第62話 北面の外壁作り

 俺たちは作業を再開するために北の壁に向かって歩いていた。

 足元は開墾中であちこち穴が開いているので、転ばないように注意が必要だ。周辺には掘り起こされた木の根っこが放置されている。


「おーい!おじさーん!」

 

 男の子の声に振り返ると、村の子供たちが駆け寄ってきた。


「ねぇねぇ、おじさん。秘密基地を作ってくれる約束は?」


 あ……すっかり忘れてた。でもどうしよう?壁作りの作業をしてからだと夜になっちゃうよな。でも村を守るための作業だし。うーん……


「よし、これから作ろうか。」

 俺に代わってシュリが笑みを浮かべて答えている。

「うん!」

 子供たちの表情がパッと明るくなり、元気で嬉しそうな声が返ってきた。そういう表情を見てしまうと、今更後回しなんてことは言えない。


「先に行ってて。子供の遊び場を作ってからすぐに向かうから。」

「子供の相手なら私に任せて。」とシュリは張り切っている。

「私たちは伐採をしてるわ。」というティアにショーンとリーサが頷いた。


 その場で別れて、俺とシュリは子供と一緒に村へと向かった。そして子供たちの秘密基地に招待してもらった。

 そこは小屋の裏手にあって大人の目が届きにくいような場所で、そこには自分たちで集めてきた木々を組み立てて使って作った小さな秘密基地があった。


「おー、すごいじゃないか!」

 シュリが少々大げさに褒めると、子供たちは満更でもないドヤ顔を見せながら「でしょ?」と答えた。


「よし、そしたらおじさんがここに秘密の遊び場を作るよ。」


 俺は秘密基地の前に子供たちよりも高いくらいの小さな山を作った。でもそれは全く秘密にはできないような、周りからよく見える場所だけど。

「わぁ!」

 子供たちは感嘆の声を上げたと思うと、一目散にその山に走って登った。

「こらこら、まだこれからだよ。」

 そう言って子供たちを山から下した。そしてその山に階段と幅の広い滑り台を設置した。

 子供は1つ何か作るたびに「おぉ」と言いながら今にも駆け出しそうにしながら見ている。実際に走り始める子はシュリが「まだだよ。」と手を引っ張って止めている。そんな子供たちの声に他の子どもたちも集まり始めた。

 俺は最後に小さな山にトンネルを堀った。


「これで良い?」

「うん!おじさんって天才じゃん。ありがとう!」と言うや否や子供たちが山を駆け上ったり、トンネルをくぐったりし始めた。

「さすがコーヅおじさん、凄いね。」

 

 ……冗談だと分かっていてもシュリにおじさんと呼ばれるとショックだな。


「日本にこういう子供の遊具があるんだよ。それを思い出して作ってみただけだよ。」

「ニホンって本当に何でもあるのね。」

「そうだね、物は揃ってるね。でもこういう自然や無邪気な心は減ってきているかな。」

「そう?コーヅくんはまだ無邪気な心を持っているように見えるよ。」

 シュリはそう言うと脇腹を突いてきた。俺はビクッと反応しながらも「シュリからそう見えてるなら良かったよ。」と答えた。

 

 俺たちは子供に手を振って別れて、北の壁がある作業場へと向かった。

 シュリはティアと合流し、俺の近くで周囲を確認しながら伐採を始めた。そして俺は午前中からの続きで壁に高さを持たせるための作業を続けていった。


 2段目を作り終える手前まで来た。2段目の高さで昨日作った石壁と同じくらいだ。だから倍の高さで作るとなると、4段構成で壁を作っていけば良いことになる。

 2段目を作り終えるためには俺自身が邪魔になるので、一度地上に飛び降りた。

 身体強化をしていると、ガシャンという鎧の大きな着地音の割に衝撃を感じなかった。こういうものなのか、と改めて感心した。

 そして地上から少し強めに魔力を流して2段目を仕上げた。


 次に3段目を作るためには2段目に上る必要があるけど、俺には階段が必要なので、手すり付きで作った。


 階段で上り、3段目の作業を始めるが、この高さになると足がすくんで立ち上がれない。これは心の問題なので、身体強化したら大丈夫とかそういうことではない。

 俺はまず両脇に柵を作るという安全対策から始めた。そして柵を作った後は奥側から壁を作っていく。そうしないと最後には奥に閉じ込められてしまい、身動きが取れなくなるからだ。


 俺は壁を作り始める前に座ったまま魔力回復薬をひと口飲んで休憩を始めた。そのまままゴロンと倒れ込み、澄み渡った蒼い空をぼんやりと眺めた。周囲の安全壁のおかげで森の伐採や掛け声は遠退いた。


