第60話 懇親会の後は大浴場へ

 鍋やバーベキューなどの懇親会の準備は順調に進んでいた。

 食欲をそそる鍋の匂いは辺りに漂い、バーベキューコンロの傍には焼けば良い状態の食材が積み上がっている。あとはタイガーが率いる第2陣の到着を待つのみだ。


 陽が傾いてきた頃、どこからともなく行軍の足音が聞こえて来た。足音は徐々に大きくなると、やがてその姿を現した。

 村の門の前で止まったのはタイガー率いる第2陣だ。彼らも魔獣に遭っていたようで返り血を浴びている衛兵の姿も見えた。

「その場で休憩!」

 タイガーの声が響き渡る。そして俺たち先発組に向かって「エイラはどこだ!?」と声を張り上げながら周囲を見回した。その声にエイラがタイガーの元に歩いていった。


 そして2人で話を始めるとすぐに、「コーヅ!」とタイガーに呼ばれた。

 その様子に第1陣の人たちには俺のことを指を差して笑っている。


「またコーヅかよ!」

「今度は何やらかしたんだ!?」

「がははは」


 俺は人に笑われるような事はしてないぞ。

 俺は堂々とタイガーとエイラの元に歩いていった。


「コーヅは何で呼ばれたか分かるな?お前さんがここに来てからやった事を説明しろ。」

 タイガーは頭をガシガシと掻くと、呆れた様子で言った。


 俺はここに来てから作った床や大浴場、石壁の説明をした。隣ではエイラが俺の説明に頷いている。

 するとタイガーは石壁まで歩いていき、触ったり叩いたりしている。そして裏に回ると階段を上って壁の上にでてきた。そして周囲を見渡した。

「全く見事なもんだな、おい。」

 タイガーは俺たちを見下ろして言ったかと思うと、おもむろに壁から飛び降りた。

 ガシャンと大きな音を立ててタイガーは着地した。5mはあると思うけど、やっぱり衛兵って凄いと改めて思った。


「で、明日は何をしようと考えてるんだ?」

「明日は広げた土地の周辺を囲う外壁を作ろうかなと思ってます。今日作った石壁の更に外にも壁があれば村の人たちも安全に畑仕事ができるようになりますし。」

「それをまた1日でやるのか?」

 タイガーは冗談ぽく半笑いで聞いてきた。

「それは無理です。2日か3日は欲しいです。」

 俺の答えにタイガーは苦笑して首を振った。

「お前と話してると感覚がおかしくなってくる。外壁の件は任せる。村の安全に関わるからしっかり頼むぞ。」

 そう言うと、話は終わりとばかりに俺の肩を叩いた。


「衛兵は全員集合!」

 タイガーが全員に集合をかけた。俺も慌てて第1陣の後衛班の列へと走って移動した。


「皆、ご苦労だった。明日からは北へ遠征する。原因の元を断ち南下している魔獣が北へ戻るように仕向ける。今日は懇親会もあるしゆっくりしてくれ。村の周辺警戒は緑分隊と青分隊で頼む。以上だ。」と、話が終わりになりそうになったがもう一度話し始めた。

「まて。コーヅが大浴場を作ったらしい。風呂に入る機会なんかなかなか無いだろうから、一度入ってみろ。村の方々にも開放する。解散!」


「おお!」と、第2陣の方からどよめきが上がった。


 そして懇親会が始まった。村の女性たちが猪鍋を近くにいる人たちに配り、衛兵の食事は村の人たちにも配られた。

 久しぶりの温かい作りたての鍋で、体も心もポカポカしてくると自然と頬も緩んできた。

 周りを見ると天ぷらや唐揚げはプルスレ村でも人気だった。特に子供たちは揚げ物を山盛りにして満面の笑みで口いっぱいに頬張って食べている。

 村人たちと衛兵たちも楽しそうに話をしながら食事をしている。一緒に仕事をしてたからか、打ち解けて仲良く話をしている。

 そして若い衛兵たちは年頃の村の女性に積極的に話しかけにいっている。モジモジして話しかけにいけていない衛兵も見えるが。女性たちもまんざらではなく、既婚者としては一段高いところからそんな様子を微笑ましく見守っていた。


 ふとスボンが引っ張られる感覚があり振り返った。そこには俺のズボンを摘んでいる男の子がいた。年の頃は幼稚園児くらいだ。

 

