第63話 排水口は先に作るべきでした
「まだ帰って来ないのか。」
俺は誰にともなく呟いた。タイガーたちは朝から遠征に出たきりで、まだ戻っていないようだ。
「そうね……。何事も無いといいんだけど。」
ティアも心配そうに森の方に目を向けた。そこには暗く静まり返った森が広がっている。タイガーたちが戻ってくるような気配は微塵も感じ取れない。
「理由が無いのにこんな時間になる事は無いと思うし、心配だな。」とショーンも同意見な様だ。
「皆様。」
サラがリーサを引き連れて歩み寄ってきた。
「タイガー隊長が戻られておりません。いつ何が起きても対処できるように準備を怠らないようにお願い致します。」
今はエイラが指揮官代理だ。でも凛としたサラの立ち振る舞いは指揮官と間違えてしまいそうになる程の貫禄がある。
俺たちは何をするにしても、まずは食事を済ませようとみんなで一緒に配膳場所に行った。
「食事をいただけますか?」
「はい、どうぞ。」
皿に手早く肉野菜炒めと唐揚げを盛り、パンを2切れ載せて渡してくれた。
「すみません、本当は俺も配膳を手伝わないといけないのに。」
「何言っているのよ。あなたはあなたにしかできない事をやっているんだから。私たちも大浴場を楽しませてもらっているしね。でも……今日は入れるか分からないわね。」
後衛班の女性は不安げな表情で北の方に目を向けた。俺も釣られるように同じ方向を見たが、そこには暗闇が広がっているだけで何も見えない。
俺は盛り付けられた皿とフォークを持ってテーブル席に座った。みんないつもと違い、あまり喋らずに黙々と食べているからテーブル席の回転が早いのだ。
そして床の階段に腰掛けて剣の手入れなどしている。その真剣な面持ちに俺の心も引き締まってくる。
そこへティアが食事を持って来た。
「珍しいわね、テーブル席が空いてるなんて。」
「みんないざという時に備えてるみたい。」
俺は剣の手入れに勤しんでいる人たちを見た。するとティアは「あぁ。」と興味なさそうな返事をした。
そしてそこへショーンとシュリが来て座った。
「今日はよく働いたからお腹空いたよ。コーヅを見ていたら頑張らないとって思っちゃってさ。」
ショーンはお腹を押さえて笑っている。その笑顔は辺りを覆う空気感と対照的で、まるで今の状況が他人事のようにも見えた。
「でも、コーヅくんは壁で周りを囲って外から見えないようにして寝てたよ?」
「ははは。昼寝してたって、あの壁を1日で作るんだから凄いよ。」
シュリまでさっきのネタをほじくり返していじってくる。そもそも横になってただけで寝てなかったし!
……でも何なんだろう?すごく違和感がある。
「ずいぶんと呑気な感じがするけど、大丈夫なの?」
「戦いの前はそれぞれのスタイルがあるから。勿論、緊張している人もいると思うけど。」
「そっか、そういうことか。」
納得した。リラックスした方が力を出せるということか、よっぽど自信があるかのどっちかってことだな。
「昼寝しながらあの外壁を作られたなんて、コーヅ様は本物の天才ですわ。国王様の耳に入ろうものなら召し上げられてしまいますわね。」
サラが俺の後ろからネタを蒸し返すように会話に入ってきた。食事はリーサが2人分持ってサラの斜め後ろに控えるようにしている。
俺とショーンが並んで座っていて、向かい側にティアとシュリが並んで座っている。
サラがティアとシュリ側に座り、リーサはショーンの隣に座った。
「それは嫌ですね。俺はまだアズライトから出たくないですよ。」
俺はアズライトでやり残したことが多くて、王都に行きたいという気にはなれない。勿論、王都には情報が集まりやすいし、日本人のシンが居て話が聞けるので、いつかは行かないといけないと思ってはいる。
「でも本当に国王様から召喚されたら、お断りすることはできませんわ。」
サラは俺を見据えている。言いたいことは分かる。逆らうな、ということだろう。
俺は黙って頷いた。俺は権力に逆らうつもりは全く無い。俺は人に助けてもらえないと生けていける自信がないし。
その時だった。
ザッザッザ
