第95話 不安
領主の漆黒の目が俺を飲み込もうとしてくる。威圧感では無いんだけど、とても大きな存在に感じる。
「は、はい!」
このまま目を合わせていると声も出せなくなると感じた俺は慌てて返事をした。
そして何を言われるのかと、領主の漆黒の目を見つめた。
時間がとても長く感じられる。喉がカラカラで唾も上手く飲み込めない。
「生物属性がAランクと聞いていたから、お前がオーガキングを仕留めたのかと思ったぞ。」
……これは期待外れだったという意味なのか?表情からはその意図は上手く読み取れない。
「まだコーヅは魔術の基礎をやってるところよ。」
喉が貼り付いて声が上手く出せない俺に代わってティアが横から答えた。
「そうか。これからに期待してるぞ、コーヅ。」と言うとニッと歯を見せて笑った。
「まぁ、『これから』かどうかは追々と。」
領主の近くでタイガーがニヤリと笑った。領主は一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに隣のアリアの方に顔を向けた。
「アリア、ビッグバイパーを退治したそうだな。あとで詳しく聞かせてくれ。」
「はい!」と答えるアリアは嬉しそうで、そして誇らしそうだ。
「よぅ、ヴェイ。」
「へへ。今夜の酒は期待してますよ。」
「わかってるって。任せとけ。」
領主は順番にひと声ずつかけていった。最後にリーサやサラへと、全員に声をかけ終わると「よし、立ち話はこのくらいにしてプルスレ村に行こう。」と領主が馬車に座ると、側にいた衛兵がすぐに扉を閉めたが、すぐに開いた。皆がその扉の方に目を向けた。
「サラ!」
「はい、お父様。」
サラは優雅に領主の元に歩み寄ると、馬車に乗り込んだ。
ここからはタイガーを先頭にゆっくりと歩いていく。そして石の街道に馬車がかかると、ガタガタいっていた馬車の揺れが収まりスムーズに進むようになった。
「待て!」と馬車の中から声がして、タイガーは全体の歩みを止めた。するとドアが開き、領主は顔を覗かせて舗装させた街道を見た。
「おい、タイガー。」
「どうされましたか?」
「プルスレ村にこんな街道は無かっただろう?」
「はて、そうでしたか?」とトボけた様に答えるが、領主の視線はタイガーでは無く、森の隙間から見える高い壁の方を向いていた。「あの壁は何だ?」
「プルスレ村の外壁ですが、何か?」
タイガーは三文芝居を続ける。しかしあまりの下手くそさに衛兵たちからは失笑が漏れている。
「どういう事だよ。」と領主は馬車から降りた。そしてしゃがみ込んで石の街道を触ったり叩いたりして「これはハリボテじゃないよな?」とタイガーを見上げた。
「勿論です。立派な街道です。」
領主は馬車には戻らず、一人でどんどんと街道を歩いていった。すぐにタイガーが横に並び、王都から戻ってきた衛兵の1人が斜め後ろについた。
すぐにプルスレ村には着いたが、領主は北門の前で立ち止まった。そしてタイガーをチラッと見てから、前を見据えて歩き始めた。
「ご苦労さん。」と門をくぐった。そしてそこに敬礼をして待機所の前に待つ衛兵たち。領主は出迎えに出ている衛兵や村人に「ご苦労さん。」と言いながら威厳を保とうと歩いているが、待機所や街道、そして2重になっている壁に振り返って確認していた。威厳は保とうとしているのかもしれないが、後ろから見ていると視線が定まらないお上りさんのように見える。
俺たちの一行は街道を進んでいく。すると今度は屋台街になる。両側に10程の屋台が並んでいる。そこからは揚げ物の良い匂いが漂ってくる。村人たちは屋台の中ではなく、屋台の前で頭を下げて領主が通り過ぎるのを待っていた。しかし領主はそこで足を止めた。
「皆、ご苦労さん。」
そしてタイガーに振り向き「腹が減ったな。」と分かりやすく希望を伝えた。
「もうしばらくお待ちください。皆に挨拶をしてから食事を準備いたします。」と前に進むように促すと渋々という感じで、極端に速度を落としてチラチラ屋台を見ながら歩き始めた。すると馬車から降りてきたサラが領主の腕を引っ張るようにて「お父様。皆の前でみっともないですよ。さあ、こちらです。」と、劇場の方へと連れて行った。
