第57話 村の安全は外壁から

 身を包むようなざわざわとした喋り声が、俺を夢の世界から連れ戻した。

 まだ薄暗さが残っているのに、何でみんなはこんなに早起きなんだろう?とは言え布団で眠るのとは違い、石の上では俺の眠りも浅く少し頭はぼんやりしつつも起き上がった。


 夏とはいえ森の朝は少し冷える。時折り鳥の鳴き声というには可愛気のない叫び声のような鳴き声が静寂を切り裂く。そんな中で俺は樹木の香気が漂う新鮮な空気を胸いっぱいに取り込むように伸びをしながら何度も深呼吸をした。

 深呼吸のお陰で目が少し冴えてきた。それと共に体のあちこちが痛みが走る。石の上で寝ると体を痛めてしまうようだ。今夜は草の上で寝た方が良いかもと思いながらヒールで痛みを和らげた。

 

 それから俺は風呂の様子を見に行った。まだ朝風呂の良さは伝えていないので誰も入っていない。浴槽には沢山の人が入った後の濁った水が溜まっていた。

 俺は浴槽の底に穴を開けて、水や砂や垢といった汚れを水魔術を使いながら綺麗に洗い流した。そして洗い終えたら、また穴を埋め戻してお湯を溜められる状態に戻した。これで今夜も温かいお風呂に浸かれる。

 男湯、女湯ともに風呂掃除を終えて、みんなのところに戻ると、丁度朝食の準備を始めようとしているところだった。

「おはようございます。俺も何か手伝えない?」

「そうだなぁ……。」

 とフリーダがキョロキョロと他の人の作業を見回す。

「今は無いかな。朝はみんなのんびりしているから。コーヅもゆっくりしてて。」

「あ、うん。分かった。」

 俺は邪魔しないようにとその場を離れようとすると、近くにいた後衛班の女性に肩を突かれて声をかけられた。

「ねぇねぇ、お風呂って気持ち良いものなんだね。今夜も入っていいの?」

 顔は見知っているけど名前はまだ知らない人だ。そんな人にも風呂文化を受け入れられて伝道師エバンジェリストとしてはこの上ない幸せだ。

「もちろん!今夜もゆっくりとお湯に浸かろうね。」

「やった!アズライトにはお風呂に入る習慣ってないの。でもこうやってお風呂を知ってしまうと毎日入りたくなるな。ねぇねぇ、アズライトにもこういうの作れる?」

「大浴場を作れるだけの場所があれば作れるよ。」

「ホントに?絶対に作ってね!約束だよ。」

 今朝になっても飽きずに昨夜と同じ会話が繰り返される。でもその度に大浴場が受け入れられているという自信が少しずつ積み上がっていく。


 今日の俺たちに与えられた役割は特に無いそうだ。タイガー含めた第二陣は夕方到着の予定なので、今日は前衛班の分隊が交代で近辺の警戒と情報収集を行うことになっている。そしてその情報から明日からの予定が決まってくるそうだ。

「暇ねぇ……。」

 切り株の上に座って食事をしているティアが呟いた。

「何もする事ないって退屈よねぇ。」

「それなら俺は壁を作ろうと思ってるから手伝ってよ。」

「どうせ見てるだけでしょ。暇なのよねぇ。」

 3人でのんびりとして生産性の無い会話を交わしていた。時折風が吹いて樹木の香りとざわめきを届けてくれる。

 朝が早かったせいでまた眠たくなってくる。暖かな日差しにウトウトし始めた。


 すると近くで「せーの!」という掛け声が聞こえたので目を向けると、何人かの衛兵で切り株を掘り起こし始めている。傍には村人の姿も見える。

「もう働き始めたのか。じゃ、私は切り倒した木を薪にでもしようかな。」

 シュリは食器を持って、よっこいしょと立ち上がった。俺もシュリに続いて「俺は壁を作ろうかな。」と立ち上がると、ティアも「そうね。」と続いた。

 

 まずは危険な魔獣の生息領域に面した北側に壁を作ろうと思う。森との境界に作っておいて、あとから壁の外側の木を切り倒してもらえれば土地も広く使えるんじゃないかな。

 