遠くから行軍と思われる足音が聞こえてきていることに気がついた。それは暗闇の先にある森の方からだ。
みんなもその音に気付くと食事を止め立ち上がった。そしてショーンとシュリが音の方に一歩踏み出す。その反対に俺とサラは一歩下がる。その左右にリーサとティアが立った。
俺も身体強化をして待機した。俺の場合は逃げるための身体強化だけど。
足音は一定のリズムを刻んで近付いてくる。タイガー達だと思うんだけど。だけどそれが確認できるまでは、衛兵たちが気を緩めることは無い。それが文字通りの命取りになるからだ。
しかし緊張した時間は長くは続かなかった。予想通りのタイガー達だったからだ。タイガー達は南門前まで行軍を続け、そこで止まった。そしてそのままタイガーが「集合!」と全体に集合をかけた。
俺たちは急いでタイガーの元に走った。
「遅くなってすまなかった。これから今日あった事、これからの事を伝える。」
1体のオーガと生息地よりかなり南で鉢合わせてしまい討伐した。
オーガは群れて行動する為、近くに他のオーガがいると考えて、行軍速度を落として周囲の警戒を強めた上で、そのまま北進を続けた。
しかしその後はオーガに遭遇することも無くオーガ生息地に入り、そのまま探索を続けていたが見つけることはできなかった。陽が真上を過ぎた頃、北進を止めてプルスレ村に戻ることにした。
プルスレ村の場所をオーガに悟られないように遠回りして帰っている道中で後ろから5体のオーガに襲われ戦闘になった。
全て討伐したが複数の怪我人も出した。その後も周囲を警戒しつつ遠回りして戻って来たので予定より時間がかかってしまったそうだ。
迂回して帰ってきたものの、プルスレ村の場所はオーガに把握されていて危険な状態と想定することになる。明日は村を手厚く守りつつ、少数で引き続き北方の情報収集を続けるそうだ。
明日の北方遠征者には緑分隊長のフェルディナントやヴェイなどが入っていた。衛兵の中でも強い人たちで編成されている。
そして俺にも名指しでオーガから村を守るため外壁作りが指示された。そしてショーン、ティア、シュリ、イメールに俺のサポートと警護が指示された。
今夜の村の周辺の警戒は前衛班を手厚く配置する形で実施するそうで、俺たち後衛班は火の番だけとなった。
そして解散となった。
後衛班は改めて夕食の準備に取り掛かった。
遠征班の人たちは「疲れたー。」と言いながら夕食を取りに行っている。俺も彼らに少しでも疲れを取ってもらいたくて、お風呂の準備をしようと大浴場に向かった。
「一人でどこに行くの?」とティアに声をかけられた。
「大浴場にお湯を張ろうと思って。」
「……まさか女性用のお風呂も?」
ティアの表情が曇った。
「え?うん、まだ排水口とか作ってなくて、昨日もそうしたよ。」
「ねぇ、コーヅ。あなたが女性用のお風呂に入るなんておかしいと思わない?」
ティアが問い詰め口調になっていると感じた。俺は平謝りの態勢に入る。
「はい、すみませんでした。」
「それに女性が使った浴槽に入るなんてデリカシーが無いと思わない?」
「はい、すみませんでした。」
「そんなの男性用のお風呂以上に気を使わないといけないと思わない?」
「はい、すみませんでした。」
「……まったく。私が確認してくるから待ってて。排水口を作る事だけやってくれれば良いから。」
「はい、すみませんでした。」
ティアに散々説教された。でもそういう時は歯向かわず、謂わせるだけ言わせておくに限る。
ティアが浴室に誰もいないことを確認してから俺を招き入れた。
浴槽の水は既に消されていた。俺は浴槽の端に穴を開けて排水口を作った。そして一度浴槽から出た。
「ティア、浴槽を水で洗い流してもらえる?」
「分かったわ。」
ティアが浴槽を水で洗い流している間に俺は排水口の蓋にする丸い球を作っていた。丸い方が水漏れが少ないので丸く丸くと念じながら球をなでるようにして整えていった。
ティアが浴槽を流し終えると、俺は丸い球をティアに渡して排水口の蓋にしてもらった。
「お湯を少し溜めてもらえる?」
ティアは俺と違って直接お湯を出して溜めていった。こういう合せ技は水魔術と火魔術の複合魔術というらしい。
