第58話 穏やかな時間

 石壁作りはその後も順調に作り進めることができ、村の北端まで辿り着いた。ここも角になる部分は十分なスペースになるように広く作った。

 

「おーい!コーヅくーん。お昼ご飯だよぉー!」

 両手を口元に添えて叫ぶシュリの声に作業の手を止めた。空を見上げると太陽は真上に来ていた。俺は額から流れ落ちてくる汗をぬぐった。そして思い出したかのように喉の渇きを覚えたので、魔力回復薬で魔力と喉の潤わせた。


 ふぅ……。息をついてから、ティアと配膳を手伝っているシュリの方へと歩いていった。

「お疲れ様。はい、コーヅくん。ティアちゃんもどうぞ。」

 シュリは用意しておいてくれた食事を手渡してくれた。本当は俺も後衛班で配る側なんだけどなぁと思いつつも、お礼を言って受け取った。

 

 俺とティアは石床の階段に腰かけた。

 手元の昼食に目を落とすが、砦の料理人たちがまとめて作ってくれたものなので、毎回ほぼ同じメニュとなる。パン、肉野菜炒めと天ぷらか唐揚げだ。どれも好きなものだから美味しく食べられるんだけど、どんなメニュなんだろう?というワクワク感がないのが唯一残念なところだ。


「外で食べるってだけで美味しく感じるわよね。」

 ティアはそう言うと美味しそうにパンをかじった。柔らかな風がティアの金髪の長い髪をゆっくりと揺らしている。

「そうだね。」

 言われてみるとその通りかもしれない。毎回違う景色を眺めながら色々な人たちと食事ができる。最高の環境じゃないか。

 新しく広がった土地から石を取り除いたりと衛兵と村人が働いている姿が見える。その上を小鳥の群れがさえずりながら通過していく。


 そこへショーンも食事を持って来た。

「僕もご一緒していいかな?」

 そう言うと返事を待たずに俺の隣に腰掛けた。いつもと同じ昼食のメンバーになった。


「いつもは魔獣狩りでプルスレ村に来るんだけど、僕は魔獣のことばかり考えてるんだ。だから落ち着いてプルスレ村のことを見てなかったなって思ったよ。」

 そう言うとショーンは目を細めて村を見渡した。そして「村の手伝いをして喜ばれるってのは、衛兵とは違った充実感があるよ。」と続けた。

「わかるよ。人に喜んでもらえる事って充実感あるよね。」

 そこは心から同意する。それは俺が総務をやるモチベーションと同じだからだ。

「そうなんだよ。午後は木の根っこを掘り起こす予定なんだ。その後は石を取り除く。そこまでやると畑にできるんだって。僕は今までそんな事も知らなかったんだよ。」

 ショーンはすごく楽しそうで、一段と表情が輝いている。同性の俺でも眩しく見えてしまう。

「畑が広がれば村の人たちの生活にも余裕が出てくるかもしれないね。」


 そんな話をしていると、サラとリーサが来てティアの隣に座った。

「ご一緒してよろしいかしら?」

「もちろんですよ。」と、ティアが答える。

「サラさんはプルスレ村に来られる事はあるんですか?」

「もちろんですわ。プルスレ村の人たちも大切な領民ですもの。」

 やっぱりサラは領主家なんだな。そういう時はきっと綺麗なドレスを着てカッコいい馬車に乗って優雅に村まで来るんだろうなぁ、という妄想をしている俺をよそにサラが話を続けた。

「それにしてもコーヅ様がいらっしゃると想像もできない事が次々に起きますわね。」

 

 ん?


 俺がそれは良い意味なのか、悪い意味なのかと受け取り方を悩んでいると、サラもそれに気づいてくれたようで「もちろん良い意味で、ですわよ。」とフォローしてくれた。

「きっとお父様もプルスレ村を見たら驚くと思いますわ。ふふふ」とサラは笑った。

「僕もコーヅに出会って想像もしなかった体験をできていて、価値観が変わった気がします。僕にできる国への一番の貢献は近衛兵になって国を守る事だと思ってましたけど、……今も思ってますけど。でも違う貢献もあるんじゃないかって思えてきました。」

