第89話 総務の矜持

 ティアはポテチ作りをリタイアするそうだ。分厚いポテトフライを口一杯に頬張っている姿を見ると、それも止む無しかとも思った。

 マレーナはそれについては突っ込めないのか突っ込む気が無いのか、ティアの隣で自分が作った山盛りのポテチをパリパリと食べ続けている。

 俺の方は村の女性たちの屋台にも顔を出して、ポテチを試食させてもらった。どれも薄く切られており、しっかりと揚がってパリッとした食感がある。


「こんなに上手ならすぐにでも販売できそうですね。」と近くにいた村娘に声をかけた。

「どうかしら?」と村娘は首をひねりながら隣の村娘を見る。

「うーん、売るって言っても簡単じゃないわよねぇ。」と言って腕を組んだ。

「そうよね。ちょっとまだ自信無いです。」

「充分美味しいと思いますけど……。」と答えて、俺はどうすれば販売できるようになるかを考えてみた。

 作る環境は揃ってるし、珍しくて美味しい食べ物なんだから売ったら売れるはずだと思う。それなら……

「今日、皆さんが作るポテチを全部俺に売ってもらえませんか?」

 

 アリアのロックバードがどれだけ食べるか分からないけど、あの体の大きさだからどれだけあったって余るって事は無いと思う。ただ手元にお金が無いので、誰かに借りないといけない。


「本当に全部買い取って貰えるんですか?」

 村娘たちは喜びながらも、信じきれないといった表情だ。

「はい。」

「やったぁ!」と村娘たちがお互いに手を取り合って盛り上がった。

「それならやってみようよ。」

「コーヅさん、今からでも良いんですか?」

「もちろんですよ。」

 そう言うと俺はロックバードのくちばしが入りそうな大き目な石の箱を作った。ちょっと重たくて女性たちが扱うのは大変なので作業する屋台の内側に置いた。


「結構大きいですね。これはアズライトに持って帰るんですか?」

「ロックバードに食べさせたいので、どれだけあっても多分食べてくれると思います。」

「ロックバードってあの大きな鳥ですよね?危険じゃないんですか?」と心配そうに村娘が聞いてきた。

「この村に飛んでくるロックバードに限れば大丈夫ですよ。アリアというあそこでポテチを揚げている茶髪の女性とコミュニケーションが取れているので。」と俺がアリアを指を差すと、女性たちは納得して安心した。

