第53話 魔獣狩りは家に帰るまでが魔獣狩りです

 休憩所は今朝ぶりだが、帰ってきたという気持ちになった。

「コーヅくんも脱落する事なく頑張ったね。良かった、良かった。」とシュリが笑顔を見せた。

「私もコーヅの事が気がかりだったけど、ここまで戻って来れて一安心だよ。」とエイラに肩を叩かれた。そして「最後まで気を抜くなよ。」と言うと戻っていった。

 今日の工程も終わりが近くなり、衛兵たちも少しリラックスしているような表情に感じる。俺自身も疲労感から全身がホワホワして頭も回らない。ボケっと楽しそうに会話しているみんなのことを眺めていた。


 突然、すぐ近くの上空で2つのファイアーボールが破裂した。近くで戦闘が始まったようだ。一斉に立ち上がり、身体強化をして周囲を警戒するように剣を構えた。

 上空のファイアーボールの数が増えると危険度が増しているという意味だそうだ。


 タイガーが全体に指示を出した。

「緑分隊とヴェイが加勢!全体は中央で後衛班を護衛!」

 俺たちは守られる側なので広場の中央に移動した。

「オーガ?」と隣にいるティアに聞いた。

「分からない!でもそのつもりで警戒して。」

 警戒の仕方が分かっていない俺は、ティアに隠れるように位置取りをした。

 周囲の人たちからも緊張感が伝わってくる。程なく、上空でファイアーボールが1つ破裂した。戦闘が無事終わった様だ。しかし隊形は崩さずに戦闘をしていた衛兵たちの帰りを待つ。


「いやぁ、戦い甲斐があったぜ。」

 呑気なことを言いながら、ヴェイが森の中から戻ってきた。その背中にはまた何か背負われている。

 それに続いて戻ってきた衛兵たちもそれぞれが何かを背負っている。そして怪我人が出たようで、肩を借りながら帰ってきている衛兵がいた。

 その衛兵はわき腹から足にかけて血で赤く染まっている。そこへエイラは特に慌てた様子もなく駆け寄った。

「座れる?」

「いや、腹部を動かしたくないな。」

 エイラの方が片膝を着き、わき腹に目線を合わせて手をかざした。

「ふぅ……、助かったよ。」と、衛兵は顔を上げて息を吐き出した。

 ふぅ……、良かった。

 緊張が解けた俺も同じように息を吐き出した。

「ところでヴェイたちは何を背負ってるの?」とシュリに聞いた。

「うーん、よく見えなかったから分からないな。でも毛が見えたからオーガでは無いかな。」

 するとヴェイが興奮気味に報告している声が聞こえてきた。

「タイガー隊長、ウェアウルフだったんだけどな。やたらとデカくて力が強かったんで手間取っちまったよ。」


 近くに寄って見てみると、確かに手足が人みたいにしっかりしている。でも顔は犬っぽい。まぁ、狼なんだろうけど。

「あれって立って歩くの?」とシュリに聞いた。

「そうよ。でも4本脚で走るとすごく早いのよ。」と言った後に「本の受け売りだけどね。」と付け足して首をすくめて笑った。


 クロードとカミーユが5、6頭いるウェアウルフを空間収納袋に入れていた。あ、そのまま入れてるって事は狼とか食べる世界なのか。……もしかして俺も食べてたりして。

 そんな想像をすると眉間に深いシワが刻まれていくのを感じた。

「もしかしてあの狼も食べるの?」と空間収納袋を指さしてティアに聞いた。

「毛皮でしょ?何でもかんでも食べないわよ!」

 ティアには怒られたが、食べてないことが分かって安心した。


「よし!街道に出てから街に戻るぞ。行軍準備!」

 タイガーが指示を出すと、素早く隊列が組まれた。そして街に向けて出発した。この辺りはまだ魔獣が現れてもおかしくないので、行軍速度を通常の状態に戻して警戒を強めている。


 しばらく進むと、前方が徐々に明るくなってきた。やっと森の切れ目が見えてきたようだ。街が近いてきた証拠だ。

 ここまで何とか皆についてこれた。ほとんど仕事らしいことなんて何もしてないけど、それでも達成感が湧いてきた。

 

 森を抜けて平原に入った。傾いた陽に赤く照らされたアズライトの街が見える。砦も見える。

 綺麗な街だな。

 隣りにいるティアやショーンも柔らかい表情に戻りつつある。そのまま行軍を続けて、無事にアズライトに帰り着いた。

 街の門の手前でタイガーの声が響いた。

「行軍停止!集合!」

 集合か。俺たちは急いでタイガーの前に列を作った。


「今日は皆ご苦労だった。そして皆が生きて帰れたことを創造神様に感謝を捧げたいと思う。」

 タイガーは黙とうを捧げ、それにみんなも続いた。少しの時間を置いてタイガーが口を開いた。

「北にあるプルスレ村が心配だ。明日から遠征軍として再編して挑むことにする。まず第1陣が強行軍でプルスレ村に入り、そこを中心に魔獣狩りを続ける。とにかく北方を平定させるまでは、領主様もお戻りになれないし、我々がここに戻ってくることもない。北方にはオーガやワイルドベアなど危険な魔獣もいると思われる。気を引きしめていくぞ。」