 俺はまず指揮官のエイラに許可を貰おうと思い、食器を片付けていたサラに声をかけた。

「エイラさん知りませんか?」

「わたくしは存じ上げませんわ。リーサは存じませんか?」

 リーサとも一瞬目が合ったがすぐに逸らされた。

「いえ、私も知りません。」

 昨夜の件を引きずってる様子だ。本当にリーサとショーンはお似合いだと思うんだけど……、それでもやっぱり余計なことを言っちゃったのかもしれない。

 リーサのことは気になったが、今は何を言っても悪い方向にしかいかないと思う。

「ありがとうございます。他を探してみます。」

 そう言うと、周囲を見渡しながら村の方へと歩いた。村人たちが畑仕事を始めているのが見える。

 俺とティアが歩いていると、シュリが走って追いかけてきた。

「どこに行くの?」

 突然指で鎧の隙間からわき腹を突っついてきた。

「おぅ。」

 俺の体は反射的にくの字になる。

「ねぇねぇ」とシュリは続けてわき腹を突っついてくる。

「おぅおぅ。」

 俺の体はその度に反応してしまう。

「シュリやめてって。」

「やめるけど、どこ行くの?」

 俺は突かれないようにわき腹を隠すようにしてシュリに答えた。

「エイラさんの所だよ。北側に壁を作ろうと思うんだ。勝手にできないから判断を仰ごうと思って。」


 シュリと村の門と言えるかも分からない門まで行ったが、当然この村には門番などは居ないので、そのまま村に足を踏み入れた。しかし村には外を出歩いている人が見当たらない。でも家々からは物音がしたり朝食の匂いが漂ってくる。

 エイラを探して村を縦断している街道を歩いていくと、村の中では大きな家の前にエイラが居るのが見えた。どうやら村長と話をしているようだ。

 俺たちは邪魔をしないように少し離れた所で2人を待っていた。やがて会話を終えた村長とエイラがこちらへと歩いて来た。

「どうした?」

「少しだけ話をしても良いですか?」

 エイラはチラリと村長を見て「手短にな。」と立ち止まってくれた。

「村の北側を伐採して土地を広げたところに壁を作ろうかと思うので、許可を頂きたいのですが。」

「それは村長の許可が必要になりますね。」

 エイラは村長の方を見ながら答えた。

「私達には何の異論もございません。ただ今ある木の壁を先に作り替えて頂けると大変安心できるのですが。」

「分かりました。では先に今の外壁を水晶で作り直します。その後で広げた土地の外壁も作ります。」

 俺は頭を下げると、すぐに北側の木壁の方に行こうと、足を踏み出したところでエイラに止められた。

「待て。これから村長の話がある。南側の入口に集合だ。」

「分かりました。」

 俺たちは回れ右をして来た道を急ぎ目に引き返し、誰もいない村の入口付近で待機した。すぐに村長とエイラも入口の辺りまで到着した。

「集合!」

 エイラの声が静かな村の中に響く。衛兵たちがぞろぞろと集まってくる。

「本日の予定を伝達する。前衛班は交代で夕方までは村の周辺を警戒せよ。後衛班は村の方々の手伝いとレッドボアの解体を頼む。今夜は2頭で足りるか?」

「足りないぞ!」と誰かが叫ぶと「間違い無いな。」と誰かが続いた。そのやり取りにみんなが笑う。

「分かった分かった。任せるから足りるだけ解体してくれ。」

「さっすが、エイラは話がわかるな。」

 誰かの突っ込みに笑いが起きる。エイラも苦笑で応えていた。


 今夜は村人たちと懇親会になるそうだ。数少ない楽しみだからと、みんなも嬉しそうだ。


「それから!」

 ざわつきにエイラの声が被せられた。みんなの目がエイラに注がれる。

「コーヅが村の外壁を作り直すそうだ。誰か一緒に居て見張っておいてくれ。」


 ハハハ!


