第92話 準備は着々

 ティアと屋台に寄り掛かるように並んで座って、マレーナの帰りを待っていた。太陽から降り注ぐ陽射しを遮るように屋台の庇が俺たちを守ってくれている。ティアはローブを足に巻き付けるようにして座っているが、そのローブは夏には少々暑苦しく感じる。


「コーヅさ、色々と手を出し過ぎじゃない?」

 俺は汗を拭うと携帯水道を取り出して喉を潤した。

「うん、少し反省してる。」

「少し?衛兵の待機所の次もまだ何かやるの?」とジトッと見てくる。

「あはは、多分もう無いよ。」

「はぁ……。多分、なのね。」とティアにはため息混じりに呆れられた。その額には全く汗は浮かんでおらず涼やかなものだ。俺にもこういう日常的な身体強化ができるようになる日は来るんだろうか?と思いながら額の汗を拭った。


 しばらくしてマレーナはイメールやショーンだけで無くサラやリーサも連れて戻ってきた。空腹が満たされたからかイメールも落ち着きを取り戻していた。


「イメールはもう大丈夫なの?」

「はい。あの後ご飯を食べてから休憩していたのでもう大丈夫です。」と笑顔を見せてくれたので俺も安心した。

「じゃ、待機所の仕上げも頼める?」という問いにイメールの表情が一瞬曇ったようにも見えたがすぐに笑顔に戻って「はい。」と頷いた。やっぱりそんなに簡単には回復するもんじゃないよな。でもここは敢えて気付かなかったフリをしておいた。


「コーヅ様、もうこちらでは料理を教えられなくてもよろしいのですか?」

 サラは俺が全く料理の指導をしていないからか屋台の方をしきりに気にしている。

「はい、もう俺が居なくても大丈夫です。」

 俺が料理を作っている人たちを見ると皆も大きく頷いた。そしてそれを見たサラも満足そうに頷いた。

 そもそも俺が覚えていられたようなレシピだから大した手順はないものばかりなのだ。普段から料理をしている人たちからすると簡単だったと思う。


「では行きましょうか。」

 俺は衛兵の待機所に向けて街道を歩き始めた。みんなも後ろからぞろぞろとついて来た。そして待機所の前で立ち止まり「ここです。」とみんなに伝えた。


「これですか。……安心しました。」とイメールが集会所に比べるとはるかに小さな建物を見て、あからさまにホッとした表情を浮かべた。


「この待機所の仕上げをマレーナと一緒にやって欲しいんだ。」

「分かりました!」とマレーナが元気良く返事をして「イメールくん、頑張ろうね。」と声をかけた。イメールはマレーナの勢いに少し押されながらも「うん、頑張ろうね。」と答えていた。


「コーヅ様、建物の中を拝見してもよろしいでしょうか?」とサラに聞かれたので「どうぞ。」と答えた。するとマレーナが「サラ様、お待ちください。」と先に入って行き、待機所の明かりを灯していった。

 待機所の中が明るくなった事を確認すると、リーサを先頭にサラが続いて入って行った。その後をショーンやイメール、ティアも続いていき、最後に俺も入った。

 みんなキョロキョロとあちらこちらの部屋に出たり入ったりして見ている。


「コーヅ様、部屋は広くて数も多いですし、使いやすそうです。ありがとうございます。」

「いえ、そんなに大したものでは無いです。」

「そんなご謙遜なさらないでください。素晴らしいお働きです。」

 きっと出来上がる頃にはこの骨組みなだけの石枠は立派な建物に生まれ変わっていることだろう。そう思うと謙遜どころか、どうしても卑屈な気持ちが拭い去れない。

 

 建物を隅々まで見終えてから外に出た時には陽も傾いてきていた。そして数歩歩いてから振り返ると、イメールとマレーナに「あとはお願いね。」と頼んだ。

「はい、2人で相談して仕上げます。」とマレーナが元気に答えた。


「イメール、マレーナには期待していますよ。お父様がお戻りになる明日の昼前には終わらせてくださいね。」


「はい!」と2人は片方は嬉しそうに、片方は緊張した表情で返事をした。


 そして俺たちはまた屋台に戻った。

 ポテチを作っていた村の娘たちに「コーヅさん、ポテチはできましたよ。」と声をかけられた。石の箱を覗かせてもらうと確かにほぼ一杯に溜まっていた。


「ありがとう。これだけあれば充分だよ。」

 そう言うと、声をかけてくれた村の娘に小銀貨を3枚渡そうとした。


 すると両手をバタバタさせながら1歩、2歩と下がって「ダメ、ダメ、ダメだよ、私じゃ。パウラおばさん呼んで来るから待ってて。」そう言うと走って村の方に戻っていった。


「ねぇねぇ、ポテチがまだ余ってるんだ。誰か買わない?」と残った村娘が俺とショーンを交互に見るようにして聞いた。毎回視線がショーンからこっちに向いた瞬間に冷めていく表情が面白い。

