第90話 コーヅの得意料理

 マレーナと一緒に街道を野営地に戻る道のりはポカポカ陽気で気持ちが良い。道端の小さな花もそれぞれが色鮮やかに咲いて目を楽しませてくれる。そして屋台に近付くにつれて、ポテチを揚げている香ばしい匂いが漂ってきた。


「食欲をそそりますね。」とマレーナはクンクンと匂いの方向に鼻を動かした。

「うん、そうだね。」

「あ、でも私はコーヅさんの手料理を口にするまでは他のものには浮気しませんからね。安心してください。」と変な気を使われた。

「ははは、ありがとう。口に合うと良いんだけど。」と俺は苦笑をした。


 そんな会話を交わしているとすぐに村の女性たちがポテチを揚げている屋台に着いた。


「何か困って無いですか?」

「厚みがなかなか均等にならなくてね。コーヅさんの居た世界ではどうやってたんだい?」と恰幅が良い女性が俺の方に歩み寄って来た。すっかり村の女性たちを束ねている頼もしい存在だ。


 ポテチ工場では機械だけど家庭ではスライサーだよなぁ。そんな事を思い浮かべながら「薄く切る道具が家にあったんです。」と答えた。すると少し身構えるようにして「それだけのことをする道具が家にあるなんて……、まさかコーヅさんは貴族様だったのかい?」と聞かれた。

「いえいえ、皆さんと同じで平民ですよ。」と答えると、表情も和らいで「そうかい。それは安心したけど、ずいぶんと裕福な家なんだろうねぇ。」

「俺が居た日本は物が溢れてる世界だったんで、誰でも持ってたんですよ。」

「何だかよく分からないけど、そんな世界があるもんなんだねぇ。」と答える表情はあまりピンと来てないように見えた。そして「あとでウチのにその道具の事を教えてやってくれるかい?もしかしたら何か作れるかもしれないし。」

「分かりました。」と俺は答えて他に何か無いかという感じで他の人たちに目線を合わせていったが、みんな小さく首を振った。他には困っている事は無さそうだった。


 俺は屋台の中を覗き込み、ポテチの出来高を見せて貰った。石箱には1~2割程度のポテチが溜まっているように見えた。順調に作れているように見える。

「今日で一杯にできるかな?」と、近くに居た村娘に聞いてみた。

「多分大丈夫よ。私たちも段々と慣れてきたし。」

「それにさっき衛兵の人が来てくれて買ってくれたの。」とまた別の村娘が嬉しそうに話しかけてきた。

「売れたんだ?良かったじゃない。」と俺も笑顔で返した。

「うん!売れるってすごく嬉しいし、やる気も湧いてくるね。」と力こぶを作るような仕草をした。

「この紙袋を1つで小銅貨3枚ってしたの。」と、屋台に並べてある紙袋を指差した。そこには4つの紙袋が置いてあった。


「またあとで様子を見に来ますね。」と言い残し、すぐ隣のシュリとアリアの屋台に顔を出した。そこにはティアも戻って来ていて、俺が声をかける前に「持って来た小銀貨よ。はい、3枚ね。」と渡してくれた。俺は「ありがとう。」と受け取って腰ベルトの中に収めた。


 そしてシュリとアリアに「どう?」と聞いた。

「うん、簡単すぎて飽きてきたけど頑張ってるよ。領主様がお食べになるものだしね。」とシュリはつまらなさそうに油に浮いているポテチをつついていた。そんなシュリからは領主への敬意は全く感じられない。

「私たちが作ったものを領主様がお食べになる機会なんて、もう無いと思うので頑張ってますわ。」とアリアは1つ1つの工程を最初の頃と同じように丁寧にやっているので、揚げムラも少なくて綺麗なポテチが多い。


「コーヅくんたちはどうするの?」

「マレーナにちょっと昼食を作ることになって。これから材料を取りに行くところ。」

「ニホンの新メニュでコーヅさんの得意料理なんですって。」とマレーナの余計な一言にシュリが目を輝かせた。

「何それ!?食べたい!」

「コーヅさんの得意料理だなんて、私も興味があります。どんな料理なのでしょう?」とアリアも目を輝かせてこちらを見ている。その真っ直ぐな視線に少し恥ずかしくなってちょっと視線を外して「た、ただのパスタ料理ですよ。」と答えた。

「パスタ……ですか?」

 アリアの目から明らかに失望の色が見て取れた。パスタは食べ慣れているからだろうか。

「コーヅさん、パスタ料理なんかでそんなに勿体つけないでください!」とマレーナには怒られた。


 俺は居たたまれなくなり微妙な空気をその場に残して、野営地に向かおうとすると、ティアもポテチを作らないからと、屋台から出てきた。

 野営地の今は昼食時で後衛班の人たちも慌ただしく配膳をしている。とても話しかけられる雰囲気ではなかったので、誰にともなく「すみません、材料をお借りに来ました。」と声をかけた。

「必要なものはそこの空間収納袋から勝手に持っていって。」とフリーダがこちらを見ることも無く答えた。


 俺は空間収納袋からパスタ、塩、牛乳、卵、何かの肉、チーズを取り出した。そして大き目なボウルや大きめの鍋などの調理器具や皿やフォークなども持った。

 これで大丈夫だよな……?

