第54話 プルスレ村へ遠征

「おい、コーヅ?起きなくていいのか?みんな集まり始めてると思うぞ。」


 誰かに呼ばれてる。何の用だろう?今日って何曜日だっけ?……仕事

 違う!

 俺はガバッと起き上がった。


「もしかして寝坊?」

「まだ間に合うと思うけど。」

「ありがとう!」

 

 俺は全てを省略し、鎧とベルトだけ身に付けて部屋を駆け出た。

 早朝の静かな砦内に俺の鎧のガチャガチャという音が響き渡る。すごく迷惑かけてる自覚はあるけど仕方ないんです。ごめんなさいごめんなさい、と繰り返し心の中で謝った。

 誰も居ない訓練場を駆け抜けて、門の手前にある広場に滑り込んだ。


「間に合った!」

「間に合ってる?」とティアがシュリに話しかけた。

「ううん、遅刻だと思うよ。」とシュリは眉間に皺を寄せて首を振った。

「大丈夫だよ。まだ集合がかかってないから。」

 ショーンはそんなやり取りを静かに笑っている。俺は朝から弄ばれている。本来、そういうキャラじゃないんだけどなぁ。

 でも俺は遅めの方だったようで、その後すぐに全員が集まった。


「集合!」


 エイラの凛々しい号令が響いた。皆が一斉に立ち上がり列を作る。俺も走って後衛班の列に並んだ。その場は昨日の高揚した雰囲気ではなく、緊張感に包まれている。その緊張感の波に飲まれた俺の心音も高鳴ってくることを感じた。

 今日の指揮官のエイラの隣には、明日出発するタイガーも居る。後衛班長の立ち位置になる先頭にはフリーダがいた。


「おはよう!指揮官を務めるエイラだ。よろしく頼む。」

 エイラはみんなの方をゆっくりと見回してから続けた。

「今日はこれから強行軍でプルスレ村に向かい夕方には到着したい。休憩は野営地での1度だけだ。途中、魔獣との遭遇が想定される。北方から流れてきているとするレッドボア、ワイルドベア、リザード、そしてオーガだ。油断しなければ問題のない相手だ。ではこれより出発するが、遠征の無事を創造神様に願い、黙祷を捧げる。」

 エイラが目を閉じて俯いた。衛兵たちもそれに続いて黙祷を捧げた。

 沈黙の時間が続いた。

「出発しよう。」というエイラの声に衛兵たちは黙祷を終えた。

 エイラがタイガーに「行って参ります。」と拳を胸に当てた。タイガーも拳を胸に当てて応えた。


「行軍準備!」

「おう!」

 後衛班を前衛班が前後で挟むように位置取った。隣に位置したショーンやティアの表情には余裕があるように見える。そんな2人の様子に俺も少し安心する。

「行軍開始!」

「おう!!」

 俺たちは薄暗い街を通り抜け、門の前で1度体調チェックが入る。俺は今日も個別に聞かれた。


 そんなに簡単には信用されないのは分かるけど、そんなに心配なら俺は呼ばなくても良いのにって思わなくも無いけど。


 体調不良者はおらず、全員揃ってプルスレ村に向かって出発した。早朝の土や緑の匂いが強くてひんやりとした空気が美味しい。何度か深呼吸をした。

 行軍速度が徐々に上がっていく、その都度ガチャガチャという鎧の擦れる音のリズムも早くなる。そのペースは昨日よりも早い。でも身体強化もこの速度ならまだついていける。ただし意識を集中した場合だ。俺は行軍に意識を集中した。

 街を出て街道にしばらく進み、森に入る手前で魔獣を警戒するために前衛班が後衛班をぐるっと囲むような円形の隊形になった。俺たち後衛班は街道を歩けるので足元を気にする必要がないので助かる。

 