 俺のくだりでも笑われた。隣でシュリも笑ってる。俺は至って真面目に作るし、笑う要素はどこにも無いんだけど。遺憾の意を表情に出したが笑いは止まらなかった。

 笑いが落ち着くと、今度は村長の番となった。

「昨日は突然村の敷地が広くなり、村で一番大きく高い建物もできました。」

 村長も挨拶の出だしからネタを突っ込んできた。そのネタに反応して、みんなが俺を見て笑ってるし、近い人には小突かれた。

「私たちもお礼を兼ねて皆様にささやかですが、歓迎の場を設けさせていただきたいとエイラ殿にお願いしました。今夜はどうぞよろしくお願いします。」


 衛兵の中から拍手や指笛が起き、俺もそれに合わせて拍手した。

「話はここまでだ。解散!」

 エイラの言葉にみんなもゾロゾロとその場から散っていった。


「シュリは薪?」

「もちろんコーヅくんの見張りだよ。あはははは」と笑っている。そこへサラが微笑みを湛えながら近付いてきた。

「わたくしも見張りをさせていただいてもよろしくて?……プッ」

 サラは自分で言って吹き出して笑っている。そこには当然リーサも一緒にいるのだが、サラの後ろで俯き加減に押し黙っている。

「はい。よろしくお願いします。」

 リーサのことは気になりながらも、努めて明るく返事をした。そして俺たちは入口付近の木壁に歩み寄った。

「結構痛んでますね。」

「これではほとんどの魔獣には役に立ちませんでしょうね。」

「ちょっと壁を作ってみますね。」

 木壁の外側に水晶で外壁を作っていった。外壁が倒れないように地面の中に基礎を作り、そこから壁は作っていく。

 木壁よりも高くすると石壁も厚くする必要があるのでそれなりに重厚なものになった。安定させるために村側に足を付けた。

「こんな石壁でいかがですか?」


 サラ、リーサ、シュリが壁を押したり叩いたりして強度を確認している。


「強度は素晴らしいですわね。この壁の上から見張りができると夜の見回りなどにも役に立ちますわね。」


 そっか。そういえば見張り台が欲しいって言われてたもんなぁ。


 俺は魔力を流して石壁を厚く高くした。2階建ての家よりも少し高いくらいだろうか。大浴場の壁ほどの高さにはしなかった。あれはちょっと高すぎたと思う。そして石壁を上るための階段を付けた。

「素敵ですわね。」

「私、ちょっと上って見てきますね。」とシュリが階段を駆け上った。

「おーー!凄いよ。遠くまで見通せるよ。見張るには十分だよ。」と言った後、村の外に向けて「おーーーい!」と手を振っている。

「リーサも見てらして。」

 サラに指示をされたリーサが頷き、階段を歩いて上っていく。 

「おぉ、これは……。」リーサはサラを見下ろすように「確かに村の周囲を見渡す事ができます。森の伐採が進めば見回りもこの上からできるかもしれません。」

 サラは満足気に頷いた。俺はリーサのお墨付きを貰えたので、石壁を延長する作業を続けていった。

 リーサは壁から降りてサラの後ろに控えるようにしているが、シュリは石壁の上に立ったまま俺の作業を見ている。

 

 村の端まで石壁を伸ばしていき、曲がり角の部分は広めに作った。これで石壁は倒れにくくなるし、見張りもしやすくなると思ったからだ。そしてここにも階段を設置した。

「凄いねぇ、コーヅくん。」

 石壁の上から覗き込むようにしてシュリが声をかけてきた。

「上手くできてる?」

「できてるよ。見においでよ。」

 シュリに誘われて俺も階段を上って、石壁の上に立った。

「うわぁ……。」


 石壁の上に立つと視界が一気に広がった。ここからは村や畑が一望でき、豊かな自然の広がりを感じられた。緑の風が心地良く吹き抜けていく。

 そして2班に別れて木々の伐採をしている衛兵たち。それから伐採された木々を運ぶ人の姿も見える。村長とエイラが木々の前で話をしている。農作業をしている人、走り回っている子供たち、と全てを見渡せる。


 ここは見張り台としてすごく良い。この石壁をしっかりと作っていこうと思う。

 でもまずはこの高い見張り台に柵を作った。

 衛兵のみんなは大丈夫なのかもしれないけど、俺や村人はここから落ちたらただでは済まない。階段にも下りながら手すりを作った。

 

「サラさん、安全対策もしたのでチェックをお願いできますか?」

「承知致しました。これは魔術を上手く使えない村の方々や子供たちにも喜ばれますわね。」

 サラはそう言うと俺に微笑みかけた。そしてサラは階段の方に歩いて行った。そしてその後ろにはリーサ。俺もリーサの後ろということに躊躇しながらも、後ろからついて行った。


「まあ!これは素晴らしいですわ。」

 サラは手すりに体を預けるようにして村の外の景色を眺めていた。その横顔は年齢相応に可愛らしい笑顔だった。

 ふとサラの表情から笑顔が消えると、その表情に威厳が増したように感じられた。

「これは警護の質も高められます。是非村全体を囲むようにお作りいただきたいです。」

「承知いたしました。その様にいたします。」と頭を下げた。サラの威厳の前に自然とその様な態度になってしまった。


 俺はサラ、リーサに続いて階段を下りて、石壁作りの作業を再開した。

 今度は北に向かって作っていく。村は街道沿いに南北に長いのでここが大変だ。

 俺は先を見ると気持ちが萎えてしまいそうに思ったので、作っている場所だけを見ながらひたすら作業を続けていった。


「コーヅ様、少し休憩なされてはいかがですか?」

 サラが魔力回復薬を片手に声をかけてくれた。

「ありがとうございます。」

 サラから魔力回復薬を受け取るとひと口飲んだ。すると全身に魔力が染み渡るように満たされていき、体が楽になった。

「ふぅ……。」

 大きく息を吐きだしてから視線を上げて、これまで作ってきた石壁を眺めた。

「結構作りましたね。」

「素晴らしい出来ですわ。」


 村人たちや衛兵たちも石壁と上から村の外を眺めている様子が見える。時折、子供たちの甲高い笑い声がここまで届く。その声に自然と頬が緩む。

 いつか見張り台ではなく純粋に景色を楽しむための展望台って呼べるようになると良いな。

 

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