 

 そこからタイガーは遠征軍について説明を始めた。遠征軍の第1陣は緑分隊と青分隊、そして後衛班とすると指示をした。

 俺たち後衛班にはプルスレ村での野営地の建設など第2陣、第3陣を受け入れる準備が指示された。

 この時サラが遠征軍から外されるという話になったのだが、サラは「領主の娘だからという理由で外すことは認めません。」と半ば強権発動的に遠征軍に残ることになった。

 

 そして明後日、第2陣として赤分隊と黄色分隊が補給物資と共にプルスレ村で合流。

 第3陣はその2日後に紫分隊と水色分隊が補給物資と共にプルスレ村で合流。

 そして第1陣が街に戻り2日の休暇。休暇後、補給物資と共にプルスレ村に戻るというサイクルの様だ。

 後衛班は基本的にアズライトには戻らず休みも無し。体調を崩したなど個人的な理由で街に戻る場合は、前衛班と共に戻る事になるらしい。


「明日も同じ時間に出発だ。俺は第2陣でプルスレ村に向かう。それまでの指揮官はエイラだ。解散!」


 俺は情報が多過ぎて頭の整理ができず、この後もどうしたら良いのかも分からなくて、その場から動けなかった。そんな俺を尻目に衛兵たちは無事に帰ってきた安堵感からか、いつもよりテンション高く街の中へと消えていく。


「盛り上がって来たな、コーヅ!お前は本当に運がいい。しかも俺も休暇無しの後衛班。ずっと前線に居られるって訳だ。本当にコーヅと一緒にいると良い事しか無いな!ガハハハ」

 ヴェイは一際楽しそうに街の中へと消えて行った。


「よう、大丈夫だったか?俺も明日からだ。またよろしくな。」

「無事で何よりだった。まだお前は守られる側だ。明日からも絶対に危険な事はするな。」

 ジュラルとトーマスがそれぞれ肩をポンと叩くと、そのまま2人は並んで街に戻っていく。

「なぁ、何食って帰る?」

「軽く済ませられるものだな。」

 2人の後姿からそんなやり取りが聞こえてきた。


「私たちは冒険者ギルドに魔獣と魔石を卸してから帰るよ。突然のことでコーヅには大変だと思うけど、明日からも頼むね。」とエイラが声をかけてくれた。

 衛兵には本当に優しい人が多い。いちいち気にして声をかけてくれる。

 

 やがてほとんどの人が街に戻っていった。残っているのは俺の他にはティア、ショーン、シュリ、イメールという見知ったメンバーだ。


「どうしたの?」

 ティアがいつまでも動かない俺に声をかけてきた。

「うん。起きている事が消化しきれなくて。」

「それなら、ご飯食べてから帰らない?コーヅくんはそこで頭の整理をしたらいいんじゃない?」とシュリが提案してくれた。それにはショーンもイメールも賛同して、みんなで食事に行くことになった。


 俺たちは街に向かって歩き始めた。

 街に入ると家族が迎えに来ている衛兵をチラホラと見かけた。子供と手を繋ぎ楽しそうに歩いている姿をみると自分の家族のことを思い出して羨ましく思う。

 俺も早く家族に会いたいな。またあんな風に3人で散歩がしたいよ。


「あーあ、私にも迎えに来てくれる彼氏がいるといいのに。」と隣でシュリがぼやく。

「シュリならすぐだと思うよ。」と俺は慰めた。

「ちょっとぉ、適当なこと言わないでよ!」と怒られた。そんなやり取りにみんなは笑った。


 今回はショーンが普段使っているという酒場に行くことになった。そこはタイガーも馴染みらしく、たまに会うことがあるそうだ。

 店は小道に入り込んだところにあった。この辺りは酒場や料理屋が多いらしく、狭い小道には肉や魚が焼ける匂い、それからあちらこちらの店から聞こえてくる楽しそうな声で満たされている。

 急にお腹が空いてきて、グーというお腹から催促の声が上がった。

 店の入口には「憩い亭」と看板が掛かっている。


 店は既に半分くらいの席が埋まっていた。そして今まで一緒だった衛兵たちも、ちらほらといる。俺たちが店に入ったことに気付くと、グラスを掲げてくれた。俺たちもそれに手を挙げて応えた。


