第49話 茶こしの試作品

 取り付けたばかりの寝室のドアが開く音で目が覚めた。正確には意識が覚めただけで、目や体は寝たままだ。

 

 そしてドアの隙間からスープの匂いが届いてきた。今日も寝坊したみたいだ。


「うぅぅ……」


 俺は小さくうめいた。それにしても頭が重たい。身体強化をするようになって顕著に疲れが残るようになった。こんな事で明日からの魔獣狩りは大丈夫なんだろうか、と不安が頭をよぎる。


「お、今日は起きてるな。おはようさん、コーヅ。」

 ヴェイがニカッと笑った。俺はそのテンションにはついていかず、片目だけ薄く開けて「おはよう……。」と締まりのない笑みを浮かべた。


 そしてまた重たいまぶたを閉じた。


「ねぇ、ヴェイって身体強化を使った翌日は眠たくならない?」

「あぁ、ガキの頃にあったな。あんまり眠くて身体強化の練習をしながら寝てたな。その時はそれでも体は動いてたらしいからな。ガキってのは面白いもんだよな。」

 しみじみと語っているが、ヴェイの場合はヴェイが特殊な可能性もあるので参考程度に聞いておくことにする。


 うーん、体に負担がかかってるのかな?でもヒールは使ってないのに筋肉痛は無いんだよな。

 

 俺は目を開けてエイッと体を起こした。そしてその勢いでヒールを自分にかけた。

 少し楽になった気がした。でもだるさは変わらず残ったままだ。身体強化は精神側の疲労がほとんどの気がする。


 俺も立ち上がり、ヴェイと一緒にリビングに移動した。既にヴェイがテーブルの上に食事を綺麗に並べてくれてある。


「ありがとう、ヴェイ。」

「良いって事よ。俺もこれだけはウチのかみさんに仕込まれてるからな。」


 家事の手伝いか。ヴェイも可愛いとこあるんだな。


「あとは食器洗いだ。娘は洗濯物を畳むんだぜ。ははは、どうだ?」

「うん、仲が良さそうな家族だね。」

「ああ、そうだ。だから俺にはお前の気持ちがよくわかるぜ。なんかあったら遠慮無く言えよ。」

「ありがとう。」


 なんていいヤツなんだ。人は見た目で判断しちゃいけない典型なヤツだな。


「それから、明日の朝食は出ないから夜のパンを残しとくといいぞ。」

「でも今夜は外食しちゃうんだ。そこでパンを買ってくるよ。ヴェイもいる?」

「ホントかよ?コーヅは良いやつだな。楽しみにしてるぜ。」

 ヴェイは俺の背中をバシッと叩いてから、洗濯物を持って出ていった。


「痛った!」


 叩かれた手の形に背中がヒリヒリする。絶対に背中にモミジマークができてると思う。馬鹿力め。

 

 そして食事や支度を済ませた俺は、いつもならここで自主練をするのだが、明日に疲れを残したくないので、部屋の掃除をしながらティアを待った。


 コンコン、ガチャ


「おはよう、コーヅ。」と言いながらいつもの席に腰掛ける。


「おはよう、ティア。」

「今日は何をしたい?」

「今日はお茶かな。」

「お茶?」

「何もしたくないというか、身体強化の練習をしすぎて朝起きれないんだ。休息も必要なのかなって思って。」


「そうかね。ではまず先生にお茶の準備をしてくれたまえ、コーヅくん。話はその後でしようではないか。」


 ティアは腕を組み声のトーンを低くして、いつものどこかの先生の真似をしているようだ。


 俺は立ち上がり陶器のティーセットを持ってきた。クリフォード製のティーセットはティアの研究室に預けてあるからだ。


 茶葉がだいぶ減ってきた。午後は買い出しでお茶専門店アランに寄りたいな。


 お茶を淹れ、ティアの前に置く。

「ありがとう。」

 両手でカップを包むように持ち、一口飲んで「美味しい。」と小さく呟いた。


 俺も一口飲むと、口の中に瑞々しい香りが広がった。

 うん、美味しいな。

 

「多分コーヅは効率が悪い身体強化をしてて、負担がかかってるんだと思うよ。」


 効率?どういうことだろう?続きを聞きたくてティアを見た。


「あ、クッキーって残ってる?」と話題をそらされた。


 まだ少し残ってたかな?