「でも本当に危険じゃないなら私もロックバードにポテチをあげてみたいな。」と言うと、隣の村娘が「ポテチと腕を一緒に食べられちゃいそう。」と言って笑っていた。

「ところでこの箱分のポテチっていくらですか?この世界の貨幣価値が全然分かってなくて。」と聞いてみた。


「そうねぇ、私たちは1日働いたら大銅貨3枚くらいかな。」

「それならここに居る皆さんで作っていただくとして1箱で小銀貨3枚でどうでしょうか?」

 ここには7人の女性たちが居るので日当と材料代でザクッと計算して、少し色を付けて提案してみた。

「それはちょっと貰い過ぎじゃない?嬉しいけどさ。」

「これで皆さんがポテチ作りに慣れてくれれば良いんです。そうしたら自信持って作って売れるようになるじゃないですか。」

「何で私たちにここまでしてくれるんですか?」

「何で……って?」

 俺は答えに詰まってしまった。総務は周囲の人が幸せになるように考えて動くべきって思ってるから、改めて理由を聞かれても咄嗟には上手く言葉にできなかった。

「まさか私たちの誰かの事を好きになったとか?」「きゃーー!」と俺が答えに詰まったことで勝手に盛り上がり始めた。


「お前たちがコーヅさんの相手になれるわけがないだろう。」と隣の屋台から貫禄ある女性がため息混じりに出てきた。

「もう!夢見るくらい自由でしょ。」と村娘は水を差されてことを頬を膨らませて抗議している。でも俺なんかで夢を見れるのか?と嬉しいよりも不思議な気持ちになる。

「この娘たちの事は放っておいてくださいね。ポテチは私たちがしっかりと監督して作りますので。」

「よろしくお願いします。あとで様子を見に来ます。」

「ぶぅ〜!」と村娘たちが膨らませた頬から抗議のブーイングが発せられた。

「お店で売リ出せば衛兵たちもきっと買いに来ますし。」

 昨日の衛兵たちの様子だと買いに来てくれると思うんだよな。

 そして小銀貨を調達するためにアリアとシュリの屋台に戻った。


「順調に作れてるね。」

「うん、順調だよ。」とシュリが油の中を泳いでいるポテチを掬い上げながら答えた。

「あのさ、お金借りたいんだけど誰に相談したらいいんだろう?」

 アリアとシュリは顔を見合わて「隊長?」「隊長かな?」と確認し合っていた。

「コーヅのお金なら私が少し持ってるよ。いくら欲しいの?」と隣の屋台からティアが話しかけてきた。さすがティアだ。寝坊して何も持たずに参加した俺とは大違いで頼りになるな。


「小銀貨3枚なんだけど……。」

「それなら足りるわね。5枚持ってきてるから。」

 人に借りる必要が無いことが分かって安心した。

「良かった、本当に助かるよ。」

「で、なんでお金が必要なの?」

「村の人たちに練習を兼ねてポテチを沢山作ってもらって、それをロックバードに上げようかなって。」

 アリアがロックバードと聞いて驚いた表情をこちらに向けた。

「そんなの悪いですよ……。」

「俺がやりたいと思う事とやってるだけだし。」

「コーヅくんは本当に世話焼きだよね。」と、シュリは呆れ顔を俺に向けるが、シュリに言われたく無い。

「俺はシュリほどじゃないと思うよ。」と俺は実感を込めて首を振った。

「いやいや、私なんてコーヅくんの足元にも及びませんよ。」とシュリは顔の前で手を振る。

「何をおっしゃるシュリさん。俺の方こそシュリさんの足元にも及びませんよ。」

「いやいや何をおっしゃる。」

「はいはい、じゃれ合いはそこまでにして。私はお金を取ってくるね。」

 ティアは俺たちの掛け合いを止めると、最後にポテチを1摘まみしてから野営地に戻っていった。

 

 マレーナは最初見たときからはだいぶ減ったポテチの皿を持つと「私もイメールくん達に差し入れしてきます。コーヅさんも一緒に行きません?」

「あ、行くよ。」

 俺はマレーナから皿を受け取ると、集会所で作業をしているイメール達の元へ向かった。集会所自体ははすぐ近くにあるが、入り口までに少し距離がある。


 それにしても昨日までとは明らかに外観が変わってきている。言うなれば、ただの石の塊だったものが建築物として存在しているくらいに違う。そのせいか俺が作ったという気持ちが全く湧いてこないし、むしろ何か心に黒っぽい嫌な感覚が湧いてきていることを感じる。


「何か昨日と外観も全く違いますね。」とマレーナも俺と同じ事を考えていたようでポツリと呟いた。

「うん、すごく立派になったと思う。」

「本当に立派な劇場になりましたね。」

「うん、立派な集会所だね。」とマレーナの間違いは訂正しておいた。


 イメールやショーンは集会所の入り口付近に装飾を施している。細かな装飾をやる余裕は無さそうで波打たせるなどシンプルで効率の良い加工をしている。


「おーい、イメールくーん!差し入れだよー。」


 マレーナの元気な声にイメールとショーンが振り返った。イメールの顔には既に1日働き終えたような疲労の色が色濃く浮かび上がっている。


「イメール……、疲れてる?」

「疲労困憊ですよ、コーヅさん。僕にこの劇場は大き過ぎますって。もう何本魔力回復薬を飲んだか分からないです。」

「領主様に見ていただける劇場を作ってるんだもの、頑張るのは当たり前よ。さ、私のポテチを食べて元気出して。」と俺から皿を受け取りイメールに差し出した。

「これが……コーヅさんの新作ですか?」とポテチを見て当惑した様子だ。見た目がチープってことか?

