第51話 魔獣狩りは遠足
「おい、コーヅ。」
俺は誰かに揺り動かされている。
でも眠い。まだ起きたくない。
俺は布団の中に頭ごと潜り込んだ。
「あと10分……。」
「おいおい、祭りが始まるぜ。起きろよ。」
ヴェイの声……。祭りって……?
眠りから覚めきらない鈍い頭で今日の予定を思い出そうとした。
魔獣狩りか。やべ、早速寝坊した!
俺は飛び起きて支度を始めた。でも外はまだ暗くて夜だった。どうやってみんな目を覚ますんだろう?目覚まし時計みたいな魔道具でもあるんだろうか?一瞬過ぎった疑問はすぐに忙しさにかき消された。
俺は顔を洗い着替えて、ベルトを装着し準備完了だ。そして昨日フィーロに貰ったパンをヴェイにも渡して一緒に食べた。
「お、美味いな。軟らかくて砦で食べるパンとは大違いだな。」
「美味しいよね。ここのパンは俺も好きなんだ。」
ヴェイはあっという間に食べ終えた。ちゃんと噛んで食べるんですよ、なんて言う間も無かった。俺はパンを食べながら次の準備に移った。携帯温水シャワーを持っていきたいのだ。でも1人で10本持つのはきつい。
「ヴェイ、ごめん。この筒を5本持ってもらえる?」
「いいけどよ、何だこれ?」
携帯温水シャワーの1本を取り上げて、まじまじと見つめる。
「お風呂で使うものだよ。」
「風呂?……よく分からねぇけど、コーヅが必要ってなら持つよ。」
「ありがとう。助かるよ。」
俺もパンを食べ終えて出発準備が整った。忘れ物は無いか、立ち止まり考えた。……大丈夫かな?
「ヴェイ、行こうか。ショーンが更衣室で待ってるって。」
「そうか。それなら更衣室に行くか。」
深夜のような早朝の廊下は、ひんやりとしている。そして静かな廊下にコツコツという俺たちの足音が響く。
更衣室にはショーンを始め後衛班のメンバーが着替えをしている。後衛班には女性が多いが男性もいる。数えられるほどで3人だが。カミーユとクロードとダミアンだ。
「おう!祭りの時間だな」
ヴェイはニカッと笑顔を作った。
「前衛班には祭りかもしれないけど、後衛班には遠足だぜ。残念だったな。」
ダミアンの返しにみんなが笑う。
「そりゃねぇよ。俺はこのために毎日頑張ってるんだぜ。」
「お前がコーヅの警護に手を挙げるからだろ。」とダミアンに言われ、またみんなに笑われている。
でも、みんないつもよりテンションが高い気がする。やっぱり魔獣狩りって一大イベントなんだろうな。
一番近くに泊まってた俺が一番遅かったようで、俺が着替え終わるのをみんなが待っていた。
そして着替え終わると、白いバンダナを渡された。
「後衛班の印だよ。右腕に巻き付けて。」
ショーンが自分の右腕を見せてくれた。俺も見様見真似でバンダナを腕に巻き付けた。
「よし、僕たちも食堂に行って食料を詰め込もう。」
ショーンが立ち上がると、みんなも「おう!」と返事をして立ち上がった。
歩くたびにガチャ、ガチャ、コツ、コツという音が響き渡る。そして食堂が近づくにつれて良い匂いが届くようになり、さらに進むと薄っすらと溢れてくる光が見えてきた。そして食堂が近くなると活気のある声が聞こえてきた。
食堂では既に女性陣が食事を空間収納袋に食事を詰め込んでいる。そして調理場でも大忙しで調理している。
時折り、料理長の発破をかける声が飛ぶ。
彼らは夜の食事を出した後から調理を続けているらしい。大食いの衛兵100人の10回分の食事なので相当な量なんだそうだ。
パンなどは事前に準備してあるので、あちこちで唐揚げと肉野菜炒めの野菜と肉の組み合わせを変えたものをひたすら作っている。これで空間収納袋が4つ必要になるそうだ。空間収納袋って結構な量が入るんだな。
「毎回俺たちもここには来るけど、作業に入り込める雰囲気じゃ無いんだよ。」と、クロードがコソッと教えてくれた。
俺もこの中に入っていって役に立てるとは思えない。それだけの迫力と機敏さで料理人や後衛班の女性たちが働いている。
そしてサラとリーサが食堂に入って来た。リーサの手には空間収納袋がある。
「皆さま、おはようございます。料理人の皆さま、昨夜からご苦労様です。」
リーサの言葉には全ての人が手を止めて「おはようございます、リーサ様。」と挨拶をした。そして一呼吸おいて皆がまた同じように作業に戻った。
「天ぷらですか?」と俺が空間収納袋を指差して聞いた。
「はい、天ぷらですよ。ふふふ。」
そして忙しく働いている人たちに視線を向けた。
「もう皆さんも本気な感じですね。」
すると、真顔になったサラが俺を見つめた。
「ここから先は戦場です。コーヅ様もそのおつもりで。全員が生きて帰るのです。」
「分かりました。」
俺もサラの真剣な表情に身の引き締まる思いがした。