「お、おう。」
サラに連れられ街道から曲がると突然目の前に存在感のある洒落た劇場が佇んでいた。今更ながらにその存在に気付いた領主は思わず足を止めた。
「お父様、どうされましたの?」
「ここはプルスレ村で間違いないよな?何がどうなってるんだ?」
「あら、領主ともあろうお方がご自身の領地のこともご存じないのですか?ふふ」
サラはそう言うと、領主の腕から手を離すと領主を置いて先に劇場の中に入っていった。
「おい、サラ。待てよ。」と領主もサラを追うように中に入っていった。
「うぉ!」と領主は声を上げ、入り口でしばらくきょろきょろと建物を見回していたが「あははは。」と笑い始めた。
ひとしきり笑うと、ステージに飛び乗った。そして俺たち衛兵は客席に座った。建物の規模に対して人数が少なく席はかなり空いている。
「皆、出迎えご苦労であった。そしてオーガキングの討伐は国王様の耳にも届いている。良くやってくれた。……だけどな、俺が聞いてたのはそれだけだ。何だよ、この状況は。」
「ぷ」とサラが吹き出すと、皆も釣られるように「あははは」と笑い始めて劇場が笑いに包まれた。
「このままじゃ気が散ってまともに話ができないな。どんな魔法を使ったか知らんけど、そろそろ種明かしをしてくれないか?」
「ふふふ、お父様、土魔術に決まってるじゃないですか。」
「いや、そういう意味じゃな……コーヅか!!」
その瞬間、ドクンと俺の心臓が大きく跳ねあがった。遂に来た。領主の捉え方次第で俺の人生は大きく変わってくる。まさしく人生の岐路に立たされている気持ちになる。
うるさいほどに心音が体の中に響いている。何を言われるんだろうか。俺は固唾をのんで領主を見守っていた。
「とにかく状況が全く呑み込めない。村長、タイガー、サラは残れ。他の者は下がって良い。あ、後から荷車が届く。そこに国王様から下賜された酒が積んである。今日は皆で飲もう。」
「おー!」とどよめきが起きた。
「国王様からの酒って言ったか?」
「俺たちが飲んで良いのか?」
「信じられねぇ。」
客席に座っていた衛兵も村人もみんながそんな話をしながらゾロゾロと劇場から出て行った。
「お父様、こちらの円卓へ。」
「こんなものまであるのかよ。」
という領主の声までは聞こえた。俺は重い足取りで席を立つと、酒に浮かれて軽い足取りの衛兵たちの後ろから劇場を出た。
ここまでは何事も無く済んだ。あとは劇場に残った3人に俺に代わって上手く説明してもらえる事を信じて待つしかない。
「何て顔をしてるのよ。まだ何にも無いでしょ。」
「そんなこと言ったって領主様次第で日本に帰れないって事になりかねない訳だし。俺にとっては人生かかってるんだって。」とお気楽なティアの言葉にイライラをぶつけるように言った。
「大丈夫よ。アズライトに来て誰もあんたを留めようなんてしてないでしょ?」
「そうだけど……。」
「あの領主様なら大丈夫だって。」とティアに背中をバシッと叩かれた。
みんな俺が日本に帰りたい事は知っているし、これまで反対する人に会ったこともない。ティアなりには確信があるのかもしれない。でもやっぱり結果待ちという状況に、不安な気持ちは拭い去れない。
「どうしたの?」とシュリが心配そうに俺とティアを見比べながら話しかけてきた。
「コーヅが領主様に日本に帰るなって言われるんじゃないかって心配してて。」
「あー、まぁ、これだけの事ができちゃうコーヅくんだもんねぇ。でも私もコーヅくんがこのままアズライトに残ってくれると嬉しいよ。」と微笑みかけてくれた。その笑顔にちょっとドキッとして心が温かく揺れた気がした。でもすぐにその思いは振り払った。シュリがそうやって言ってくれる事は嬉しい。でもやっぱり俺は日本に残している家族の元に帰らないといけない。
俺が振り返ると入り口に護衛が立っている様子しか見えなかった。落ち着かない気持ちのまま野営地に戻った。
野営地では国王から下賜された酒が振る舞われるという話題で持ちきりだった。そしてあちこちで喜びの雄たけびが上がっている。
「いやー、領主様は話が分かるよな。」
「今夜の見回り当番のヤツは最悪だな。」