「そうよ、それを私が作ったの。」とマレーナは自慢げに答えた。そして「さ、さ、食べて食べて。ショーンさんも遠慮せずに。」と2人の方へポテチの皿を再度差し出すようにした。

 イメールはポテチを1枚摘まむと、食べずに目の前でくるくる回しながら見ている。ショーンは1枚摘まんでパリッと食べた。「うん?」と言ってもう1枚、もう1枚と食べた。その様子を見ていたイメールも手に持っていたポテチをパリッと食べた。「美味しい。」と言って次に次にと手を伸ばした。

 そんな2人の様子にマレーナも満足気な笑みを浮かべて見ている。


 そして俺は1人で集会所の中に入ってみた。そこには隅々まで丁寧に滑らかな仕上げ処理がされた劇場……ではなく集会所があった。


「すごいけど……」俺はポツリと呟いた。続く言葉には心の嫌な部分が込められるので言葉にはしなかった。

「中は完成してるって言ってましたよ。」と後ろからマレーナに声をかけられた。

 お互いに目の前の光景を言葉で表現するのが難しくてしばらく黙って見ていた。

「これは……相手にとって不足はありませんね。私たちも頑張りましょう!」とマレーナは腕を俺に向けて突き出して笑みを浮かべた。俺も笑みを浮かべると、マレーナの腕にクロスするように押し当てた。


 マレーナの明るさには救われる。この集会所を見て、気付かないうちに積み上がっていたプライドが折られた気がしたけど、人と比べても幸せはなれない。俺は俺でもっと頑張れば良いんだよな。

 俺は1つ大きく息を吐きだしてからマレーナの方を見て「マレーナ、衛兵の待機所がまだ途中なんだ。手伝ってくれる?」

「勿論ですよ。」


 俺とマレーナはイメールとショーンに「衛兵の待機所を作ってくるね。」と伝えて、北壁付近の作りかけの衛兵の待機所に向かった。


「これで屋根を作ったら出来上がりなんだけど、今は窓を付けられないから照明が無いと真っ暗なんだよ。」

「魔獣が襲ってきても大丈夫なように、窓は無くても良いんじゃないですか?」


 言われて気付いたが、確かにそういう考え方もあるか。


「それなら換気口は作るとして、窓無しの建物でもいいのか。」

「そう思います。先に屋根を付けてもらっていいですか?」

「あ、うん。」


 俺は待機所の外から壁に手を置くと、魔力を流して厚めの屋根を作り出していった。


「よし、それじゃあ照明を付けていくので手伝ってください。」

 そう言うと早速マレーナは光が入りにくく薄暗い待機所の玄関に立った。そして目を細めるようにしてしばらく周囲を観察していた。

 やがて「ここがいいかな。」と呟き、指を差して「コーヅさん、ここに光魔石の受け皿を作ってください。」と言った。俺は言われた場所に光魔石の置き場を作った。

 マレーナはそこに光魔石を載せて待機所を出たり入ったり他の部屋に入ったりして明るさを確認していた。


「うん、ここは大丈夫ですね。でもきちんとした照明にするには建築ギルドに頼んでガラス製の照明や魔道回路も付けてもらった方が良さそうです。」

「突貫工事だからできる事にも限りがあるよね。」

「できる範囲で頑張るしか無いですね。」と言うと執務室をイメージして作った部屋に入っていった。部屋の中は外からの明かりもほぼ入らず、真っ暗闇と言っていい。


「ここは4か所付けますね。」と言うとマレーナは俺に具体的な場所の指示を出し、俺はそこに照明の置き場を作った。マレーナが光魔石を照らして置くと部屋は明るくなりはっきりと見えるようになった。


 同様に客間や留置所、食堂や仮眠室などにも照明を付けていった。部屋は用途を想定しているが、部屋の大きさは違うけど、見た目はどれも同じでまだ何もない部屋だ。


「できましたね。」

「マレーナのお陰だよ。ありがとね。」という俺の言葉にマレーナはニコッと微笑んだ。


「はぁ、お腹空きましたね。」とお腹を触った。

「ポテチ食べたじゃない。」

 さっきだって大人しいと思ってたら、ずっとポテチを食べ続けてたし。

「働くとお腹が空くんですよ。」

「なら、今から作ってみようと思ってる俺の得意料理をごちそうしようか?」

「ホントですか!?やったぁ!」

 マレーナは飛び上がらんばかりに喜んでいる。そして「コーヅさんの手料理手料理♪美味しいものが食べらっれるぅ〜♫」と歌い始めた。恥ずかしいので止めて欲しいけど、マレーナが楽しそうだからとりあえず良いのかなと生温かく見ていた。


 カルボナーラがマレーナの口に合うと良いんだけど……。ちょっとハードルが上がっちゃったな。


 俺たちはカルボナーラの材料を貰うために、野営地に向かって街道を戻っていった。

 

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