「おい、コーヅ。この筒はいつまで持ってれば良いんだ?」とヴェイに声をかけられた。
「ごめん、そうだね。」
俺はサラの隣のリーサに聞いた。
「野営の時に使いたいんだけど、どの空間収納袋にしまえば良いんですか?」
「こっちよ。」
リーサが俺とヴェイを食堂の端に置いてある空間収納袋の所まで案内した。そして空間収納袋の口を広げてこちらに向けた。まずはヴェイがその中に携帯温水シャワーを放り込んだ。俺も同じように、ではなく丁寧に入れた。袋のある場所を過ぎると消える。そして引き出すと現れる。
不思議だなと思いながらも、今は遊んでいる場合ではないので、どんどんと入れていった。
「この中こらどうやって目的の物を取るんですか?」
「取りたいと思うものをイメージすればそれを掴めます。」と言うと、もう一度空間収納袋の口を広げて俺に向けてくれた。「やってみては?」
俺は携帯温水シャワーをイメージして手を突っ込んだ。何かが手に当たる。そしてそれを掴んで取り出すと携帯温水シャワーだった。「へぇ、面白い。ありがとう、リーサさん。」俺はもう一度携帯温水シャワーを空間収納袋に入れた。
「ここに番号があります。2番が野営用で1番が装備関係。11番以降は食事です。21番以降になると討伐した魔獣や魔石です。」
そういう管理ルールか。覚えておかないとな。
俺はリーサにお礼を言って男性陣が固まっているところへと戻った。リーサはサラや女性陣が固まっている方に歩み寄っていった。
料理人の調理の手が止まりはじめ、女性陣の手も徐々に止まってきた。そろそろ食事の準備も揃ったようだ。
「おい、男どもも。料理人の皆さんにお礼だ。」と後衛班長のエイラが声を上げた。
「ありがとうございました!」
「よし、行くぞ!!」とエイラの気合の入った声が響いた。それに呼応するように全員の「おう!!」という声が食堂に大きく響き渡った。
みんなの表情が更に引き締まった。魔獣狩りのスイッチが入ったようだ。
エイラを先頭にぞろぞろと食堂を出ていく。後ろを振り返ると料理人たちが手を振っている。
俺は会釈をした後みんなに続いて食堂を出た。
廊下を抜け、外に出るとまだ真っ暗だが、朝を迎えそうな匂いや鳥のさえずりが聞こえてくる。
門の付近の広場には小さな光魔石ランプがいくつか置いてあり付近を照らしている。そして前衛班のメンバーも集まりはじめていて、固まって駄弁っている。
そこにいる衛兵たちからは異様な高揚感が伝わってくる。ここに参加者が揃ったら出発となるはずだ。俺は後衛班のメンバーが固まっている辺りに行き、そこで周囲の様子を窺っていた。
「よう!」
俺が最初に警護をしてくれたジュラルとトーマスに声をかけられた。
彼らの腕には緑色のバンダナが巻かれている。前衛班は4色に色分けされている。それで分隊を見分けるそうだ。
「ビビってるのか?心配すんなって、俺たち前衛を信じてろって。」
ジュラルが笑顔を見せる。
「最初は誰でも緊張する。無理だけはするな。命があれば次もある。」
トーマスには真剣な面持ちで語りかけてきた。気にかけて声を掛けに来てくれたんだ。俺は本当に良い人達に囲まれていて、恵まれていると思う。
「集合!」
タイガーの号令が薄明るくなってきた広場に響いた。会話が一斉に止み、急いで集まる。俺も後衛班の列に並ぶ為に走った。
「いよいよ魔獣狩りの日が来た。お前たち、準備はできてるな?」
「おう!」
タイガーは全体を見回し、満足そうに頷いた。
「冒険者ギルドから魔物が活発に活動しているという情報があった。オーガを見かけたという未確認情報もある。オーガは1体で行動しない。その上仲間意識が強い。単独行動は絶対にするな、いいな。」
「おう!」
「今日のルートはいつも通りだ。では皆が生きて戻れるように創造神様に黙とうを捧げる。」
タイガーが目を閉じた。それに続いて皆も目を閉じ、黙とうを捧げ始める。俺も真似をした。
声も物音も何も聞こえず、たまに鳥のさえずりが聞こえるだけの静寂の時間が続く。
「よし、そろそろ行こうか。」
タイガーの声で皆も黙とうを終わらせた。
「行軍開始!」
「おう!!」
前衛班の緑の分隊から進んで行く。俺たち後衛班は4番目に移動を始めた。そして後衛班の後ろにも前衛班が1分隊居る。後衛班は前衛班に囲まれながら移動する事になる。
門を通り、橋を渡り、街の中を静かに進んでいく。
ザッザッザ、カシャカシャ
ザッザッザ、カシャカシャ
薄暗く静まり返った街の中に俺たちの行軍の音だけが響いている。
街の外壁までは10分程で着いた。そして外壁の前で一度止まった。
「ここまでで体調が悪い奴はいないか?」と後衛班長のエイラがよく通る声を張り上げた。