 昨日、森の中に入る目印になっていた街道沿いの休憩所もそのまま抜け、行軍は何事もなく続いていく。今日はこのまま魔獣と会わずに済むと良いんだけど。

 でもそんな時間は長く続かなかった。

「魔獣遭遇!」

 斜め前方から声が聞こえファイアーボールが上空で破裂した。

「行軍停止!」とエイラの声が響く。

「ヴェイ、支援をお願い。」

 エイラがヴェイに振り向いて指示を出すと、ヴェイは待ってましたとばかりにニヤリと笑ったかと思うと一瞬で森の中へと消えた。

 戦う声や音が聞こえる。その中にはヴェイの笑い声も混じっている。

「魔獣討伐完了!」

 俺たちは身体強化は続けたまま携帯水道を取り出して、素早く水分補給を済ませた。そうしている間に森の中からのっそりとヴェイが戻ってきた。

「ゴブリンが3匹だった。」

 血がついたままの魔石を空間収納袋を持つ後衛班のカミーユに手渡した。カミーユは1つずつ携帯水道で血を洗い流し空間収納袋にしまっていった。

 ヴェイは準備運動にもならねぇよとボヤきながら後衛班に戻ってきた。


「行軍準備完了!」と森や中から聞こえた。

「行軍開始!」

 エイラの指示で全体が前進が再開した。

 しばらく何もなく行軍が続いた。段々と陽が高くなり日射しが俺たちに直接当たる様になってきた。

 突然、ドドドッと地響きのような音が聞こえてきた。前方から何かが近付いてきているようだ。皆にも緊張が走り、行軍が自然と停止した。

 前衛班のメンバーが正面に厚みのある陣形を敷き直した。

「レッドボアだ!後衛班は街道から離れよ!」

 誰かの指示に俺たちは街道から外れた位置へ移動した。

「どんな魔獣?」

「突進力があるけどそれだけだよ。気を付ければ問題ない魔獣だね。」

「私は美味しくて好きだな。」

 シュリの暢気な答えに緊迫感が薄まり、少しだけ心が軽くなった。

 

 前衛の2人が街道に並んで立ち、大きな火の盾を作った。その熱は凄まじく離れている俺のところまで届いてくる。レッドボアも近付くに連れて速度が落ちてきて、途中で停止した。そして方向を変えようと体を横に向けた瞬間に火魔術、風魔術、水魔術などがレッドボアの体に突き刺さる。そして剣を持った衛兵たちが一瞬で距離を詰めて深々と突き刺した。

 レッドボア達は一瞬の出来事に声を上げることもできずに静かに倒れていった。そこに後衛班たちが近付いて空間収納袋にしまっていく。 


「初めて見た。」

「何を?」とシュリに聞かれた

「みんなで戦うところだよ。すごいコンビネーションだね。」

「そうね、色々なパターンで訓練してるからね。獣系は火の盾で勢いを止めてから遠方攻撃からの近接攻撃よ。」とティアが答えてくれた。

「みんながそれぞれ強いから個人の力量で戦うのかと勝手に思ってた。」

「コーヅくんの目の前でもそういう訓練してたよ。」

「自分の事で精一杯だったし、俺とでは力に差があり過ぎるから、他の人たちの訓練って参考にならなかったから見てなかったんだよね。」


 もう隊列が整いつつある。俺たちも会話を止めて隊列に戻った。ほどなく「行軍準備完了!」と聞こえ「行軍開始!」というエイラの指示で行軍が再開された。


―――

 