 それまでほとんど食事に手を付けずに、ずっと視線を足元に落としていたリーサの顔が少し上げた。

「俺はずっと平和な国に居たからね。あんまり戦うとかそういう方向に考えが向かないだけだよ。」

 俺はそう言うと作業に戻るために立ち上がった。

「それでは、また石壁を作ってきます。夕方までに村を覆ってしまいたいので。」

「食器は置いておいて。僕が片付けておくよ。」

「ちょっと、もう少しゆっくり食べさせてよぉ。」

 ティアは残りのスープを急いで飲むと、パンを持って立ち上がった。

「後程、魔力回復薬をお届けいたしますわね。」

 俺とティアはその場にサラ、リーサ、ショーンを残して作業に戻った。


 午前中の続きで北側に石壁を作っていく。階段や安全柵は後回しにしてとにかく壁を黙々と作っていった。


―――


 やがて北側の石壁を作り終え、西側の壁作りに着手した。

 日陰が無いので、雲一つない青空の元では汗が滴り落ちてくる。俺は作業の手を止めて額の汗を拭った。

「コーヅ様、順調に進んでいますわね。」

 後ろからサラに声をかけられ、作業の手を止めて振り返った。

「はい、今日中には石壁を作り上げられると思います。」

「魔力回復薬をお持ちしました。」

 サラが後ろに控えるリーサに合図すると、サラの後ろから歩み寄ってきた。その手には3本握られている。俺はそれらを受け取ろうとリーサに視線を合わせるが、リーサの方は俯き加減のままで手渡してきた。

「ありがとうございます。」

「いえ……。」

 事務的なやり取りをすると、リーサはまたサラの後ろへ控えるように戻っていった。まだまだ時間が必要そうだ。

 俺はその場で1本を飲み切り、残りの2本をベルトに引っかけた。

 

 魔力が回復したので、調子良く作業を進めていた。

「ねぇ、コーヅくん。」と、シュリに声をかけられたが、俺は作業を続けたまま「どうしたの?」と返事をした。

「何か壁が曲がってるよ。」

「あれ?本当?」

 俺は慌てて作業の手を止めるた。そして石壁から少し離れて見てみた。

 

 確かに木壁から段々と離れていってしまっている。俺は木の壁に沿って作っていたつもりだったけど、先を急ぎ過ぎて確認がおろそかになっていたようだ。


「ありがとう。全然気付かなかったよ。」


 大きくずれてはないので、また木壁に沿うように方向を修正するように作っていった。

 その後は木壁との距離を気にしながら村の周囲を水晶の石壁で囲い切った。


 ふぅ……。

 

 俺は大きく息を吐きだしてから魔力回復薬に口をつけた。

「ほんとコーヅの魔力って呆れるレベルね。」

「魔術じゃなくて?」

「魔術もだけど、魔力もよ。これだけのものを半日で生み出すなんて聞いたこと無いわ。」

「ふーん?」

 俺も自分自身の魔力がかなり増えたという自覚はあるが、人と比べたことがないので、よく分からない。でも褒められているので悪い気はしない。

 とにかくこれで壁だけは作り切れた。でも安全柵や階段は最初に作っただけで、その後は全く作っていなかった。これからはそれらを作ったりしながら仕上げていかないといけない。

 

 階段は石壁の四隅に作りたいと思い、近くの隅に階段を作った。そして手すりを作りながらティア、シュリとその階段を上っていった。

「壮観ね……。」

 石壁の上に立ったティアが呟いた。

「本当に凄いねぇ。本当に石壁で囲われちゃった。」

 ティアの隣に立ったシュリも同調した。

 風が出てきて2人の髪をなびかせる。そんな2人を見ている分には良いのだが、この高さで風に煽られると俺としてはとても怖い。四つん這いになりながら移動して安全柵を作っていった。それから表面がボコボコしてしまっている床面を丁寧に均していった。

 そして作業を終えてから立ち上がった。俺は安全柵に手をかけて村の周囲を見渡した。

 伐採が進んでいて今朝見た時よりも更に敷地が広がっている。こんなペースで広がっていくと簡単には敷地を囲う壁は作れないな。

 

 それにしてもほんの少し前までお風呂にお湯を溜めて魔力切れとかしてたのに。村を囲うだけのこんな石壁を1日で作れるようになったんだもんな。間違いなく成長の証だね。


 いつの間にか隣に居たティアに「何を黄昏れてるのよ。」と声をかけられた。

「心の中で自画自賛してたところ。」

「何よ、それ?」

 ティアが不思議そうに俺を見る。

「何でもないよ。それよりどう?」

「遠くまで見えるし、魔獣が来ないなら長閑な景色が見れて良いわね。……まぁ、こんな景色はすぐに飽きちゃうと思うけど。」

 会話が切れると、俺たちはそのまましばらく村の景色を眺めていた。

 

 家族とこういうところでキャンプできたら楽しいんだろうな。アウトドアには興味無かったけど、案外と良いもんだな。家族の元に帰ったらキャンプを趣味に加えても良いかもなぁ。

「……頑張ろ。」

 俺は呟いてから安全柵や床面を均す作業を再開した。

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