 俺は立ち上がってクッキーを見に行き、残りのクッキーをお皿に盛り付けた。これでクッキーの在庫も無くなった。


「いただきます。」


 ティアは笑顔でクッキーを1枚摘んで口に運んだ。口の中からザクザクと美味しそうな音が漏れてくる。俺も食べたくなって1枚摘んだ。程良い甘さでお茶との相性が良い。


「これは感覚的なことだから慣れが必要なの。だから今日は何もしないで休息日ってのはいいんじゃないかしらね。」と、ティアはあくび混じりに両腕を体の前に大きく伸びをした。

 

 慣れと言われると、今日は休みでいいのか。もう少しコツみたいなのを知れると嬉しいんだけどな。


「そう言えば、午後は買い物に行きたいんだ。茶葉やクッキーも無くなってきたし。」


「それは大事なことね。いつも買い置きしておいてくれないと。お昼食べたらシュリも誘って行きましょ。そう言えば今夜のお金はコーヅ持ちでいいのよね?」

「うん、いいけど、お金は足りる?」


「まだ大丈夫よ。スリッパみたいな事をしなかったらね。あ、そう言えばスリッパは良いわね。足がすごく楽なの。それに可愛いし。」


「そっか、気に入ってもらえたんだ。良かった。」

 ティアの高評価に自然と頬が緩んだ。作ってもらった甲斐があったってもんだ。


 俺も早く部屋でスリッパを履きたいけど、職人たちが出入りしている間は、どうしても床に砂っぽくなってしまう。内装が全て終ったあと、掃除をしてからだと思っている。


 その後も茶飲み話をしながらまったりとした時間を過ごした。


 昼の鐘が鳴り始めると、ティアは立ち上がった。


「さ、行きましょうか。今日はショーンも居ないわよ。」


 確かに食堂の前にはショーンの姿は無かった。そして、衛兵以外は休みではないようで、特に混雑具合に変わりは無かった。

 いつもとの違いは、入口付近にたむろする女性たちが全くいないことだ。あれは全てショーン目的だったってことなのか。恐るべきイケメンだな。


 そして、食事を済ませて部屋に戻ると、シュリが立っていた。


「おかえりー。」

「ただいま。」

「この後は何をして夕方まで過ごすの?」とシュリに聞かれた。

「街に買い物に行こうと思ってるんだ、シュリも行く?」

「行く!やったね。」と喜んだ。


 俺は部屋に戻り、買い物籠を持ってきた。それから3人で男子禁制の研究室に向かい、俺の給料袋からお金を抜き出した。


 今日は魔獣狩りの居残り組含めて、全ての訓練が休みなので訓練場には誰もいない。

 俺たちは初めて見る昼間から静かな訓練場を抜けた。

 そして門では俺も顔パスになっている。


 ただ、ティアとシュリが一緒という贅沢な顔ぶれでの外出なので、「気をつけてな!」と言って俺の肩に手を置いてきた門番の指先が食い込んできた。


 痛いけど逆らってはいけない。


 俺は門番とは目を合わせないように「ありがとう。」と答えて、そそくさと門を通り抜けた。


 俺たちは街に入り、俺を挟んで両側にティアとシュリという感じで3人並んで歩いていく。この両手に花状態を休暇中の他の衛兵に見られようものならどんな目に合うか。そう思うと少し周囲の様子が気になってしまいキョロキョロしてしまう。


「で、最初はどこに行きたいの?」とティアに聞かれた。


「え?ああ。」声をかけられて、意識を引き戻された。「えっと、どこでも良いけど、お茶専門店アランには行きたいな。茶葉を買いたいんだ。2人はどこに行きたいの?」


「私は本とか服とか靴とかアクセサリーとか見たいかな。シュリは?」

「あ、私も服は見たいな。」

「良いんじゃないかな?俺も服は見てみたいし。男女両方の服が売っている店がいいな。」

「やったー、じゃあまず服屋ね!」

 ティアはくるっと回って喜んでいる。そんなに嬉しいのか。


 俺はティアに案内されて後ろをくっ付いていった。

 お茶専門店アランなんかが並んでいる大通りから1本入ったところに何件か服屋が並んでいる。まずは通りから一番近いお店に入った。

 お店に入った途端に女性2人は散っていった。店の中には他に数名の女性客が居た。男性客は俺一人だ。店員は他の客の接客をしている。

 俺は男性物を探して歩いたが、端っこの方に同じような服が少しだけ置いてあるだけだった。

 それらの服を広げて見てみたが興味は惹かれなかったので、お店の中をブラブラと歩いて売っているものを眺めていた。

 ティアとシュリは服を体に当ててどれがいいとか楽しそうにしている。ティアは可愛らしい服が好きみたいで、シュリは大人っぽい服が好きみたいだ。


 俺は一旦お店の外に出て通行の邪魔にならないところで立って待ってた。服を選んでいる時の女性を急かしてはいけない。こういう時はひたすら従順に待っているのが正解だと思っている。