 昼の休憩地という広場に着いた。ここにたどり着くまでに1度コボルトに出会っただけだった。

 本来、街道沿いは魔獣にとっても危険が多いので、本来はあまり出会う事が無いらしい。だからやっぱり魔獣が多いと感じるレベルだそうだ。


 この休憩所はかなり広い。本来はここで今夜は野営するはずだった場所だ。100人が野営するにも十分の広さがある。空がとても広く見える。

 でも、この場所を作ったのがティアってことなのか。チラッとティアを見る。

「何よ!」

 俺の視線に気付いたティアに不機嫌の塊をぶつけられた。話しかけるどころか見る事も許されない雰囲気だ。俺はそっとティアから離れた。

 これを1発の魔術で作ってしまったんだな。中から実際に見てみると想像を絶する規模感だ。こんなの骨も残らないだろ。ティアって恐ろしい……。


 今日は人数が少ないので後衛班長のフリーダと相談してテーブルを2台作った。そしてそこに昼食を並べていった。肉野菜炒め、空揚げ、天ぷらだ。

 青空の下にこういうものが並ぶとおにぎりが欲しくなるな。あとはレジャーシートを敷いたらもうピクニックだよね。

 今日は前衛班の人数が半分だから食事の準備も少なく済み、スムーズに終えることができた。

「ここまでどうかしら?」

 フリーダが持って来た2人分の食事の片方を俺に渡して、雑草の上に腰を下ろした。俺も並ぶように座った。草の柔らかな感触が心地良い。

「レッドボアの狩り方を見ていたら、みんなの強さに安心しました。」

「そう、それなら良かった。」

 フリーダの質問が途切れたところで、俺は天ぷらを頬張った。冷めているのが残念だが、サクッとした食感が残っていて美味しい。素材の味が強く出るので、うす塩味で十分美味しい。

「俺ってなんで魔獣狩りに呼ばれてるんだろ?」

「そうね、実戦を少し急いでいる気がするわね。何か理由があるのかもしれないわね。」

 そう言うとフリーダが指を唇に当てて考え込んだ。その茶色い瞳はぼんやりと遠くを見据えている。

「シン……、シンですら2年で王都に呼ばれちゃったから、コーヅはもっと早いと思ってるのかもしれないわね。」

「どういうこと?」

「新しい技術や知識を欲しいみたいよ、国王様が。だからコーヅのことが知れると王都に呼ばれちゃうんじゃないかしらね。」

「ふーん。」

 国王とか王都とか前にも聞いた気がするけど、ピンと来ない話だった。

「だから経験を早めに積ませてアズライトを発展させる何かを考えているのかもしれないわね。」

「俺、技術とか持ってないし、街の発展なんて……。」

「フレンチトーストも天ぷらも私にとっては偉大な貢献よ。」と笑った。

 いまいち納得できる説明では無かったが、フリーダの考えということで参考にさせてもらおう。そして自分なりに理由を想像しながら食事をしていたので、味も良く覚えていなかった。

 食事を終えて食器を片付けた俺は草の上にゴロンと寝ころんだ。空はすっきりと晴れていて青くて広い。小さな雲がゆっくりと流れていく。草の良い匂いが鼻をくすぐる。気持ち良いな。

 自分が遠征に選ばれた理由が急にどうでも良くなってきた。理由はどうあれ生きてアズライトに戻ることがやるべきことなんだし。

 あー、こんなところでピクニックやバーベキューをしたら楽しいだろうな。プルスレ村の滞在期間が長かったら石窯でも作ってみるのもいいなぁ……

 

 Zzz……

 Zzz……


「ちょっと、コーヅ!何寝てるのよ。緊張感無いわね。」

 目を開けると上から見下ろすティアとシュリが居た。

「ごめん、なんかすごく気持ち良くて。」

「コーヅくんの鈍感力は感心するレベルだね。後片付けしたら出発するんだって。」そして手拍子手で「ハイハイ起き上がって手伝って。」とシュリに追い立てられるように俺は起き上がった。

 少しだけど寝られたお陰で少しスッキリした。身体強化に慣れてるみんなと一緒にしないで欲しいんだけどな、と心の中で呟いた。

 俺もそこらに置いてあるみんなが食べた食器を集めてて、水洗いしている人たちの所に持っていった。片付けも手分けしているのであっという間に終わり、徐々に行軍の陣形にみんなが集まり始めた。

 

「行軍準備!」

「はっ!」

 全員が走って自分の位置に就く。エイラが全体を見回した。

「行軍開始!」

「はっ!」

 

―――


 その後は魔獣に出会わなかった。お陰で予定よりも早く、まだ太陽が高い位置にあるうちにプルスレ村に辿り着くことができた。

 

