第64話 コーヅの二つ名

「オーガってどんな奴らだった?」

「マジでデカい。俺たちの倍くらいあるって。」

「リーチとか全然違うじゃん。どうしたんだよ?」

「森の中だとそれが逆に邪魔しててさ。」

「ああ、そういうことか。」


 今朝も周囲の話し声で目を覚ました。会話の内容はオーガ一色だ。

 まだ薄暗く朝もやがかかっている。でも今朝の目覚めがいいのは、しっかりと睡眠が取れたからだと思う。


「おはようございます、コーヅさん。」

 声の主に目を向けると、そこには後衛班のマレーナが立っていた。

「おはよう。」

「できたんですよ!青い光が!」

 マレーナが興奮気味に報告してくるが、寝起きの鈍い頭には何の光のことなのか、話が繋がってこない。

「すごいじゃない。」と、適当に答えながら俺は記憶を辿っていく。光、光、……はて?

「はい!見てもらえますか?」

 俺の頭に疑問符が浮かんでいるとは思っていないマレーナは嬉しそうだ。

 そしてマレーナが俺の方に手を差し出した。その上には小さな魔石が載っている。すると手のひらが青く輝き始めた。

「おぉ、凄い。本当に綺麗な青だね。宝石みたいに綺麗。」

「やだ!」とバシッと肩を叩かれた。痛い……。「そんな嬉しい事、言わないでください。今日は緑色を練習してみますね!」と言って走り去っていった。

 朝から元気良いな、と走り去るマレーナを眺めながら思った。


 でもマレーナのお陰ではっきりと目が覚めた。今日は朝風呂に入らなくても良いかな。

 俺は立ち上がって伸びをした。そして朝食をすませ、片付けを手伝うという朝のルーティンをこなした。


 よし!今日も頑張って外壁を作っていかないとな。


 この頃になると朝もやも晴れて、蒼い空が色鮮やかに広がって見える。この朝の涼しい時間帯に作業を進めたい。そしてできることならシエスタ制を取り入れて、暑い時間帯は昼寝して過したい。

 でも1人では危なくて作業できないので、まずはショーンやイメール、ティアやシュリを探して歩いた。

 

「おはよう、シュリ。」

 シュリは食器を集めて歩いているようだった。俺はそんな後姿に声をかけた。

「あ、おはよう、コーヅくん。」

 シュリが高く重ねた食器を持ったまま振り返ると、バランスを崩した食器がフラフラと揺れた。

「おっとっと。」と、言いながらシュリは食器を押さえる。

「手伝うよ。」

 俺はシュリの胸の前で重ねてある食器から何段か取り上げた。

「ありがと、助かるよ。あ、ティアちゃんは朝風呂に入ってみるって行っちゃった。」

「ティアが?」

 ティアが朝風呂を気に入っていたとは思ってなかったけど、嬉しいな。

「どうしたの?もう作業を始めたいの?」

「外壁があるとオーガが攻めてくるエリアを絞れるって言われてね。だから少しでも早く作りたくて。」

「偉い!私もその心意気は応援するよ。」


 シュリと会話を交わしながら、食器を集めていると、ショーンとイメールも見つけられた。そして4人で手分けをして食器を集めると、それらを洗って空間収納袋に片付けた。


 ひと仕事を終えた俺たちは近くの階段に座ってティアを待っていた。


 空を見上げると雲がゆっくりと流れている。足元では草が風に揺られている。村人が農作業を始めた。大きくない畑にバケツのようなものから水を撒いている。長閑で平和な田舎の光景だ。


 しばらくすると鼻歌交じりに上機嫌のティアが戻って来た。

「はぁ、すっきりした。朝から入るお風呂も良いものね。」

 ティアは上気した頬を暑い暑いと手で扇いでいる。それはいつもの幼さが抜けない表情に色気が加わり、一瞬目が奪われてしまった。俺は駄目駄目と心の中で首を振り、自分をごまかすようにティアに話しかけた。


「でしょ?朝風呂は良いよね。ティアも分かってるね。一緒に朝風呂文化をジルコニア王国全体に広げていこうね!」

「大げさねぇ。」

 ティアのやれやれという表情にいつものティアを見い出せて安心した。


「はいはい。お喋りはそのくらいにして、そろそろ作業に行こうか。」

 パンパンと手を叩いたショーンに話を切られた。俺は少しティアに混乱していて、おかしなことを口走りそうだったのでホッとして立ち上がった。


 昨日の続きから作業は始めることになる。森との境界には1段目の途中まで作られた水晶の白い外壁が佇んでいる。

 

 よしっ!今日の目標はここを作りげることだ。


 俺は早速作業を再開した。俺が作業を始めると、皆も俺の近くで木々を伐採し始めた。

 

 俺は調子良く外壁作りの作業をしていた。

 

 その時だった。

 

「コーヅ!!逃げて!!」


 誰かの俺を呼ぶ声に目線を上げると、俺をこん棒で殴りつけようと振りかぶっている大型の人型魔獣が居た。


 ……!?