「コーヅ、お前は大丈夫か?」
エイラから個別に声をかけられた。
「はい。大丈夫です。」
「そうか、お前が一番心配だからな。何かあればすぐに言え。」
そういうと俺の隣にいるショーンとティアに「頼むぞ。」と言い残して、タイガーの元に報告に行った。
「進め!」
タイガーが指示をすると、先頭の前衛班から順番に外壁の門から街の外に出ていく。
後衛班も続いて街の外に出た。
この頃には陽が昇り始め、目の前に平原が広がっているのが見える。
朝のひんやりとした空気と緑の匂いで不謹慎なのだがとてもすがすがしい気持ちになる。そしてずっと遠くには森が見える。そして街道がずっと森の方まで続いている。この辺りの景色は部屋から見えていたが下から見ると、また違う景色のように感じられる。
「こういう所を畑にしたいのよ。」
シュリがこそっと教えてくれた。
周囲は平坦な土地が続いているし見通しも良いので確かに畑に向いていると思った。そしてよく見ると、既にいくつかの畑は作られているようだった。
街道沿いにしばらく縦に並んで行軍していたが、一度止まり隊列を後衛班を中心に前後左右に前衛班が配置される形で組みなおした。タイガーは後衛班の先頭に居る。そして行軍を再開し各分隊は距離感を保ったまま進んでいく。
ここからは身体強化が必要になる速度での行軍となった。人が踏み固めただけの街道の道は少しデコボコしている。俺は集中しながら
しばらくはこのまま街道を道なりに進んでいくようだ。たまにウサギのように飛び跳ねる生き物が俺たちに気付いて逃げていくのが見えたりもした。
後衛班のメンバーも会話はほとんど無い。周囲に気を配っている事が伝わってくる。俺も分からないなりに気配や物音に注意をしている。
平地を抜けて森に到着したが、行軍はそのまま続く。まだ光も差し込むくらい少し明るめなので鳥のさえずりも可愛い声が多い。
そして街を出てから1時間程だろうか、行軍が停止し休憩となった。
ここは休憩しやすい様に街道周辺が広場の様になっている。俺は倒れている木に腰掛けた。
「どう?」
ショーンに心配そうに声をかけられた。
「うん、まだ大丈夫だよ。」
俺は携帯水道から水を飲みながら答えた。
「まだまだ、これからよ。頑張ってね。」
ティアも励ましてくれた。
「ここから街道を離れて街を中心に大きく周るんだ。1周してここに戻ってきたら街道に沿って街に帰るんだよ。」
「ここからが本番な感じなんだね。魔獣ってどのくらいの頻度で出会うの?」
「初日のルートだと5回くらいかな。」
魔獣を熊に置き換えてみると分かりやすいと思った。熊がいる森に足を踏み入れて1日歩き回ったとして、5回も熊に出会ったらそれはすごく多いと思う。気を引き締め直さないといけないな。
「ここから行軍の速度は落ちるけど、歩きにくいから気を付けてね。」とシュリがアドバイスをくれた。
数分の休憩後、森の中に向けて行軍が再開した。
ここは良く使われるルートのようで少し踏み固められたような跡がある。それでも充分に歩きにくいので足元を注意しながらも、周りとの距離感を大切に行軍を続けた。
実際はそんなに器用な事はできないので、足元ばかりに意識が向いてしまっている。
30分程歩いただろうか、「魔獣遭遇!」という声が聞こえ、上空でファイアーボールが破裂した。
それぞれの分隊から「行軍停止!」という声が聞こえ、行軍が止まった。
俺の心臓が跳ねる。そして一帯にも緊張が走る。
ショーンとティアがスッと近くに寄ってきた。
俺は魔獣が居るという方を目を凝らす。
「回り込め!」「逃がすな!」
指示の声は聞こえてくるが、木々に邪魔され森の奥までは見えない。
「うぉぉぉぉ!」
突然ヴェイが叫んだ。ヴェイに振り返ると「俺も行きてーよー。」と駄々をこねている。後衛班から笑いが漏れ、和らいだ空気が流れた。
「魔獣討伐完了!」
2人の衛兵がそれぞれ両手に角ウサギを持ってタイガーの元に来た。角ウサギからは血が滴り落ちている。当たり前だが命のやり取りをしているのだ。
名前の通りウサギに角が生えている魔獣だ。可愛い顔をしているが身体は大きくて中型犬くらいある。そして、その角に突かれれば大怪我してしまう事もあるらしい。ウサギと言う名前に誤魔化されてはいけない。
「角ウサギを4羽討伐しました。怪我人はおりません。」
持ってきた4羽の角ウサギを後衛班のカミーユに渡し、カミーユはそれを空間収納袋に入れた。それを見届けた2人は自分の分隊へと戻っていった。
森の中から「行軍準備完了!」という声が聞こえ、タイガーが呼応して「行軍開始!」と指示を出した。
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