 

 しばらくしてティアとシュリが出てきた。


「お待たせ。コーヅはいい服見つけた?」

「男性用の服はほとんど無かったし、興味は惹かれなかったな。」


「次の店はどうかしらね。さ、次の店に行きましょ。」

 ティアとシュリは2人でさっさと次の店に入っていった。

 

 この店はさっきの店と全体的に服のデザインが違う気がする。

 職人さんが違うんだろうな。そういう面白さはあるか。全てが1品ずつ手作りだもんね。

 ここの店は男性用の服も1区画ある。形や色が違うので少し選択肢があるので広げて見てみた。

 首元が広く開いた黒のカットソーというニット素材の長袖のTシャツがちょっとカッコ良くて欲しくなった。1つ良いのが見つかると楽しくなってきて色々見てみた。あとはベージュよりも白っぽいチノパン?スラックス?が気に入ったかな。この2つを合わせてブーツをラフに履いたらカッコいいかもと思った。


「コーヅくんは気に入ったのあった?」とシュリに声をかけられた。


「うん。これ。」と上下を体に合わせて見てもらった。


「へぇ、コーヅくんってそういうの好きなんだ。カッコいいね、似合うと思うよ。」とシュリは親指を立ててくれた。


「いいじゃない。コーヅって意外とセンスあるのね。」とティアは腕組みしながら褒めてくれた。


 でも今日は買わないので値段だけチェックしておいた。パンツが小銀貨1枚、カットソーが大銅貨8枚だ。買えなくは無いのかな。来月また金貨で給料を貰えたら買ってもいいかな。


 俺たちはもう1件も見たが特に目ぼしい物はなかった。


「やっぱり服を見るのって楽しいね。」

「そうね、毎日でも飽きないと思う。」


 女性同士は店を出たところで立ち止まり、どこの店が良かったかなど盛り上がっている。

 俺は2店目のお店が気に入った。でも店の名前を確認してなかった事に気付いたので、看板を見るために少し移動した。「服専門店ロビン」と書いてある。


 名前からすると男性店主なんだろうな。だから男性用も比較的多く取り扱ってるのかも。今度は是非買いに来たい。


 次は近いし「お茶専門店アラン」に行くということになった。3人で大通りに戻り、通り沿いにある店に入った。


 カウンターにロカが居るのが見えた。ロカは俺たちが店に入るとすぐ気づいて声をかけてくれた。


「コーヅさん、ティアさん、いらっしゃいませ。ゆっくり見ていってください。父を呼んできます。」と一礼して店の奥に戻っていった。


 今日の目的は茶葉だけど、お茶に関するものは見ているだけでも楽しい。


「コーヅ様。いらっしゃいませ。」

 後ろからアランに声をかけられた。アランはロカの父親で、俺にクリフォード製のティーセットをくれた人だ。


「アランさん、先日はクリフォード製というとても貴重なティーセットをいただき、ありがとうございました。」


「クリフォードもコーヅ様のようにお茶を愛し、お茶に造詣が深い人に使ってもらいたいと思っています。残念ながら本人の希望通りにはいかずに、入手するのも困難な状態になってますがね。」と肩をすくめる様にして笑った。相変わらずの柔らかい笑顔だ。


「コーヅ様。お時間があれば試作した茶こしがあるので、それでお茶を飲んでみませんか?」と誘いを受けた。


「本当ですか?見たいですし、飲みたいです!」と答えてからティアとシュリを見た。2人とも興味あるようで嬉しそうに頷いている。


 俺たちはアランに案内され、前回と同じ応接室に入った。相変わらず落ち着いた雰囲気の応接室だ。


 ロカに椅子を引いてもらい俺とティア、そしてシュリが座り、それを見届けてからアランも座った。


「ロカ。」とアランが静かに声をかけると、ロカは頷いて出入口とは別のドアから出ていった。


 しばらくするとロカによって銀のティーセットが運ばれてきた。造形の美しさからするとこれもクリフォード製なんだと思う。

 アランはロカに自分の隣に座る様に指示をした。


 アランは以前と同じ様にはゆったりとしながらも、よどみない手つきでお茶の準備を始めた。

 ポットに水を作り出し、お湯にしていく。茶葉を小さじ5杯分を別のポットに入れ、お湯を注いだ。その場にフワッとお茶の香りが広がった。

 

