第59話 懇親会にはバーベキュー

 石壁の安全柵と床面を全面的に作り終えた。

 

 しばらく腰をかがめての作業を続けていたので腰が痛い。俺は腰をトントンと叩きながら腰を反らすように伸ばした。

 その瞬間、腰が温かな魔力に包まれて痛みが消えた。後ろを振り向くと、ティアがヒールをかけてくれていた。

「ありがとう。」

「このくらいしかする事ないしね。」と、ティアが苦笑した。

 

 あとは階段を増やしたらやりたい事が全部終わる。いよいよ完成が見えてきた。既に2つは作成済みなので、あと2つ作れば良い。そしてそれらの階段も作り慣れた感じでスムーズに作り進められた。


「これで完成?お疲れ様。」

 ティアが欠伸交じりに伸びをした。ずっと俺に付き合って近くに居てくれたけど、多分すごく暇だったと思う。

「うん、ありがとう。」

 俺は腰から携帯水道を取り出した。するとティアとシュリも携帯水道を取り出して掲げた。

「何してるの?」

「乾杯よ。」


 そういうことか。

 俺は2人に笑顔を向けて、携帯水道にコツンと合わせてから口に含んだ。


「あー……美味い!」

「大げさだねぇ。」

 シュリが笑う。でも乾杯をしたお陰で仕事が終わったという気持ちが強くなって、ただの水でも美味しく感じられた。喉を潤わせたあと、俺たちは街道を歩いて南門から外に出ようとした。

「ねぇ、コーヅ。ここの上って通れるようにできない?」

 ティアが門のところで指を上に差して言った。

「この上を繋げるってこと?」

「そうそう。魔獣を見つけた時とか通れた方が良いでしょ。」

「あぁ……、確かにそうだね。私たちは無くても別に良いけど、村の人たちは通れた方が良いね。」


 言われてみればその通りだ。魔術に長けていない村人には通れた方が良いのは間違いない。

 ……今日の仕事はもう終わった気になっていたので、突然の残業指令を面倒に感じた。だけど明日やろうと思うと予定も見えてないしもっと面倒だ。

 

