第91話 燃え尽きたイメール
野営地に戻るとほとんどの衛兵は既に食事を終えていて居なくなっており、そこに残っていたのは仕事を終えて食事をしている配膳担当の衛兵たちだった。でも口は食事のためでは無く会話のために動いているようで、その場はとても賑やかだった。
「あ、コーヅ。作れたの?」
俺たちに気付いたフリーダに声をかけられた。フリーダや一緒に食事をしている女性たちの視線は俺の手元にある皿に注がれている。
「はい、そこそこ美味しくできたと思います。」と言って残しておいたカルボナーラの皿をフリーダの前に置いた。フリーダは薄黄色ソースのパスタに戸惑いながらアリアの方を見た。
「始めての味でしたが、すごく美味しかったですよ。」とアリアは笑顔で答えた。
「フリーダ、早く食べてみてよ。」
「んー、チーズの良い匂い。」と周りも興味津々に顔を近付けて匂いを嗅いだりしている。
「そう……だね。」
フリーダは皿をテーブルに置かれたパスタを眉間に皴を寄せたまま見つめている。
「本当は温かい方が美味しいんですけどね。」
「そう……だね。」
フリーダは手を付ける様子を見せずにカルボナーラを見つめている。パスタが苦手なのだろうか。そんな様子を見ていたサラが口を挟んだ。
「フリーダ、わたくしにも味見をさせていただけませんでしょうか。領主の娘としてコーヅ様のレシピは……」
「いけません、サラ様。もし、どうしてもとおっしゃるなら私が毒見致します。」とリーサが言葉を被せるようにきっぱりと言い切った。サラは何か言いたそうにジトッとリーサを見たが、リーサは涼しい顔をしている。
フリーダは「そ、そうですか。」とリーサの前に皿を押しやった。そして「コーヅ、ごめん。私はチーズが苦手なんだ。」と申し訳なさそうに謝ってきた。
「ごめん、誰でも嫌いな食べ物はあるよね。配慮が足りなかったなぁ。」
「いや、コーヅが謝る事じゃないよ。」
「では毒見させていただきます。」
リーサの言葉遣いは堅苦しいが、目元は緩んでいて喜びを隠しきれてない。
「リーサ、わたくしも食べたいのですからね。」
サラはリーサの食べるところを覗き込むようにして見ている。
「では失礼致します。」とフォークで掬いパクッとひと口食べた。「あ、美味しい。」と言って目を瞑って味わっている。しばらく咀嚼してゆっくり飲み込んで「サラ様、毒は入っておりませんわ。」とサラの前に恭しく皿を置いた。
「もう!リーサったら。」とリーサの肩を突っついた。そして2人で笑いあっている。そしてサラは目の前に置かれたカルボナーラの皿に視線を落とし、フォークでクルクルっと巻いて上品に口に運んだ。
「んー♪」と目を細めて俺を見た。そして何か言いたそうにするが、口に物が入った状態では話ができないので、急いで飲み込むと立ち上がった。
「コーヅ様、こちらも素晴らしい料理ですわ!わたくしも大変美味しくいただけました。」
そんな前のめりなサラに戸惑いつつも「口に合って良かったです。」とホッとして答えた。サラの口にも合うならこの国でも幅広く受け入れてもらえるんじゃないかな。
「それでコーヅはそのパスタを領主様にお出しするの?」
フリーダがカルボナーラの皿を横目に聞いた。
「えっと、サラさんも美味しいと言ってくれたし、お出ししても良いなら作りますけど。」とサラの方を見た。
「是非、お願いしたいですわ。」とサラは大きく頷き、さも当たり前のように答えた。
「分かりました。」と俺は頷いた。
「明日は領主様だけでなく従者や衛兵も居るからね。温かいものを出して労うの。だから色々と作るし忙しくなるわよ。」
「それなら調理する人に干し椎茸の出汁の使い方やカルボナーラの作り方を教えたいのですが。」
明日までにはまだ時間もあるし、良い出汁が取れると思う。きっとどの料理にも深みが加わってくると思う。
