第56話 リーサの気になる人

 先頭にはサラが立っている。そしてその後にリーサ、ティアやシュリ、エイラなど女性が勢ぞろいだ。これだけのメンバーだと圧がすごい。一瞬で汗が引いていく。


「あ、あの……?」

「コーヅ様、男性の準備だけを済ませて女性をないがしろにされるなんて、紳士の風上にも置けない行為ですわ。」

 サラは表情には出さないものの、声には珍しく怒気が含まれている。


 俺はエイラが興味無さそうだったから……と言いたくなりエイラを見ると、申し訳なさそうな顔をして集団の後ろの方にいる。そういう表情を見るとエイラのせいにはできなくなる。


「すみません、すぐに準備します。」

 俺は謝ると女性用の風呂の方に入っていった。女性たちもぞろぞろと俺の後ろをついて入ってきた。

「わぁ!」「綺麗……。」

 真っ白な水晶の浴室に下から照らす間接照明が幻想的な空間を作り出している。その光景に女性から感嘆の声が上がる。


「こちらの更衣室で着ているものを全て脱いでいただき、裸で浴室に入ります。」

 俺が入浴の作法を説明すると女性たちがざわつくいた。

「コーヅ様、女性しかいないとは言え、人前で裸になるのはいささか抵抗があります。」

「皆で入るお風呂は気持ち良いですし楽しいですよ。最初は抵抗感あるかもしれませんが、慣れると思います。日本ではタオルで体を隠す事もあるので、タオルがあるのでしたらお使いください。」

「……分かりました。」

 サラは言葉も表情も納得はしてなさそうに返事をした。

 俺はこれ以上サラに納得してもらうための議論を続ける気はないので、浴室へと移動した。


「こちらは携帯温水シャワーと言います。少し強めのお湯がシャワー状で出てきます。頭から浴びるととても気持ち良いですよ。ここで軽く全身の汗や汚れを流します。」


 最後に浴槽に移動した。男女ともに10人ずつくらい入れる大きな浴槽が2つずつある。


「ここでお湯に浸かります。疲れがお湯に流れ出るような、そんな気持ちになりますよ。ティア、自分たちが気持ちいいくらいのお湯を沸かしてもらえる?」

 魔力が欠乏気味で、これ以上魔力を使いたくなかったのでティアに頼んだ。

「良いわよ。」

 ティアは水魔術と火魔術を混合で扱えるので、水ではなく最初からお湯を出して注いでいった。俺も手を浸けて湯加減を確かめる。

 少しぬるいと思うけど、ゆっくり入るには丁度良いかもね。

「ティア、ありがとう。もう1つの浴槽にはもう少し熱いお湯にしてもらえる?そしたら好みで入る浴槽を選べるし。」

 ティアは俺に言われたままに少し熱めのお湯を溜めてくれた。

「これが大浴場です。何か質問はありますか?」

「いえ、わたくしはございませんわ。」そしてサラは周囲を見渡して「皆さまからは?」と聞いたが、みんな首を小さく振った。

「それでは俺は外に出ますので、皆さんでお風呂を楽しんでください。」


 女性たちの間をすり抜けるように外に出た。

「はぁ、疲れた……。」

 でも今の俺は今日の目標であったお風呂エバンジェリスト伝道師としての仕事をやり切った充実感に満たされていた。

「ふぅ……、お?コーヅ。」と、風呂から出てきたばかりの衛兵に声をかけられた。額に玉のような汗が浮かび上がっている。「いやー、さっぱりしたぜ。砦にもこの大浴場って作れるのか?」

「作れるだけの広い場所があれば作れますよ。」

「んー、こんなに広い場所は無いか。訓練後に大浴場でスッキリしてから酒を飲みに行けたら最高だなと思ってな。」とグラスを傾ける仕草をした。

「ビールがすっごく美味しいと思います。」

 俺も同じようにグラスを傾ける仕草をした。

「わははは!やっぱ、そうだよな?コーヅが話の分かるヤツで良かったよ。」

 笑いながら背中をバシッと叩かれた。……痛いよ。

 その後も会う人会う人に同じような質問をされた。飽きてきた俺はFAQよくある質問とか貼り出しておきたくなった。でもそれだけ大浴場が受け入れられたんだから本当に作って良かったと思う。

 アズライトに帰っても大浴場作れるといいな。訓練が終わったらみんなで大浴場に行ってサッパリしたところで飲んで帰る、そういうのも楽しそう。部活してた頃のノリだよなぁ。

 でもまずはプルスレ村から無事に帰らないといけない。そして、帰ってからも部屋や庭園のリフォームとか先に終わらせないといけない事が積み上がっている。そういうのも全部片付いてからだよな。先が長い話だ。俺はひとり苦笑した。


 ふと気付くと今は緑色のバンダナの人達が休憩をしている。そうなると、今はジュラルやトーマスの青分隊が周辺の警戒に出ていることになる。

 俺は近くにいた後衛班のダミアンに声をかけた。

「これから俺たちは何するの?」

「夜間の見回りだよ。でも前衛班も一緒だし危険な事は無かったよ、これまではね。」

 それってこれまでのパターンに当てはまらないって言ってるよね?

