第93話 領主を迎える心の準備
先ほどまで一緒に料理を作っていたウルシュラは配膳に並んでいる衛兵たちをテキパキとさばいている。そして時折茶々を入れてくる不届き者も軽くいなす優秀な配膳者だ。
「今日はお疲れ。沢山食べてね。」
「俺は唐揚げは要らないかな。スープと肉野菜炒めで。」と、蛇の唐揚げ以外でお願いした。いくら味が良くても、知ってて蛇は食べられない。
「唐揚げが1番美味しいと思うけどなぁ。」とウルシュラには不思議そうな顔をされたが、俺からすると蛇をありがたがる方が不思議だ。
ウルシュラが注文通りに用意してくれた温かなスープから色々な食材が混じりあった食欲をそそる匂いが鼻をくすぐってくる。大きく深呼吸をして胸いっぱいに吸い込んだ時には、ウルシュラは後ろに並んでいた人に「何が欲しい?」と聞いていた。
テーブル席はいつも通り盛況でタイガーやフリーダが食事をしているテーブル席以外には4人が座れる空き席は無かった。
俺たちは階段で食べることにして移動しようとすると声を掛けられた。
「おい、コーヅ!」
その声に振り返るとテーブル席からタイガーが手招きしている。ティアを見ると頷いているのでシュリやショーンも一緒にタイガーのテーブル席に向かった。
「ここに座れ。飯を食いながらでいいから聞いてくれ。」
フリーダがタイガーの横に移ったので、俺たちはタイガーの正面に並んで座った。
「いよいよ明日だ。」
それは皆まで言わずとも領主の到着を示している事は分かる。俺は早々に食事に手を付けながらタイガーに質問した。
「準備は進んでるんですか?」
「勿論だ。」と自信満々に答えた。「お前さんがこれ以上俺の知らないところで何もしてなければ、だけどな。」と疑った目を向けてきた。
「えっと……、俺がやった事ですよね。」と、それに続けて思い出しながら1つ1つ伝えた。床や風呂、街道に子供の遊び場、外壁、集会所、屋台、待機所だ。
「それなら俺も把握してる。でもその集会所というのは紛らわしいから呼び名は劇場で統一するぞ。」
意義ありと反論しようと思ったが、先に「そうね。」「集会所って言われた方が分らないし。」などと賛成に3票入ったので反対票には投じることを諦めて受け入れる事にした。
「明日は領主様の出迎えに行く。そこにお前たちも連れていこうと思う。こんなに楽しめる機会は滅多にないからな。」というタイガーは悪い笑みを浮かべている。
「えっと……、お構いなく。」
正直、まだ心の準備ができていないから、最初は遠くからそっと眺めていたい。
「何言ってるんだよ。領主様の目当てはお前さんだぞ、そんな訳にいくか。」
「ふふふ、面倒くさいから覚悟しておくのよ。」とタイガーの隣でフリーダが笑った。
「確かに面倒くさいわね。」と俺の隣ではティアが嫌そうに眉間にシワを寄せていた。
領主の娘であるサラが居ないのを良いことに好き勝手言っている。面倒臭いだけなら俺だって相手に合わせて感情のスイッチを切ることくらいできる。でも領主ってのはそういう存在じゃない。ほんの思いつきで俺の人生を左右できる存在だ。そう思うと会うのは怖いし、できれば会わずに済ませたい。
「やっぱりコーヅくんって特別だよね。私なんて一度もお話させていただいたこともないのに。」
シュリが劣等感が混じったような寂しそうな表情を浮かべた。
「シュリも領主様のお迎えに行くんじゃないの?」
「それは無いよ。私が呼ばれる理由なんてないもん。」とシュリは悲しげな目を向けて首を振った。
「お前さんだってオーガキングの討伐隊の立派な一員だ。一緒に連れていくぞ。」というタイガーの言葉にシュリは鳩が豆鉄砲を食ったような顔を見せた。そして「私なんて居ただけで何もしてないですよ。」と答えた。
「がははは、討伐隊のほとんどの奴らがそう思ってるよ。オーガキングはティアとコーヅで片付けたようなもんだ。なぁ、ショーン?」
「はい、僕もオーガキングには斬りつけましたけど、薄皮くらいしか斬れませんでしたし。」とタイガーに答え、「僕も同じで何もしてないよ。」とシュリに笑いかけた。
「でも……」とシュリは言葉通りに受け止められないようだった。
「まぁ、そんなに気を使う相手じゃ無いわよ。」とティアが冗談ぽく笑いかけたた。
「そんなこと言われたって……。あー、急に緊張してきた。どうしよう。」とシュリは手を自分の胸に当てた。それに対してティアは「大丈夫よ、どうもしなくて。」と笑いながら答えた。そしてタイガーもそれに乗っかるように「おいおい、あれでも領主様だぞ。」と言うとシュリと俺を除いた人たちは笑っていた。
領主って本当に何者なんだろう?何か敬うような、ぞんざいに扱うような、それでいてあのサラの父親なんだよな。不思議でしかない。でもそんな領主に俺の人生は握られているのだ。掴みどころの無い人と会うのはとても怖い。予想ができないからだ。