 俺が作業工程を考えながら道具と材料が足りているかを考えていた。

「干した椎茸もあるわよ!」

 あ、先に干し椎茸の出汁を準備しておけば良かったと思った。俺は干し椎茸もごそっと取り出した。そしてティアとマレーナと手分けをして材料を持って屋台へと戻っていった。


「あーあ、昼食の匂いを嗅いだらお腹空いちゃった。」とティアが昼食をとっている人たちを羨ましそうに見ている。

「手伝ってもらえれば早くできるよ。」

「私に料理を手伝えと?」とティアは俺の事をジトッと見て不満気に言った。


 屋台に着くと、俺は早速準備を始めていった。

 材料や道具を屋台に置いてもらい、「ティア、ボウルにお湯を入れて貰える?熱すぎないくらいで。」とティアを見ると不満気にお湯を鍋に溜めてくれた。その表情を無視していくつかの干し椎茸の石づきを切ってボウルに放り込んで蓋をした。これはしばらく置いておく。


「これでいいの?何よこれ?」

 不思議そうに蓋がされたボウルを見る。

「出汁って言う調味料だよ。」

「ただのキノコ汁じゃない。」

「乾燥させた椎茸を水で戻すと良い味が溶け出すんだよ。」

 本当は冷水で一晩戻したいところだけど、時間が無いのでお湯で強制抽出させてみたのだ。

「何だかよく分からないけど、……まぁいいわ。」とティアは首を傾げて理解する事を諦めた。

「マレーナ、パスタを少し固めで茹でてもらえる?」

「はい、分かりました。たっくさん茹でますからね。コーヅさんもソースはたっぷり作ってください。」と言って鍋にたっぷりと水を溜めて火魔石で熱し始めた。


 俺は肉を細かく切って鍋に放り込むと、油で炒めた。しっかりと火を通してカリカリにしてから牛乳と干し椎茸の出汁を加えてじっくりと時間をかけて煮立たせた。そしてマレーナがパスタを茹で揚げるまで牛乳と干し椎茸の出汁を煮詰めながら待っていた。

 マレーナは茹でたパスタを俺の鍋にごっそりと移してくれた。そこに塩と更に干し椎茸の出汁を加えてひと煮立ちさせた。火を止めてからチーズを混ぜ、さらに卵黄を混ぜ合わせたらカルボナーラの完成だ。


「できたよ。」と、俺が顔を上げると村の女性たちが覗き込むように近くで見ていた。

「うわっ。」

 俺は村の女性たちに気圧されてしまい鍋の前から2歩下がると、思わずどうぞと手で合図してしまった。


「わぁ!」

「食べましょ、食べましょ。早く、早く。」と後ろの方から押すようにして前に出てこようとする。そして、そういう人たちを「待って待って。取り分けるから。」と落ち着かせるようにするが、「私も食べたい!」「ちょっと押さないでよ。」とたちまちその場がカオスな事になってしまった。


「ちょっとあんたたち、いい加減にしなさい!」


 恰幅の良い女性の一言で一瞬、時間が止まったかのようにみんなの動きが止まった。そしてそのまま場が落ち着いた。恰幅の良い女性が人を掻き分けて鍋のところに来ると「かしな。」と取り分け用のフォークを受け取ると皿に盛り付けて順番に渡していった。

 カルボナーラを受け取った女性たちはこの場所を離れて近くの草むらに腰かけたりして食べ始めている。


「コーヅさんもどうぞ。」

「ありがとうございます。」


 恰幅の良い女性は皿に盛り付けながら「それで、このパスタ料理も帰るまでに教えてもらえるのかい?」と聞かれた。すると離れたところに居る村の女性たちも食べる手を止めて、期待に満ちたような視線を送ってきた。


「もちろんです。もし気に入ってくれたら、ですけど。」

「やったぁ!」

「濃厚なのに優しい味でとっても美味しいです。是非教えて欲しいです。」

「こら、あんたたちは。先に約束したポテチを作ってからだよ。まったく……。」

 恰幅が良い女性が暴走しそうになる村の女性たちを止めてくれるので本当に助かる。

「ケチ」

「何言ってんだい。」


 マレーナやアリアの方を見たけど、二人は黙々とカルボナーラを食べ続けていて、気に入ってくれたかよく分からなかった。俺も味見がてら少し食べてみたが、美味しくできていた。ただもう少し牛乳をじっくり煮詰めた方が濃厚な味になったと思った。残りはフリーダにも味見してもらうために残しておいた。

 村の女性たちはカルボナーラの試食を終えると、皿を持って来てお礼を言ってポテチ作りに戻っていった。


「賑やかでしたね。」

「ホントにねぇ。」

「良いなぁ、ああいうお母さん。」とシュリは恰幅の良い女性の方を見ている。

 

 俺たちは皿や鍋、ボウルなどを洗ったりして片付けをした。

「出汁を作っておきたいんだ。出汁でスープや鍋を作っても美味しくなるんだよ。」

 俺はそう言うと鍋に水を溜めた。そしていくつかの干し椎茸の石づきを切って鍋に放り込んで蓋をした。

「その後どうするの?」とシュリが鍋を見ながら聞いた。

「待つだけだよ。少しずつ味が水に染み出すんだよ。」

「ふーん、でもあんまりよく分からないな。」

「準備はこれだけでいいんだ。また夕方これを使ってみようと思って。色々使い道がある事を知って欲しいんだ。」と鍋をポンポンと叩いた。

「また何か新しいものを作るんですか?」とマレーナがずいっと寄ってきて聞いてきた。

「それよりカルボナーラは口に合った?」

「合いましたよ。さすが私の好みを熟知しているコーヅさんだけはありますね!」

 また適当なことを言っていると苦笑しつつ聞き流した。

「明日は本番だしその前に出汁の使い道を知って欲しいから。」と答えて「さ、俺たちも一度野営地に戻ろうか。」と俺はカルボナーラを盛り付けてある皿を持った。そして手分けをして使い終わった鍋やボウルを持って野営地に向かって歩きだした。

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