「俺がそれなんだよ。何てついてないんだ……。」
そして笑い声が起きる。そういう彼らに温かな目を向けられない自分の事も嫌でため息が出る。
「重症ね。」とため息をつくティアにマレーナが「どうしたんですか?」と問いかけると、ティアはまた同じ説明を繰り返して小さくため息をついた。
するとマレーナが俺の目の前まで来た。
「コーヅさん!」
俺はゆっくりと顔を上げて濁った目でマレーナを見た。
「こういう時は何も考えなくて済むように仕事をするのが一番ですよ。魔導回路を作りに行きますよ。」
気持ちは乗らないが、強引なマレーナを断る気持ちも湧いてこず、流されるままに言うとおりにすることにした。
「……何をすればいい?」
「私が魔導回路の材料を作ります。コーヅさんは経路を作ってください。イメールくんはスイッチを作る。」
「へ?僕?いいけど。」
イメールは突然指名されて少し驚いたようだったが嬉しそうだ。二人は仲が良いんだな。
マレーナが魔道回路に使う素材を持って戻ってきた。待機所の照明を魔導回路でまとめて点けたり消したりさせたいそうだ。
俺たちは北門前にある衛兵の待機所に向かって街道を歩いていった。途中、劇場の方に抜ける道から様子を伺ったがまだ入り口に衛兵が立っていて変わらないようだった。
「気になります?」
「そりゃね、気になるよ。結果待ちってそんなもんでしょ?」
「コーヅさんにとって良い結果になると良いですね。でもそれは私にとって良い結果じゃないかもしれないですね。」
真意を測りかねてマレーナを見た。
「私はコーヅさんのおかげで、少しですけど自分に自信が持てるようになったんですよ。もっと色々な事を教えて欲しいですし、コーヅさんが居なくなると思うと寂しいですよ。」と言って寂しそうに微笑んだ。そういう目で見られると心が痛む。俺は目線を逸らすように前を向いた。
「ありがとう。俺は……でも、やっぱり家族に会うために帰りたいな。」
「そうですよね。コーヅさんが領主様に呼び出される前にちゃっちゃと魔道回路を作ってしまいましょう。」
「うん、そうだね。」
待機所ではマレーナから光魔石の場所とスイッチの場所の説明を受けながら俺は溝を掘っていった。イメールはスイッチを作り、ティアやシュリが魔道回路の材料を作って、それをショーンが溝に流し込み配線していった。そして点灯のテストを繰り返した後、イメールが溝の埋め戻しをして完成だ。
この人数で分担していると、みるみるうちに作業が進んでいき、玄関や全ての部屋のスイッチを作り上げることができた。
そこへ「いたいた。」と、イザベラとウルシュラが待機所に入ってきた。
「領主様がコーヅさんとティアを呼んでるわ。急いで。」
ドクンと、心臓が大きく跳ねた。いよいよだ。その場で今後の俺の扱いが決まるかもしれない。
「もぉ、私はいいのになぁ。コーヅ、行こうか。」
「うん……。」
「大丈夫よ。領主様が変なこと言ったら……、あー、変なことしか言わないけど、私が文句言うから。」
俺はティアの冗談には薄い笑顔で応えた。領主はまだ劇場にいるそうだ。
早く結論を知ってスッキリしたい気持ちと、結論を先延ばしにしたい気持ちが入り混じり頭が混乱する。
俺はティアたちの後ろからついていった。
もし、このままアズライトの為に生涯尽くすようにと言われたらどうしよう。そしたら監視が厳しくなって行動や情報が制限されて、言われた物を作りながら死んでいくとか?そうなったら逃げ出す?でもこの衛兵たちから逃げ切れる気がしない。
「ティア、コーヅさんはどうしたの?」と俺の様子にイザベラが口を開いた。
「何かアズライトから出られなくなる心配をしてるみたいよ。」
「何それ?今もアズライトから出てるじゃない。」
イザベラが不思議そうに俺を振り返った。
「うーん、一生領主様の為に働けーって言われる事を心配してるの。まぁ、あの領主様がそんな事を言うわけないんだけど。」
「ふーん。」
俺はそんな2人の会話に不快感を覚えた。俺が抱えている深刻な悩みととても同じ内容の会話には思えない。
劇場が近付いてきた。
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