その後も実がある様で無い会話は聞き流しながら、領主のことを考える自分の世界に浸りながら食事を続けていた。シュリも俺の隣で同じように会話には加わらず、ぼーっとした様子で食事の手も半分止まっていた。
「よし、じゃあ明日も頼むな。」とタイガーは話を切りあげて立ち上がると風呂の方に向かって歩いていった。そしてタイガーが居なくなった場所には食べ終えた食器が残されていた。
「そういえばイメールとマレーナってこの辺にいる?」
待機所のことを考えているときにふと2人がどうしているかと気になったのだ。皆で周囲を見渡したけど2人の姿を見つけることはできなかった。
「まだ待機所で働いてるのかなぁ。」とシュリがポツリと呟くと、みんなもその言葉に小さく頷いた。
「見に行ってみようか。」
俺たちは食べ終えた食器を持って立ち上がった。勿論タイガーが残した食器もだ。
辺りはすっかり暗くなっていて光魔石の灯りがぼんやりと足元を照らしている。そして虫の合唱があちこちから聞こえてきた。
食器を空間収納袋にしまうと配膳場で雑談をしているアリアとイザベラとウルシュラの姿があった。食事の列に押し寄せる衛兵たちを片付け終えて一服しているところだった。
「イメールとマレーナって見た?」
「そういえば見てないね。」と3人は確認し合うように顔を見合わせた。
「分かった、ちょっと探してくる。まだ働いてるかもしれないから。」
「では2人の食事は残しておきますわね。」とアリアが言った。
俺たちは街道を北門の方にある衛兵の待機所に向かって歩いた。村の中は誰も外に出ていなくて俺たちの歩くコツコツという足音だけが響く。空を見上げれば日本ではみた事もない満天の星空が広がっている。アズライトよりも暗いプルスレ村の星空は絶景だ。妻や子供にもこの光景を一緒に見て欲しいと心から思う。
「明後日にはアズライトに帰るのかな?」
「そう思うよ。」
「最初の予定は宿泊する予定も無かったのにね。」とシュリが笑うと、「確かに。」とみんながはもった。
「ねぇねぇ、あれってなんだろう?」とシュリが前方を指差した。村を抜けた屋台辺りが青く光っている。みんなで顔を見合わせると、念のためにショーンを先頭にして軽く走って向かった。
「……マレーナ!?」
「すごい綺麗!」
青を基調とした間接照明が設置されていて、暗闇にいくつかの屋台が鈍く浮かび上がっていた。
「あ、コーヅさん。丁度良かったです。魔石置きを作ってくれませんか?」
「もう出来てるじゃない。」
「これはこねた土ですよ。」
近くで見ると確かに土で光が当たる方向をコントロールしてるだけの簡易的なものだった。
「分かった。これを石にするんだね。」
「可愛くお願いしますね。」
「可愛く?えっと……善処します。」
可愛いものを選ぶのと作るのでは俺にとってはアズライトとプルスレ村くらいの距離がある。俺の感性では精一杯の可愛さで丸みを帯びた魔石置きを作ってマレーナに見せた。
「んー。」と手にとって上から下からと見ていたが「思ったより可愛くできてて嬉しいです。ありがとうございました。」
期待値が低かったからか、マレーナの表情からはかろうじて合格点を貰えたようだ。でも赤点で再提出にならなくて良かった。
「ここの屋台の前でお酒を飲めたらいいな。」とシュリは屋台をぽんぽんと叩いた。
「領主様がお酒を振る舞って下さったらできるね。」
「あー、私はそのお酒だったら要らないわ。」とティアは徹底的に領主を避けているようだ。振舞われる酒くらい良いと思うんだけど。
俺はそんな会話に耳を傾けつつマレーナの指示通りに屋台に魔石置きを作っていった。既に作ってあったところ、これから作りたかったところには作り付ける事ができた。
「屋台だけ光ってると何か寂しいですね。」
「街道に沿って設置するとかは?」
「そういうのは屋台の照明の良さが消されると思ったんですけど。」
「光魔石を地面に埋め込む感じはどうだろう?」
俺はそう言うと指で魔石を置けるくらいの細い溝を街道の両側に掘っていった。
「ここの溝に光魔石を入れてみて。」
マレーナは俺に言われるままに青く光らせた魔石を溝に置いていった。いくつか置いてから立ち上がって、少し離れたところから見た。
「わぁ、すごい!街道が浮かび上がってる。」
街道に沿って地面が光っているのでそのように見える。俺はふと日本で見た懐かしい景色を思い出した。隣の駅前がクリスマス前はすごく綺麗にライトアップされる。通りに埋め込まれたLEDが綺麗に光っていた。結婚前の妻との待ちあわせでよく使ったな。そんな事を思い出して「はぁ……。」とため息をついた。