「それなら引き続きでアリアに任せるのが良いわね。何人かで一緒に教えて貰うといいわ。人選もアリアに任せるから頼んでいい?」
「はい、分かりました。」とアリアは答えて、俺の方を見て「よろしくお願いしますね。」とニコリと微笑んで頭を下げた。
「こ、こちらこそ。」と俺の方はぎこちない笑顔で返した。柔らかく少し垂れた瞳で微笑まれると未だに緊張してしまう。
「では、私はシュリと一緒に教えてもらう人を連れてポテチ作りをしながら待ってます。後ほどまたあの屋台でお会いしましょう。」
「俺はイメールたちの様子を見に集会所に行ってきます。」と返事をすると、ふぅと軽く息を吐き出した。
そして俺についてくるというティアとマレーナと一緒に集会所へと向かった。街道を歩いているとポテチが揚がる香ばしい匂いが漂っている。
街道から集会所の方に曲がるとイメールが集会所の入口付近に座り込んでいて、傍らにショーンがしゃがみ込んで肩に手を置いて声をかけているようだ。
「どうしたんだろう?」
ティアを見るが分からないとばかりに首を小さく振った。俺は少し歩調を早めて2人の元に向かった。
「どうしたの?」
「ああ、コーヅ。イメールが燃え尽きたみたいで。」と、イメールの方を見るがイメールはピクリとも動かない。
「大丈夫?疲れた?」と俺が声をかけるとイメールはうずくまったまま小さく頷いた。そして絞り出すように「……疲れました。」と答えた。
「何言ってるの!自分が好きな事ができてるんだから弱音なんて吐かない。少し休憩したら次は衛兵の待機所よ。」
容赦のないマレーナに言葉に俺とショーンは思わず顔を見合わせた。マレーナは続けて「自分が造った物を領主様に見て頂けるなんて、もう無いんだからね。今回だけよ。」とイメールの直ぐ側まで行き、腰に手を当ててイメールを見下ろしてる。そして上から色々とイメールに話し掛けて、それにイメールも小さく頷いている。
しばらく2人の間でやり取りが続いた。主にはマレーナが強い言葉で語り、イメールが頷くという形だ。
「……うん、そうだね。」
「さ、頑張ろう。幸せな悩み過ぎてみんなに恨まれるわよ。」とマレーナは優しい声色で話しかけ、肩に手を置いた。
「ありがとう。」とイメールは下を向いていた顔を正面に向けた。「……マレーナの言う通りで、今は僕の頑張りどころなんだよね。」
「そうだよ。」
「そうだよね。」とイメールは答えると、膝に手を当てて立ち上がったが少し体がふらついている。
「どうしたの?」
「イメールも僕もご飯を食べてないんだ。」とショーンが代わりに答えた。
「ご飯を食べて少し休憩します。」
そう言うとイメールとショーンは野営地に向かってゆっくりと歩いていった。2人が街道に入るまで見送った後、マレーナがふぅと息を吐き出すと視線を集会所に向けた。
「それにしてもこの劇場はすごいですね。」
「本当に。こんなのを数日で作っちゃうんだもの。コーヅもイメールも凄いわ。」と集会所の入り口から中を見渡しながらティアも言った。
「もうここまで来るとイメール作って感じだよね。」
「何言ってるんですか。こんな大きな建物をホイホイと作れるのはコーヅさんしかいませんよ。自分がどれだけすごい事をしたのかもっと理解した方が良いです。」とマレーナがこちらを振り返り真顔で言った。隣ではティアも頷いている。
そう言われて俺の心に安心感が広がっていくことを感じた。イメールの仕上げが凄すぎて、自分の居場所が取り上げられたような気がしていたのだと思う。そういう気持ちは吹っ切れたと思ってたけど、まだ吹っ切れていなかった自分に気が付いて苦笑をした。そして「ありがと。」と返事をした。
「さ、今日は忙しいから私たちも行きましょうか。次はキノコ汁の作り方でしょ。」とティアに言われ「うん、出汁だけどね。」と軽く訂正しつつ返事をした。