「分かった。作るよ。」

「余計なこと言ってたら、ゴメン。」

 ティアに謝られるが、本来は自分が気付いてもいいことだ。だから俺は首を振った。

 そして階段を上って門の前まで来て反対側を見る。4m~5mくらいだろうか。

 こういうのってアーチ状の方が強いはずだ。ただ、そのままアーチ状では歩きにくいので階段と安全柵を作って歩きやすくした。

 橋から下を覗くとシュリが笑顔で頭の上に大きな丸を作っている。

「北側も作るよ。」

 俺が声をかけると、2人は「オッケー」と門をくぐり北門に向けて歩き始めた。俺も壁の上を急ぎ足で北側に向かった。


 そして北側にも南側同様の橋を作った。下からはティアもシュリも合格の合図を出している。

「ありがとう、コーヅ。じゃ、戻ろうか。」

 ティアはそう言うと、シュリと2人で門をくぐり、南門に向けて歩き始めた。俺も隅の階段まで走っていき、そのまま駆け下りた。

 空を見上げると陽も傾いてきているが、まだまだ明るい。眩しい太陽に目を細めた。

「コーヅくん、お疲れ。」

「頑張ったね。」

「うん、ありがとう。疲れたけど、作り切れて良かったよ。他に修正するところは無いかな?」

「ずっと見てたけど、私は大丈夫だと思ったよ。」

 シュリが言っている隣でティアも頷いている。これで完成と言っていいのかな。


「ねぇ、さっきから良い匂いするけど、今夜の食事?」

「鍋を作ってるの。美味しそうよ。」とティアが教えてくれた。

 へぇ、この世界で鍋は初めてだな。どんな鍋なんだろう?楽しみだな。

「ねぇねぇ、ニホンではみんなでこうやってご飯食べる時ってどんなもの食べるの?」と、ティアが聞いてきた。

 やっぱりカレーが定番かな、でも香辛料があんまり無いし、仮に揃ったとしてもカレーを作ることはできないけどね。あとは普通にバーベキューとかかな。


「うん、バーベキューっていう料理方法で、みんなでコンロを囲んで肉や野菜を焼いて食べるって食べ方かな。」

「何それ?それの何がいいのよ?」

「みんなで作りながら食べると楽しいし、美味しく感じるんだよ。」

「コーヅくんが美味しいって言うから美味しいんだと思うけど、あんまり信じられないな。だって焼くだけなんでしょ?」とシュリもあまりピンときていないようだった。

「うん、そうだよ。ちょっとやってみる?準備は簡単なんだよ。薪と肉と野菜と塩があればできるよ。」

「それならすぐ準備できるけど。」とティアが答えた。


 バーベキューは久しぶりだなぁ。


「村の外でやろうか。俺も焼くための台を作らないといけないから少し準備が必要なんだ。」


 俺たちはそれぞれの準備のために一度別れた。でも漂ってくる匂いに誘われて俺はふらふらと鍋の方に寄っていった。

「今日はどんな鍋なんですか?」

鍋を作っている村の女性に声をかけた。

「猪鍋ですよ。昨日狩っていただいたレッドボアの肉が入ってるんです。レッドボアなんて初めて食べるから私も楽しみなんです。」

「へぇ、それは俺も楽しみだなぁ。」

 鍋を覗くと肉だけでなく沢山の野菜やキノコも入ってるし見るからに美味しそうだ。


 俺は美味しそうな鍋に後ろ髪を引かれつつその場を離れた。とは言っても、ここからはあまり離れていない場所にバーベキューコンロは設置しようと狙いを定めていた。

 そこで水晶で板を作ってから足を作った。石の板の下には受け皿を取り付けた。薪なり火魔石を載せるためのものだ。バーベキューコンロの仕組みは単純だからすぐにできた。


「また面白そうな事してるね、コーヅ。」

「コーヅが面白そうな事をやってると絶対良い事があるからな。俺も手伝うぞ。」

 ショーンとヴェイが近寄ってきてバーベキューコンロを興味深そうに見ている。

「ありがとう。でもティアとシュリが準備してくれてるから大丈夫だよ。」

 言っているそばからティアが薪を抱えて持ってきた。

「ティア、その薪に火を点けられる?」

「できるわよ。」

 火魔術で薪の1つに火を点けた。俺はそれを受け取りバーベキューコンロの受け皿に置いた。そしていくつかの薪も焚べた。

 それにしても火魔術は小さい火を大事に育てるみたい事が不要なので少々味気ないと思った。

 それから薪を1本ずつ焚べていき、少しずつ火が燃え移ってく様をしばらく見つめていた。火が安定していくたびに薪を焚べていく。そして火が大きくなっていくところはずっと見ていても飽きない。


「ねぇ、コーヅくん……。」

 シュリが皿に載せた食材を持って立っていた。

「ご、ごめん。」

 火に見惚れていて周りが見えていなかった。俺は慌てて立ち上がってシュリが持つ皿の食材を確認した。それは鍋に入れるものを分けてもらったそうで、既に程よい大きさに切れている。

 俺は石の板が十分に熱されている事を手のひらをかざして確認した。

「シュリ、肉や野菜を適当に板の上に置いていって。」

 シュリは言われるままに石の上に肉を置いた。するとジューと焼ける音がしてきた。何枚か肉を置いた後、続いて野菜を置いていった。

「おい、シュリ。俺は野菜は要らねぇよ。肉だけでいい。」

「野菜と食べないと立派な大人になれないよ。」

「ぷっ」

 周囲から笑いが漏れる。

「母ちゃんかよ。シュリには敵わねぇなぁ。」

 ヴェイは頭を掻いた。そんなヴェイに微笑むを向けたシュリはキャベツやニンジン、ジャガイモ、あとはパプリカっぽいものを載せていった。

「じゃあ、ショーン。塩を振りかけてもらえる?」

 俺は味付けをショーンにお願いした。こういうのは皆で分担した方が楽しいもんね。

 

 ショーンは塩を摘まむと全体に振りかけた。俺は一度フォークを使って肉や野菜をひっくり返した。

「はい。出来上がり。」

「本当に焼くだけだったわね。」

 辺りには肉や野菜が焼ける香ばしい匂いが漂い始めた。それにつられて何人かが寄ってきた。

「コーヅ、これはなんだ?」

「ただ焼いて塩を振っただけのものです。もう食べられるので食べてみてください。」

 しばらくお互いで顔を見合わせて様子を伺っていたが、1人の衛兵が「いただき!」と言って肉を一切れ手で掴んでそのまま口の中に放り込んだ。


 ハフハフハフ……

 

 食べている様子にみんなの視線が集まる。衛兵はやがて咀嚼を止めて肉を飲み込んだ。

 「うめぇ。」

 その言葉にみんなの視線が衛兵からバーベキューの食材へと移る。そして次から次に手が伸びてくる。ティアやシュリ、負けじとヴェイやショーン、いつの間にか居たフリーダも手を伸ばしている。

 ショーンは肉の争奪戦には加わらず野菜を食べている。俺も余っている野菜をつまんで食べた。新鮮で野菜の甘みが強く、塩味がより甘みを強めている。これは美味しい。


 俺が野菜をボリボリ食べている間に、あっという間に肉は売り切れた。野菜は肉が無くなってから少しずつ売れていき、やがて売り切れた。


「コーヅ、これは普通に美味いけどよ。これがどうしたってんだ?」

 キャベツをパリパリ食べながらヴェイに聞かれた。

「うん、こうやってみんなでワイワイと食べるのって美味しいよねって食べ方なんだ。」

「そうか?いつもと変わらん気がするけどな。」

 ヴェイは腕を組んで首を傾げている。

「俺は1切れしか食べられなかったけど、みんなで取り合って食べるのって何か楽しかったな。」と1人の衛兵が同意してくれた。

「夜もバーベキューの続きをやってみても良ければ、同じようなコンロをいくつか作ろうと思うのですが。」

「別にいいんじゃない?」

 フリーダはニンジンをポリポリ食べながら軽い感じで許可してくれた。


 俺は近くに3つほどコンロを作った。コンロ自体は構造が単純なので、あっという間に作ることができた。


「おい、コーヅ。そんなに簡単に作れるならアズライトに戻ったら俺の為に1つ作ってくれないか?」と衛兵に頼まれた。

「いいよ。簡単に作れるし。」

「お、おい、俺にも作ってくれないか?家族で使ってみたい。」と別の衛兵にも頼まれた。

「いいですよ。アズライトに戻ったら作りますよ。」

「本当か?俺のも頼む。」とまた違うの衛兵からも頼まれた。俺は首を右に左にウシロにと忙しなく動かして答えていた。


「皆さま、何をなさっているのですか?」

 サラの言葉にピタリと静かになった。

「このバーベキューコンロってのを作って貰うって話を……。」

 サラはバーベキューコンロを見ると、しばらく考えこんでいた。

「……きっとコーヅ様はアズライトに戻られたらわたくしも含めた皆さまに行き渡る様に作ってくださいますわ。」

「え?あ、はい。頑張って作ります。」

「おおー!」と衛兵隊からどよめきが起きた。

 作ると答えたものの、それっていくつ作ることになるんだろうか。

 周囲を見渡すと、無数の期待が込められた視線を一身に浴びていた。

 俺は考えることを止めて苦笑いを浮かべた。

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