 長閑だなぁ。


 ここで目を閉じるとそのまま寝てしまう自信がある。寝ちゃいけないけど、目蓋の重みが増してくる。


 ここで起きないと駄目だ。でも少しだけ目を閉じたいなぁ、と内なる戦いを繰り広げていた。


「あー、コーヅくんがサボってる!」

 慌てて声の方を振り向くと、シュリが階段から顔を覗かせている。

「違うよ。少し休憩してるんだよ。これだけ壁を作ると疲れるんだよ。」と、体を起こした。

「えー、本当に?壁が広がっていかないから怪しいと思ったんだよなぁ。」

 シュリの目は明らかに俺を疑っている。

「本当に本当だよ。」

 俺は信じてと真剣な眼差しで訴えるが、シュリからは疑いの眼差しを向けられている。

「ふーん。ま、どっちでもいいけどさ。じゃ、これから頑張っていこう!」

 

 全く信じてないな……。


 俺はシュリに追い立てられるようにして、立ち上がって作業を再開した。

 シュリはしばらく一緒に居て作業を監視していた。そしてできあがってきた3段目に駆け上がろうと、俺の横をすり抜ける時に藍色のポニーテールがふわっと俺の頬をくすぐった。

 

「壁も高くなったけど、やっぱり木のほうが結構高いね。」

 3段目からシュリは下を覗き込むようにして声をかけてきた。

「あと1段分は高くするけど、木から簡単に外壁を越えられちゃいそうなんだ。」

「結構外壁からは離さないといけないのか。」

 そう言いながら、シュリは外壁と木の距離を目測していた。


「んー……大体分かった。」と言ったかと思うと、シュリは地面に飛び降りた。


 身体強化をしているから大丈夫なんだろうと思っても、この高さから人が飛び降りるところを見ると瞬間的に背筋が凍るような怖さを感じる。


 3段目も奥から手前に壁を埋めていき、階段付近まで戻ってくると、踊り場と階段を作って最上段の4段目に上れるようにした。


 いよいよ最上段の作業となる。ここでもまずは安全対策だ。俺はまず周囲に安全柵を作っていった。そしてこれまでと同じように奥から壁を埋めていった。段々と陽も傾いてきて、俺の作業は時間との勝負になってきた。

 俺は一度手を止めると、額の汗を拭った。そして魔力回復薬をひと口飲むと、すぐ作業に戻った。そして4段目の最上段を作り終えると、同じように踊り場と屋上までの階段を作った。


 そして1段1段を噛みしめるように上って屋上に出た。屋上に踏み出すと風に吹かれた。俺は慌てて手すりを掴みしゃがみ込むようにした。

 

 怖い……


 もう下を覗くことすらできない。俺は四つん這いでまず安全対策の柵を作っていった。柵が作れたところで、やっと立ち上がった。


 一応、これで終わりだ。あとは誰かに確認して合格を貰わないといけないが、まずはこの景色を愉しもうと周囲を見渡した。


 森の方を見ても木の方がまだまだ高いので景色はあまり変わらない。少し空が広くなったくらいだ。そして足元では沢山の人が伐採を続けていて、外壁と森の間に20〜30m程の距離ができている。でもどのくらいの距離が適正なのか俺にはさっぱり分からない。

 ふと伐採している人たちの中にショーンとリーサがペアで作業しているのを見つけた。

 ショーンが手早く切り込みを入れると、反対側からリーサが木を押し倒す。流れるような動きで、あっという間に1本切り倒した。

 

 このまま距離が縮まっていくと良いな。


 そう思いながら今度は村の方に目を向けた。ここからは敷地全体を見渡せる。切り株を取り除き、岩を運び出している衛兵や村人たち、そして農作業をしている村人、子どもたちに作った遊び場も見える。もう遅い時間だからか子どもたちの姿は見えなかった。


「できたのー?」

 ティアの大きな声が足元から聞こえてきた。

「できたよー!出来栄えの確認をお願いしても良い?」

 俺も下に居るティアに向けて大声で返した。

「オッケー!」という返事と共にティアだけで無く、シュリ、ショーン、リーサの4人が階段を上り始めた。上から覗くと1人のイケメンが美女3人を連れているように見える。

 

 くっそー、陽キャどもめ。


 やがて4人は屋上に到着した。風に煽られ女性たちの長い髪の毛がなびいている。女性たちは面倒臭そうにかき上げている。


「ここが完成したら次の外壁作りに移りたいんだ。」

「どうしたの?さっきまでサボってたのに。」とシュリにいじられる。

「1日でこれだけでしょ。南北方向はもっと距離も伸びるから、今日のうちに少しでも作っておきたくて。」

「確かにね。私たちも伐採範囲が広がるから忙しくなりそうね。」

「僕たちがこの外壁は見るからコーヅは次の壁を作り始めて良いよ。」

「うん、ありがとう。でも俺の方も誰か見ててくれる?」

「私が行くわよ。私は衛兵じゃないから壁の良し悪しは良く分からないし。」とティアが手を挙げてくれた。


 俺とティアは3人を残して階段を下りていった。

「コーヅも1日でこれだけの壁作れるようになったってすごい魔力量よね。」とティアが感心するが、俺も同感だ。この体からどうやってこれだけの物が生み出せたんだろう?と不思議に思う。


