に入ってはいけない気がしちゃうな。」
「うん、言いたい事は分かるよ。凄い部屋になったね。」
少しの間ショーンと一緒に眺めていたが、「明日の昼は一緒に食事しよう。迎えに来るよ。」と言って帰っていった。
俺は独り残された玄関にしばらく立っていた。やがて諦め混じりの決心をすると、ふぅとアルコール混じりの息を吐き出した。そしてブーツを脱ぐとウォークインクローゼットで鎧を脱いでスリッパに履きかえて部屋に入った。
壁一面には動物や魔獣の彫刻、そしてテーブルの天板周囲や脚には植物を模した彫刻。カーテンや窓も綺麗になっている。窓枠にも細かく植物や花が彫られている。
とにかく凄い。イメールもセンスあると思ったけど繊細さが全く違う。いつまででも見ていられそうだ。
「……風呂に入って寝るか。」
キリがないので俺は洗面所に向かった。浴室や浴槽にも細工が施されていて自分が作ったものはどこにいったんだろうというようだった。
浴槽に水を溜めてからお湯にしていったが、あまりに立派過ぎて落ち着かなくてすぐに上がった。
「やっぱりこのベッドは落ち着くな。」
寝る支度を済ませて潜り込んだ硬いベッドの感触に安らぎを感じる。そして酒も入っているからか瞼の重みで自然と目が閉じていき、深い眠りの湖に沈んでいった。
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