 プルスレ村は深い森の中に突如として現れた。村の周囲は木の壁で覆われている。そして村の南北にはそれぞれ簡易的な木の門がある。村の中は街道を挟んだ東西に家が立ち並んでいる。街道沿いには1件だが宿屋もある。他には店は無いらしい。

 俺たちは全員が村に入ると邪魔になるから門の外で立ち止まった。そして指揮官のエイラと前衛班の緑分隊長フェルディナントと青分隊長トーマス。そして領主の長女サラとその護衛リーサの5人で村の中に入っていった。


 しばらくしてエイラたちが村長と共に戻って来た。村長は50代から60代といったところだろうか。手入れがされていないボサボサ気味の黒髪と細身だが、服のはだけた部分からは日焼けした筋肉が覗いている。

「皆さま、良くおいでなさいました。最近、レッドボアに畑を荒らされるなどおかしな事が起きておりました。大したおもてなしはできませんが、よろしくお願いします。」と深々と頭を下げた。村長の挨拶が終るとエイラが一歩前に出た。

「まだ人的被害は出ていない。この先も人的被害を出さないようにしっかりと魔獣を駆除していく。休憩後、緑分隊と青分隊で交替しながら森の警戒を行え。後衛班は野営地の準備をせよ!」

「はっ!」

 

 緑分隊はすぐに森の中へと消えていった。それをヴェイは羨ましそうにいつまでも見送っていた。

 後衛班の俺たちもフリーダのもとに集まった。

 村の外には畑が広がっている。見回しても俺たちが寝たりすることに使えそうなただの広場という場所はほとんど無い。どこに野営地を設置するかパッと見た感じでは決められない。これまでプルスレ村で野営したことが無い理由が分かる。

「見た感じではみんながまとまれるような場所は無いですね。」

「本当ですわね。困りましたね。」

 分隊ごとに野営するとか、一部を村の敷地に入れて貰うなど話し合いを続けている。

 突然決まった話で準備が何もできなかったそうだ。準備しようにもできないよな、村を見回しながら思った。


「明日には100人規模になるし、森の伐採をしないと野営地の確保は難しいんじゃないですか?」

 できるかどうか分からないけど、意見だけしてみた。

「どうやって?」

「魔術で木を切り倒す事ってできないものですか?」

 俺はその場で思いついた適当なことを答えた。

「私はできるよ。」とティアが手を挙げた。みんなが期待を込めた目で一斉にティアを見た。

「細い炎で切れると思うわ。」

「木を根元の方から切り倒してくれたら、俺がその上に石の床を敷くよ。」

「よし、俺が切り倒した木を移動させるぜ。」

 ヴェイが名乗り出た。

「それなら僕も手伝えるよ。」とショーンも続いた。


 今までの中で一番可能性がある案だったので、とにかくやってみる事になった。

 1本の木にティアと俺が木に近寄った。他の人たちがそれを取り囲むようにして様子を伺っていた。

 俺が根元辺りを指で差して「ここの辺りから切れる?」とティアに聞いた。

「やってみる。」

 ティアは地面に膝をつくと、手に炎を宿した。

「熱っ!」

 俺は慌てて転がるようにそこから離れた。ティアはそんな俺のことなど気にした様子も無く、木の根元を薙ぎ払った。

 ……何も起きない。

「切れた?」

「切ったわよ。手応えあったし。ほら見てよ。」

 ティアの指の先を見ると、しっかり切られているようでその部分だけが焦げて煙を上げている。

「おかしいなぁ。」

 俺はしゃがみ込んで木の切り口を突いたり覗き込んだりしていた。


 バキバキバキ


 木が俺の方に倒れてきた。

「うわうわ。」と俺は這いつくばるようにして避けた。そしてズシンと俺が居た位置に木が倒れた。

「大丈夫?」

 ティアが驚いた表情を浮かべて駆け寄って来た。

「うん、大丈夫。びっくりしたけど。」

 俺は起き上がり、倒れた木をポンポンと叩きながら「でも切り倒す方向とかどうやって狙うんだろうね?」とティアに聞いてみた。


「さあ?」


 俺とティアは顔を見合わせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る