 何を考える間もなく、こん棒が振り下ろされてきた。

 

 あ……死ぬ


 俺は咄嗟に作り中の壁に全力で魔力を込めて、鋭利な水晶を前方全方位に突き出した。

 

「コーヅ!!」


 誰かの悲痛な叫び声が聞こえた。不思議と痛みがないが、頭からは血が止めどなく滴り落ちてくる。そして周囲にも大量の血が巻き散らかされている。


 俺はここで死ぬのか?家族に会えないままに……

 

 俺はこれから行くことになる天を仰ぎ見た。


 そこには澄み渡った蒼い空ではなく、無数の水晶で串刺しになり、宙に浮いている3体の人型魔獣の姿があった。魔獣は目を見開き全身から血を滴らせながら俺を睨んでいる。 

 俺は腰を抜かしたようにその場にへたり込んだ。


 その瞬間、戦闘開始のファイアボールが打ち上がった。

 

「オーガだ!村を守れ!」

「こっちのフォロー頼む!」

「村の入口を固めろ!」


 あちこちで怒号が飛び交う。そしてショーン、ティア、シュリは文字通り俺のところに飛んできた。


「コーヅ!!」


 へたり込んでいる俺をシュリが守るように剣を構える。ショーンとイメールが近くのオーガに斬り掛かった。ティアは俺たちを守るようにドーム状のファイアウォールを作り出した。


「あ、……ありがとう。」


 俺はあまりの事に喉が貼り付くほどにカラカラに乾いていて、うまく言葉を発することができなくなっていた。


「ごめん!コーヅくん。」

 シュリは剣を構えながら俺に謝ってきた。ティアはファイアウォールを維持しつつ、ファイアボールを放っている。


 グオオオォォォ!


 ファイアボールが当たったオーガのうめき声が腹の底にまで響いてくる。

 そしてファイアウォールの向こう側で衛兵たちとオーガが接近戦をしている。しかしその動きの速さに、俺には何をしているのかよく分からなかった。ただ衛兵たちが優勢なことは伝わってきた。


 ティアは近付いてくるオーガに対して単発のファイアボールを放つ以外は守りに徹している。

 そして徐々にオーガは数を減らしていった。

 するとファイアボールが上空で破裂し、「オーガ逃走!」という声が聞こえた。

 しかしティアはファイアウォールは解かずにそのままだ待機していた。


 タイガーの「斥候!オーガの後を追え!住処を突き止めろ。」という指示が聞こえた。


 その声でティアもファイアウォールを解いた。周囲を見渡すとあちこちに体を切り刻まれ血塗れのオーガの死体が転がっていた。


 そして突然の襲撃で怪我人も出たようで、後衛班の人たちがあちこちで治療している。


 そしてショーンも怪我をしていて腕を押えている。赤黒く腫れ上がった腕からは血が滲み出ている。ショーンはふらふらと歩いて作りかけの壁に寄りかかるようにして座り込んだ。イメールは無事なようでショーンの元に向かおうとしたが、それよりも早くリーサが駆け寄って治療を始めた。