 大浴場でやり切った感があったけど、これからの時間が本当は本番なんだよな。どこで前衛だけの周辺の警戒から後衛班も入れた見回りに切り替わるんだろう?

「見回りっていつから始まるの?」

「今出ている青分隊が戻ってきてからな。前衛班と後衛班の組み合わせで村の外回りをゆっくりと見回るんだ。」

「見回りの班分けみたいなのはどうなってるの?」

「お前知らないのか?コーヅは確かショーンが一緒に回ることになってると思ったよ。聞いてみな。」

「ありがとう。ショーンに聞いてみる。」

 ショーンを大浴場では見なかったけど、どこにいるんだろう?ショーンを探すにしても周囲はすっかり暗くなっている。いくつかのランタンで照らされているが、ランタンの照度では顔は近寄らないと分からない。

 ショーンを探して彷徨っていると後ろからショーンに声をかけられた。

「何か探してるの?」

「あ、うん。丁度見つかったところ。」

「?」

 ショーンが不思議そうな顔をしているが、俺は気にせず質問を続けた。

「見回りが俺とショーンはペアになるって聞いたから、その事を教えて貰おうと思って。」

「前衛班はジュラルとイメールで後衛班はあとティアも一緒だよ。見回りの順番は後の方だから順番になったら声をかけようと思ってたんだ。」

 俺はそれを聞いて安心した。そして安心すると眠気が襲ってきた。俺は見回りの時間まで寝たいと思いショーンと別れた。魔力を使い過ぎたから頭と瞼が重たいのだ。

 床に横になり目を閉じた。


『ひぃゃあぁぁ!』『サラ様大丈夫ですか!?』


 女性陣もお風呂を楽しみ始めたようだ。俺は遠くなる意識の端の方でかろうじて認識できた。


―――


「コーヅ、コーヅ。」

 誰かに体を揺り動かされる。でもまだ起きたくない。俺は目を固くつぶって体を反対側に向けた。

「起きなさいよ、コーヅ。もう行く時間よ。」

 今度はティアの声……、何だっけ? ……見回り!

「ごめん!」

 俺はガバッと起き上がった。

「今日は強行軍だったし色々作ったし、疲れるよね。」

 ショーンが同情の目を向けてきた。

 俺は目をこすり、伸びをした後、欠伸をしながら立ち上がった。

 一緒に行くジュラルとイメールは焚き火の近くに立って話をしながら待っている。

 そして周囲を見ると寝ている人も居るし、焚火を囲んで話をしている人も居る。それぞれのまったりとした時間を過ごしているようだ。


「見回り?」

「そう、この5人で見回り。コーヅが慣れてる人ばっかりだから気楽でしょ?」

「コーヅが何かしなきゃいけない事は起きないわよ。」

 ティアは気楽に言うが、そんなに甘く見ていて良いんだろうか?

 俺の心配が顔に出ていたようでジュラルが詳しく説明をしてくれた。

「そうだな。夜に出会うのは餌を盗みに来るのは角ウサギや狸とかだからな。今回はそこにレッドボアの可能性が加わるくらいだろうな。」

「レッドボアは危ないんじゃないの?」

「お喋りは見回りしながらにしましょ。」と俺の質問はティアに遮られた。

「そうだな、サッサと行くとしようか。」

 ジュラルが村の外に向けて歩き始めた。その後ろを追うようにして俺たちも歩き始めた。街道から村の外に出る頃には俺がジュラルの後ろに位置し、その後ろがショーン、そして俺の左右をティアとイメールという形になっていた。

 ジュラルがランタンを前に向けて街道からを森に入っていく。見回りは村から森にほんの少し入ったところを周るようだ。


 村からの明かりもほんのり伝わってくるような距離感で村の周囲を周っていく。

 ランタンを持っているのがジュラルなので、足元が見えにくい上に深い草に覆われていて歩きにくい。静かな森に俺たちが掻き分けて踏みつける落ち葉や小枝の音が小さく響く。


「イタッ。」

 

 俺は木の根に蹴躓いてよろめいてしまった。

 俺に合わせたゆっくりとした速度で歩いてくれるが、それでも時々は石や盛り上がりなど色々なものに躓く。左右を歩くティアやイメールはさほど足元を気にしている様子は無く、むしろ周囲に気を配っている。それに比べて俺は足元にしか注意を払っていない。

 歩くことに慣れてくると虫の音や森の中から聞こえる獣や魔獣の声にも気付けるようになった。

 