 俺たちが5人なので、この店で一番大きな6人掛けの落ち着いた木製の重厚なテーブル席に通された。

 料理はショーンにお任せした。飲み物はこの世界で初めて口にする酒となるビールを頼んだ。ショーンとイメール、シュリもビールで、ティアだけが蜂蜜酒だった。

 ティアにこそビールが似合うと思うのに、まさかの甘党。蜂蜜酒のイメージはイメールだなと思った。


 先に飲み物が届いたので、ショーンが乾杯の音頭をとる。

「今日はみんなお疲れ様でした。明日も頑張ろう!乾杯!」

「乾杯!」

 その音頭には俺たちだけではなく、先客の衛兵たちも一緒にグラスを掲げてくれた。


 俺はまずビールをグイッと一口飲んだ。乾いた喉への刺激が心地良い。そしてアルコールが体に染みわたっていくのを感じられる。日本での最後の飲み会から1ヶ月ぶりくらいのアルコールだった。


「今日の魔獣狩りって結局何だったのかがよく分からなかったんだけど。」と俺はショーンに聞いた。

「街道沿いでいつもと違う魔獣との出会い方をしたんだよ。街道沿いに魔獣が多かったから街道の先にあるプルスレ村が心配。だから急いで向かう、というのが今日のまとめだね。」

「明日から拠点をプルスレ村に作って、周辺の魔獣を何日もかけて徹底的に狩るんだよ。」とシュリが教えてくれた。

「ありがとう、おかげで頭が整理できたよ。スッキリしたから飲んじゃおうかな。」と俺は残りのビールを一気にあおった。「ぷはーっ。うまいなぁ。もう一杯!」

「ダメよ。」とティアに止められた。

「本当に、今日は止めましょう。」とイメールにも止められた。

 ……何で?

 俺は言われている理由が分からず不思議そうにティアやイメールを見た。

「おいおいコーヅ。俺たちは明日休みだから良いけど、お前たちは朝から強行軍だろう。体調管理をしくじると、本当に命の危険にさらされるぞ。」と他の席の衛兵に諭された。

「それならもう少し大切に飲めばよかったよ……。」

 俺のがっかりしている姿にみんなが笑う。

「生きてれば又飲めるさ。」と他の席の衛兵が慰めてくれた。

 飲めないなら食事を楽しめばいい。俺は気持ちを切り替えた。

 でも食事はやっぱり味付けが塩だけで全体的に深みが足りないと思う。

 そういえば料理長に教えた干しシイタケ作りの準備は進んでるかな?出汁が取れるようになると、こういう料理の味もだいぶ変わってくると思うんだけど。


―――

 

 明日が休みの衛兵たちはまだまだ飲んでいく様子だ。

「プルスレ村で待ってます。」

 俺たちはそんな挨拶をして店を出た。ちなみにここの支払いは俺の財布かららしい。


 砦に帰るのは俺とショーンだ。ショーンは砦にある独身寮に住んでいる。ティアとシュリは1人暮らし。イメールは実家暮らしだそうだ。

 砦に帰る道中の曲がり角ごとに1人ずつ別れていった。そして最後はショーンと2人になった。


「こうやって街中をコーヅと2人で歩くのって初めてだね。」

「そうだね、いつもティアが居てくれるから。」

「アズライトには慣れた?」

「うん。自分の適応力が怖くなるくらい慣れたよ。」

「ずっと住むの?」

「やっぱり日本に帰りたいかな。」

「僕は来年の春に近衛兵の入隊試験を受けに王都に行くんだ。もしニホンに帰るヒントを得るためにアズライトを出ても良いなら一緒に行く?情報収集なら手伝えるよ。」


 突然の誘いに驚いた。まだ一人で行動する許可すら得られてないので、話が飛び過ぎてどう反応して良いか戸惑って答えられずにいた。


「ごめん。まだ来たばかりのコーヅにこんな話しても戸惑うだけだよね。」

「まだピンと来なかったんだ。もう少し経ったら有難味が分かると思う。その時にこっちからお願いしていい?」

「もちろん!待ってるよ。」


 ショーンは砦に着くと、そのまま部屋まで送ってくれた。部屋の前には臨時で護衛してくれている人が居る。今は建築ギルドの職人さんの出入りを管理してくれている。


「おやすみ。明日は直接砦の前だからね。」とショーンは帰っていった。


 俺も部屋に戻り部屋に明かりを点けた。ラベンダーのフレッシュな香りが漂ってくる。テーブルに新しくなったラベンダーの花が活けてある。庭師のグリフィンだろうな。ありがたいな。

 

 長期で出かける事になるから魔石も持って行こうと思い、ベルトのポケットに入れられるだけ入れておいた。小さいから20個くらい入った。

 でも準備はそのくらいだった。俺は風呂に入って早めにベッドに潜った。

 明日こそはちゃんと起きないとな。

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