「どうしたんです?」
「あ、ごめん。何でも無いよ。気に入ってくれたなら、街道全体に溝を掘ろうか?」
「はい!是非!」
俺は街道に沿って溝を掘っていった。すぐ後ろをマレーナが畑に種を蒔く様に一定の間隔に魔石を置いていく。更にその後ろをゆっくりと3人が歩いてついてきた。
北門まで来て後ろを振り向くと1本の綺麗な線が浮かび上がっていた。
「わぁ、綺麗です。コーヅさん、反対側にも置きたいです。私はまだまだ魔石を持ってますし。」と自分の腰袋をポンポンと叩いた。
そりゃそうだよな。1本線じゃ見栄えもイマイチだしね。
俺はずっと中腰で作業していたので腰をトントンと叩いていた。そこにマレーナが手をかざしてヒールをかけてくれた。
「あ、こういう時にもヒールを使うのか。」
「そうですよ。」
「勉強になります。また後でやってね。」と楽になった腰をさすりながら言った。
「何でですか?魔力がきついんですか?」と不思議そうに聞いてきた。
「いや、ヒールが苦手でさ。まだ気軽に回復させられないんだよ。」
「あれ?上達したんじゃなかったの?」とショーンに聞かれた。
「うん、集中してやれば疲労回復は何とかね。でもマレーナが簡単にできるならやってもらいたいなって思ってさ。」
「あんなものやこんなものを簡単に作っちゃう生物魔術がAランクのコーヅさんが?」とマレーナは驚いていたが、すぐに「そうなのか、コーヅさんはヒールが苦手なのか。」とニヤリと笑った。
「その笑みは何?」
「いやぁ、コーヅさんにも苦手なものがあるんだなと思ったら、親しみが湧いてきました。」とニヤニヤしている。
「日々そんな事ばかりだってば。俺を何だと思ってるんだよ……。」
俺は心外とばかりに抗議した。俺が一体どれだけ毎日思い悩んでると思ってるんだ。
そんなやり取りをティアとシュリは会話には加わらず笑って見ていた。
そしてシュリは待機所を指差して「イメールくんも激励しにいこうよ。」と歩きはじめたので、俺たちもそれに続いた。
待機所は入る前から見違えたことが分かる。もう別の建物かと見間違える程だ。
俺が作った白く無機質な部屋の集まりが、イメールの手に掛かると元々の白を基調としながらも部屋に温度感が出て温かな雰囲気に仕上がっている。
この差は何だろうなと思いながらイメールが修正した部分との違いを探していた。
「何を唸ってるのよ。」
「ティア?」
俺は組んでいた腕を解いてティアを見た。
「何が違うんだろう?って思ってさ。」
「諦めなさい。センスが違いすぎるわ。」
ティアのとどめを刺すようなひと言で俺の心は折れた。
もういいや、分業制ってことで。
「コーヅさーーん……、もうこれで終わりですよね?もう本当にこれ以上は勘弁してください。」
イメールが奥の部屋からふらふらと出てきて懇願された。光の当たり方もあって酷く疲れているように見えた。
「うん、もう無いよ。今はマレーナと一緒に街道の間接照明を作ってるところ。」
「まだ新しい事やってたんですか……。本当にもう僕は手伝えませんからね。」とジトッと俺を見てきた。よっぽど信用されてないんだろうな。
「ははは、もう本当に何も無いよ。それで待機所は終わりそう?」
「今、室内が終わった所です。あとは室外です。」
「残りは明日の朝でいいと思うよ。領主様が到着されるのはお昼過ぎらしいし。」
ショーンはそう言うとイメールの肩をポンと叩いた。
「本当ですか?」とイメールの表情が少し明るくなった。
「じゃあ、ご飯食べに行こ。私、お腹ペコペコ。」
まだ食事をしていないマレーナがイメールを誘い野営地へ戻っていった。
「綺麗な光だね。」「私もそう思うの。」といった2人の会話が徐々に遠ざかっていった。
彼らを見送った後、中途半端になっている街道の反対側を今度は南下していくように溝を掘っていった。
溝を掘ること自体は簡単なのだが、中腰で作業しないといけないのが大変だ。俺が体を起こして腰を反らすようにすると温かい感覚が伝わってきて腰が軽くなった。
振り向くとシュリの手が腰に添えられていた。
「言ってくれればヒールくらいするよ。」
「ありがとう。助かるよ。」
シュリが定期的にヒールをしてくれるので、北門から南門まで街道の両側に溝を掘ることができた。
「ふぅ~、終わったぁ。」
俺はヒールのお陰で痛くもない腰を伸ばしたり捻ったりとストレッチをした。そして今度こそ作業を切り上げると、ショーンと風呂に入った。
そしていつものように一人で寝床に向かった。降り注ぐ程の星が広がっている空を見上げながら「領主様……か。」と呟くと目蓋を閉じた。
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