「ねぇ、おじさんが石の壁を作ったんでしょ?」

 俺はしゃがんで視線の高さを子供に合わせた。

「そうだよ。上ってみた?」

「ううん。かーちゃんが駄目だって言うから上ってないよ。」

 子供は首を振った。

「そっか。ちゃんと言いつけを守れて偉いな。」

「うん!」

 嬉しそうに顔を輝かせた。そんな子供の頭を撫でると俺は立ち上がった。

「ねぇ、おじさん。」

 また子供が話しかけてきた。

 俺はもう一度しゃがんで「どうしたの?」と聞いた。

「おじさんって秘密基地を作れるの?」


 ……秘密基地?あー、俺もそういうの大好きだったな。そこらに捨ててあったダンボールとか板とか組み合わせて作っていた子供の頃の記憶が蘇ってきた。


「もちろん作れるよ。秘密基地を作れるような場所はあるの?」

「おー、あるぞ。俺の秘密基地がある場所だ。」

 そう言うと子供は村の方を指差した。きっと村の中に遊び場があるんだろうな。

「分かった。そこに新しい秘密基地とか遊び場を作るってことかな?明日でいい?」

「うん!ありがとう!約束な!」と言って子供はどこかへ走っていった。

 俺はその後ろ姿を見送りながら、公園にあるような滑り台とかを作れば良いかななどと考えていた。


「コーヅ。」


 誰かに呼ばれて振り向くと、そこには普段はあまり関わらない衛兵たちが居た。そして「普段、コーヅとなかなか話できないからなぁ。少しいいか?」

「もちろんです。」

 俺は喜んでそのグループに混じった。

「俺さ、二ホンの事を聞いてみたかったんだ。俺はシンとも話したこと無くて。」

「何でも聞いてください。」

「何か馬車よりすごい乗り物があるって聞いたんだけど。」

「そうですね。自動車と言って全速力の馬の多分倍くらいの速度で、どこまでも走っていくものを持ってました。安くないですけどね。」


 それから電車や飛行機、ロケットなど話を続けた。ロケットまで来ると宇宙の話になった。衛兵は「あれはそんなに大きな星が光ってるのか。しかもこの地面が丸いとか理解できないな。丸かったら落ちるだろ?」と下の地面を見ながら悩み始めた。

 そしてそんな話に興味を惹かれてか周囲にも人が増えていった。俺にはあっちこっちから同時に質問が飛んできて収拾がつかなくなっていった。


「その辺にしておけ。」

 タイガーが割って入ってきた。するとあれだけ居た衛兵たちが蜘蛛の子を散らすように去っていった。

「人気者だな。俺とは大違いだ。」

 衛兵たちが離れていく様子を眺めながらタイガーが笑った。

「俺じゃなくて、日本という知らない世界に興味があるんですよ。」

「そうか?それだけじゃないと思うけどな。」

 タイガーはそう言うが、俺はあまり同意はできないと肩をすくめてみせた。

 

 するとタイガーと一緒にいた村長が「あの……、コーヅさん。風呂に入ってみたいのですが。」と話しかけてきた。

「それでしたら一緒に行きましょうか。タイガー隊長も一緒に行きます?」

「そうだな。行ってみるか。」

 食べていた食器を近くの衛兵に渡して大浴場に向かった。

 

 更衣室で裸になり浴室に足を踏み入れた。大浴場には既に何人も居て、腑抜け顔で湯船に浸かっている。

 そんな彼らの表情を不思議そうに見ているタイガーと村長には風呂に入るための作法から教えていく。まず2人にはシャワーの前に立ってもらった。

「ではまずそこの携帯温水シャワーに魔力を流してください。そうすると……。」と途中まで話したところで2人は魔力を流した。すると携帯温水シャワーから勢い良くお湯が吹き出して2人の頭を直撃した。


「ぬおおぉぉぉ」

 

 すると2人は驚きと心地良さが入り乱れる不思議な声を上げた。浴槽の方からケラケラという笑い声が聞こえてくる。みんな通って来た道だから分かるよね。


 体の埃や汗を流し終えた後は浴槽に浸かる。まずは俺が浴槽に入り肩まで浸かった。


「ふぅぅぃぃぃ」と、俺から声が漏れる。

 

 俺に続いてタイガーと村長も浴槽に入って肩まで浸かった。


「ゔおぁぁぁぁ!」

 2人の魂が叫び声を上げた。するとおっさんたちの野太い声が浴室内に響き渡る。

「ひやぁ」

 隣の女性風呂からは悲鳴が聞こえた。でもそんな事を気にした様子も無く、タイガーと村長のおっさんコンビは浴槽のお湯でバシャバシャと顔を洗っている。おっさんというのはどこの世界でも同じだな。