「これで水漏れが無ければ良いんだけど。」
しばらく耳を澄まして様子を伺っていたが、特に水漏れの音は聞こえてこないので多分大丈夫だ。お互いに顔を見合わせて頷きあった。
「じゃ、俺は戻るね。」
そう言うと俺はそそくさと女湯を出た。するとそこにシュリが立っていた。
「もしかしてコーヅくん。……女湯を覗いてた?」
シュリは両腕で胸を隠すような仕草をして、一歩後ずさりをした。
「いやいや、違うよ。今はティアと一緒に入ってたんだよ。」
俺は誤解を解こうと身振り手振りを交えて必死に弁解した。
「ティアちゃんと……一緒に?」
シュリは何か汚いものを見るような目で俺を見る。俺の背中から変な汗が吹き出てくる。
「あ、いや。違うんだ!言い間違えた。一緒に掃除をしてたんだよ。お湯の張替えとかさ。」
「あははは!分かってるよ。」
そう言うとシュリはいつもの屈託のない笑顔に戻った。
何だこの茶番は。そう思うと疲れがドッと出た。
「こら、シュリ。コーヅで遊ぶのは良いけど、私を巻き込まないで。」
大浴場から出てきたティアが文句をつける。
「えへへへ。丁度いいタイミングでコーヅくんに会っちゃったから、ちょっとからかってみたの。」
くっ、こいつら。舐めやがって、などと言えるわけもなく。
まったく仕方ないなぁ、という顔をしてやり過ごした。
でも今回はからかわれただけだったけど、こういう誤解って本当に恐いな。全身から汗が吹き出たし、変な動悸もしている。今後は本当で気をつけるようにしよう。
「おー、女湯を覗いてたコーヅじゃないか。男湯でゆっくりと語り合おうか。」
声をかけられ、誰かと思えば俺が異世界転移して1番最初に警護をしてくれていたジュラルだった。
「だから覗いてないってば。」
「小さい事を気にするなって。行こうぜ。」
俺にとってはまったく小さい事じゃないけど。不満そうな顔をしたがジュラルは気にした様子もない。俺はジュラルに連れられ男湯に入った。男湯は既に賑わい始めている。
「散々だったよ。」と、俺は鎧を脱ぎながらジュラルに愚痴った。
「ははは。随分とからかわれてたな。」
全裸になった俺たちはシャワーを浴びると、浴槽に浸かった。
「ふぅぃぃぃ」
浴槽には数名の先客が居て、その中にはショーンの姿もあった。端整な顔立ちに、程良くついた筋肉。何度見ても彫刻みたいだと思う。
「大変な事になったね。オーガの一族全てが相手になるからね。全て討伐しない限りはいつまでも狙ってくるんだ。」
「そうだな。個体の強さも厄介だけど、あいつら連携しながら戦うからな。コーヅも気をつけろ。ま、お前はオーガを見たら全力で逃げるのが正解だ。」
でも、俺はそもそも目の前のオーガから逃げる事ができるんだろうか?という疑問は残りつつも、「分かった。きっと近くに居てくれるショーンの後ろに逃げるよ。」
そう答えると、ジュラルとショーンは苦笑しつつもそれが正解だと同意してくれた。
「ジュラルって明日は何するの?」
「俺か?俺は居残りで村の周囲を見回りだな。お前の事も気にしておくから安心して外壁を作ってくれ。」
「うん、分かった。頑張るよ。」
俺たちはその後もしばらく浸かってから一緒に風呂を出た。俺たちが着替えているとタイガーが入れ違いで入って来た。
「コーヅ、さっきあの北側の外壁を見てきたが、立派なもんだな。あれなら充分オーガを防ぐ事ができるだろう。明日からも引き続き頼むな。襲撃の方向を絞れればかなり対処しやすくなるからな。」
俺たちはタイガーと別れて大浴場を出た。そしてジュラル、ショーンとも別れて1人になった。これから寝床を探すのだ。俺は人が多い辺りの柔らかい草場を選んで早々に横になった。
ここのところ、朝から晩まで魔力を使い続けているので横になると疲れが一気に襲ってくる。今夜は見回りの必要が無いので朝までゆっくり寝られるな。
空を見上げて、プラネタリウムみたいな星空だな。俺はそんな感想を抱いた途端に眠りに落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます