第65話 働き者
「コーヅ様。」
サラとリーサが俺たちの元へ悠然と歩み寄ってきた。サラの立ち振る舞いはいつどんな時でも優雅さを崩さない。
「お昼をご一緒しても?」
「もちろん。」
俺はショーン、イメール、ティア、シュリに加えてサラ、リーサの7人で食事をすることになった。
「じゃ、俺が食事を取ってきますよ。ショーン、イメール、手伝ってくれる?」
「勿論。」
「はい。分かりました。」
俺たちは配膳場に向けて歩き始めた。
「あ、ちょっと。コーヅは休んでてよ。朝からずっと働いてるじゃない。」
ティアが待ったをかけた。俺たちは立ち止まって顔を見合わせる。
「コーヅくんは外壁を作る事だけ考えてればいいと思う。ホントに落ち着かないんだね。」
ティアとシュリに言われるとな。俺はみんな同じようにずっと働いてると思ったけど、お礼を言って待たせてもらう事にした。
俺に代わってティア、シュリを加えた4人で食事を取りに行った。
テーブル席は全部埋まっている。いつもならサラがいても床なり、階段なりで良いんだけど、何となく今回はサラにその様な座らせ方をするわけにはいかないと思った。
眠っていた総務の血が目を覚ましたのかもしれないな。そう思うと自然と笑みが溢れる。
俺は少しスペースがある所に移動して、テーブル席を新しく作り始めた。
まずはテーブルの天板部分を長方形で作り角を丸めた。天板を今までの円形から長方形に変えたことに意味はない。
天板に4本脚を適当な高さまで伸ばしていってテーブルを作り上げた。
「まぁ、さすがコーヅ様ですわ!造作もなく作られてしまうのですね。」
「あはは……」
サラのこのような褒められ方はくすぐったくて、笑って誤魔化した。
気を取り直して、次は椅子だ。椅子もテーブルの形に合わせて座面そして背もたれをテーブルの両側に作り、足を伸ばして作り上げた。
テーブル席を作り終えて周りを見回したが、まだ4人は戻ってきてないようだった。
「コーヅ殿、皆はまだ列に並んでいます。もう少しかかりそうですね。」とリーサが4人が並んでいる辺りを指差して教えてくれた。
今日は村に残っている衛兵が多いから列も長い。まだしばらく帰ってこれなさそうだ。なかなか丁度良い人数とはいかないもんだな。
ふと俺の目に食事場所を探してウロウロしているグループが映った。
「食べる場所を探してる?」
俺はそのグループに声をかけた。
「あ、うん。テーブル席が空いてればと思ったんだけど。やっぱり空いてないね。」
「良かったらここのテーブル席を使って。俺はまた作るから。」
「いや、それは悪いよ。」
遠慮して立ち去ろうとする。俺はその足を止めるように「悪くないよ。大した手間じゃないし。」と一押しする。そして悪い悪くないの押し問答を繰り返していた。
「皆様。コーヅ様のご厚意です。お受け取りくださいませ。」
「サラ様!はい、そうさせていただきます。」と、すんなり受けた。さすがサラの権威は絶大だ。そして俺にも「コーヅ、ありがとう。使わせてもらうよ。」と椅子に座った。
「サラさん、ありがとうございます。」
俺はサラに笑顔を向けた。サラも軽く微笑みを浮かべてくれた。
「これからもう1セット作りますね。」
俺は近くにテーブル席をもう1セット作り始めた。そして作り上げる頃には4人も食事を持って戻って来ていて、俺がテーブルセットを作っているところを見ていた。
「本当にあんたって落ち着く事が無いのね。私のお婆ちゃんみたい。」
ティアは呆れるが、働き者の良い例えなんだろうと肯定的に受け取っておいた。
「貧乏性でね。これは治らないかな。さ、テーブル席にどうぞ。」と、みんなを招き入れた。
ここでも俺はショーンの隣がリーサになるように調整することは忘れない。ショーンに続いて席を詰めていくリーサの頬は上気し、目には熱が籠っているように見えた。
食事がテーブルの上に並べられていく。一皿に盛られている量がいつもより多い気がする。
「なんか量が多くない?」と、顔を上げたときに目が合ったティアに聞いてみた。
「今日の夕方には第3陣が到着するから、食べ切ってしまおうとしているの。それでも余ったら村の方々へお裾分けよ。」
ティアは衛兵ですら無いのによく知ってる。本人には言わないけど、やっぱり優秀なんだなと感心する。
「もうそんなタイミングか。そうしたら第1陣の人たちはアズライトに戻るんだよね。となると、イメールは明日の朝帰っちゃうの?」
アズライトを出てからまだ4日目くらいなのにもっと長くプルスレ村に居るような気がしてくる。
「2日だけですよ。すぐまた戻ってきます。でもその時にこの村がどうなっているのか楽しみですね。」とイメールは意味ありげに俺を見てきた。それにショーンが同調する。
「確かに3日もあれば要塞村になってるかもね。あははは。」
「ふふふ。コーヅ様が毎日精一杯に作業されているからですわね。素敵な評価だと思いますわ。」
壁作る以外のことはやってもらってるし、こういう事は持ちつ持たれつかなと思うので、曖昧な笑みを浮かべた。
「その成果もあって千本槍のコーヅになったわけだね。」とショーンがいたずらっぽく笑う。でもそれが言いたいだけだろうと思うような強引なネタフリだ。
「それちょっと恥ずかしいんだけど。」