「少し蒸らします。」とアランは一息ついた。「コーヅ様、こちらが茶こしでございます。」とティーセットの中にある1つの茶器を手に取り俺の前に置いてくれた。


 簡易的な蓋がついているが、持ち手が見えているのでそれが茶こしと分かった。

 茶こしのネット部分はしっかりと編み込まれていて、茶葉をしっかりと受け止められると思う。


「言う事なしですね。」と俺は茶こしを戻し、蓋をしてからアランに返した。


「これはまだ試作です。少し使ってみてもう一度試作をと考えています。コーヅ様にも是非アドバイスをいただきたいですな。」と微笑んだ。


 アランは茶こしを取り上げ、ティーポットの上に置いて、ポットからお茶を流しいれた。そして茶葉と共に最後の1滴までをティーポットに注ぎ入れる事ができた。

 ただ茶こしは持ち手側だけポットに乗せる感じだったので、お茶の重みで揺れてしまい少し使いにくそうだった。

 アランはそれを茶こし受けに戻し、静かに蓋をした。すでに作法として確立してしまっているかのように流れる動作だった。

 そして、ティーポットからお茶をティーカップに注ぎ、我々の前に置いてくれた。


「どうぞ、お召し上がりください。」

 

 俺はカップを持ち、香りを胸いっぱいに愉しんでから一口飲んだ。今まで飲んできたお茶に比べて味が深い。


「味に深みがあって、とても美味しいです。」


 アランは変わらない微笑みを浮かべたまま頷いた。その様子を見ていたティアとシュリもカップを持ち一口飲んだ。


「あっ、これ美味しい。」とシュリは驚いた表情で呟いた。

「本当ね。美味しい。」とティアもシュリに同意した。


 俺たちは穏やかに過ぎていくひとときを楽しんだ。そしてそんな様子を穏やかな表情でアランは見守っていた。


「お気に召していただけたようで何よりです。」そして俺の方に向き直り「茶こしのお陰で、私のお茶への情熱が再燃しまして、今は毎日が楽しくて仕方ないのですよ。」と笑った。


「そこまで喜んでもらえると、くすぐったいくらいです。」


「茶こしのお陰で父は本当に元気になったんですよ。」とロカもほほ笑む。ほほ笑んだ目元がアランにそっくりだ。


「茶こしは少しお茶を流している時に重みで揺れてしまいますね。」


「そうなのですよ。次の試作品では動かないように固定する方法を考えたいと思っています。」

 アランは茶こしが問題を抱えている事を楽しんでいるような表情で答えた。アランに茶こしの事を話したことは偶然だったが、ここまで情熱を燃やしている姿をみていると紹介できて本当に良かったと思った。

 

 俺たちはお茶を飲み終えたし、そろそろ切り上げる頃合いかな。


「今日はアランさんのお勧めの茶葉を2つほど買いたいのですが。」


「では王都から最近仕入れたお茶はいかがでしょうか?今、お飲みいただいたお茶と、もう1つがすっきり味わいが特徴のお茶です。」


「ではそのお勧めのお茶をお願いします。」


「はい。では準備しますので、少々お待ちください。」とロカが立ち上がって店の方に戻っていった。


 アランは娘の後姿を見送りながら「ずいぶんと母親に似てきました。」と誰にともなく言った。 


 しばらくするとロカがお茶を袋に入れて戻ってきた。


「おいくらですか?」と俺が聞くと「大銅貨6枚です。」とロカが答えた。

 それを聞いたティアが財布の中をジャリジャリと探し、大銅貨6枚を机の上に置いた。


 俺はお茶を受け取ると籠の中に入れた。

 そして店を出るために立ち上がった。俺が立ち上がるとティアとシュリも続いて立ち上がった。


「アランさん、お茶は本当に美味しかったです。ご馳走様でした。」


「こちらこそコーヅ様に茶こしの試作品を見てもらえましたし、とても良い時間となりました。」


 俺たちが店を出ると、アランとロカも店先まで出てきて見送ってくれた。


 外は少し陽が傾き始めていた。夕方というにはまだ少し早いがフィーロのパン食堂に行く事にした。

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