 俺たち3人はその様子を眺めていた。そしてシュリは体育座りで床に座り込んだ。


「ごめんね、コーヅくん。やっぱり私は駄目だな。結局、こういうところでボロが出ちゃう。」

 シュリは今にも泣きそうな表情でおでこを膝に付けるようにして下を向き、大きくため息をついた。


「私も同じよ。」

「でも、みんな大丈夫だったし。気にしないで。」


 シュリは1度顔を上げ「うん、ありがとう。でも自己嫌悪。はぁ……。」と、またおでこを膝に付けて下を向いた。

「ごめんね、コーヅ。」

 治療を終えたショーンも謝りに来た。その後ろにはイメールとリーサも居る。


「いや、そんなことないでしょ。ショーンも怪我をしながらも守ってくれたじゃない。ありがとう。」


 そこへ被害状況を確認しているタイガーが来た。そして俺が偶然討伐したオーガ達を見上げている。


「これは……すげぇな。文字通りの血祭りだな。この石槍はコーヅか?」


 俺はタイガーを見て、その周囲にいるショーン達を見た。そして「ん?お前らどうした?」と落ち込んでいるショーンたちに声をかけた。


「コーヅを守り切れず、危険に晒してしまったんです。」

「奇襲だったしな、戦場ではある事だ。」とさらっとタイガーは言った。

「しかし……」

 納得ができないショーンは食い下がった。

「切り替えろ。これで終わったわけじゃないんだぞ。」

「……」

「戦場では避け難い事だ。何が悪かったか、どうすべきだったかしっかり考えて反省して次に活かせ。」

 ショーンは俯き加減に話を聞いていた。そして小さく消え入りそうな声で、はいと返事をした。

 衛兵たちも落ち着いてきたのか、宙吊りのオーガを見に集まってきた。


「これをコーヅが?」

「まじかよ。」

「まとめて3体とか。」

「俺に逆らう奴はこうなる、ってか。」

「串刺しの上で宙吊りって見せしめか、コーヅって怒らせると怖えな。」

「これって何本あるんだ?百本か千本か?数えられねぇな。」


 咄嗟の対応でできた偶然の産物なのに話が大きくなっていってる。


「あの!そんなんじゃないんです。俺、無我夢中で魔力を放出しただけで。槍を作るとかそういうつもり無かったし。」と俺は訴えるが、そんな俺の訴えなんて誰も聞いていない。


「そうだな。コーヅには千本槍の二つ名をやろう。」とタイガーがニヤリと笑った。


 話を大きくしないでよ、と思ったけど時すでに遅し。


「おぉ、カッコいいな。千本槍のコーヅか。」

「よ!千本槍のコーヅ!」

「千本槍のコーヅを怒らせると、俺たちも串刺しの上で宙吊りだぜ。気を付けろよ。ガハハハ。」


 は?何なのこの展開は。


「千本槍のコーヅか!カッコいい二つ名を貰いやがって。」


 ジュラルにバシッと背中を叩かれた。痛いよ……。


「千本槍のコーヅくんか。カッコいいね。」

 シュリも何だか吹っ切れたように笑顔を見せた。やっぱりシュリには笑顔が似合うと思う。


「千本槍か。カッコいいね、コーヅ。」

 まだ引きずっている様子のショーンは力無く笑う。その隣ではティアが二つ名のネタに触れたく無さそうに俯き加減に黙っている。


 でもみんなもこのネタで気持ちの切り替えができたなら良かったのかな。


「千本槍のコーヅの事は一旦置いておけ。」

 タイガーがここで会話を終わらせた。

「コーヅ、あのオーガを下ろせるか?それから少し休憩したら外壁を作ってしまってくれ。魔力回復薬は何本使ってもいい。」

「分かりました。」

 俺が答えると、タイガーは頷いて次のオーガの討伐場所に向かって歩いていった。

 俺はタイガーの背中を見送ると、すぐに作業に取り掛かろうと壁に向き直った。明るいうちにとにかく作り切ってしまいたい。


 でもその前にオーガを下ろさないといけない。……まだ睨まれてる。死んでいると分かっててもやっぱり怖い。

 俺はそれ以上は見ないようにして石の槍を消した。オーガがドスンと鈍い音を立てて落ちてきた。血溜まりの中に死んだオーガが重なって倒れている。その絵は俺には耐えられなかったので「ごめん。」と言い残して離れた所に移動した。

 

 うぇぇぇ、気持ち悪い。


 吐くまではいかなかったが、あのオーガを片付けてもらうまでは戻れそうもない。


 たまにチラッとオーガを片付ける様子を見ながら綺麗にしてもらえるまで待っていた。


「コーヅ!終わったぞ。お前がやっといて、なんでビビってるんだよ。」


 あちこちから笑われながら俺は事故現場へと戻った。まだあちこちに血の跡はあるけどだいぶ綺麗にしてもらえたので作業を再開できる。でも早くここからは離れたい。


 俺が作業に取り掛かったのを見て、ショーンやイメール、ティア、シュリも俺の近くで作業を始めた。

 そして手が空いている何人かも手伝ってくれた。伐採を手伝う人、壁の外側で俺を守ってくれる人。すごく有難いし何より気持ちが嬉しい。

 俺は安心して、そして張り切って作業を続けた。


 段取りは昨日と同じで4段構成で作っていく。1段目の残りをまず作り上げた。そして魔力回復薬を1本全部飲み切った。そして2段目も魔力を強めに出しながらハイペースで作業を進めていった。

 ドーピングの効果もあり、昨日よりも早いペースで作業が進んでいく。2段目、そして3段目と作っていく。


「コーヅ!お昼ご飯にしましょ。」

 下からティアに声をかけられた。俺は魔力を止めて額の汗を拭った。


 ふと配膳場所を見ると既にご飯を食べ始めている人たちが居た。そして伐採している人たちも手を止めて食事に向かっている。

 俺もしょくのために階段を下りていった。

 そして俺を守ってくれていた衛兵たちにもお礼を伝えた。


「いいって事よ。オーガも逃げてったし、俺にできる事なんてコーヅの御守くらいだからな。午後もちゃんと守ってやるよ。」

 そう言うと、衛兵たちは食事に向かっていった。俺はその後ろ姿を見送っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る