「売れ残ったの?」

「あと1つね。でも9個も売れたのよ。」と言うと、屋台の端を指した。そこには確かに1袋のポテチが壁に立てかけられていた。

「それなら僕が買うよ。いくら?」とショーンが話しかけた。

「ありがとう!小銅貨3枚だよ。」と村娘はポテチが入った紙袋を手に取り、ショーンに渡そうと視線が重なると顔を赤くして目を逸らせた。

 ショーンは小銅貨3枚を渡してポテチの袋を受け取った。そしてショーンは紙袋を開けると「サラ様、いかがですか?」と聞いたが「わたくしは以前にいただきましたので。」と断った。ショーンも特に気にした様子も無く1枚摘まんで食べた。そして次にリーサに「どう?」と声をかけて紙袋の開け口をリーサの方に向けた。

「わ、私ですか?」と驚いたように返事をしてチラッとショーンを見ると目を伏せた。

「良かったらだけど。」と言ってショーンが笑顔を向けた。

「……ありがとう。」リーサは小さく答えるとポテチを1つ摘まんで食べて「美味しい。」と呟くように言った。

 

 それから俺たちにもショーンはポテチを向けてくれた。俺も味見で1つ貰った。美味しかったが時間が経って少しぺしゃっとしていた。時間が経ってもパリッとした食感を残すにはどんなやり方があるだろう?そんな事を考えていると、「……ヅさん、コーヅさんってば。」と呼びかけられていた。

「あ、ごめん。どうしたの?」と視線を戻すと、恰幅の良い女性を連れて村娘が戻ってきていた。

「コーヅさん、約束のポテチを引き取ってもらえるかい?」

「はい、勿論です。ありがとうございました。」と小銀貨3枚を恰幅の良いパウラに手渡した。

「ありがとね。これでみんなもこれで自信がついたみたいだし、村を立ち寄ってくれる人たちにも売ることができるよ。」とニッと快活な笑みを向けてくれた。

 

 俺は屋台に入ると身体強化を使って石箱を持ち上げた。それを見たショーンがすぐに屋台に入ってきて「僕も手伝うよ。」と声をかけて片側を持ってくれた。視線を上げると村娘たちは顔を赤くして狭い屋台の隅の方に固かたまって俯きながらチラチラとショーンを見ていた。この扱いの差には慣れたけど、やっぱりちょっと男としては寂しい気持ちがわいてしまう。

 屋台から運び出し、野営地に向かいながら調理中のアリアに向けて「ロックバード用のポテチができあがったから、空間収納袋にしまっておくね。」と声をかけた。

 アリアたちもポテチをどんどんと揚げている。ほっそりとした白い手で流れるようにポテチを掬い上げていく。アリアはそういう姿でも絵になるなと見惚れてしまいそうになる。

「何から何までありがとうございます。」と、アリアがこちらを向くと少しだけ目を合わせて軽く会釈をしてすぐにその場を離れるように歩き始めた。

 野営地に着くと、どこからともなく衛兵たちが集まってきた。

「おぉ、コーヅ。何だかいい匂いがするな。それって食べていいのか?」とヴェイが近寄ってきた。

「これはあのロックバードに食べさせるものだよ。」

「何だよ魔獣のエサかよ。」とあからさまにがっかりした様子を見せて回れ右をした。他の衛兵たちも「なんだよ。」「解散だな。」と文句を言いながら去って行こうとした。

 彼らの為の物じゃないのでそのまま去らせても良かったんだけど、彼らの舌にどう届くんだろう?という興味とポテチの宣伝を兼ねて去っていく背中へ声をかけた。

「人も食べられるし、美味しいよ。」

 その言葉に衛兵たちは一斉に振り返った。

「本当か?それなら少し食べさせてくれよ、な?な?」

 そう言いながらヴェイや衛兵たちはにじり寄ってきた。

「う、うん、少しならいいよ。沢山は上げられないけど。」

 俺はそう答えてショーンと石箱をその場に下ろした。そして石皿を作ると二掴みしてそこに盛り付けるとヴェイに渡した。

「これを皆さんでどうぞ。」

「おう、すまねぇな。」とヴェイは嬉しそうに受け取り、近くの衛兵たちと分け合って食べ始めた。「お、こりゃ美味いな。でも腹の足しにはならねぇな。」と言って次から次へと摘まんでいる。


 ショーンが配膳場から空間収納袋を持ってきてくれたので、石箱を持ち上げるとその中にしまった。

「じゃ、もう一度屋台に戻ろうか。」「そうだね。」という会話を交わしていると、「コーヅ、おかわりはダメか?」とヴェイらしくない下手に出たような声をかけてきた。石皿はもう綺麗に空っぽになっていた。