俺はその二つ名は恥ずかしく感じてしまう。愛称のようなものとは意味合いが違うし、偶然の産物な訳でそんな事に名前を付けられても嬉しくない。それに槍使いと思われて決闘でも申し込まれたらどうしてくれるんだよとも思う。
「でしょ?私も本っ当に嫌なの。」
ティアが苛立ちを全面に出すようにして俺に同意した。
ティアの爆炎という二つ名の経緯も本人からじっくりと聞いてみたいと思うけど、ティアの表情を見てると、とてもじゃないけど聞けない。もしそんな事を聞こうものなら爆炎の刑に処されそうだ。
「でもさ、今日は全体で8体のオーガを仕留めたらしいけど、そのうち3体はコーヅだもんね。やっぱり凄いよ。僕とイメールでやっと1体で、しかも僕は怪我したし。」
「だから本当に偶然だってば。」
脳裏にこん棒を振り下ろすオーガの姿がよぎり、思わず目を閉じた。本当に紙一重だったと思う。もし咄嗟に魔力を出せなかったらと思うと背筋が凍る。
話題はあちこちに散らかりながら楽しい時間となった。やがて食事も終わり、俺は外壁作りに戻るために立ち上がった。
「そろそろ行こうか。」
「そうだね。」とシュリが返事をして「よっこいしょ。」と立ち上がった。
「コーヅは先に行ってていいよ、と言いたいけど一緒に行こうか。待ってて、すぐに片付けてくるから。」
ショーンが何人分かの皿を重ねて持ち、ティアやシュリと片付けに行った。
俺たちはテーブル席を空ける為に、少し離れたところに移動して3人を待った。
「コーヅ様、イメールさん、わたくし達はこちらで失礼致します。」
サラとリーサは村の方に戻っていった。去っていく後ろ姿からも優雅さが滲み出ている。自分たちとの違いはどこだろう?としばらく見つめていたが、結局よく分からなかった。
「何してるの?」
戻って来たシュリに聞かれた。
「あ、いや。サラさんと自分の違いって何だろう?と思って。」
「逆じゃないかな?」
「逆?」
「シュリは似たところを1つでも見つけてみたら?って言ってるのよ。」
……くっ。この女子共が。
俺は憤慨したままに作業途中の外壁へと戻った。午前中に警護してくれていた人は既に壁の辺りで待っていてくれた。
「午後も頑張れよ。」
「はい、頑張ります!」
さて、と3段目の途中から作業を再開するために階段を上った。日差しは強いが、森から吹く柔らかな風が体を程良く冷やしてくれる。
俺は早速作業に取り掛かった。囲いを作る途中からだ。
囲いを作り上げ、奥から水晶で埋めていく。この距離が昨日に比べて長いのでちょっと大変なのだ。半分くらいまで埋めたところで、魔力回復薬をひと口飲んでベルトに引っかけ直した。今は手持ちに3本あるので、魔力には余裕がある。魔力を強めて速度を上げながら3段目を作った。
例によって4段目ともなると恐怖心が出てくるので、四つん這いで囲いを作った。囲いができてから立ち上がって壁を埋めていく。
間に魔力回復薬休憩を1度取っただけで、4段目と柵を作って完成した。
やったー!
両手を伸ばして、そのままゴロンと寝転がった。蒼い空に浮かんでいる小さな雲が流れていく。そして草木の香りを含んだ風が心を落ち着かせてくれる。気持ちいいなぁ。目を閉じたくなる。
ダメ!ここで寝ちゃ駄目だ。
今朝、死にそうになったばっかじゃん。俺は起き上がると、柵から身を乗り出し、下を覗き込むようにして「できましたー!」と声をかけた。
「お疲れ!」「早いな!」
「壁の仕上がりをチェックしてもらっていいですかー?」
「待ってろ!」「分かった!」
何人かからの返事が聞こえて、何人かが階段を上って来た。
「おぉ!良い眺めだな。村の中が良く見える。」
「ホントだな。」
「この壁も高いと思ったけど、周りの木はまだまだ高いんだな。しっかり距離を取らないと上から越えられるな。」
「確かにな。」
景色を楽しむだけでなく、外壁と木の距離や、歩きやすさや走りやすさ。そして外壁の硬さ、上から魔法を使う想定や剣を振るう想定など細かく確認をしてくれた。
「いいんじゃねぇの。この外壁全体がシンプル過ぎてつまんねぇくらいで。もう少し細工の才能がコーヅにもあると良いのにな。」
「ははは、ちげぇねぇ。でもこれ以上コーヅにばっかり才能が偏るのは許せんけどな。」
「確かにな。よし、俺たちはいいと思うぞ。」
「ありがとうございます。」
「僕たちも大丈夫だと思うよ。外側の柵も厚く作ってあるしね。」とショーンも合格点をくれた。
「で、この後どうするの?」
柵に寄り掛かっているティアに聞かれた。
「まだ陽も高いし反対側の外壁も作り始めようかと思って。付き合ってくれる?」
「あんたってホントに仕事が好きねぇ。」
やれやれとという表情をしながらもティアは付き合ってくれるそうだ。
「しょうがないなぁ。コーヅくんが昼寝もしないでサボらず働くなら私も頑張るか。」
シュリはまだ昨日のことをネタにしてくる。まぁ、今日も寝落ちの危険はあったし、したいところだけど。そして他にも数名の人たちが付き合ってくれると手を上げてくれた。
俺たちはぞろぞろと街道の反対側に向かって移動していった。
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