 北側に続いて作るのは、西側にしようと思う。大浴場もそうだし、衛兵たちも村の南西エリアにいる事が多いからだ。

 手順は北側と同じだ。先に終着地点まで線を引き、土の中に基礎となる土台を作っていく。森も朱く染まり始めている。時間との戦いだ。


 パキッ

 

 森の方からの枝が折れる音に俺はビクッと体を硬直させた。その瞬間にはティアが俺の前に居て赤い炎を腕に纏わせている。

 

 するとバキバキと音を立てて走って逃げていった。


「はぁ……、良かった。何だったの?」

 俺は大きく息をついた。

「感じ取れるほどの魔力も持ち合わせて無さそうだったし猪とかかしらねぇ。コーヅもこういう時は身体強化を忘れないで。」

 ティアに指摘された通りで、俺は身体強化すら忘れてただティアの後ろに立ち尽くしてしまっていた。


「そろそろ獣の活動が活発になる時間ね。急がないとね。」


 すぐに土台の上に1段目の外壁を作り始めた。まずは北側の外壁と繋げて、そこから南下していくように作っていった。


「コーヅ。」


 作業をしている後ろからショーンに声をかけられたので、作業の手を止めて後ろを振り向いた。

「森側の柵をもう厚くした方が防御力があがるかな。でもそのくらいかな。」


 言われて気付いた。確かにその通りで、俺は落下防止の事しか考えていなくて、攻撃を受けることまで考えていなかった。


「ありがとう。すぐに修正するよ。」


 俺は修正するためにショーンと一緒に北側の階段を上っていった。屋上からは夕陽が森に沈んでいく様子が見える。暗くなるまで時間が無いな。

 俺は外側の安全柵を厚くしていった。この作業自体は簡単なものだったので、時間をかけずに終わらせられた。

 ショーンも俺が柵を厚くしている間に安全策を確認してくれていた。お陰で俺が作り終えるのとほぼ同時に検査合格を貰えて北側の外壁が完成となった。


 陽が落ちるまでに時間が無いので急ぎ気味に階段を下りた。会談の下にはシュリやティア、リーサが待っていた。


「完成したの?」

「検査に合格したよ。」

「おぉ、おめでとう!」

「で?まだやるの?」

 ティアはどうせまだやるんでしょ、という目で俺を見ている。

「うん。陽が落ちて手元が見えなくなるか魔力が無くなるまで頑張るよ。」

 俺の答えにティアもシュリも苦笑いを浮かべている。

「あまり無理しないでください。」

 リーサが目線は反らしたままだけど声をかけてくれた。俺はリーサが話しかけてくれたことが嬉しくて笑顔で「ありがとう。」と答えた。


 俺はリーサに声をかけて貰えたことが嬉しくて元気を貰えたので、魔力を使い切る感じで急ぎ気味で作業を再開した。


―――

 

 太陽が木の陰に隠れて、すぐに暗くなりそうになったので作業を切り上げた。

 1段目の途中だけど、ここまで進んでいれば明日は西側の外壁も完成させられると思う。

 

 俺は作りかけの外壁に上って腰かけた。そしてまだ伐採を続けている衛兵たちの様子を見ていた。その中からショーンとリーサのペアを見つけた。

 ショーンが手早く切り込みを入れ、リーサが木を押し倒すと、あっという間に木が倒れた。リーサの表情が穏やかなものに見えた。リーサには心地良い居場所なんだろうなと思った。

 そしてティアとシュリのペアの方を見るとティアが切込みを入れて、シュリが押し倒すという役割で作業している。ただ2人は1つの工程を終える度に周囲を見回し、俺の位置を確認するという事をしているので木を切り倒す時間がかかっている。でもそういう気配りをしてくれているので、俺は安心して作業できるのでありがたい。

 

 周囲が暗くなってからやっと手を止めてこちらに戻って来た。

「暗いのによく見えるね。」

「普通だと思うけど。コーヅはこのくらいで見えないの?」

「うん、見え辛いよ。あの辺の木とかあんまり見えてない。」

 暗い中で物を見る機会の差もあるし、この世界の人は夜目がきくのかもしれない。

 

 俺たちは衛兵たちが集まる南門付近に向かった。でも北方に遠征に行ったタイガー達の姿が無かった。

 そういえば出発するときは外壁の横を通って行ったけど、帰ってきた姿は見ていなかった。


 ……大丈夫かな?

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