「いや、これは、何とも良いものですな。」

 呆けた顔をしている村長が俺に話しかけてきた。

「そうですよね。俺はジルコニア王国に風呂文化を根付かせられるようにしたいと思ってるんです。村長にも是非協力していただきたいです。」

「そうですなぁ、私にできることでしたら。」

 そう返事をする村長の表情は抜け殻のようになっているので、明日には忘れてしまっているかもしれない。明日、念押しをしておかないといけないと思った。


「タイガー隊長。」と俺は声をかけた。するとこちらからも「なんだー。」と気の抜けた声が返って来た。

「砦に大浴場作れないですかね?」

「これが砦にあれば訓練後に風呂に入ってから飲みに行けるからなぁ。いいかもしれんなぁ。」

「じゃあ作っても良いですか?」

「いや、俺にそこまでの権限は無いよ。領主様にお伺いを立てないとな。俺も口添えはするが……、でもそもそも砦にそんな場所があるのか?」

「……みんな無いって言ってましたね。」

「だよな?無理じゃないか。」

「コーヅならどこかの部屋を空けたらリフォームできるんじゃないですか?」と近くに居た衛兵が会話に入ってきた。

「確かに!それならできますね。」

 俺はその意見に同意した。その発想は俺にも無かったな。

「……そうか、お前さんは本当に俺の常識の遥か上の答えを出してくるな。」と言って立ち上がった。風呂に慣れていないタイガーはのぼせているようで全身が真っ赤になっている。それに続いて村長も立ち上がった。

「俺たちは出る。」

 そう言って2人は浴室から出ていく。その2人の後ろ姿は一切無駄のない身体で彫刻の様だと思って眺めていた。

「本当に砦にも大浴場ができると良いな。」と案を出してくれた衛兵も俺にひと声かけてから浴室を出ていった。


 人は次々と入れ替わっていく。最初は衛兵ばかりだったが徐々に村の人たちも入って来るようになった。

 子供たちは新たな遊び場のような感覚なのだろう、大はしゃぎだった。そしてそれを父親たちが忙しそうに咎めている。でもやっとお湯に浸かったかと思っても、子供たちはすぐにのぼせて風呂からは上がろうとする。それは父親たちに抑えられてゆでだこの様に真っ赤な体になって浴室から出ていった。


 そんな様子を眺めつつ、村の人たちとも話をした。村は農業が中心だが、農業用地が少なく若者は冒険者になったり働きに出たりでアズライトやカルセドニーといった街に行ってしまうそうだ。カルセドニーとはプルスレ村から街道を北上して行くとある街なんだそうだ。

 今回の伐採でかなり畑が広がり、若者の働き場所の確保ができそうなので村としては大歓迎だったそうだ。多分、俺たちはみんな思い付きでやりはじめたことだったと思うんだけど、思いがけず役に立てていたようで良かったと思った。


 俺はほっこりした気持ちになって風呂から上がった。


 ゆっくりと風呂に浸かっている間に懇親会は落ち着いてきていて、片付けもほとんど終わっている様子だった。子供たちの姿はもう無いので家族連れは帰ってしまっているようだ。残っているのは仲が良い者同士で集まって床に座り込んで話をしているグループがいくつかくらいだ。

 

 俺は懇親会の中には混じらず携帯水道から水を飲んで、床の端の方で寝転んだ。ひんやりとした石の感触が火照った体を心地良く冷やしてくれる。

 風呂に入って目が覚めたつもりだったが、寝転ぶと大きな欠伸が出て眠気に襲われる。今日も魔力を相当使ったからかな。今夜も村の周囲を警戒に出るから、きっと後でショーンが起こしてくれるだろう……


―――


「コーヅ、そろそろだよ。起きられる?」と俺はショーンに揺り起こされた。

「あ、もう見回りの順番?」と、俺は眠い目をこすりながら聞いた。

「そうね。コーヅは昼間にあれだけ魔力使ってたから、本当は休ませてあげたいところだけど。」とティアが言った。 

「ありがとう。気持ちだけで充分だよ。」と答えて、起き上がった。そして欠伸まじりに屈伸をして軽く体を起こした。周囲に目を向けると懇親会は終わっていて、ほとんどの人が寝ているようだった。

 見回りは俺待ちだったようで、俺の準備が整うとすぐに出発となった。

「よし!今夜も張り切って行こうか。」と、ジュラルが先頭を歩き始め、俺たちもそれに続いた。


 村の周りを何周も歩いたが、ありがたいことに今夜も何事も無く見回りを終えられた。

 途中で何度か聞こえたガサッという草の音に体をビクつかせたが、結局何も現れなかった。


「お疲れ。また明日な。」

 村の待機所まで戻るとジュラルがチームを解散した。「おやすみー」とそれぞれが挨拶をして別れた。


 俺もみんなと別れて寝る場所を探して歩き始めた。今夜は柔らかい草の上で寝てみようと思っている。少し探すと草が深く寝やすそうな場所を見つけられた。周囲にも同じ様に柔らかい寝床を求めたと思われる人たちが既に寝ている。

 そんな人たちを邪魔しないように俺も横になった。


 寝転がって見える満天の星空は今夜も変わらず瞬いている。そして辺りには虫の涼やかな音とそれをかき乱すようないびきが響いていた。

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