「さっきの続きなんだけど、レッドボアとかすごく危ないんじゃない?」

「奴らだって年がら年中走ってるわけじゃないし、森の中の突進は大した速度も出ないからな。スピードの無いレッドボアは大きいだけの猪だよ。大した事ない。」

「俺はスピード云々の話以前で動かないレッドボアにも勝てる自信が無いけど。」

「生物魔術がAランクの奴のセリフじゃないな。」

「全くだね。」とショーンにも笑われた。

「でもコーヅさんの土魔術は凄いですよね。シンとコーヅさんだったら王都まで石の街道を作っちゃうんじゃないですか?」とイメールが違う方向からフォローをしてくれた。

「確かにね。そうなったら王都まできっと半分くらいの時間で行けちゃうんじゃない?」

「皆の役に立てることなら何でもやるよ。街道作りでも畑の拡張でも。」


 そんな雑談をしながら見回りをしていた。何周かしてどこが躓きやすいか覚えた頃に空を見上げた。そこには見たこともない星雲が広がっていた。


「うわぁ、すごい……。」

「何が?」

 とぼけたようなティアの声に俺は興奮気味に返した。

「星雲なんて初めて見たよ。すごいな。」

「ニホンの空には無いの?」

「街が明るくて星はほとんど見えないんだ。」

「まぁ、あの街じゃ、そうなるのかもね。」

 スマホの写真を見たティアには想像できたのかもしれない。


 結局魔獣とも獣とも遭遇する事はなかった。俺たちは見回りを終えて野営地に戻り、次のメンバーに引き継いだ。

 今日の見回りはこれで終わりだそうだ。今後も後衛班のメンバーは毎回同じ3人らしいので心強い。前衛班の組み合わせは明日からの作戦次第で決まってくるらしい。


「おやすみ。」

 俺はみんなと別れて床の上に横になって目を閉じた。


 ……寝れない。

 

 見回り前に寝ていたせいで、今度は目が冴えて眠れなくなってしまった。しばらくゴロゴロと右を向き左を向きとしていたが、諦めて起き上がった。

 他の衛兵たちも見回りの衛兵たち以外は寝静まっている。石の上で寝る人や草の上で寝る人など寝やすい場所は人それぞれのようだ。


 俺は立ちあがってパチパチと音を立てている焚火の脇に腰かけた。そこにはリーサだけが居て座って火を見つめていた。リーサの赤い髪を暖かい火の色が薄く染めている。


「寝れないんですか?」

「いえ、私は火の番です。火を絶やさないことも仕事だから。」

 暖かい火とその揺らぎは心を落ち着かせてくれる。

「リーサさんはサラさんの警護は長いんですか?」

 ふと思ったことを口にしたのだが、リーサは火を見つめたまま黙っている。

 

 パチパチ……

 リリリ……

 

 薪が音を立て、虫の音が闇夜に響く。そんな時間がしばらく続いたが、やがてリーサが口を開いた。

「……私の家は代々領主様の家に仕えています。子供の頃は友達のように遊んでいましたが、10歳の誕生日から警護者としてサラ様にお仕えする事になりました。」

「そうすると、この先もずっとサラさんと一緒って事ですか?」

「そうですね。私が結婚するまでですが。」

「あ、もうリーサさんには婚約者がいるんですか?」

「え?違います違います。そんな人は居ません!」とリーサは両手と首を振って全力で否定した。「私の婚約者はお父様が見つけてきます。領主様にお仕えするに相応しい家柄や人柄の方となります。」

 リーサはそう言うと何かを諦めたような複雑な笑みを浮かべた。

「自分で選べないのですか。」

「選べなくはないのですが、私はサラ様といつも一緒ですので、そのような機会はありません。」と伏し目がちに答える。

 確かに一日中サラを警護しながら周囲に厳しい視線を向けているリーサだ。簡単に恋愛ができるわけがないのか。

「リーサさんには好きな人っていないんですか?」

 俺の質問にリーサは三角座りの膝に顔を埋めたまま返事をしない。


「……ショーン?」

 リーサは顔を上げると目を見開いたまま俺を見た。


 あ、やっぱり。なんかリーサに変な態度を取られるのがショーンと一緒の時だと思ったら、そういうことか。


「無理よ!」

 リーサは投げやりに言うと、また膝に顔を埋めた。

「無理じゃないと思いますよ。」

 俺は本心から言ったが、リーサはその様には受け取ってはくれなかった。リーサは目線は上げずに呟いた。

「無責任な事言わないで。」

「でも俺は本気で無理じゃないと思いますよ。」

 リーサはそれには何の反応も示さない。

 でも、これ以上無理、無理じゃないと言い合っていてもこじれるだけだと思い、俺は立ち上がった。

「俺は応援しますよ。」

 そして俺は寝られるか分からないけど、石の床に戻り横になった。


「余計なことだったかな……。」

 俺はポツリと呟いて目を閉じた。しばらくはリーサの事が気になって寝られないと思ったけど、そんなことは無くあっという間に意識が無くした。

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