 俺は「いいよ。」と答えるともう空間収納袋から石箱を取り出して、先ほどより多い3掴み程を皿に盛りつけた。

「ありがとよ。これが1度食べ始めるとなかなか手が止まらないよな。」と言ってヴェイはニッと笑った。

 俺とショーンは陽が森にかかり紅く染め上げられた街道を足早に屋台へと戻っていった。村の家々からは夕食の良い匂いが漂ってくる。


「ごめん、すっかり遅くなっちゃった。」

「あ、コーヅくん。今ね、村の人たちからお裾分けしてもらった野菜を使ってスープを作ってたんだよ。」とシュリが教えてくれた。そして「これを食べてみて。」と言って指で摘まんだ唐揚げを俺の口の前に持ってきた。俺は口を開けるとパクリとその唐揚げを食べた。

 カリッと揚がっていて、でも噛むと肉汁が口の中にじゅわっと広がっていく。これは何の肉だろう?普通に鶏肉なのかな?などと考えながら味わって食べた。

「すごく美味しいね。」

「でしょ?ふふふ」とシュリは笑っている。そして「なんのお肉か分かる?」と半笑いのまま聞いてきた。

「鶏……じゃないから聞いてるんだろうけど、分からないなぁ。」

「ほらほら、最近と言えば?」とニヤニヤしている。一緒に狩ったあれか?

「角ウサギ?」

「ブブー。角ウサギの肉はもっと硬いでーす。」

 そうするとあれか。

「……ラージサーペント?」

 俺は正解であって欲しくない名前を口にした。しかしシュリの表情がニヤニヤしはじめた。

「あははは、正解。」

 うげぇ!ペッペッ。蛇の肉とか食べたくないし。俺は苦虫を嚙み潰したような顔をして答えた。

「勘弁してよ。蛇はちょっと……。」

「贅沢言わないの。私達にはご馳走なのよ。これも出汁に漬け込んでから揚げたからすごく美味しくできたのよ。」


 ラージサーペントの唐揚げや、肉や野菜がたっぷり入ったスープを作っていた。もちろんスープに入っている肉のことは聞かなかった。知らない方が幸せなことだってあるよね。

 そしてその唐揚げやスープは村人たちにも振る舞われて、持ってきていた鍋や皿によそわれた。

「思わぬご馳走ね。」

「すごく嬉しい。みんな喜ぶだろうな。ふふ」と喜んだ様子で村の方に歩いて行った。

 ふと明日使おうと思って作っておいた出汁が全部使われている事に気付いた。

「明日使う出汁を今から仕込んでおきたいんだけど。」

「それでしたら、そこの鍋にたっぷり仕込んでありますよ。」とイザベラが指した鍋の蓋を開けると、たっぷりの水に沢山の干し椎茸が浮いていた。これはもう何も言うことがないな。


 そして俺たちも陽が沈む前にと唐揚げやスープを持って野営地に戻った。

 野営地でも夕食の準備が進められていたが、まだ食事を始めている人は居ない。


「それもこっちに並べちゃって。」とフリーダに手招きされて、指示されたところにスープとラージサーペントのから揚げも並べた。

 芳ばしい唐揚げと具沢山のスープの匂いに気付いた衛兵たちは、ふらふらとその前に列を作りはじめた。


「それって今日作ってたやつだよな?いい匂いがしてたから食べたいと思ってたんだよ。」

「んー、いい匂いだ。久しぶりに温かくて美味そうなものを食べられるんだな。」


 みるみるうちに行列が長くなり、バタバタと配膳の準備がすすめられた。その様子にアリアやイザベラ、ウルシュラも配膳の手伝いに加わった。


「コーヅ、急ぐわよ。私たちも並ぶの。」とティアが列の後ろに向かって走った。「こんな事なら先に取り分けておけば良かった。」とシュリも走った。「唐揚げは要らないけどね。」と俺も遅れて走った。ショーンも「待ってよ。」と続いて走ってきた。


「うめぇ!いつもより絶対にうめぇよ。」

「本当にこりゃ最高だ。」という声に腹が空腹を思い出したかのように主張を始めてくる。


「アリアが作ったんだってよ。」

「まじかよ!?やっぱり俺の嫁にふさわしいな。」

「お前の嫁はウルシュラって言ってただろう。」というような下世話な会話も聞こえてくる。


 会話の内容はともあれ、みんなが喜んで食べてくれている事は伝わってきた。シュリには「良かったね、コーヅくん。」と、わき腹を肘で突っつかれた。「おぅ。」と反応したら面白がって「脇腹が弱いんだ?」と何度か突っつかれた。その度にオウオウ言ってしまった。


「反応が面白いね。あははは。」

「いや、みんなそうで……おぅ。」

「あははは。」


 列は少しずつ進んでいき、やっと俺たちの番になった。

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