俺たちは屋台に移動した。そこにはアリアとシュリと他に2人の女性が居た。その女性たちはアリアとよく一緒に居るので見知っている。その2人にはシュリとアリアでポテチの作り方を教えているところで、薄く切られたポテトが積みあがっていた。
「お待たせ。」と俺は声をかけた。
「お、コーヅくんだ。待ってたよ。」
「コーヅさん、一緒に教わる2人を紹介させてください。イザベラとウルシュラです。」とアリアは教える手を止めて2人を紹介してくれた。
「よろしくね。」と俺は2人に向けて軽く挨拶をした。
「コーヅさんは私たちの事を覚えてますか?」
「もちろんだよ。」以前に話をしたことがあるのは覚えている。会話の内容までは覚えてないけど。
「今から教えてくれるの?」とシュリに聞かれた。
「村の人たちにも一緒に教えたいから、ちょっと待ってて。」と俺は言い残して、隣の屋台に居る恰幅の良い女性に話しかけに行った。
「これから出汁の取り方やパスタ料理を教えるのですが、一緒に聞いてもらえますか?」
「もちろんだとも。」と言って村の女性たちを見回し「私とアンナで聞こう。アンナ、いいかい?」と振り返った。
「私は良いわよ。」と返事をして1歩前に出てから「アンナです。村で宿屋を営んでるのよ。」と自己紹介をしてくれた。宿屋は1軒しかないし分かる。
「では説明を始めます。その前に出汁に塩だけ入れたものを飲んでもらいます。」と言って小さな石のカップを人数分作り、琥珀色の出汁を注いだ。そして塩を少し振りかけてかき混ぜるとティアに渡した。ティアには石のカップを温めてから皆に配ってもらった。
みんなすぐには飲まず、出汁を見つめたり匂いを嗅いだりしていた。じっと出汁を見つめていた恰幅が良い女性がクイッと飲んだ。
「……ほぅ、美味しいねぇ。これだけでもスープにできそうじゃないか。あんたたちも早く飲んじゃいな。」と周囲に向かって言うと、みんなも飲んで口々に「美味しい。」と言った。
「これは本当に出汁というものに塩を入れただけなのですか?」とアンナに聞かれた。
「はい、そうなんです。美味しいですよね。どんな料理にでも少しこれを入れるだけで味が良くなるんです。」という言葉には、半信半疑な表情でアンナは頷いた。
そこから干し椎茸の作り方や出汁の取り方を教えた。
「何で乾燥させるといいの?」とウルシュラに聞かれたが答えられなかった。
「椎茸しか駄目なの?」というイザベラの質問にも答えられなかった。早速、知識の浅さが露呈してしまったが、傷口を広げないためにも知らないことは正直に知らないと答えた。
次にカルボナーラの作り方を教えた。俺は口出しをするだけで手は出さずに全部作ってもらった。みんなパスタ自体は作り慣れているので、ミルクや卵を使うという目新しさに慣れてしまえばすんなりと作る事ができるようになった。俺もすぐに教える事が無くなってティアやマレーナと一緒に作業を眺めていた。
そしてみんなでカルボナーラを順番に作って味見しあっていた。俺たちも味見をさせてもらったがアンナのものが一番濃厚で美味しかった。
そして沢山作ったカルボナーラは村人たちはみんなで分けて鍋に入れて自宅に持って帰り、アリアたちの作ったものは野営地に持って帰って夕食用にするそうだ。
みんなを見送って静かになった屋台に背中を預けるように座り込むと携帯水道を取り出して喉を潤わせてた。
「ところでコーヅ、衛兵の待機所って言ってたのはもういいの?」とティアに声をかけられた。
「あっ!」と俺とマレーナが同時に声を上げた。
「まだ仕上がってないんだった。イメールを呼んでこないと。」と俺が言うと、マレーナが「私が連れてきます。」と言ったと思うと身体強化をしてあっという間に野営地の方に走り去っていった。
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